パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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雪花に悪魔は詠う

 Chapter 120 → 109 → 98.5

 

 

 

「ッハァ! ハァッ…! わ、私の、勝ちだ…!」

 

「ハァ…ハァ…ァ、アァ……もう、いい。負けだ、俺の、負け…」

 

 天高く拳を突き上げる勝者(ティ・チャラ)と、勝者の前で倒れ大の字になって天を仰ぐ敗者(キルモンガー)

 全身に流れる汗は血の混じって異様な臭気を放ち。扱われた武器の木片は無数に散らばり。幾度となく振るわれた拳は皮を突き破って骨が擦り減り。

 とても、立った二人の人間が産み出したとは思えない戦闘の跡が、そこには広がっていた。

 それでも。

 それでも。

 

「しょ、勝者……ティ・チャラ! ティ・チャラ王子!」

 

 瞼に隈ができるほど衰弱していたズリが放った号令の後に、遠巻きに、固唾をのんで見守っていたワカンダの国民たちが一斉に沸き立った。

 五回の太陽が昇り同じ数だけ月も昇った。それでも正統な王位継承権を有するティ・チャラとキルモンガーは戦い続け、国民も寸暇を惜しみ睡魔に抗って見守っていた。

 次期国王を、ワカンダの次なる支配者を決める神聖な決闘を、その行く末を。国の未来を担うに足る勝者であるか、見極めるために。

 

「兄さん! 早く止血を、治療室に」

 

「イヤ、まだいい。それにもう血は固まってる」

 

「でも!」

 

 沸き立つ国民の集団から飛び出たのはティ・チャラの実の妹であり皇女としての血を持つシュリだ。キルモンガーとの戦闘では全身に大なり小なり怪我を負っているが、一番派手に見えるのは左顔面の引っ掻き傷だ。

 ──四度目の太陽がワカンダの地平線に現れたとき。そのタイミングを狙って立ち位置を調整し、目晦ましに利用したキルモンガーによる決死の一撃だった。

 だがそれでも、左の視界を失ったとしても、ティ・チャラは膝をつかなかった。負けなかった。キルモンガーに、打ち勝った。

 

(親父が…美しいと言ってたワカンダの夜明け。それに背を向けてまで戦っといてこのザマか…)

 

 決して自分に向けられていない歓声が木霊する中、立ち上がる気力すらも失ったキルモンガーは自嘲気味に笑った。

 

 万感、ではない。

 本当ならば、ワカンダの庇護下で愛でられた憎き王子を討ち果たして、ワカンダを我がものにしてめちゃくちゃに壊すつもりだったはずなのに。

 対等の決闘に臨んだはずなのに。

 その野望を、何一つ果たせずして朽ちる。それは正しく、敗者としての惨めったらしい最後だと。

 祖国を裏切って殺された父を持つ子として、相応しい最後だと、納得してしまった。

 

「……殺せ」

 

「ああ、そうする」

 

「兄さん?」

 

 シュリに簡易キットで手当てをしてもらっていたティ・チャラはキルモンガーの申し出を受け入れ、四肢を投げ出して倒れるキルモンガーの肩を担いで立たせた。

 

「オイ、何する気だ、滝にでも落とすか?」

 

「アアッ…結構、重いな。そうしてやりたいのは山々だがな、その前にやりたいことがある」

 

 5日間無休での決闘という無謀な挑戦の対価は大きい。如何にワカンダの医療技術が優れているとはいえど、二人の身体に蓄積された負傷と疲労を取り除くことはすぐには無理だろう。

 だがそれでも、ティ・チャラは()()()()()()()()()()()()、王としての役割を果たすために、キルモンガーを支えながら歓声と称賛の声を上げる民衆の前に立った。

 

「みんな! 5日5晩も続いたこのワカンダの王を決める決闘をよく見てくれた! 本当にありがとう!」

 

 ティ・チャラの声は遍くすべての国民への惜しみない感謝として届く。国民も、その感謝と王に任命された祝辞の意として拍手を送った。

 

「聞いてくれ! 私はいま、この瞬間! 王になった! これからの人生をワカンダの国益と繁栄の為に捧げることを誓う! だがそのために……我が国の体制を変えることを、此処に宣言する!

 ワカンダは、これから世界との対話を、開国を宣言する! 民も不安に思うことは多いだろう。恐らく、ワカンダ史上最大の困難が襲うだろう!

 そのために! 私の補佐として新たに副王を設け、権利を分譲する!」

 

「……は?」

 

「え」

 

「な…何をッ!? おっしゃってるのですかッッ!?」

 

「………」

 

 キルモンガーとシュリは疑問の声を、ズリは目玉を向いて悲鳴を、ティ・チャカ()国王は黙って新国王を見つめ、国民は拍手の音から困惑と騒めきの喧騒に変わった。

 

「我が妹シュリと! ……皆も刮目したはずだ、この私を追い詰め、戦い続けた戦士を。キルモンガー…いや、ウンジャダカを副王に任命することを宣言する! 分権配分は私が2、2人にはそれぞれ1ずつ、主に開発と軍部を任せることになる! これが私の、国王としての最初の仕事だ!」

 

「…ティ・チャラよ。世迷いごとを、口にしているのではあるまいな」

 

 国民への堂々たる宣言に、1人、意を唱える者がいた。ティ・チャカである。

 国王としての席を退いたとはいえ、まだ表向きには国王であるティ・チャカ。戦士としての力は既に失われたとはいえ、5日間の決闘を見守り、国の趨勢と未来を垣間見た王としての姿は健在だ。

 そして同時に危惧した。古より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、国王としての最後の威光に対し、新たな国王たるティ・チャラは真っ向から向き合った。

 シュリと。

 ウンジャダカを隣に。

 

「父上、世界はいまも変わっています。ならば我々ワカンダも変わらねばなりません。そのための必要な措置であると、私は考えてます。王の言いたいことはわかってます、権利を分配してしまった国に未来はない…そうお思いでしょう。

 ですが、このワカンダの国は強い。副王の設置、かつて国を崩壊させたる災厄を乗り越えせずしてこれからの未来を生き抜くことができましょうか? 凡百の国が犯してきた過ちと破滅の運命を乗り越えたとき、我が国は何者にも揺らぐことのない栄えある未来を手にすることが出来ましょう。なにより……」

