パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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星は渇き、水底は満ちる

 One little Soldier boys(小さな兵隊さんが1人) left all alone(あとに残されたら)

 

 He went out and hanged himself(自分で首をくくって) and(そして)... ♪

 

 

 

 Chapter 118

 

 

 

「あっ──やべ、金ねぇわ。どうすっか」

「俺もだわ……そうだ、ちょっとサイフ(銀行)寄ってこうぜ」

「お、いいね。マスク持ってくるわ」

「んじゃ、チャカパクってくる。やろやろ」

 

「ちょ──っとぉ、お兄さんたち? 何やろうとしてるのかな?」

 

「お、一緒に銀行凸るか? …ってうわ、何だお前!? キモ!!」

 

「え? この服そんなキモいかなぁ。ちょっと赤と黒が混ざってるだけじゃんていうか、またベンディマスク…

 

「あ───っ!! に、逃げろ! 最近ここいらに出没する蜘蛛野郎だ!」

 

「逃げ「逃がさないよハイ逆バンジー」ぅあぁぁああああああああ!?」」」

 

「……ハァ、2日にいっぺんは出くわすなぁ。ニューヨークってこんなに治安悪かったっけ?」

 

 

 

 ───レイニー・コールソンがラフトの最下層に投獄されたあの日から、世界中で犯罪件数が増加した。

 爆発的な変化ではない。

 少しずつ、少しずつ。

 住民のトラブルが生じ。トラブルが事件に発展し。警察が出動する件数が増え。少しずつ、本当に少しずつだが、世界中の犯罪件数は増加の一途を辿っていた。

 

 世界の悪意を啜っていたというレイニーの不在と因果関係があるかはわからない。そもそも、その言葉が真実であるか否かを証明する術はないのだから。

 

 だが、ドイツでの一件を知った世界中の人間はこう思った。「アベンジャーズも一枚岩ではない」と。

 

 世界最強のヒーロー組織と崇め、そして恐れられていた人々も、決してアベンジャーズが頂点、というわけではなく。

 手を伸ばしても届かない天井に輝く一等星ではない。

 自分たちにだって手の届く、生身の人間であるのだと。

 そして、ベンディという悪魔だって()()()のだと、認識してしまった。

 

 これらが与えた影響は、一般人だけでなく水面下で蠢く悪の組織の連中も同様である。姿を見せないキャプテン・アメリカの長期療養は嘘ではない。そして、ベンディという出所不明の監視の目が消えてしまった今となっては、水を得た魚のように活動しやすい環境に変化した。

 

 犯罪を抑制する心理的ブレーキが、地球上の人間全員を対象に()()()()()

 

 この事態に直面したアベンジャーズにとって、レイニー・コールソンの損失はあまりにも痛手だった。

 元々S.H.I.E.L.D.崩壊によって世界全体を監視する目を失ったアベンジャーズは、世界中で起こる危機を察知し、手に負えなくなる前に処理するために情報網の構築と拡大が目下の最優先事項だった。ブラック・ウィドウによる機密情報の漏洩によりゼロから監視網を作り上げる上で代替存在として機能していたのが、レイニー、もといベンディが世界中にばら撒いていたサーチャーの存在だった。

 サーチャーとは本来ベンディが巣食うスタジオを彷徨う魂の成れの果てである。しかし、人間であるレイニーと接触し自己変容を起こしたことによって、インクという媒体こそ必須ではあれど──逆に言えば、インクがある場所であればどんなに遠くであっても派遣したサーチャーの視覚・聴覚情報を共有して情報収集に勤しむことができた。

 

 いわば、インクという触媒を介して観測する魂を飛ばし、情報を受け取る『Passive(受動) mediums(霊媒)』。

 

 加えて、ベンディがこの世界に現界しレイニー・コールソンという器を得て活躍する中で、それこそ数えきれないほどの(ヴィラン)を吸収し()()してきた。これによりレイニーが手繰れる魂の総量が増加し、世界中を覆う規模のサーチャーを従えていた。

 これにより、アベンジャーズは情報網の構築を完成させるまでの『つなぎ』として、サーチャーから送られるレイニーの情報が生命線として機能していたのである。

 

