パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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契約の矮星は堕つ

 

 

 

 Chapter 120 → 116 → 111.5

 

 

 

「タイム・ストーンの見る未来を『X"』と仮定します。今私たちがいる現在を『A'』、過去を『A』とすれば、このXに入るものはなんでしょうか?」

 

 ネパール カマー・タージ

 

 日が昇り切って光が降り注ぐ炎天下、とはいえ文字にするほど暑さを感じなくなったスティーブン・ストレンジとブルース・バナーは、呼び付けられた師エンシェント・ワンの謎かけに首を捻った。

 理論(ロジック)の話ですからね、とエンシェント・ワンは続けて、空中に煙で文字を描く。さも、何もない空間こそが万能のメモ帳であると示すように。

 

 

  過去『A』 → 現在『A'』 → 未来『X"』

 

  『X』 = ?

 

 

 「'」の起源は、古い。

 apostrophe(アポストロフィー)を、この世界で最も親しまれた英語で扱うならば、省略という意味合いが強い。

 I amであればI'm、you areであればyou're。変わったところでは古英語es(所有格語尾)に由来する's(所有接語)もある。

 他にもドイツ語、フランス語等でも同様に省略の意味合いで用いられるが、今回エンシェント・ワンが用いるのは別の意味合いだ。

 

「……ええーと、その「'」と「"」はprime(プライム)…つまり、僕たちに合わせて表現してくれてるんですよね? 物理学としての」

 

「…あぁー、なるほど。ベクトル計算とかでよく使った(x,y,z)(x',y',z')とか、(a,b,c)(a',b',c')とかのアレか」

 

「そうそうアレアレ」

 

 バナー、ストレンジ両名も現代科学に精通する共通点があることから飲み込みと理解は速かった。最も、これから説明することをより分かりやすく、そして速く理解し納得してもらうためのエンシェント・ワンの配慮とも言えるが。

 「'」とは、主に相対性を示す際に用いられるものである。今回の場合、既存の使い方に準えて同等の属性、或いは他の存在との関係性を保ったまま生じた変化を表現する上で用いている。

 

「そんなの、字面からして『A』なんじゃないか? タイポグリセミアよろしく最初と最後が出てるわけじゃないが、過去『A』からきて現在『A'』なら、未来が『A"』でないのはおかしいだろう。急に『D』だの『J』だの『M』だの出てきたらアインシュタインもビックリだろうさ」

 

 不遜に答えるストレンジは伸びた髭を掻きながら吐き捨てた。若干態度面はよくない。

 

 

 例えば、『およはう』と書かれているのに『おはよう』と読んだり。

 

 『リニェアール』と書かれているのに『リニューアル』と読んだり。

 

 『トイレツマル』と書かれているのに『イトフシムラ』と読んだり。(違う)

 

 

 要は、文章内に含まれてる文字を並べ替えても、語頭と語尾がその単語を連想するに足るものであるならば多くの人間はその文章を問題なく読めてしまうという変わった現象のことだ。

 言葉通りに()()()()()ならば、前後の文字から法則性(ルール)を発見し、法則性(ルール)を応用して答えを導き出す人間の視覚に基づいた理論(ロジック)とも言えるだろう。

 

 今回の場合は最初の『A』と途中の『A'』まで判明されてるが最後の『X"』が『A"』でないことがネックだ。しかし、ストレンジが言っていることはもっともで、文章内に『A』以外の要素が存在しないのに『A』以外に当てはまる文字を答えろという方が無理な話である。

 当然、そこまで理不尽な無理難題を押し付ける師ではなく。

 笑顔で、弟子をヒマラヤに置いて行くレベルの試練を与える師ではある。

 

 いや、この師スパルタにかこつけて割と無理難題を押し付けたりはするが

 

「その通り、過去『A』という前提を踏まえた上で進んだ現在『A'』という時間軸仮称『A』であるならば、この『X』に当てはまる文字は『A』つまり未来『A"』という表記で問題ありません……ええ、理論的に、極めて現実的に考えれば導き出される当然の解答です。