 

 ティ・チャラは漸く息を整えて、笑う膝を抑えて国王を前に堂々と立つウンジャダカを見て、微笑んだ。

 

「彼は私より外界に詳しい。それに私に口出しできる人間は、傀儡人(イエスマン)ではないほうが有難い」

 

「オイ勝手に話進めるなよ、副王だって? お断りだね」

 

「お前はさっき「殺せ」と。そう言ったな。ならばお前の命は私のものだ。私の勝手だ。お前が捨てたお前の命を私がどう扱おうが私の勝手だ、違うか?」

 

「……ハッ、落とし物を拾うとは、何とも小汚い王だことで。器が知れるぞ」

 

「王座奪還を虎視眈々と狙う男を副王の座に据える王の器など図れるものか。それに、お前はここで死ぬには惜しい。お前の父が愛したワカンダを、私も守りたい。力を貸してくれ」

 

 それは、嘘偽りのない嘆願だった。願いだった。

 表向き、あくまでも国益を損なわないための措置として副王を設ける、ということは間違いではないだろう。現に、一極集中した権力を振りかざす国王は清純で真っ当なワカンダ国の()()王でなければならない。だからこそ、血を見るような決闘が風習として現代も続いている。

 

 ティ・チャラは、知った。

 ウンジャダカの離別を、孤独を。

 キルモンガーの思惑を、野望を。

 それでも、だからこそ。

 

「お前の父上はもういない。だが、ここはお前の父上が生まれ、育った国であり、故郷でもある。私はワカンダの国王として全力を尽くすことを誓う。だがそのためには、お前の力が必要なんだ。

 頼む、お前の父上の愛した故郷を守るために、」

 

「──ああ、クソ」

 

 ウンジャダカはイラついたようにティ・チャラの肩を突き飛ばす。それは嫌悪感でもあり、同時に「コイツにこれ以上支えられる自分がみっともない」というつまらないエゴでもあった。

 だが。

 

(親父が愛した故郷のため…か、「俺の為に働け」と言わないだけマシだな。そういや、連れてこられてすぐ決闘だったし、この国のことなんも見てねぇや…)

 

 ウンジャダカは、手を組んでいたユリシーズ・クロウとヴィブラニウムの強奪計画を立ててる最中に襲撃され、ものの見事に捕縛された。なんの抵抗もできず、迅速に。

 これだけでもワカンダの国力が伺えるものだが、そもそも襲撃されるということ自体おかしかった。

 30年前からずっとワカンダという大国に追われ続けてきたクロウが、ワカンダ国のエージェントの動向を警戒していないはずがない。なのに襲撃され、そして処刑された。

 

 明らかに、クロウが考えていたワカンダとは違う姿に変化──いや、進化しつつある。

 国が、変わろうとしている。開国、それに伴う技術共有。

 ウンジャダカの父ウンジョブは、米国における人種差別、黒人解放運動のためにヴィブラニウムを利用しようとして、罰せられた。殺された。開国をひたすら拒むワカンダという国が持つ、厳格な習わしによって。

 父は、愛した故郷に殺された。

 だが、もう時代は変わり、黒人差別の波も収まりつつある。

 世界は変わり、国も新たな時代を迎えようとしている。であるならば、

 

(……親父だったら、「なんで俺の代わりに国が変わるところを見なかったんだ!?」とか言って、怒りそうだな……悪い、親父。そっち行くのは、この国がどう変わったかを見届けてからにするよ)

 

 貧血で揺らぐ身体を気力で支え、向き合う。

 目の前には、ワカンダという大国に住まう大勢の民衆が、(ウンジャダカ)を見つめていた。

 大勢の人間に見つめられる。王座に君臨する者だけが感じる重圧、そして責任。それらを、体感したような気がした。

 上等だと、ウンジャダカは不敵に笑った。

 

「ウンジョブの息子ウンジャダカ。新国王の命で副王になることになった……アー、スマン、礼儀作法は知らなんだ。細かいところは勘弁してくれ」

 

 それと、と加えて。 

 

「あと、国王を諦めたつもりはないから。そのつもりでな」

 

 最後に国民へ特大級の爆弾を落とし、驚愕したティ・チャラの顔を眺めて良いザマだとせせら笑った。

 そしてフッ、と気が遠のき、後頭部を打ち付ける衝撃と共に意識が途絶えた。失血と疲労だ。

 

 

 

 ───ウィーンにてティ・チャカが命を落とす、3日前の出来事である。

 

 

 

 

 

 Chapter 121

 

 

 

「で? 急に呼び付けて俺に何の用だ?」

 

 故郷とも思えない故郷ワカンダ。

 勝手に連れてこられて勝手に決闘させられて、勝手に副王に座に就かされてから…ざっと一週間ってトコか。俺はキャプテン・アメリカとかブラック・パンサー(クソ王子)とかじゃない、身体機能的にも並みの人間には、あの大決闘の傷も完治してない。気分の問題でな。

 勿論、世界を渡り歩いてきた俺からすればオーテク(オーバーテクノロジィ)とも言えるようなワカンダの医療技術のおかげで怪我は跡形もなく消えてる。ただ、それでもあの大決闘の余韻と疲労は体に溜まったままだ。……まぁ、負けた自分に腹立てて最近トレーニングルームでトレーニングしてるのも問題なんだろうがな。

 

「ウンジャダカ、来てくれ「キルモンガーでいい。こっちの方が聞きなれてるからな」……キルモンガー、来てくれて感謝する。副王であるキミにも、この実験には同席してもらいたかったんだ」

 

 にっくきクソ王子の手を払って部屋に入ると、そこはモニタールームみたいな場所だった。多分、シュリとかいう第一皇女の管轄下だという技術開発部の一室なんだろ。

 部屋には他のワカンダ国民が数名機器にかじりついて計測なりなんなりしてやがる。ヴィブラニウムの兵器開発にだってここまで人員を割いてすることか?