 しかし、ドイツでの一件によりその情報網は失われた。

 

 レイニー・コールソンはラフトに収監され事実上の死亡、アベンジャーズからは永久除名処分が言い渡され、世界各地に散らばっていたサーチャーの安否も不明。元々サーチャーという存在から情報を受け取っていた窓口がレイニーであったから当然である。

 アベンジャーズの情報収集・管理部門の担当者はレイニーの除名よりもこの問題に頭を抱えていたが、

 

「…安心してください。お母様の意思は私が継ぎます」

 

「ま、これを機に世界を回るのもいいだろう」

 

 そこで白羽の矢が立ったのがヴィジョンとトニーだった。

 ヴィジョンはそもそも人工知能、マインド・ストーンを媒体に生まれたAIである。ヴィブラニウムという地球上最強の金属という肉体で現実を、マインド・ストーンの力でネットワークを。二つの世界を自由に行き来できる唯一無二の存在である。出生後、漸くアベンジャーズに慣れたヴィジョンの主導によりアベンジャーズ独自の監視ネットワークの構築と形成は想定を超える勢いで進んでいった。協力するヴィジョンが最も真剣に取り組んでいたのは、亡き母を想う気持ちが誰よりも強かったからだと思われる。

 

 トニーも、今回の一件に思うところがあった──というより、()()()()

 ソコヴィアで息子を亡くした女性の慟哭。レイニーの収監。両親の死の真実。スティーブの離反。

 

 いままで、良くも悪くも自己を貫き続けていたトニーも、自分を変えなければならないと思い至った。

 トニーは元々スターク・インダストリーズの社長だった伝手を利用して、現在はアベンジャーズ基地から離れて世界各国を回っている。アベンジャーズの活躍の宣伝、現実世界における情報網構築の手回し、ついでに世界滅亡の可能性を警告し自衛用パワースーツの設置の提案など、これから訪れるかもしれない未知の脅威に備えるべく活動を始めた。

 

 決して、レイニーの脱退を認めたわけではない。

 だからといって抜けた穴を見過ごすのは唯の怠慢だと言い聞かせ、残されたアベンジャーズは各自行動を開始していた。

 最悪の事態を回避するために。

 最善の選択を掴むために。

 亡き仲間が守ったものを、失わないために。

 

 それが、脅威に立ち向かい世界を守る英雄(ヒーロー)の在り方だから。

 

 

 

 それは、それとして。

 レイニーにはアベンジャーズ以外にも関わりのある団体──もとい、会社があった。

 ベンディ・アニメーション・プロジェクトである。

 

 

 

 

 

 Chapter 119

 

 

 

 高層ビルが立ち並ぶニューヨーク。どのビルも大企業に名を連ねるに足る高さのビルばかりだが、そのうちの一つは少し様相が変わっていた。

 灰色の無機質な一色を占めるビル。その根元で、大勢の人だかりが押し寄せていた。記者、カメラマンなどの報道陣や、どこから来たかもわからぬガヤの連中。防犯対策によく使われるようなカラーペイントのボールを投げつけ、〝汚い〟と頭に文字が付くほどカラフルな色合いでビルを穢していた。

 

『みなさんこちら、かの有名なアベンジャーズの裏切者ユカリ・アマツが経営していたと言われているビルです! 彼女はアニメーションを作る傍らで密かに国家転覆を画策していたと噂されています! このビルはその拠点だったのではないでしょうか!』

『アニメ作りなんかやめろ──!!』

『くたばれベンディ!!』

『我々は朝から張り込みを続けていますが、従業員が入る姿を目撃していません。しかし、しかしです! あの悪名高き悪魔ベンディであれば、超常の力を使ってビルに入ることも可能なのではないでしょうか』

『ホントウに従業員なんているのかしら? 全部ベンディとかいうヤツが産み出した奴隷なのではなくて?』

『実は架空の会社で名義も全部データ上だけのもの、つまりいままでの会社の利益は全部ベンディの私腹を肥やすだけのものだったとの疑いが!』

『件のアニメーション動画に関しても、ベンディという知名度をあげ注目を集める宣伝の意味合いがあったのではないかと専門家からは多くの声が上がっています。我々も、是非ともこのビルに侵にゅ…いえ、潜入捜査に加わりその真相を突き止めたいところですが…』