 

 ですが悲しいことに、()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあります。

 

 この仮定未来『X'』というのは扱いが難しいもので、例えば『B』という過去を始めとして生まれた『B'』という次元であった場合はこの『X』が『B』になりますね?」

 

「何が言いたいんですかつまらない問答ですか? なら修行に戻らせてもらいますよ。まだ読んでない本あるんで」

 

「ああっ待ちなよストレンジ、もうちょっと師の話しを聞こうじゃないか。どうせスリング・リングの転移で目の前に戻されるんだしさ」

 

「…クソッ」

 

(なんでこんなに悪態つかれてるんでしょう)

 

 身から出た錆、とは気付いていない。

 エンシェント・ワンはハァとため息をつき、

 

「現実に思いつく要素だけで結論を急ぐのは貴方の悪い癖ですよミスター・ストレンジ。

 …先に述べたように、私たちが『A』と認識している過去が『A』でなかった場合、この前提は成り立たないということです。私たちは時間の流れを外から眺める観測者ではなく、その時間の流れに囚われた存在に過ぎない。対岸の獣は川の流れを草の中から覗くことはできても、川に流されている木の葉が川の流れを見ることはできないでしょう?

 同様に、如何に『A"』に見える過去『A』、現在『A'』を辿ってきたからと言って、『X = A』という方程式が成立するとは限らないのです」

 

「…ええと、つまり、そのタイム・ストーンは未来を見通すことはできても、この次元における未来とは限らない、ということですか?」

 

「そうなります…いえ、そうなのかもしれません」

 

「オイオイいきなり呼び付けといて特別講義じゃないのかよ時間返せ。こういうことわざ知ってるか? 『Time() is() Money(金なり)』ああ、でも『Money(金は) is the(諸悪) root() of all evil(根源)』だっけ。あとこんなジョークもあったか、『Girls(女は) require(時間と) time(金が) and Money(かかる)』」

 

「………ってそれオイっ、師匠に言っちゃダメだろストレンジッ!!」

 

「なんだなんだバナーくん私の言ったことわざで()()()()()()()()()???」

 

 

 Girls(女は) require(時間と) time(金が) and Money(かかる)

 ①Girl = Time × Money

 

 Time() is() Money(金なり)

 ②Time = Money

 

 Money(金は) is the(諸悪) root() of all evil(根源)

 ③Money = √(Evil)

 

 ①②③より、Girl() = √(Evil) × √(Evil) = Evil()

 

 

「………ニッコリ」

 

 す…とエンシェント・ワンの嫋やかな手が横凪に振るわれ、トンとストレンジの頭部を直撃する。瞬間、ボンとストレンジの身体からアストラル体が飛び出て、現実のストレンジの身体が死体の如く地面に突っ伏した。

 ロクに受け身も取らずに。顔面から。盛大に鼻血の華が咲く。

 

「ウァアアアアアアアア!? わ、私の顔がぁあああああああ!?」

 

「ストレンジー!? だ、だから言ったじゃあないか、師匠に失礼なこと言っちゃダメだって、このやり取り何回目なんだよ! もうキミ、アストラル体でいる時間の方が長くなってるんじゃないか?」

 

「そんなことになってたら私の身体は死んでるだろうが!! オイ! 悪ふざけもいい加減にして早く私を元に」

 

「ニッコリ」

 

「あ、ハイ…す、す…クソッタレめ今に見てろすみませんでした…」

 

「…心の声駄々洩れですが、まぁいいでしょう」

 

 (少なくともバナーの前では)既にこのやり取りまでがデフォと勘違いするくらいのタネなし幽体離脱芸も程々に、珍しく(いつも通り)しかめっ面をほんの少し緩ませたエンシェント・ワンはストレンジの魂を手繰り寄せて元の身体に戻す。まるで痙攣でも起きたように全身をビクンと震わせたストレンジの身体は、在るべき魂を取り戻せたおかげで依然変わりなく動けるようになった。ただし、若干痛む鼻柱から真っ赤な鼻血を流して。