 イヤ、違うな。

 

「……ヒュウ、驚いた。ワカンダの風習には幼気な女を氷漬けにする習わしでもあったのか」

 

 モニタリングしてる部屋に隣接している白亜の部屋。

 ガラスらしきもので遮られた向こう側に、四肢をバラバラにされた全裸の女が氷漬けにされて吊るされてやがった。しかも、左顔面は吹き飛んでて、至る所に黒い無骨な杭が打ち込んであった。ヒデェ有様、おお怖い怖い流石蛮族。

 そういやワカンダにゃジャバリ部族とかいう野蛮な連中も居やがったな。冬山に住んで人間を喰う風習があるゴリラ共。ホワイトゴリラ教とかいうゴリラを神だと崇め称える連中の頭は狂ってやがるな。エムバク、とかいうヤツだったか。ゴリラの子宮から産まれたみてぇなゴリラ顔だったしよ。

 

「そうではない。彼女は……私たちが犯してしまった過ちの一つだ」

 

「ヘェ、俺以外にもいろんな過ちを犯してるんだなワカンダってのは。恥ずかしくないのかね、そんな汚点を隠し続けて、さも清廉潔白な国ですよ、と宣伝して」

 

「貴様」

 

「オオットォ、気に障ったか? 悪いな護衛隊長さん、俺は自分に正直な男でね。思ったことは口に出さずにはいられないのさ」

 

「ならば。そのおしゃべりな舌を削いで差し上げましょうか? 少しは静かになるでしょう」

 

「オコエ。彼は、副王だ。矛を収めなさい」

 

「っ、失礼…しました」

 

 そうそう。部下は王に傅くもんだろ、物騒なモン突き付けずに(こうべ)垂れてりゃいいのよ。

 

「副王?」

 

 おっ……とぉ、こいつは。

 

「オイオイオイ、なんでワカンダに白人が紛れてんだ? 開国のペース速過ぎないか」

 

「……イヤ、僕は別件でこちらに協力してもらっているだけなんだ。自己紹介がまだだった、スティーブ・ロジャースだ」

 

 知ってる。超知ってる。

 というか、キャプテン・アメリカを知らない人間なんているワケないだろ。俺は元々アメリカの工作員の一人だったんだぞ? 知らない訳がないが……ま、一方的に知ってるだけだな。英雄サマが木っ端の工作員の名前なんぞ知ってる訳がないだろうし。

 

「キルモンガーだ、ついこないだ副王になった。よろしく……で? 英雄サマがワカンダに何の用で……あー、もしかして()()の連れか?」

 

 ガラスの向こうの女を指差すと、英雄サマは端正な顔をしかめっ面に歪めやがった。初めて見た、こんな顔もするもんだな。

 ……マジかよ、じゃあ英雄サマの彼女か? キャプテン・アメリカって年下好きだったのか、ムッツリだな。

 

「……彼女はベンディ…いや、レイニー。僕たち、アベンジャーズの大切なメンバーだ」

 

 あぁ…道理で見覚えあると思った。そういやソコヴィアの事件前にニュースになってやがったな。俺たちもまさかあのベンディ(インクの悪魔)の正体が年端もいかない女だってことにはびっくり仰天だった。まぁハルクの正体がヒョロッヒョロの男だったって例もあるが…それでも、まさか成人にも満たない女が正体だったってのは、裏の業界でも相当揺れた。

 

「先日、ラフトの最下層に幽閉されていたところを我々が連れ出した。彼女は、着なくてもいい汚名を着せられただけの被害者だ。だがアメリカ国内で保護しても発見されて連れ戻される可能性があった。ここならば安心だ」

 

「兄さん、始めるよ!」

 

 あいつ(シュリ)の声、子ザルみたいに甲高くてやかましいんだよな。鼓膜に障る。

 

「始めてくれ」

 

「何するつもりなんだ?」

 

「ここの設備を使って彼女を解凍する。そのためのデータ採取として常時モニタリングしているんだ」

 

「そうじゃねぇ」

 

 そうじゃねぇよ。

 俺にはわからんが、ワカンダの過ちの一つらしいことはわかった。

 かの英雄サマ、スティーブ・ロジャースの頼みだということも分かった。

 ベンディっつう特級のヒーローで、冤罪を着せられたカワイソーな奴だってのもわかった。

 だが、それとこれとは違うだろ。

 

「何隠してやがる。諸々事情は把握したが、それでもワカンダがリスクを抱えてまでソイツを保護してやるメリットは無いだろ。それともアレか、「アナタの命を助けたのは我々です。アベンジャーズなんか見捨ててワカンダ国に忠誠を誓いなさい」とでも脅迫するつもりか? ま、相手はあのインクの悪魔だしな。敵対勢力の殲滅には事欠かんだろうが」

 

「……そういう下心も、ない訳じゃない」

 

「陛下?」

 

 おおっと藪蛇か? どうやらそのあたりの事情はかの英雄サマも把握してなかったらしい。つうことは、英雄サマの申し出はクソ王子にとって渡りに船で、あわよくば助けられたらワカンダに囲んじまおうってハラだったってのか。

 

 ……いいねぇ。

 

「なるほどな、中々強かな王子サマじゃねぇか。アイツを助けることが国にとっての利益になるから。ラフトから脱獄させて、指名手配犯を匿うリスクに見合う国益が望めるから保護したって訳か。

 いいじゃねぇか。一国の王らしいスタンス、嫌いじゃないぜ」

 

「彼女を、アベンジャーズから引き離すつもりはない」

 

「別に蘇生した後でアベンジャーズに戻したって構わないさ。だが、果たして彼女が戻った先が安全であると思うか? ソコヴィア協定は確かにアベンジャーズの個人の権利を尊重する条文が書き込まれてるが、彼女に関しては絶対ではない。それに、キミの濡れ衣を着せられた彼女に、アベンジャーズで生きられる可能性は限りなく低いと踏んでる。ならば、亡命者として我が国で保護するほうがまだ彼女の安全は保障できる。違うかキャプテン」

 

「…イヤ……それはっ…」

 

 ……あの英雄サマが、こんな人間らしい苦渋の顔を浮かべるとはな。

 ワシントンでの活躍は記録で見たぜ。どんなに銃弾喰らっても、爆弾が降り注いでも盾を片手にひたすら走った大英雄。それが、高々女一人の話で苦悩して、足を止めるなんてな。

 ……ベンディ。いやレイニーだったか。アイツにゃ、そうさせるほど上玉だってのか?

 おまけにクソ王子もご執心ときてる。()()()()()

 

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

 うるせぇ! なんだこの警告音!

