パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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BRDクレジット

 

 

 

 Three little Soldier boys(小さな兵隊さんが3人) walking in the zoo(動物園を歩いたら)

 

  A big bear hugged one(1人が大きなクマにだきしめられて) and then there were two(のこりは2人)

 

 

 

 Chapter 113

 

 

 

「…どういうことだ、あの連中は何者だ? ボクでも納得のいく説明をして貰いたいものだが」

 

『まぁ落ち着け』

 

 ウィーンでスティーブとバッキーの確保に失敗したトニーは、負傷したローズ、ナターシャ、ヴィジョンを連れて新アベンジャーズ基地に帰還した。トニーも左肩の打撲を中心にいくつかの軽傷があったため、本部で治療した次第である。

 幸い、被弾し落下したローズは両足の骨折という重傷だけで済んだ。トニーでなくてもあの高所から落ちれば死亡、よくて全身骨折か四肢のいずれかの麻痺ないし不自由は有り得ただろう。現在はニューヨークの医療機関に委託し、治療に入っている。

 ティ・チャラとピーターはいない。ティ・チャラのことに関してはトニーも知らないが、ピーターに関しては、先の騒動で疲弊した以上に錯乱してしまい、鎮静剤を打って一時的に眠って貰っている。側用人としてウィーンまでピーターを送ってくれたハッピーを付かせており、目覚め次第実家のクイーンズにとんぼ返りさせる予定だ。

 

 

「レニー…? レニーだ、やっぱりレニーだったんだ! スタークさん離して! レニーが、また、また…!! もうやだ、もう、()()()()()()()()…!」

 

 

 空から落下したレイニー(ベンディ)を見て駆け付けたピーターは、トニーの制止を振り切ってでもレイニーに駆け付けようとした。その様子からして何らかの関係があったのかと疑問があったが、それ以上に看過できない問題もあった。

 

 

『総員、整列』

 

『作戦、開始』

 

 

 高所からの落下で気を失ったローズから少し離れたところで藻掻く、左顔面を吹き飛ばされ下半身の殆どがインク状に成り果てたレイニーの元に駆け付けた、白い防護服の集団。

 まるで被爆地区で作業する時に着用するような白色の防疫服を身に纏った謎の集団は、突然の事態に慄くサム、ヴィジョン、トニー、ピーターが近付かないように牽制し、背中に背負う巨大なボンベとそこから伸びるホースから放たれた煙によって、周囲を白煙で染め上げた。そして煙が晴れたときには、防護服の集団はおろか、レイニーのインクの一滴すらその場に残されてはいなかった。

 煙を吸って噎せたピーターを他所にアイアンマンスーツのフェイスメットを緊急装着したトニーには、周囲の温度が急激に下がったという検査結果しかわからなかった。

 

 だがトニーは忘れていなかった。ロスが言った、特殊部隊を向かわせるという警告を。

 

 スティーブに加担したサム、ワンダ、クリント、スコットは後から来たロスの特殊部隊に捕縛され引き取られた。彼らがいまどこで何をしているかは知らないが、このままスティーブを放置することもできない。クインジェットのステルス機能は衛星の目を掻い潜る、他ならぬトニーがそうできるように改造を施したからだ。

 従って、スティーブの行き先を知るのは彼らだけだった。

 故に、トニーはロスの回線に繋いだ。行き場のない憤りを、(ハラワタ)に抱えて。

 

『これからある座標を送る、そこに来てほしい。ああ、できれば大人数が乗れるヘリだと助かる』

 

 深く溜息を綯交ぜにした返答を返すロスには若干の怒りを感じたが、渋々指示に従い急ぎヘリを飛ばした。注文通り、複数人が乗れるように大きめのヘリで。

 クインジェットには劣るが、それでも快適であることには変わりない。

 

 受信した座標はマンハッタン東岸、イーストリバー・ライカーズ島。

 いまのトニーの心情を示すが如く嵐に見舞われた天候の中、トニーが乗るヘリが海中から出現した巨大な建設物に収容された。

 重犯罪刑務所ラフト。

 超能力無効化という特別な設備が施された、脱獄不可能な重犯罪者の流刑地。

 

 

 

 

 

 Chapter 114

 

 

 

 ヘリから降りたトニーを待ち受けていたのは、サム、ワンダ、クリント、スコットたちが収監されている小さい小部屋に立つロス長官の姿だった。

 

「キミには、彼らを引き取ってもらいたい。ああ、別に牢に繋いでなんかいないさ。そうなる前に反省部屋で待機してもらっていたからな。冤罪で刑務所に入れられては可哀想だろう?」