 身体を取り戻して早々エンシェント・ワンに報復しかけようと突っ走るストレンジをバナーがどうどうとあやして羽交い絞めにする中、そんな光景も気に留めずエンシェント・ワンは首に掛けたアガモットの目を手に取った。

 

「いままでタイム・ストーンが見てきた未来は、私自身の力で変動する余地のある、不確定ではあれど辿る可能性の高い未来だと思っていました。だから私もストーンで見た未来を予測して危険を回避し、こうして五体満足で生きてます。ですが……最近見る未来は、本当にこの世界における未来なのかと、疑問に思うのです」

 

「…それは、見た未来が荒唐無稽すぎてありえないとか、そういう?」

 

「そうとも言えますね。実際、このストーンで見たある未来では、()()()()()()()()()()()()()()

 

「「………は?」」

 

 ピタリと。

 思わず、下克上上等で反逆の翼を翻そうと目論んでいたストレンジ、そしてストレンジを抑えていたバナーも時が止まったように体の動きを止めた。

 あまりのショックで、ただ唖然という様子を、喉から呆けた声を出すことでしか示せなかった。

 

「その件に関しては、先日お会いしたアスガルドの王との話で確証を得ています」

 

「あの、眼帯の爺さんが?」

 

「彼の名はオーディン。アベンジャーズの雷神ソーの父にしてアスガルドを治める王です。なんの因果か知りませんが、不義の息子に追放されてこちらを彷徨っていたところを、愚弟子に保護されたものですから…話が逸れましたね」

 

「今はノルウェーに行ってましたっけ。簡単に家も作ってやったら大層喜んで引きこもってましたね、ひとりぼっちの老人ホームかっての。いいご身分だ」

 

「ええ。かの王も同様に、私が以前タイム・ストーンで見ていたものとほぼ同じ未来を見ていました。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──とも」

 

「…その未来って、どんな未来なんですか?」

 

「この地球全土がインクに飲まれ、やがて悪魔と化す未来です」

 

「……トニー?」

 

「何? あの成金ヒーローがどうした」

 

「成金ヒーローって…コホン、あー…僕達の仲間のトニーなんだが、以前ロキの杖、マインド・ストーンに触れた時にある未来を見たと言ってたんです。酒の席で酔った弾みに聞いただけなんですが…」

 

「ほう、どんな?」

 

「ええと、まずボロボロになった僕たちがいて、レイニーがひどい拷問を受けたみたいになってて、胸から何かが内側から喰い破ったみたいな、そんなヒドイ光景らしくって…地球が真っ黒に染まってそこから悪魔の腕が…こう、グワーッて宇宙に手を伸ばしてるんだそうだ」

 

「なんだそりゃ」

 

「………」

 

 ストレンジは何が何だかサッパリ、という風に首を傾げるが。

 エンシェント・ワンだけは、その話に対し腕を組み、眉根を寄せて考え込んだ。心当たりが、有り過ぎた。

 

「……地球がインクに飲まれ、宇宙の星々を喰らう悪魔と化すところまで同じですね。残念ながら私はそれ以上の未来を観測することができませんでしたが、かの王は次々と銀河から星の輝きが潰え、アスガルドにまで手を伸ばしていた光景を視たと」

 

「するとつまり、あのベンディが暴走して地球を飲み込むってか?……ま、あり得なくはないがな」

 

「馬鹿言わないでくれ、あのレイニーだぞ? アベンジャーズのデビルヒーローの彼女がそんな凶行に走るなんて、想像もつかないよ。しかし…そのタイム・ストーンで見た未来では、ソーのお父さんからすれば既に訪れたはずの未来。だけど……現に地球は存在してるし、インクに飲まれてもいない。これが、不確定な未来が変動したっていう確たる証拠なんじゃないか?」

 

「多少ズレただけだろ。確定した未来じゃないにしろ1、2年くらいはズレるだろうさ」

 

「……そこで、先程の話です。もし、もしこの次元が仮称『A』だとして、私やオーディン、そしてトニー・スタークが見た未来は『A"』ではなく、他の次元において訪れてしまった未来『X"』なのではないかと」

 

 つまり、『 A → A' → A" 』ではなく。

 

 『 A → A' → ?