 

「何事だ!?」

 

「緊急事態発生! ベンディの核と思われる部位に異常加熱を確認! 空間電位急上昇!」

 

「熱産生…? いや、熱吸収? 私たちの放熱装置による加熱を、その方向性を操作してる…? 気流じゃない、まだ氷の半分も解けてないのに!」

 

「どういうことだ!?」

 

「暴走…暴走です! ベンディの核であるインクマシンが、どういうわけか周囲の熱を掻き集めて、加熱を促進させてるんです! このままではヴィブラニウムの融点を超えて炉心融解(メルトダウン)を起こしかねません!」

 

 オイオイオイオイオイ…なんだよ、なんだよコレ。

 オーテク揃いのワカンダが混乱するなんて、そうそう見れるモンじゃねぇぞ。って、のんきに傍観してる場合じゃねぇか。

 アイツが今後のワカンダの国益になりうるってんなら、対策を打たなきゃマズイ。

 

「加熱をやめさせろ! 実験中止、中止にするんだ!」

 

「やってます! ですが…機器が私たちの操作を受け付けてないんです! 無線なのに…電波妨害? イエ、これは…!」

 

()()()()! これは、我々は攻撃を受けてます!」

 

「どこから!? 外部か!?」

 

「いえ、信号は…」

 

「……オイ、モニターをちゃんと見てたのか?」

 

 え、と全員がオレの指摘を聞いてモニターを注視し始めた。

 だが、異変に気付けない。気付けててもおかしくないのにな……イヤ、ちゃんと見てた奴だからこそ気付きにくい、か。最初しか見てない俺みたいな奴なら、多分わかるだろうが。昔のテレビ番組でやってたアハ体験、のようなモンだろうな。

 

「実験開始前の映像記録出せ。モニターのシステムはまだ無事なハズだ、()()()()()()()()()()()()……ホラ、ここ。アイツの腕の一部分。指一本分くらいか? ()()()()()()()()

 

 全員があっ、と驚いてやがった。マジかよ。

 いや、気付いた俺が言うのも何だが、その指一本分のインクだけで、加熱装置の機器系統を掌握したってのも常識じゃ考えられねぇことなんだがな。

 

 そういえば、俺たちがワカンダの連中に捕まる前。

 アジトの一角に、黒い煤っぽいのが、動いてた気がしたんだよな。クロウの野郎は気にすんなとか言ってたが、俺はその煤っぽいものから()()、らしきものを感じた。誰かに見られてる、気がした。俗にいう「イヤな予感」ってやつだ。

 

 ……もしかして、この女は秘密裏にワカンダと協力してたってのか? インク数滴でさえこの影響力。俺たちが見つかったのだって、これぐらいの騒動にまで発展した。

 

 だとしたら。

 だとしたら、インクを、もしインクを熱で粒子状に分解させて、最近みたいに機器に取り付いて支配権を握ることも、できるんじゃないか?

 

「ッッ、インクマシンの炉心温度、500℃を突破! 室内温度尚も上昇中!」

 

「ガラスは!?」

 

「大丈夫です! この部屋はあらゆる温度変化を想定してかなり頑丈に作られています。防護フィールドで覆われていますし、強い衝撃でもない限り…」

 

 

ガァンッ!!

 

「きゃっ!?」

 

 ……お、い。

 今、インクの手みたいなのが、ガラス叩いたぞ。

 …熱で歪む景色の中で、ハッキリ見えた。

 ニューヨークを、ワシントンを、ソコヴィアを震撼させた黒い(インクの)悪魔が、グチャグチャの身体で、氷を内側から叩き割ってやがった。

 

 あの女の面影は、ない。

 正真正銘の悪魔が、復活してやがった。

 

 ガラスを叩いたってことは、出たがってるってことだろ? そんでもって殺意もあった…ってことは、俺たちを殺しに来てる? 凍結させた連中だと勘違いしてンのか? ふざっ、ふざけんなよ!

 すると、英雄サマがモニタしてる奴の肩を叩いて尋ねた。

 

「…あの部屋に入れる扉は、どこだ」

 

「えっ「早く教えてくれ」…こ、この部屋を出て左の部屋を…で、ですが室内の温度が…!」

 

「ありがとう」

 

「あ、オイ、どこ行くんだよ」 

 

「彼女を止める!」

 

「馬鹿言うな! あの部屋はもう俺たちが入れるような温度なんかじゃない! いくらアンタでも蒸し焼きにされて、ベンディに殺されるのがオチだ!」

 

「大丈夫だ」

 

「なんでっ…」

 

 なんで。なんでだ?

 あんな化け物を目の前にして、虎の巣よりも遥かにヤバい場所に入ろうとしてるってのに、なんでそんなこと言える? なんで大丈夫だと言える?

 だが、英雄サマは俺の制止を振り切って()()()

 

「彼女は、僕たちの仲間だから」

 

 そういって、モニター室から出て行った。

 ……ああ。

 ああ、クソ。クソッ!

 英雄とかいうヤツは、みんな頭の螺子ぶっ飛んでんのかよ! あんな地獄みたいな場所に、根拠のない信頼一つで飛び込めるものか! 自殺志願者だってまだ正しい判断ができる!

 クソ王子(ティ・チャラ)だってそうだ! なんで、なんでいつ裏切るかもわからねぇ俺を副王に据えた! 裏切る可能性を考えないのか? 国をぶっ壊そうと企んでるって、気付かないのか?

 ……イヤ、気付いてるハズだ。じゃあ、なんで。

 ああ、クソが。理解できねぇ。畜生、畜生めが。

 

「……機器のシステムを乗っ取られようが、エネルギー源を乗っ取られたわけじゃない。主電源は落とせるだろ、シャットダウンして暴走を止めるんだ」

 

「っしかし、ここの主電源を落とすとガラスを包んでいる防護フィールドのエネルギーも切れてしまいます! 我々の身の安全が!」

 

「クソ皇女!」

 

「シュリって呼んでよ! ホラ、スーツ(パンサー・ハビット)はあるよ、2着分。貴方の分も調整済んでる!」

 

 相変わらずキャンキャン姦しい声しやがる。

 だが、モニターの制御をしつつちゃんとスーツの元の首飾りを寄越したのはナイスだ。あとで褒めてやらんでもない。

 …そういやアイツ副王か。俺と同じ立場なら褒める必要はないのか? わからん。

 

「20秒後にメインシステムを落とす! 中の温度はまだ高いままだと思うけど、スーツならある程度高温であっても遮断してくれる!」

 

「私も行く」

 

「いいや、俺一人で十分だ」

 

「しかし」

 

「オイオイ」

 

 しつこい男は嫌われるぜ?