 

「……冤罪?」

 

 監視カメラから映し出された彼らは、錠で繋がれている訳でもなければ監禁されている訳でもない。空港で、あれほどの大立ち回りをしでかしたにしては()()()()()()()()

 なのに、彼らを取り巻く空気は悲壮感が漂っていた。モニタを見たトニーでさえその空気が伝染して吐き気を催すほどに。

 特にそれが顕著なのは、紅一点のワンダだ。顔は青褪め、表情は剥がれ落ち、頬に残る一筋の跡は涙が枯れたことを暗に示していた。その様相はまるで、魂が抜けたと表現してもいい。(ボウ)、と視点の定まらない視線を空に投げ、悲嘆に暮れていた。

 刑務所で暴行──の痕跡は見られない。

 自白剤を投与されて──にしては、袖から覗く腕や首に注射痕は見当たらない。

 空港で起こした自分の行いを悔いて──であれば、どれほどよかったか。恐らくそれは正しいようで、正確ではない。そういえば、ワンダにはアベンジャーズのメンバーで一番と言っていいほど懐いていた、他ならぬワンダ本人が義姉と慕っていた人物が、いた。

 

 紅一点。

 

 1()()()()()()

 

「待ってください長官……レイニーは、レイニーはどこに?」

 

 トニーの言葉に若干目尻を下げたロスは、別のモニタを指した。

 どれもこれも監獄に相応しい陰鬱で照明も少ない、暗い部屋ばかり映しているはずなのに、そのモニタだけ妙に明るい。

 

 否、()()

 

「ウソ、だろ」

 

 ──唐突に、トニーの脳裏にスティーブの姿が過る。

 マスクを被り盾を掲げ、八面六臂の活躍を見せる彼──ではなく。

 北極で氷漬けの状態で発見されたときの、彼である。

 

 モニタに映っていたのは、氷の棺に閉じ込められたレイニーだった。

 

 左顔面はエニシの狙撃によって風穴を開けられているが、それでも残る右瞼は安らかに眠るように閉じられている。ただし、それが動くことは決してないという確信がある。

 頭部と胴体を繋ぐ首に無骨な楔のような杭が打ち込まれており、その杭さえも分厚い氷の壁に覆われていた。

 落下の際に千切れていた両腕と、臍部から下の不定形な下半身は少し離れた場所で、また杭に貫かれて冷凍保存されている。

 

 いくら不死身のインクの化け物とはいえ、まだ成人にも満たない少女の無垢な裸体に対する仕打ちは、人間の業ではなかった。

 常時冷気に晒されているのか、カメラが白煙で見えなくなることがある。だからかレイニーを映すカメラの台数は他の牢よりも多い。人としての辱めという領分を超えた、最早陵辱にも近しい蛮行。尊厳を踏み躙る凶行。それが、目の前に広がっていた。

 

 ──かつてスティーブは、ヒドラの野望を食い止めるために犠牲になり北極の氷の海に沈んだ。言わば運命の流れが引き起こした事故。そこに誰かの意図があって生まれた結果ではない。

 だがレイニーは違う。これは自然現象ではなく人為現象。科学の叡智を携え気温は愚か気候さえも操り、地球の生態系を脅かすまでに進化した、人類の手によるもの。

 

 人類が実現可能にしてしまった、人間の意思によって為されてしまった現象だ。

 

「ここラフトの最下層、防護服なしには降りられない超低温状態を維持した収監フロアの映像だ。何分いままで使われることのなかった設備だったのでな、収監直後は何度か停電になりかけた。予備の自家発電装置を数台起動させて、ようやく安定したよ。ああ、安心したまえ。彼女の頭部にある(インクマシン)は機能停止している。24時間体制で監視中だ。

 彼女は、此度のテロの主犯格であると判断しここに収監した。国連委員会の総意だ」

 

「何だって? 今回のテロの容疑者はバーンズ軍曹だったはずでしょう。彼女は関係ないはずだ」

 

「その通り、我々も対テロ対策チームもその線で捜査を進めてきた、しかしな、国連委員会の元にある声明文が届けられた。今回のテロの、ひいてはアベンジャーズを混乱に陥れたという犯行声明文がな」

 

 ロスはタブレットを操作して件の声明文を表示した。トニーはその声明文の差出人を見て、目を剥く。

 

 

 

Name : Rain Y Coulson

 

 

「偽造だ」

 