『オラ、シャッター開けやがれ!』

『責任者出せー!!』

 

 

「……まったく、外はうるさいな」

 

 ガヤが集まるビル──()()()、ニューヨークに立ち並ぶビルにしては少々低く、そして比較的質素な見た目のビルの窓から離れた男クエンティン・ベックは、騒ぎ立てるマスゴミの連中に深いため息をついていた。

 目頭を抑えるベックに苦笑いした社員がコーヒーをデスクに置いて、小さく嘆息した。

 

「まるで対岸の火事ですね」

 

 そう、表向きは目立つビルを本社に構えていたがレイニーの画策によって実際社員が働く場としているビルは別に構えていた。というのも、あまりにベンディが有名過ぎて起業当初からちょっかいを出す小悪党が多過ぎたのが悪目立ちしていた。いちいち防犯システムとして働きすぎるインクの受付嬢が小悪党共への過剰な自己防衛を止めるために社員を呼び出しては、作業効率が落ちるからだ。

 幸いにもベンディ・アニメーション・プロジェクトの収入は安定したものであり、以前のニューヨーク大戦でボロボロになった安上がりのビルを買い取ってリフォームするだけであればそこまで金は掛からなかった。名義に関しても『Benjamin Franklin Parker』というレイニーとは無縁の偽名を用いているため、足がつく可能性は低い。

 

 しかし、その配慮も。

 すべては()()()()()()を予測して、レイニーが尽力していたのであれば無理やり納得せざるを得ない。

 

「そうも言ってはいられない。現実、あの事件以降提携していた企業からの資金提供の凍結が相次いでる。今はまだ従業員への給料を払えているが、このままでは映画の完成まで会社が持たない」

 

 なまじ、初期の反響が大きかっただけに提携する企業から送られた資金は潤沢だ。アベンジャーズのベンディという知名度と将来性を見越してのことだろう。

 それを裏切る形になってしまったいまとなっては、頭を床まで押し付けても謝った気分にもなれない。

 だが、

 

「……みんな、今日も全員出勤か」

 

「ええ。ニュースや報道もなんのその。時間通りに通勤して励んでますよ」

 

 それでも、プロジェクトのメンバーは誰一人として欠けたりはしなかった。ベックにはそれが信じられず、社長室の椅子から腰を上げて社員がいるフロアに立ち寄った。

 

「ここの塗りが甘い。もう少し前の原画に合わせた濃さに調整できるか?」

「やってみます。前の原画、こっちのPCに入れてください! おねがいします!」

「ここのシーン、口パクで動かすより台詞に合わせて口角の形を変えないか? ベンディは確かにインクの悪魔だが、もう台詞は決まっているんだからそっちの方がいいだろう」

「ヒッヒッヒッ、おーいこのシーンの光源ってどこ方向? 流石に丸影は手抜き過ぎないか。違和感バリバリで…ヒヒッ、見てらんないんだが…ククッ、あーだめだ昨晩見たクソアニメのクソ映像思い出すと笑いが止まんねぇ! 豪華声優使い潰すスタジオほど罪なモンはないわな!」

「うっわ、誰だよこの描き込みやったやつ! まて、これアタシにゃ続き描けないって! ワンカット1000枚レベルの変態か! 担当呼んで!」

「んごご、ごめんちょっと休むわ仮眠摂らせて……2日ぐらい」

「「「オッケ2分ね」」」

「ごめんて2時間でよろ」

 

 様子こそ、普段の2割り増しで忙しそうではあれど。

 いつもと変わり映えのない職場(にちじょう)だった。

 

「みんな、ちょっといいか。手を止めても大丈夫なら、止めて聞いてほしい」

 

 パン、と一回拍手で注目させたベックは社員が作業の手を止めて静まり返ると、小さく息を吸って落ち着かせた。元々ベックはあがり症だ。

 