 マァ、言いたいことは分かる。このクソ王子(ティ・チャラ)なりに、今回の騒動を引き起こしたことの償いとしてアイツを止めに、場合によってはトドメを差しに行かなきゃならねぇって思ってんのは分かる。

 でもな、お前みたいな奴は戦場でたくさん見てきた。

 殺しに慣れてない、敵を目の前に引き金を引けない新兵。

 戦場じゃ、()()()()()()()()()()()()()

 

「アンタは王で俺は副王。こういう汚れ仕事は俺の方が適任だ。アンタがあの女にどんな存在価値を見出してるのか、どんな感情を抱いてるのか知ったこっちゃないが、その様子じゃあ隙は死に繋がるぞ。王様なら玉座でどっしり構えてろよ、部下の力を信じてろよ。それとも、俺のことが信用ならないか? 心配か?」

 

「……死ぬなよ」

 

「アンタもな」

 

 5日間の大決闘。

 虚無みたいな今までの人生の中で、あの5日間ほど感情がぐちゃぐちゃにされた日はない。戦った日はない。

 拳の語り合い、なんて信じる柄じゃないが、それでも。

 

 ──それでも、今の俺を俺以上に知ってる奴がいるとしたら、コイツ(ティ・チャラ)だけだ。

 

「主電源落としたらすぐ再起動させろよ! 温度操作できるってんなら、()()()()()()できるんだろ!?」

 

「っわかった!」

 

 ったく、それにしたって副王自らご出陣たぁね。柄でもないこと、するもんじゃないな。

 ……こんな、明確な死線を感じたのは久しい。もし五体満足で帰れたら身に浴びるほどの酒を飲み尽くしてやる。

 

「オイ! 10秒後主電源が落ちる! そしたら突入だ!」

 

「ッそうか! 協力ありがたい!」

 

「うっせ、もうちょっと先のこと考えて動けよ英雄サマ。カウント6、5、4、3、」

 

「いいや、これでも先のこと考えてるさ……」

 

「嘘だね、いつも行き当たりばったりだろ。オラ行くぞ!」

 

 主電源が落ちて暗くなったのを確認して、ドアを蹴破る。

 ドアの向こうには分厚そうな隔壁。まぁそうだよな、実験室をドア一枚で隔てるのだってどうかしてる。

 

「任せろ」

 

 このスーツの性能を試す、いい機会だ。せいぜい貴重なデータを取ってやる。

 

「っらぁ!」

 

 助走を付けてからの、飛び蹴り。

 身体能力の補助もされてるのか、身体が驚くほど軽い。そういや王家だけが口にできる秘密のハーブとかいうヤツでだいぶ身体能力は向上したが…それに応じたチューンナップされてるのか。羽根みたいに身体は軽いのに、分厚い隔壁から伝わる衝撃は驚くほど()()。明らかに、体感している重さとは反比例した威力が隔壁にぶつかってる。

 

「オ、オォォッ……!」

 

 まるで、紙を蹴ったみたいな感触だ。

 金属特有の抵抗は一瞬。その衝撃すらも吸収して、足先の衝撃を対象物にぶつけてる。そういう感じだ、科学の力ってすげーな!

 そして、次に襲う()()

 高熱って聞いたが、それ以上じゃねぇか! あのガラスすげぇな、この熱を完全遮断してたのか。やべぇ。主電源は切れて余熱状態のオーブンみたいなモンだってのに、スーツを着てるってのに骨の髄まで焼かれそうだ…!

 

「アンタ無事か!」

 

「っっ…大丈夫だ! だん、だん…温度は下がってる」

 

 そりゃ、な! 隔壁ブチ抜いたから熱気の逃げ場もできてるし、主電源を強制的に切ってるから温度は下がってるんだろうけどな!

 だが、スーツ着てても熱いってのにアンタは無事なのかよ。イヤ、コイツがここで野垂れ死のうが知ったこっちゃないし、コイツもそういう危険性を鑑みた上で突入したってんだ。いらん心配だったな。

 

「ッッ、ベンディ! 僕だ、スティーブ、キャプテン・ロジャースだ!」

 

 …()()

 陽炎すら揺らめくような、高熱の部屋の真ん中。

 封じ込んでた氷は既に蒸気になって跡形もない。

 悪魔みたいな角、にやけた口、鋭利な歯。成人男性を上回る黒色の巨躯。ワカンダ国民の肌とは全く異なる、ただひたすら黒、黒、黒。

 

 こいつが、ベンディ。

 ……さっきは女の姿だったってのに。部屋は暑いってのに。

 背筋を伝う汗は冷や汗みたいで、気持ち悪い。

 

「レイニー! 聞こえているんだろう? 僕だ! 答えてくれ!」

 

??? … S,te,ve ?

(??? …す、てぃー、ぶ?)

 

 ぐるり、と。

 悪魔の首が、一回転した。目は見えない、黒塗りに塗り潰されてて、口の形からしか表情を読み取れない。敵意は薄れた、と思いたいが。

 イヤ、理解できないものが悪魔、か。 

 

「そうだ! すまない、苦しい思いをさせた! 頼むから、元に戻ってくれ!」

 

…… Ra,i,ny , ?

(……れ、い、にー、?)

 

「……ベンディ?」

 

Who ?

(ダレ?)

 

 インクの、巨躯が。腕が。

 がしりと、キャプテンの頭を掴みやがった。品定めするみたいに、顔に近付けた。

 

 

Who are you ?

  Dazzling . First , Second , Third , Fourth magnitude star , Everyone is shining .

  Thermal , beautiful , envious , jealous …… give me , want . Want want want want want want want want want want want want want want want want want want !

  Chilly chilly , Warm me up please . Give me light ?

 

  Ligth . Shine . I must black out

 

(オマエ、ダレ?

 マブシイ。一等星、二等星、三等星、四等星、ミンナ光ッテル。輝イテル

 温カイ、美シイ、羨マシイ、妬マシイ……欲シイ、欲シイ。欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ!