「いいや証拠もある。空港で発見された彼女のPCに送信履歴が残されていた。キミのところの超能力者(ワンダ)に山ほど車を壊されて探すのには苦労したが、本体さえ見つかればウチの鑑識の手でデータを復元することは難しくなかったよ」

 

 ロスはレイニーの使用した端末と解析結果のデータを参照した。そのPCにはトニーも見覚えがあった。いつも基地で使用していた端末と、まったく同じであると。当然だ。

 何故ならば、そのPCをプレゼントしたのはトニーの恋人のペッパーだったからだ。

 

「……国連委員会は、この声明文通り一連の騒動はベンディ、つまりレイニー・コールソンであると断定した。加えてキャプテン・アメリカを含むアベンジャーズメンバーの何人かはエニシ・アマツ直伝の洗脳で操られ、さも内紛に見せかけアベンジャーズを混乱させ、ラゴスの一件を機に国民の信用を失墜させようと目論んだとな。つまり、彼女以外は全員被害者なのだよ」

 

「ッ違う、そうじゃない。そうじゃないでしょう長官。先に私が送ったデータを見たでしょう? 本当の精神科医はホテルで殺されてた。ジモはソコヴィアの暗殺部隊で、彼が全部仕組んだことだ」

 

「ああ、わかってるとも。それはそれでいい。だが世間にどう説明する? ()()アベンジャーズがたった1人の人間に振り回されてテロを引き起こし同士討ちをはじめ空港を破壊したと。ありのままに?」

 

 それを言われると言葉にトニーは言葉に詰まった。その通りだからだ。

 ニューヨークでチタウリの軍勢を。

 ソコヴィアでウルトロンを。

 他にも、トニーの与り知らぬところでアベンジャーズは活躍し、多くの人々を救ってきた。そんな英雄の集団が、ものの見事に引っ搔き回されたのだ。たった1人の、復讐に囚われた男によって。

 

 真実を有耶無耶にすることは正しいことではない。

 だが、ありのままに真実を伝えることで生まれる世間の疑惑を、ロスは危険視していた。

 モニタールームから出たトニーは、周囲に聞き耳を立てる他の人間がいないことを確認すると、ロスに詰め寄った。

 

「……あの部隊はなんだ」

 

「……以前、バナー博士の失踪責任としてソコヴィア協定の草案を纏めるためにレイニーを雇ったことは知ってるな? その際に私は彼女にこう問うた。『もしアベンジャーズの内で誰か1人でも暴走したとして、一番危険なのは誰か』とね。そしたら彼女はこう答えたよ。『私が一番厄介だ』と」

 

 皮肉にも、レイニーのその主張はトニーも同意見だった。 

 だが、こうして氷漬けのレイニーを目の当たりにして罪悪感が喉元からせり上がってきた。

 こんなはずじゃ。

 こんなはずじゃなかったと、過去の己の選択を悔いて。

 

「対アベンジャーズ鎮圧部隊『A(アンチ・)・A・(アベンジャーズ)T(・トロッペン)』。キャプテン・アメリカ、アイアンマン、ソー、ハルク、ブラック・ウィドウ……各人に対する対抗勢力、抑止力(カウンター)として十分機能できる人材を密かに集め、組織を結成してきた。キミたちを管理するために。これまでも、そしてこれからもな。

 タダでソコヴィア協定内にアベンジャーズの自由意思の尊重を赦したと思うかね? いいか、自由の権利を行使するにはそれ相応の義務が伴うものだ、キミたちにもそして()()()()。アベンジャーズという一組織を管理する以上、万が一暴走した時に止められないようでは話にならん。組織を統括するというのは、本人たち以上の苦労と努力と戦力が必要不可欠なのだよ。

 今回はその()()()()だ。委員会が、我々にはアベンジャーズの手綱を握るだけの管理力があるという、な。そのためレイニーを実験台にするのはこの状況では都合よかった。委員会がベンディの存在を危険視している、この状況では」

 

「……ま、まて。じゃああの部隊は、自分を止めるために! 彼女自ら考案したとでもいうのか!」

 

「なんだ、そんなにおかしいことかね? それとも、我々が暴走した彼女に対して取った()()に、憶えがあるのかね?」

 

「──イヤ、まさか、そんな」

 

 アベンジャーズ内で──否、それだけではない。

 現在世界中でレイニー・コールソンを最もよく識る人物は、トニー・スタークただ1人だ。

 