「今朝、また提携を打ち切られた企業から電話が来た。これで7件目だ。まだ協力してくれている企業はあるが…それでも、いつ資金が途切れるかわからない。

 ……社長代理としての判断だ、もし自分に「もうここで仕事するのは無理だ」と判断したのであれば、辞めてもらっても構わない。別に後ろ指を指すことはないし、後ろ髪を引かれる思いを抱かなくていい。これは、ユカリ社長の責任なんだから」

 

 事実上の、解雇宣言のようなものだった。

 資金が確保できないということは、給料を払えないということ。仕事という労働力を提供する以上はそれにもあった見返りを給料として支給することは、会社における必要最低限の義務である。そして社員はそれは受け取る権利がある。

 

 つまり、もしこの場に残るということは無給で働くという覚悟を決めなければならない。

 

 勿論、絶対に無給で働く未来が訪れると決まったわけではない。まだ提携してくれている企業はいくつかあるし、レイニーが密かに溜めていた予備財源もある。それが尽きない限りは給料を払える。働くことができる。雇える。

 

 だがその資金だって無限ではない。有限、必ず終わりが来る。来てしまう。映画が完成するのが先か、資金が尽きるのが先か。社長代理であるベックの判断では()()()()()()()()と踏んでいた。

 すると、社員の1人がおもむろに手を上げて立ち上がった。

 

「俺は、大丈夫ですよ。好きなベンディの仕事に関われるなら、無給だって構いま「それはダメだ!!」え…」

 

「それは…ダメなんだ…」

 

 断腸の思い、だった。

 無論、無給で働かせるような企業がないわけではない。寧ろ雀の涙ほどの給料だけで馬車馬の如く働かせる企業などこの世にはごまんといるだろう。所謂、ブラック企業というもの。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「9時出勤18時退勤。タイムカードを押してもらって、出勤できなかった場合は後で連絡してくれればオッケー。過度の労働が見られそうににあったら社長権限で有給取らせるから、引継ぎの準備と完了までの期間を考慮して働いて貰うからね。

 ウチは絶対ブラック企業なんかにならない。スタジオの悪夢に呑まれてはならない。悲劇を二度と繰り返さない。これが最優先事項、オッケー?」

 

 

 それが、社長(ユカリ)と決めた最初の約束だから。

 無給で働かせることは、社長代理たるベックが許容してはいけなかったのだ。

 

「……社長」

 

「…なんだ」

 

「ちょっと顔借ります」

 

「……は?」

 

 

パッチーン!!

 

 強烈なビンタ音。

 だがベックの頬に痛みが走ったわけではない。当然だ、ベックの目の前に近寄った社員が自分で自分の手を叩いて、さもビンタを喰らわせたように見せかけただけなのだから。精々ちょっと目の前で生じた高音に鼓膜が痛んだ程度で済んだ。

 しかし、それで十分だった。

 

「ええ、えぇえぇそれは分かってんすよ社長代理。これからの将来性を踏まえて、ついでにリスク管理の側面も考慮してウチらを気遣ってくれてんでしょ? でも、社長は私たちを裏切ったんだから、社長のいいなりになんかなる必要ないんすよ」

 

「ちが、お前っ、社長は裏切ってなんかっ」

 

「わかってますよ~」

 

 焦るベックににやりと悪戯っぽく笑いかける社員。それは、よくレイニーが茶目っ気かましたときに浮かべるような純粋な笑い顔と酷似していた。

 

「みんな、分かってますよ。社長は裏切ってなんかいない。ちょっと蹴っ躓いて大怪我しただけです。んね」

 

「まぁあの見た目だしおっちょこちょいなとこあるしな」

「マスゴミの報道が的外れすぎて笑ってまうわ。やっぱああいうのはアテにしちゃイカンなー頭悪いわ」

「いやぁ寧ろHYDRAの資金繰りの為に働いてたってんならまだマトモな発想ですけどね。でも実際はただアニメ作ってるだけってんだから、マジクレイジーですウチの社長」

「でも……な」

「ああ、うん。そんな社長だったから私たちはついてくって決めたんだ」

「寧ろアレよ、中途半端にポイ投げした社長に恩を仇で返そうぜ的なスタンスでアニメ完成させて驚かせようぜ! 絶対、絶対帰ってくるんだから…なぁ!?」

「そうそう! 帰ってくる…帰ってくるんだから…ぅ、ぅあぅ…」

「馬鹿、泣くな。せめて原稿濡らさないところで泣け…ああ、クソ」

 