 寒イ、冷タイ、温カクシテ。ソノ光、ボクニ頂戴?

 

 光。輝キ。潰サナキャ)

 

 

 ───ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 動け、動け、クソ。

 ああ、あああああ、なんだ、何なんだコイツは。

 これが、アベンジャーズ? デビルヒーロー? キャプテンの仲間?

 違う。違う。コイツは──悪魔だ。世界の、敵だ。

 人間って光を、英雄(ヒーロー)の輝きを奪う、悪魔だ。

 

「──キャプテン! 逃げろ!」

 

 恐怖心が、身体を無理やり突き動かす。

 立ち向かうための蹴りではなく、逃げるための蹴り。

 それでも腰の力を入れた蹴りは悪魔の腕を直撃。キャプテンを掴む腕を弾いて、ずらりと並んだ悪魔の鋭利な歯から、地獄の窯から抜ける。あっぶねぇ、キャプテン諸共死ぬところだった。

 

「っすまない!」

 

「いいから走るぞ! アイツは敵だ、俺たちを殺す明確な敵だ!」

 

「違う、違うんだ、彼女は…!」

 

「っっぶねぇ!」

 

 ヒュンと、屈んで下げた頭の後ろで、風を切る音がした。

 インクの触手が、ムチみたいに振ってきやがった。直撃したら首が胴体とおさらばしてやがったな。やべぇ。

 こいつには、()()()()()()()()()()()()()()()

 癪に障るが命が惜しい。敵に無防備な背中向けようが、死にたくねぇからな。逃げるっきゃねぇ!

 

「いい加減にしろ! ここで死ぬのが本望か!? レイニーとやらに殺されることがお前の望みか!? 違うだろ!

 どういう訳か、アイツは自我を失ってる、暴走してる! そんな詰まらねェことで無駄に命散らすんじゃねぇよ馬鹿が!

 死にたきゃ勝手に死ね! 死にたくなけりゃ逃げろ!」

 

「ッッッ…! すま、ない…」

 

 ったく、英雄サマってのはこうも甘ちゃんだったか。コイツの暴走を止めるヤツはアベンジャーズにいなかったのか? にしてはヤケにおとなしいイメージがあったが。

 

 ……もしかすると、コイツが。

 コイツが、キャプテンの。アベンジャーズの、ストッパー役だったのかもしれねぇな……っと、照明が点いた? 再起動が済んだか! 遅ぇよ、キャプテンもう外出てるぞ!

 

『メインシステム再起動しました!』

 

「隔壁下ろせェ───!!!」

 

『しかし! それでは副王が!』

 

「俺は大丈夫だッ、さっさとしろォ──!!」

 

 迫りくるインクの触手を弾いてる、俺だからこそ、分かる!

 コイツ、()()()調()()()()()()! 余力を、残してる! 余裕がある、驕ってる、油断してる!

 ああ、そうさ。残念ながら俺は英雄サマやクソ王子みたいに眩しくも輝かしくもないだろうな! 泥だらけの、鍍金の副王さ! 星のような輝きも、太陽のような温かさなんてないだろう。メインディッシュどころか前菜にすらならない。

 

 だから。だからこそ。

 お前を相手取るのに最適なのは、俺なんだ。

 

 ガコン、という音がして、背後の隔壁の作動音が、した。

 もう少し、もう少し、もう少し………今だっ!

 

「ぅっ…ぉぉおぉおぉおおおおおおおお!!!!」

 

 あああああああっぶねぇ! 腹掠った! 太ってなくてよかった! 足あるよな? あるよな?? 千切られてないよな???

 ていうかなんだよここの隔壁! S.H.I.E.L.D.の最新鋭の隔壁だって上下からせり上がるタイプだったぞ! なんなんだよ菱形状に積み上がってるみたいな隔壁! アレもヴィブラニウム工学ってやつか!?

 だ、だが…だが! 賭けには勝った! 勝った、俺は勝った(生き残った)

 

「無事か」

 

「ッカァ──あ、ああ、あ゛──…喉、焼げだ、ガラガラだ」

 

 悪ィ、流石にキャプテンの肩借りねぇと、歩くのもおぼつかねぇ。

 視界もグラグラしてやがる…脱水、脱水だ。典型的な脱水症状。それに、極度の疲労。

 キャプテンに連れられてモニタールームに戻ると、連中が慌ただしく動いてやがった。

 

「第二、第三隔壁閉鎖! 流動ヴィブラニウムによる補強開始、対象A、隔壁からの分離成功!」

 

「ヴィブラニウム粒子最大散布! エネルギー緩衝帯展開!」

 

「室内積層装甲再展開確認、反射角調整! ヴィブラニウム粒子空間充填濃度40…50%突破!」

 

「冷却装置起動! 室内温度モニタ低下確認!」

 

 ……霞む視界の中で、ベンディが悶えているのが見える。苦しんでる。悲鳴を上げてる。

 ざまぁみろ、ワカンダの科学力をナメんな…お前を抑えられるかも、わからねぇけどな。

 銀粉が舞い、冷却装置から噴出される白煙の冷気がベンディを苦しませる。逃れようとのたうち回る動きも緩慢になって……パキパキと、明らかに何かが凍り付いた音が響いて、ベンディは止まった。

 大口を開けて吼えるように。鋭い爪を携えた両手を広げて威嚇するように。

 

 ベンディは、再停止した。

 

炉心(インクマシン)温度、マイナス400℃を突破」

 

「……対象A、完全に沈黙しました」

 

 ハァ。やっと、おわった、か。

 もう、勘弁だ。二度と関わるか。頼まれようが副王特権で、全力拒否してやる。

 

「……ア、さけ、酒、くれ。口、乾いてんだ」

 

「よく生きて帰ってきた…だが酒はダメだ、その様子なら一瞬で酔いが回るぞ。待ってろいま水を用意する。キャプテンも、まだ動かない方がいい、立ってるのもやっとだろう座っててくれ」

 

「……ああ」

 

 ああ、俺、いま、クソ王子に、背負われてんの、か?