 なぜならば、レイニー・コールソン(ベンディ)のことを隅から隅まで、過去から現在に至るまで調べ上げたのはトニーとバナーの2人だけ。例外的にワカンダの天才少女(シュリ)も挙げられるが、それでも彼女がレイニーの身体を隅々まで調べ尽くしたのはたった一度だけ、それもソコヴィアの大戦後の状態のレイニーした知らない。経緯的な観察という点では、トニーとバナーの方が数枚上手。更に、ことトニーに関しては、自分を鍛えるためにアベンジャーズから一時的に離脱したバナーと異なり、ラゴスでの一件でも関わっている。ある意味、レイニーの構造的な部分を熟知しているのは、皮肉にもトニー以外いなかった。

 

 

 弱点…というか、まぁ液体である訳だから液体窒素とかで凍らせれば動きは止まるってことがわかった。インクだしな。暴走時の対策に組み込める。アイアンマン洗浄装置の次に冷却機能でもつけてみるか。

 

 

 事実、液体窒素による継続的な凍結によってインクマシンの機能停止には成功している。皮肉にも、トニーが4年前に考案していた対ベンディ対応案は正しいことが証明されてしまった。

 

 トニー・スタークが天才で、有能であるが故に。

 

「ではトニー・スターク。キミに問うが、キミは自分の受けた健康診断結果に目を通さずに満足するタイプか?

 健康診断とは、自分の状態を知るために受けるものだ。決して自己満足で受けるものじゃない。身長、体重、MRIにCT。莫大な時間と労力を悪戯に浪費するだけなら医者だってお断りだ。検査の担当責任者だったキミだってイヤだろう?」

 

「…ボクが書いた報告書を、あの子は読んでいたっていうのか…」

 

「無論だ。レイニーも、ニューヨーク大戦後のキミの検査結果の報告書には目を通していた。ソコヴィアでの一件後のものも。全部、全て。だからあの部隊の設立を提案した。『凍結(クリオ)切除(ヒオロギー)兵団(・イェーガー)』をな」

 

 ドイツ語なのは医療用語からだとか言ってたな、とロスは独り言ちた。

 

「レイニー…いいや、インクの悪魔ベンディがこの世界に顕現できるのは、インクマシンという媒体が起動しているからこそだという。であるならば、そのインクマシンを起動不可能な状態に追い込むことができれば、事実上ベンディという人智を超えた悪魔を封じ込め、御すことができるのではないか──というのが、キミとレイニーの仮説だった。従ってレイニーは希望(オーダー)した。低温下でも満足に動ける装備と、それを携えて悪魔に立ち向かえる勇気ある屈強な戦士たちを。結果として、彼女から始まった『悪魔凍結計画(プロジェクト)』は成功した。大成功を収めた。

 最近のがん治療には、非切除凍結療法というものがあるそうだな? がん細胞を薬や外科的手術で取り除くことなく、局所冷却を施して死滅させると。私は医者ではないから詳しいことは言えんが、薬の副作用や手術による体力の減少が軽減された、夢のような効果的な治療法だと思う。そう、()()()()()()()()()()()()()

 

「バカを言うなッ!!」

 

 痛む左腕を庇い、怒りの衝動をそのままロスへぶつける。

 トニーの右腕はロスの襟を掴み、廊下の壁へ叩きつけた。思いっきりではないのは、まだ空港でのダメージが体に響いてるからだ。そうでなければ、たとえ国務長官という立場であったとしても暴行に及んでいただろう。

 

「あの子はっ…あの子は、何も悪くないだろうが! 何もしでかしてないだろうが! 確かに悪魔かもしれないが、それでもボクたちの大切な仲間だ! なのに、なのにッ…! 全部悪いのは別のヤツだろッ!? なんで、なんで真実を公表しない!? 犯人を罷免しない!? 本当に悪い奴を吊るし上げない!? これじゃまるで、トカゲの尻尾切りだ!

 

 ボクたちはトカゲなんかじゃない、アベンジャーズは全員家族だ、運命共同体だ!」

 

「…っ、アベンジャーズという組織と!! その象徴たる『キャプテン・アメリカ』を守る為だ!」

 

 トニーの罵倒に対し、ロスも顔を真っ赤にして吼えた。

 怒りを。悔しさを。もどかしさを。

 

「私だって好きでレイニーを主犯格扱いしたわけではない!! 無論今回の下手人には捕縛次第相応の処分を下す! 私が、そんな非情な人間に見えるか!? 国務長官を任された新米同然の私に、アベンジャーズを非難する立場にある私に! 共に笑ってソコヴィア協定の草案を纏めた相方を! 自分の手で処分することを、好き好んでやるような人でなしに見えるか!? 性根の腐った外道に見えるか!?」

 

 怒りとは比べるものではない。だが推し量ることはできる。

 かけがえのない同胞を喪ったのは、トニーだけではなかった。

 それでも、それでも。

 怒りを殺し、激情を抑え、決定に従い、非情な指示を下した。

 

「現在世界情勢は国だけに留まらず、この銀河系の環を超えて混沌になりつつある! 世界の悪意を飲み干していた彼女が消えれば必然的に犯罪は増えてしまう、それでも彼女はそんな混沌した世界を導くために! キミたちを残したんだ!