 ──思うところは、あった。

 何してくれたんだと。何やらかしたんだと。迷惑かけて。無責任に放り出して。世間のバッシングが予想できなかったのかと。ふざけるなと。最初は、社員全員が最もで当たり前な憤りを感じていた。

 

 でも、社員たちは知っている。

 

 誰よりもこのプロジェクトに情熱を注ぎ、誰よりも社員の安否を気遣う社長(ユカリ)のことを。

 で、あるならば。

 仕方なかったと。

 しょうがなかったと、諦めるしかない。

 社長(ユカリ)だって悪魔である以前に人間だ。ミスは犯すし、避けられない困難に直面することもある。仮に最善を尽くしたとしてもどうにもならないことがあるのは、ニューヨークでの惨事で皆が学んだ教訓だった。

 

 もし。

 もし、こんなミスを社員がしでかしていたら。社長(ユカリ)はどうしていただろうか。

 きっと、いつもみたいに少し困った顔をして窘めていたに違いない。そして、その失態を補填すべく奔走していたに違いない。

 

 で、あるならば。

 

「私たちが、社長の帰りを信じなくてどうするんだ! 私たちが、社長の意思を継がなくてどうするんだ! そうだろ!?」

 

 妄信ではない。崇拝ではない。信仰でもない。狂信でもない。

 これは、純粋な信頼だ。

 社長と社員という、極めて事務的で無機質な関係性から生まれた信頼だ。ユカリ・アマツという人格をよく識る社員たちだからこそ至った確信であり、それが自分たちの為すべきこと。

 自分たちを救い上げてくれた恩人への、せめてもの恩返し。

 資金が尽きるのがいつかは分からないように、ユカリの帰還がいつかもわからない。どちらも不確定要素。

 

 ならば簡単。資金が尽きるよりも早く、ユカリの帰還よりも速く映画を完成させてしまえばいい。

 

「途中でほっぽりだした社長に、一泡吹かせてやろう! アッと驚かせて、社長の泣き顔拝ませて貰おうぜ!」

 

「「「オォ───!!!」」」

 

「お前たち…」

 

 社員たちの熱気は、ベックの予想を遥かに凌駕するものだった。

 怒りや憤り、悲しみを押し殺すことなく、それらを作品の製作という原動力に繋げる。

 

 

 この世界で最もユカリ──レイニーと接してきた人々だからこそ、唯一悪意(レイニー)()バイパス(コールソン)が不在になっても悪性に傾かない、稀有な存在になったのである。

 

 

「ああ、本当に馬鹿で愚かだなお前たちは」

 

 でもな、と続けて。

 

「私はお前たちよりも大馬鹿だ! よしわかった、最短最速で、最高の映画にできる筋道(プラン)を立ててやる! この作品への情熱が、この会社で誰よりもあるということを証明してやる!」

 

 ベンディ・アニメーション・プロジェクトは、(ホワイト)のままではいられない。

 かといって(ブラック)に浸る訳でもなく、限りなく黒に近い(グレー)に染まる形で、誰一人として欠けることなく活動は継続されることとなった。

 

 

 

 

 

 Chapter 120

 

 

 

「……オイ、マスコミ多過ぎて近寄れねぇぞどうする?」

 

「しょーがねーだろアレが()()だってことは一目瞭然なんだから、俺ら以外の連中も気付くのは無理ねぇって」

 

「だがどうする、いくらエニシ様のご息女の要請とはいえ我々HYDRAの残党を集めたところで」

 

「イイヤ、あの会社は資金繰り以外に兵器開発に着手してたらしいぜ。なんでも宇宙船開発の有名な企業と提携してたらしいけど、裏じゃニューヨークで宇宙人共が落としてった例の兵器を回収してたとか」

 

「なるほどな、今回の合図はその武器の受け渡しと今後のプランの告知、という線もあるか」

 