 クソ、クソ、でも身体、動かねぇ…クソが。

 

 副王権限で、3週間有給もぎ取ってやる。

 

 ……2週間にしてやるか。

 

 

 

 

 

 Chapter 122

 

 

 

「なんでだレイニー……僕が、許せないのか? 憎んでいるのか? 裏切ったと、そう思ってるのか…?」

 

「心中お察しする。バーンズは治療次第で回復するだろうが、レイニーの方は少々複雑化してしまったようだな」

 

「……陛下」

 

「そう気落ちするな。それに、まだレイニーが死んだわけでも、憎しみに呑まれた訳でもないと思うぞ」

 

「どういうことだ?」

 

「私から説明するわね。幸い私はレイニーのソコヴィア事件の状態を隅々まで調べ尽くしたから、その時のデータを持ってる。で、今日の実験の時の検査結果と比較したんだけど…違うのよ、()()()

 

「重さ? ……皇女殿下、お言葉ですが、レイニーのインク総量であればかなり変動するからあまりそのデータは参考にならないのでは」

 

「インクじゃないわ、(インクマシン)の方。先の実験で炉心融解しなかったのは本当に運がいい、そのおかげで(インクマシン)の重量を計ることができたんだけど…軽くなってる。明らかに、パーツが不足してる。

 (インクマシン)は今まで胸部の中心にあったんだけど、さっきの検査では頭部に配置されてた。そんなこともできたのは初耳だけどね。で、彼女顔面半分欠けてたでしょう? ()()よ」

 

「エニシ・アマツに狙撃されたと思われる部位だ。キミと別れて、ローズ中佐を救った際の負傷でな」

 

「…あのとき、そんなことが」

 

「多分そのエニシって人、ヴィブラニウム製の武器で本当に狙って当てたのよ。ベンディの、ではなくレイニーを構成する部位と思われる部分を。そのせいで、インクマシンからレイニーの…そうね、魂と呼んでも差し支えない部位が、弾き飛ばされた。分離させられた。だから、あのベンディにはレイニーの意思が、魂が無いんだと思う」

 

「彼女は、まだどこかで生きている、ということだ」

 

「……その、根拠は」

 

「できれば、S.H.I.E.L.D.やアベンジャーズ本部で収集したデータが無ければ証明しようがないんだけど…でも、レイニーが生きているって証明できるものが一つだけある。

 この映像を見て。いま、リアルタイムで映し出されてるここの地下の映像よ」

 

「これは……サーチャー? レイニーが統括していた、インクの住人。動いてる…働いてる? 何を作ってるんだ?」

 

「その通り。彼女は、私たちのある願いと引き換えに条件を出したの。()()()()を作るための場を用意してくれと。で、サーチャーたちは彼女の命令に従って、いまも動いている。

 ここが重要。彼女の命令を継続している──つまり、さっきみたいな理性を失った化け物としてのベンディではなくて、ちゃんと命令を受信して規則正しく活動を続けているサーチャーってこと」

 

「だから、我々はまだ彼女が生きているという仮説を立てた。それに、アベンジャーズが有するデータに関してはアテがある」

 

「アテ?」

 

ぇ、ぇっと──やぁ、キャプテン。数年ぶり、ですね。壮健そうでなにより」

 

「──貴方は、フィル・コールソン? 生きてたのか!?」

 

「あぁ。まぁ、ね。私も危ない橋を渡ったものだ。そしてすまない、すぐに伝えられなくて。娘は私の生存を知ってたが、口止めしていたんだ。S.H.I.E.L.D.でも私の生存を知る者はセキュリティレベル7以上の者に限られてた。こうしてまた会えて、嬉しいよ」

 

「……すまない。レイニーを、娘さんを、こんな目に」

 

「ああ、いいんだ。別に気にしていない訳じゃない。ただ、いつかはこういう風になる予感もあった。虫の知らせ、というヤツだな。今回の騒動は私の耳にも入った。そして、先回りしてワカンダへ入国したんだよ。

 私は今でもS.H.I.E.L.D.のエージェントだ。だから、S.H.I.E.L.D.に残されていた当時の記録も、アベンジャーズに保存されている記録も、すべて引き出すことができる」

 

「それは──心強い」

 

「それに、助けになりたいという者もいたのでね、道すがら拾って連れてきた」

 

「キミが、アースキン博士に選ばれた男、スティーブ・ロジャースか。初めまして、ハンク・ピムだ。ピム博士でいい……空港ではアントマンが世話になったな。勝手に引き抜きおって」

 

「いいじゃないの。私の命の恩人からの助けなんだから、きっと貴方に連絡が行ったとしても了承してたわよ。初めましてスティーブ・ロジャース、ハンク・ピムの妻のジャネットです。よろしく」

 

「よろしく…そうか、(スコット)のスーツ開発者はあなた方だったのか」

 

「ああ、私が初代アントマン。で、あの男が二代目アントマンだ」

 

「彼は以前お宅(新アベンジャーズ基地)に侵入しちゃったせいでレイニーに絞られてしまって…でも、そのお陰で私は彼女に助けられたの。以来、たまに研究室に顔を出すことが多かった。S.H.I.E.L.D.の頃からの友達にもよく会いに来ててね」

 

「……なるほど、たまにレイニーの姿が見えないと思ったらそういう用事でもあったのか」

 

「彼女には返しきれない恩がある。幸い、二代目アントマンの彼の元には娘のホープとビルの奴、あとエイヴァがいる。また何か変なことをしでかされても困るからな」

 

「私たちにもレイニーのインクに関する、量子学の観点から研究したデータが残ってる。だから共同研究に一枚噛ませてもらったのよ。レイニーのインクの研究、そしてレイニーがいまどこにいるのか捜索するのに役立つと思って」

 

「その申し出は有難い。研究者居住区に彼らの家も用意しよう」

 

「やったやった! 量子学って私あまり専門じゃないから興味あるんだ~!」

 

「──と、いうことだ。いやぁ、私の娘は顔が広いな。そして、ちゃんと信頼できる人脈も形成してる。こうして、危機に直面したら駆け付けてくれる人がいる。父親としては嬉しい限りだ」

 

「……此度の件は、僕に責任がある。本当に、娘さんには、彼女には顔向けできない…」

 

「なら、キミは積極的に世界中を回ってくれ。きっと、彼女も君を待ってるはずだ。その時に、面向かって謝るといい。きっと許してくれるだろうさ」

 

「…そう、だろうか」

 

「きっとそうさ。娘は、許せないことにはお冠になるけど、誠意を込めた謝罪であれば受け入れる。娘を、頼んだよ」

 