 世界秩序が乱れれば争いは起き、人々の心は廃れてしまう。だが民衆の心の中に燦然と輝き自分たちを救ってくれる英雄(キャプテン・アメリカ)が! 英雄たち(アベンジャーズ)が健在であるならば!! その事実を糧に、諦めて折れてしまいそうな人々の心の未来を支える添え木になってくれる!!

 キャプテン・アメリカは平和を導く英雄、アイアンマンは圧倒的な科学の力で救ってくれる救世主、ソーの振り上げる槌と雷は敵を屠り、ハルクは比例なき力で迫る脅威を蹂躙してくれる!

 わかるか!? 彼女は、自分の保身と世界の未来を天秤にかけて、決断したんだ! 以前の私ならば自分勝手な自己犠牲だと一笑に伏していただろう、だが今は違う! こんな、こんな選択を選んだ彼女にブン殴ってやりたいくらいだ!!」

 

 だがそれ以上に、と。

 ロスは掴んでいたトニーの襟を離し、荒げていた息を落ち着けるように、自分の罪を告白する罪人のように、悔しさをその顔に刻んで項垂れた。

 

「……それ以上に、そんな選択を取らせた我々が恥ずかしい。

 時間があれば、もっと我々がいち早く事態を究明し真実に辿り着いてれば、こんなことにはならなかった……ああわかってる、行動には〝if〟、つまり架空の、夢のような都合のいい最善を唱えられてしまう…こうすれば被害は抑えられたと、ああすれば誰かが救われたと。戦場を知らぬ輩の夢見事と片付ければ簡単だろうが、それを私自身も、今回の件で実感したよ」

 

 ──今回の失敗の原因は、アベンジャーズの対応があまりにも迅速過ぎたこと。もしもっと時間をかけて慎重に捜査し、情報を集めてから考察、仮説を立てて検証すれば、誤った道に進むことなく真実に辿り着くことができたかもしれない。

 加えて、他機関との連携の有無。

 仮に、アベンジャーズが対テロ対策チームや連邦警察などと共同体制を築いていればどうだっただろうか。各組織の間者に動向がバレるというリスクはあるものの、情報交換や作戦の連携、作業の分担は可能だっただろう。

 

 なまじ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が故に、足並みは乱れ、組織の輪は崩壊してしまった。

 

「…ここだけの、話だ。彼女の端末には空港での騒動が起きる直前、()()()メールの送信履歴が残っていた。一つは国連委員会に。もう一つは、私の個人端末だ」

 

「…なんだって?」

 

 思わず。

 思わず、敬語も忘れてトニーは聞き返した。今更取り繕ったところでどうにもならないほどの罵倒を吐いたが、それでもトニーの思考は立場を慮る余裕が生まれた。

 

「内容を大まかに説明すれば、『アベンジャーズが民衆に殺されることだけは避けろ』という警告だった。(にわか)に信じ難い話ではあるが、少なくとも彼女をこのような形で処分しなかった場合、アベンジャーズは英雄ではなく犯罪者として世間に非難される未来を()()らしい。私でもこの状況だからこそその警告も信じられたが、メッセージを受け取ったときは彼女の正気を疑ったよ」

 

 悪役(ヴィラン)正義の味方(アベンジャーズ)を殺せない。何故ならばそれがお決まりであり、定型であり、絶対だから。正義の味方は悪役には絶対に屈しない。たとえ何度打ちのめされ、膝をついても立ち上がり、悪役の息の根を止めるのだ。

 では、正義の味方は誰に殺されるのか? どうなることが、正義の味方の死に繋がるのか?