 マスコミが蠢くビルがギリギリ見える位置に構えたレストランにいた男たちは、注文したスパゲティやステーキに舌鼓を打ちながら声を潜ませて話し合っていた。

 見た目だけなら国籍も出身もバラバラそうにみえるアンバランスな彼らだが、彼らなりに服装や付け髭などの変装で誤魔化し、今のニューヨークに馴染み、他人からの印象を薄めるような恰好に様変わりしている。これらも、エニシ・アマツが残した遺産の一つ。

 会話内容からわかる通り、彼らは世界各地に散らばっていたHYDRAの残党である。S.H.I.E.L.D.崩壊と同時にHYDRAも母体を失っており、ソコヴィアで唯一残党の中でも最大勢力を誇っていたバロン・フォン・ストラッカーの組織も瓦解し根無し草同然だった。

 

 しかし、HYDRAの残党は諦めていなかった。忘れていなかった。HYDRAの創設者に名を連ねるエニシ・アマツの一人娘、ユカリ・アマツの存在を。

 

 暫くアベンジャーズという組織を隠れ蓑としていたが、ついに行動を起こした。

 国際会議のテロ。バッキー・バーンズの暴走。空港の破壊。そしてアベンジャーズという組織の崩壊。

 この一報が世界中を駆け巡り、HYDRAの残党はやはり、と感付いた。

 

 やはり、ユカリ・アマツは我々(HYDRA)の仲間だと。

 

 そして、これは合図だと。

 アベンジャーズの崩壊こそ失敗に終わったが、それでも致命傷には至った。盛った毒は死に至らしめることは叶わなかったが、服毒には至ったと。

 いまこそ、HYDRAが蜂起する機会だと。

 

 ではどこに集えばいいのか? 組織無き組織を利点とするHYDRAにとっては連絡系統が命綱。だが、情報とは()()()()と伝えるものほど怪しまれる。

 だからこそ。

 

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 この考えに至ったHYDRAの残党も、流石エニシ・アマツの娘だと感心した。そして事件報道後、次第にベンディ・アニメーション・埔里ジェクトの会社があるニューヨークにHYDRAの残党が集い始めたのである。

 

「……」

 

「イッテェ! おいちょっとアンタ、椅子の背凭れぶつけるんじゃねェよそんなに狭くないだろ」

 

 突然、ステーキを頬張っていた男の背中に衝撃が走った。背中合わせの別の客の椅子がぶつかってしまった。

 

「……どうも、すみません……ハイル・ヒドラ

 

「!」

 

 席を立った背後の客は男に謝る際に耳元に口を寄せて、キーワードを呟いた。

 鼠色のコートに茶色のカバン、ハンチング帽という一見一般人に見える姿の男──否。

 

()()か、なるほどな)

 

 集ったHYDRAの残党の一人が、気付いた。

 コートはボディラインを隠すため。ハンチング帽は比較的に男性が被る印象が強く、なにより目元と髪を隠しやすい。ネクタイこそしていないものの、成人男性並みの高身長を女性とは思うまい。コルセットか何かで固定していても、真正面の、それも首元から覗ける胸元の膨らみは女性であることを示していた。

 そして、男装している珍しい女性がHYDRAの同志の証である合言葉を口にするということは。

 

「おい、さっさといくぞ。あーウェイター、金はここに置いていく。余りはチップだ。ホラ行くぞ」

 

「おっおう」

 

「へへへ、やっぱお嬢はすげぇ! よくこんなバレないやり方思いつくよな!」

 

「おいお嬢ってなんだお嬢って」

 

「へへっ、だってあのエニシ様のお嬢さんなんだろ? だったらお嬢でいいじゃねぇか。これからの俺たちのカシラになってくれるわけだしよ!」

 

「あまり御方の名前を出すな。だが…お嬢、か。まぁ名前を隠して呼ぶなら悪くはないか」

 

 レストランから出た男たちは、件の男装女性の後を追う。それも、周囲の人間にはストーキング行為だと気付かれないようにある程度距離を開けて。

 もし、距離を空け過ぎても女性が立ち止まらなかった場合は無関係者と切り捨てられる。だが、

 

(……立ち止まったな)

 

(ビンゴだ。アイツについていこう)

 