「……はい」

 

……ぁー緊張した。ああ、私はまたS.H.I.E.L.D.の任務に戻らねばならないんだが、一つ伝えておきたいことがあってね。イヤ……取るに足らないことだとは思うんだが、このメンバーがここに集ったことには、何か意味があると私は思う」

 

「伝えたいことだと? そんな前置きいいからスパッと話したまえコールソン」

 

「お父さん」

 

「……すまない」

 

「ハハハ、そうかもしれませんね。ま、聞き流して貰っても構いません。ただ、先の実験で言ったベンディの発言で思い出したのですがね………

 

 実は、娘は見えなかったんですよ。〝星〟が」

 

「……星? 夜空に浮かんでる、あの?」

 

「ええ。決して目に異常があったわけじゃない。医者に見せたけど、特にこれといった障害は確認されなかった。恐らく先天的な脳の障害なのかもしれないがね。別に、星が見えなくても照明の明かりは見えるから夜中に困ることはなかったんだが。

 ……だが、もしかしたら娘のその体質が、悪魔を引き寄せてしまったのかもしれないと思ってね」

 

 

 

 

 

 Chapter 123

 

 

 

 地球は自分の所有物だと言い張り、ドルマムゥと交わした契約。

 地球の悪意は全て啜る、故に暗黒次元のモノが侵入する余地はない。ただし、自分が死ねば地球を所有する悪魔は消える。そうなれば代わりにドルマムゥが地球を好きにしていい……まったく、馬鹿げた契約だ。

 だが、その馬鹿げた契約に助けられていたことは事実だ。お陰でとんだとばっちりを喰らったがな

 

「…幸い、サンクタムは無事。しばらく、地球を攻め入る勢力はいないはずだ」

 

 ドルマムゥの討伐には、多大な犠牲を強いられた。

 寄生主であるエンシェント・ワンからドルマムゥを引き剥がそうとしたマスター・ハミヤは重症。ドルマムゥをミラー次元に引き込むのに一役買ったカエシリウスの門下のゼロッツは全員死亡。

 

 そして、ドルマムゥを道連れに死んだカエシリウスと、エンシェント・ワン。

 

「……くそ」

 

 そもそも地球は、この宇宙は、文明の発展と共に着実に悪意が芽生え、溢れる宿命にあるらしい。加速膨張する宇宙と同じように。

 どこかの宇宙では、その悪意を抑制するために悪意を〝半減〟させる独裁者がいると、エンシェント・ワンは言っていた。つまりレイニーは、その独裁者の代わって、地球を半減化させることなく悪意のバイパスになって、地球に悪意が溢れ出すことを防いでいた。

 

 ……『欲望(デザイア)()(ストーン)』という新たなインフィニティ・ストーンを生み出す、人柱になることと引き換えに。

 

 蔵書の一つに、「あらゆる秘術を行使できる伝説の触媒」に関する記述があった。

 ()()エンシェント・ワンでさえも語ることを憚られた物質。『サバティエル』『第五実体』『大いなるエリクシル』『天上の石』『赤きティンクトゥラ』など、様々な呼び名を持つ神秘の触媒、『賢者の石』。

 数多の生きた人間から魂抽出し凝縮した高エネルギー体、つまり人間の生命エネルギーを利用して現実世界を歪めるに足るエネルギーとして行使する、禁断の秘石。要はそれとほぼ同等のものと言っていい。

 地球上に人類種が繁栄し続ける限り生み出される欲望のエネルギー。感情と心を持った人間だからこそ引き起こせる原動力、その強い思いを濃縮したレイニーは、『欲望(デザイア)()(ストーン)』になる、という条件を満たしていた。満たしてしまった。

 

 ガキのクセに、一丁前に背負ってるなよ。お前が、お前が無責任に契約を結んだから、こんなことに…いや、違う。そうじゃない。

 普通子どもは大きくなるまで、大人の庇護下で自由気ままに遊んでればいいんだ。

 

「……彼女は、〝普通〟で在ることを赦されなかった」

 

 遊ぶ、という権利すら、彼女は奪われた。不慮の事故によって。悪魔の悪戯によって。

 その不幸を、盾にしていいものか。人は不幸を比べたがるよな、私だってそうだ。神の腕にも等しいこの両手を失ったことは私にとって最大の不幸だ。そう思ってるしこれからもそう思い続ける。だが、

 

 不幸は、自慢するために振りかざすものじゃない。

 

 「自分はこんなに不幸なんだ」と不幸を盾に振りかざすような不遜な輩もいれば。

 「お前よりも不幸な奴は、お前よりも頑張ってるぞ」と不幸を格付けたり赦される利権を定めたがる馬鹿もいるだろうな。

 若しくは、人の情動や(しがらみ)を天秤の如く容易く移し替えられるような口ぶりで「行動力を境遇改善に使えばいい」と得意げに語る屑もいる。

 

(これらはきっと、人として当然の反応だ)

 

 例えば、不幸でどうしようも無い前菜(プロローグ)から始まる物語があるとする。私は読書家ではないからなんとも言えんが、それでも読み進めるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この不幸が絶妙なスパイスとなってくれるであろう、幸福に満たされたデザート(エピローグ)になってくれると、思いたいからだ。

 

 所謂、不幸という名の〝苦しみ〟に対する〝社会保障〟って奴だ。

 

 だから人は訝しむ。それははたして()()()特別な不幸に値するのかどうかと。

 苦への社会保障が絶対ではない限り、どうしたって偏りは生まれる。個人差は生まれる。そうして、どんどん〝普通〟を奪っていく。

 

 だが、それでも。

 

「お前は、救われるべきだ。姉弟子」

 

 ──お前は、誰かを救う英雄(ヒーロー)なんかじゃなくて。

 

 ──英雄(ヒーロー)に救われる人間で、あるべきだった。

 

「ストレンジ?」

 

「あぁ、今行く」

 

 ドルマムゥと共に消える、最後の瞬間。

 エンシェント・ワンは、師は言っていた。

 

「レイニー・コールソンは死んだかもしれませんが。

 ユカリ・アマツは、生きています」

 

「……彼女を探せ、か」

 

 

 

 

 

 ──And(そして、) then(誰も) will be(いなくなる) there none(のか) ~♪

 

 

 

 

 

 





 彼女はどこへ消えた?



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