 

 国民が。民衆が。

 正義の味方を、必要としなくなったときだ。

 民衆に抗う力が芽生え、世に蔓延る悪役(ヴィラン)を国民一人一人が対処していくような世界が生まれてしまったら。そのとき、正義の味方は無用の長物と化すだろう。

 

 或いは。若しくは。

 アベンジャーズという正義が、民衆にとっての悪になってしまったら。そのとき、アベンジャーズは悪役(ヴィラン)に反転する。正義の味方は悪の一党に成り下がる。そして悪役は、大衆の正義によって屠殺される。

 

 ヴィジョンは以前、レイニーの体内にはタイム・ストーンという時間を操る力を持つ石のエネルギーが取り込まれていると話していた。ラゴスの一件でもその力を使い、ラムロウの自爆を予期したとも。真偽は不明だが、ローズの落下の際の救出劇も、影響している可能性は高い。

 であるならば、レイニーが予見したという最悪の未来とは、あり得た未来だったかもしれない。レイニーはその未来の実現を食い止める為に、誰にもバレることなく秘密裏に動いていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…哀れな悪魔の被害者たちを引き取ったら、乗ってきたヘリで戻るといい。帰り道に彼らの自供でも聞いてくれ、今のキミになら話してくれるだろう。あぁ、犯人とスティーブの行き先がわかったらすぐ連絡くれ。あとは、私たちが処理する」

 

「…長官、お言葉ですが…未来の人々の心を守るために悪魔(レイニー)を退治した。それが今回の作戦の動機に、本当になるとお思いですか? 非合理極まりない」

 

「…何を言うかと思えば」

 

 トニーに掴まれてくしゃくしゃになった襟を直しながら、ロスは呆れたように嘆息した。

 

「人間にはどうしたって心がつきまとう。心を抜きに考えることが合理的だと? それこそ非合理の極みだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まさか、合理的とは心を捨てることだ、などと妄言を吐くつもりはあるまいな? 確かに、時に一個人の心情を切り捨て非情に徹して行動することが合理的かもしれんな…だが私は、心を捨てることが合理的であるとは思わんよ。

 人生における選択、決断、行動…そのすべては心と共に在るものだ。心があるのが人間にとって当たり前、人生から切っても切り落とせない半身だ。人間は人間でしかない、心を持った生物が心を捨てるなどできようものか。そして、その心があったからこそアベンジャーズは生まれ、世界を救ってきた。そうだろう?

 これまでも、そしてこれからも」

 

 ロスの言うことは、正しかった。

 誰よりも、アベンジャーズの在り方を理解していた。

 レイニーと関わり、アベンジャーズの在り方を再認識したからだ。

 だからこそ。

 だから、こそ。

 

「……そうですね。じゃ、ボクも身体ボロボロなんで、ビール片手に連中の泣き言でも聞いてますよ。スティーブの行き先が判明次第連絡します。そのあとゆっくり楽させて貰いますよ」

 

 トニー・スタークは、天邪鬼。

 結局この日トニーはロスに連絡することなく、帰りのヘリでサムたちの自供を聞き単身でシベリアへ向かった。

 

 残酷な真実を知った。

 そして、スティーブと決別した。

 

 

 

 

 ───その後の話をしよう。

 

 アベンジャーズを離反したと思われていたキャプテン(スティーブ)()アメリカ(ロジャース)を含む、一部のアベンジャーズメンバーはベンディによって操られ、此度の騒動は引き起こされたと報道された。

 ベンディ──本名ユカリ・アマツはHYDRA創設者の1人であるエニシ・アマツの娘であるという発表が、世間によりその報道を納得させる決定打となった。

 ユカリ・アマツ。又の名をレイニー・コールソンはアベンジャーズから永久除名処分、及び国家反逆罪としてラフト刑務所にて終身刑。

 ベンディに操られていたサム・ウィルソン、ワンダ・マキシモフ、クリント・バートン、スコット・ラングは洗脳除去のための治療という名目で謹慎処分。

 中でも、ベンディの洗脳が色濃く残るスティーブ・ロジャースは集中治療ということでしばらく活動の休止を宣言。

 アベンジャーズは内に芽生えていた悪の病巣を取り除き、これからも世界を守るべく邁進することを約束した。

 

 

 と、いうのが、世間に広まった公的な報道である。

 

 

「レイニー、ごめん。迎えに来たよ」

 

 某日、ラフト刑務所に侵入者。

 最下層にて冷凍保存されていた大罪人B(ベンディ)が、厳重な警備とセキュリティを掻い潜り、脱走した。

 

 

 その行方を知る者はいない。

 

 

 

 

 

 The revival has begun. Bendy returns...

 (再演が始まる。ベンディは舞い戻る)

 

 

 

 

 






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