   ? → ?' → X" (3人が見た未来)』

 

 なのではないかと。

 

「…その、タイムストーンとやらは、そんな漠然とした未来しか見えないのか?」

 

「……もしかしたら」

 

 恐らく時間的魔術において、この地球は愚か全宇宙でさえも最も精通しているであろうエンシェント・ワンも、タイム・ストーンが見せた未来の光景、その正体に、手が届きかける。

 

「もしかしたら、私たちが見た未来が『A"』だとして。この世界は、『A'』などではなく『B』……いや、もっと先の───」

 

 

ピキッ

 

 

「ッ拙い」

 

「ンッ!?」「なんだ? 雲? 急に暗く」

 

「ストレンジ、至急ウォンとマスター・ハミヤ、カエシリウスに連絡を!」

 

「お、おいおいどうしたんですかいきなり」

 

「時間がありません。彼女が…彼女が、レイニー・コールソンの反応が途絶えてしまった! 契約が為されてしまう、奴が来る!」

 

「奴って、」

 

「ドルマムゥです!」

 

 分厚い雲が──生じたわけではない。

 太陽が消えた──わけでもない。

 ただ、金属音が割れたような音に連なって。

 カマ―・タージに暗闇が立ち込めていた。

 

 影がない。当然だ、光がないのだから。

 闇しかない。境界もあやふやで、常人であれば自我も保てず精神崩壊してしまうであろう、暗黒。

 正真正銘、暗黒(ダーク)次元(ディメンション)の支配者による侵攻だった。

 

「ドルマムゥって、サンクタムがあればこっち来れないんじゃなかったのか!?」

 

「いいえ、ドルマムゥは数年前、サンクタムが健在であるにも関わらずこちらに侵出しました。数年前に我が弟子にカエシリウスを唆し、闇の魔術を通じて、両の(まなこ)を代償に奴を降臨させてしまった」

 

「ええっ!?」

 

「…そうか、そういえばアイツ、代償で視力を失ったとか言ってたな! てっきり砂利が目に入って失明したのかと思ったが!」

 

「ですが、その時居合わせた──いえ、実際に彼を唆したのは彼女かもしれませんが──1人の少女が、不遜にもドルマムゥと契約を取り交わし、奇跡的にドルマムゥの地球への侵出を阻止しました」

 

「1人の少女って、まさか」

 

「ええ」

 

 エンシェント・ワンは、以前レイニーに授けたお守りと全く同じデザインの、ただし白羽の飾りではなく黒羽の飾りを付けたアクセサリーを、懐から取り出した。

 蓋を開くと、玉鋼のような白銀の鏡に無数の亀裂が走っていた。

 

 

「レイニー・コールソン。宇宙の化外を総べる邪悪、混沌(カオス)次元(ディメンション)の覇者、混沌神シュマゴラスの触覚、起源(インク)の悪魔──ベンディに呪われ、取り憑かれた少女です」

 

 

《笑止》

 

 

「!?」「な、今の声どこからっ」

「全方位警戒!」

 

 空間を駆け巡る鈍色の声。一歩でも踏み出せば元の場所には戻れない、そう確信させる暗闇の瘴気のなかで、エンシェント・ワンらは互いに背中を預けて円陣を組み、全方位に索敵を張り巡らす。

 しかし──この瘴気は()()エンシェント・ワンたちをも飲み込む勢いで充満したが、一体どこから沸いたのだろうか。発生地点は? 規模は? 人々の悲鳴は?