 信号機の関係で立ち止まった男たちから離れた女性は、ふと周りの景色を見るために立ち止まったような仕草を見せて男たちに目配せする。このサインで、推測は確信に変わった。彼女はユカリに指示された駒の一人であると。

 

 つかず離れず一定の距離を保って追跡を続けると、ニューヨークでも人通りが少ない裏路地へと女性は進んでいった。男たちも後に続く。人の気配はない。

 

「なるほど、ここはカメラも少ない。うってつけの場所だな」

 

「お嬢はやっぱすげぇや」

 

 男の一人は和気藹々とユカリの思慮深さを褒め称える。

 しかし、裏路地を突き進んだところで女性が立ち止まってした。突き当り、袋小路だ。

 

「……おい、道案内はここまでか?」

 

「ええ、ここまで」

 

 先程の邂逅では気付かなかったが、男たちの耳にやけに聞き覚えのあるような女性の声が滑り込んだ。

 瞬間。

 

「えっ…!?」「なっ、おいっ!!」「か、身体が…!」

 

 ()()()()()が男たちの全身に纏わりつき、身動きが完全に封じられた。

 人外の力。それは分かる。だが何故このタイミングで拘束を? そんなことは決まってる。

 目の前の女は、HYDRAの一員ではなかった。

 

「おいッ! その声! まさかお前…!」

 

「ご推察の通り」

 

 ハンチング帽が乱暴に投げ捨てられる。帽子に収まっていた金糸が空中を踊り、男装していた女の素顔が明らかになった。

 赤い念動力を手繰る魔女。

 アベンジャーズの一人。

 

「スカーレット・ウィッチ……!」

 

「うッ…クソ、ッタレ……」

 

「マジかよ…アグッ、ぐぅ……」

 

 ワンダの手がギュ、と拳を作るように固められる。その動きに合わせるように、男たちを拘束していた念動力の締め付けがより強力なものとなり、気絶させるに至った。

 念動力を解き、それでも地に伏した男たちが動かない様子を確認したワンダは合図を送る。

 

「ご協力、ありがとうございます」

 

「あとは任せたわ」

 

 人気のない裏路地、何もない空間から防弾チョッキを羽織ったエージェントたちがぞろぞろと姿を現した。ステルス迷彩によって巧みに姿を隠し、潜伏していた対テロ対策チームのメンバーである。全員顔面を保護し覆うようなヘルメットを装着しているため、一人一人の素顔は分からない。個を捨て、集団として活動する上では都合がいいのだ。

 

「あとは我々で」

 

「そうして。報告書は基地で書いたものを送っておくわ」

 

「……そうですか」

 

 事務管理上、作戦結果の報告書を書くのであれば対テロ対策本部である方が都合がいい。だがワンダは頑なにアベンジャーズ基地以外への帰還を好まなかった。融通が利かないともいうが、ワンダなりのポリシーでもある。

 話しかけたエージェント──シャロン・カーターは、ヘルメットの中で残念そうに顔を歪めていた。

 

「……わかりました。基地までの経路はこちらで確保していますので、どうぞ」

 

「……どうも。悪いわね」

 

 やや含みを持たせた謝罪は、ワンダなりの気遣いというものだ。

 対テロ対策チームのエージェントと別れを告げ、投げてフェンスに引っかかったハンチング帽を再び被ると路地裏を出た。大通りには無数の人々が往来していて、いつも通りの何の変哲もない普通の様子。

 

 

 その普通が、誰の犠牲で成り立っているのかも知らず、我が物顔で。

 

 

(……いけない)

 

 つい力が暴走しそうになって、己の内に巣食う感情を鎮める。

 

(こんな考え、義姉さんは望んじゃいない)

 

 誰かの犠牲で成り立っているのがこの世界の日常だ。人とは犠牲無くしては生を謳歌できない獣。その犠牲の環の中に、レイニーも入ってしまったと何度も言い聞かせ、吐き捨てたい罵倒も努責もすべて飲み込む。

 

 幸福な人々を妬むのではなく。

 それが守るべき世界の姿と、言い聞かせて。

 

 

 

 

 






 彼女がいなくなった世界 了


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