 もし暗黒次元からの侵出を察知しようものなら、たとえ地球の裏側で出現したとしてもエンシェント・ワンであれば容易に転移し現界を防げたことだろう。現に、エンシェント・ワンは事前にドルマムゥの気配を察知できなかった。

 では、何故。

 

 

《我らが主君の名を軽々しく口にするとは…》

 

 

「まさか……」

 

 

《不敬!》

 

 

 声はすぐ、自分(エンシェント・ワン)の首から。

 苦しみ悶えるエンシェント・ワンの額に、闇の魔術の紋様が黒く、濃く輝く。カラクリに気付き、自害によってドルマムゥの侵出を阻止しようと喉元に爪を突き立てるも、瘴気の噴出は止まらない。

 

 答えは、明白。

 ドルマムゥの侵出場所は、エンシェント・ワンという人間そのものだった。

 

「師匠!?」

 

「な、なんで彼女の身体から瘴気が…!」

 

「遅かったか!」

 

「カエシリウス!?」

 

「いいから結界を張れ! 完全にこっちの次元に来たらそれこそ地球は終わるぞ!!」

 

 両目に布を巻いた男、カエシリウスは少なくない同志を引き連れて既にエンシェント・ワンを中心に結界を形成していた。結界を形成しながら走ってきたのか結界の向こう側はまだ瘴気が立ち込めていない。

 

 距離に、騙されていた。

 ドルマムゥという強大な力の化身というイメージに、囚われていた。

 

 レイニーの死を契機に暗黒は訪れ、既に世界はドルマムゥの手に落ちたと、錯覚してしまった。エンシェント・ワンと、ストレンジと、バナーは、少なくともその最悪を予期し、それが『今』だと勘違いしてしまった。

 決してそれは真実ではなく。

 しかし、このままではその未来が現実に訪れる。

 

「どうなってる、何故彼女の身体からドルマムゥが出てくるんだ!」

 

「…奴は、闇の魔法を行使する者を門代わりにしてこっちの世界へ侵出する! 俺の時と同じだ! 師も、あれ以来延命の邪法は極力使わないようにしてた筈だが…なるほど、過去に背負った業からは逃げられないということか!」

 

「それってアレか、喫煙者は煙草辞めても肺は真っ黒のままとか、そういう!?」

 

「まァ、そういう解釈でいい! ところでその鼻大丈夫か! 奴にやられたのか!?」

 

「………そういうことにしとけ!」

 

「ま、待て待て! 師は闇の魔法を使っていたのか!? なんかスッゴクヤバいからやめなさいって言われてたけど!? 本人から!」

 

「よくよく考えてみろ、ケルトが神話になる以前からの存命だぞ! それこそ邪法でも使わねば長生きの説明がつかんだろう…イヤ、今はそんな話をしている場合ではなかったな!」

 

 

《ハハハハハ! 契約は為された! 我が主君の目は潰えた、杯を戴く者は消え去った! さぁ次は私がこの星を喰らってやろう…!》

 

 

 目の前の脅威(人類悪)は、高らかに哄笑する。

 気絶したエンシェント・ワンを人形にように弄び、カエシリウス一派による干渉をものともせず、その強大なる力を地球に現界させる。

 

 

カェシリューシュ(カエシリウス)は、さ」

 

 

(……私は)

 

 

「こんな世界、なくなっちゃえって、思う?

 大切な人がいなくなった世界に、もう未練はないって思う?」

 

 

(私は、この時の為に生かされたのか)

 

 

「わたしは、いやだなぁ

 とおくに残した大切な人に、そうおもわれたくないなぁ」

 

 

 失われた眼が、ズキズキと痛む。

 失明よりも昏い暗闇が迫る中で、カエシリウスは記憶の中の幼子の呟きを、その言葉を反芻していた。

 家族に先立たれた遺族の気持ちはわかる。かつてカエシリウスもそうだった。

 だが、()()()()()()()()死者の気持ちは分からなかった。若く、己の絶望に囚われていたカエシリウスは、先に死んでしまった死者の思いを、理解していなかった。

 

 

 

 

 

 ──And(そして、) then there were none(だれもいなくなった)

 

 

 

 

 






 彼女は悪魔と契約した 了

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