パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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ユカリという名の旅人

 

 

 

 Chapter 127

 

 

 

(なに、それ)

 

 なんだ。

 なんなんだ、その身体は。いや、魂だけになってる私が言えた義理じゃないけど。

 それにしたって、異常が過ぎる。

 ガラスの向こう側で人型の靄はくつくつと嗤って再び包帯を巻き戻す。

 

「──ああ、貴女は本当に驚いているのね」

 

(どういう、いや、普通驚くでしょ)

 

「いいや、別にこの姿に狼狽えた演技をしているのかを疑っている訳じゃないわ。本来肉体と言う枷から解き放たれたアストラル体は()()()()()()のよ、つかないんじゃなくて。偽りを演じるための肉の皮がないから、ありのままの感情がアストラル体に反映される。だから貴女の驚きは本当に驚いている、と評価できるのよ。それがあらゆる次元における共通であり不変の真理だから。

 ──だから余計、おかしくってね」

 

 無重力空間を彷徨うように揺れる包帯がユカリの身体へ還っていく。文字通り時間を巻き戻したような逆再生。まるで、タイム・ストーンの力のような、綺麗で鮮やかな逆再生。

 

「さて、こんな身体になってしまったことを懇切丁寧に説明するには、〝エニシ〟を受け継いだ(ユカリ)の話をしなければならないわね」

 

 ?

 ……エニシという脳を移植されたことと、その身体になってしまったことは別ということ? エニシという天()の脳を受け継いだ上での()()()がその姿、ではない?

 

「母親たるエニシの頭脳の移植に成功した私はクイーンズの家で、S.H.I.E.L.D.のエージェントである父の目を盗み、或いは利用してHYDRAの研究員の1人として不老不死の研究を継続した。だってそうでしょう? あくまでも子どもの身体に移り変わったのは緊急避難であって、不老不死を完全に実現させたわけではないもの」

 

 確かに、そうだ。

 結局人から人に乗り移っただけであって、恐らくエニシが望む不老不死の理想形に到達したわけじゃない。だって、結局人間という器である以上定命であることは変わらないから。

 

 でも、それでは満足できなかった?

 仮とはいえ、脳移植による半恒久的な肉体の新生に成功したのであれば、それはもう不老不死と言い換えてもよかったのに。

 

「だって結局、殺されてしまっては意味ないでしょう? 人間は血を流し過ぎても死ぬし銃で撃たれてもナイフで切りつけられてもショックで死ぬ。病気で死ぬこともあれば事故でも死ぬ可能性はある。

 だから、そういう致死の可能性を排除するために私は()()に乗り出した」

 

(……何の?)

 

「魔法の」

 

(……つまり、怪しげな術とか、非科学的なもの?)

 

 すると、包帯姿のエニシがゲラゲラと嘲笑う。何よ、別に真っ当な反応でしょ。

 

「アッハハハハハハハ、貴女面白いこと言うわね。他でもない貴女が。きっと私と同位体である貴女ならトニー・スタークにこう説教したのではなくて?

 「科学が万人に優しく在るとは限らない」とか、「科学って説明することではなくて、ありのままを認知・理解して創意工夫する文化性みたいなもの」とか」

 

(っ……)

 

 その、通りだ。

 悪魔(ベンディ)と邂逅し、至高の(エンシェント)魔術師(・ワン)の元で魔術の存在を知った私には、世界中で周知されている科学という法則では証明できない存在もあるのだと、知った。

 さも、世界の真理に触れたことがあるんだぞ、と得意げに。

 

「科学と魔法の違いって何? 多分いまの貴女なら「誰もが扱える法則が科学」で「誰かしか扱えない法則が魔法」と思ってるのではなくて? ()()()()()()。取るに足らない常人の多数派が、自分たちの知る技術の延長線上に想像できるのが科学。

 では魔法は? 私はこう考えたわ。「常人がそれが世界の法則の一つであると()()()()()()()蔑称が魔法」である、と。

 だってそうでしょう? 誰もが使える特別な法則を『魔法』という特別な呼称に当て嵌めたくないもの」

 

 それは…そうだ。

 銃を知らない人からすれば、遠くから一方的に人を蹂躙する筒なんて魔法だろう。だって、知らないから。知らないから、使えない。使えない未知の法則はそれこそ『魔法』。

 逆に、誰もが使える、なんの特別性もなく特殊性もなく誰もが使える法則は『魔法』と飾る価値がない。『科学』って常識の言葉に置換できる。

 それほどまで、『魔法』って単語には特別な要素がある。

 或いは、()()()()()()って言えばいいのか?

 

「20世紀後半あたりから話題になる『魔法』とか『超能力』とかはオンリーワンだから注目されてる。まぁ軍事利用できると目を付けたのは各国の軍部だけどね、あくまでも民衆の話よ。

 そういうのを欲してる浅ましい連中は自分もその唯一性を獲得したい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう屈折した劣等感(コンプレックス)という疾患を患ってるのよ。自分だけができるという()()()()()()()()()()。だってできるようになれば一目置かれ、羨望の眼差しを向けられ、感心され、褒められる。気付かない? 率先して『魔法』や『超能力』を得ようとする連中ってのは大抵勉学やスポーツなどの当たり前の努力を厭う奴等ばかりだって」

 

 それは、()にはわからない。

 だって、だって私の周りにいたみんなは、そういう不純な動機で力を手に入れた訳ではないもの。

 ある人は国を守るために、ある人は戦争を根絶するために、ある人は科学の可能性を証明するために、ある人は迷える人々を導くために。

 また、ある人は…事故で、偶発的に望まぬ力を得て。

 それでも皆が皆、自分勝手な欲求を満たすためのエゴイズムに浸った人は一人としていない。そういう人たちにしか特別には、唯一性を獲得することはできないんじゃないか、という仮説もできちゃうけど。

 

「くっふふふふふふ」

 

(……何、その変な笑い)

 

「ああ、ちょっとした()()()()()()というヤツよ。いまの話とは関係ないから気にしないで頂戴。

 それで、私が魔法の解明を始めた話だったかしら。要は魔法って、その時代の水準の科学では解明できない現象の類なわけでしょ? 当時はS.H.I.E.L.D.に奪われたテッセ(四次元)ラクト(キューブ)だって21世紀の科学では解明できないものだし。そのエネルギーを流用しようとするS.H.I.E.L.D.の過激派には驚いたけどね。

 で、幼年期を脱してモラトリアムを飛び越え成長した私はある噂話を耳にした。『とあるアニメスタジオには悪魔が住んでいる』『そのスタジオから戻ってきた人はいない』」

 

(それって…)

 

「そう、ベンディよ」

 

(……天才の頭脳を受け継いだ女が、まさか噂話をアテにするなんて)

 

「『魔法』の話だからこそ噂話なのよ。当たり前の『科学』を秘めやかに吹聴する物好きはいないわ。逆に『魔法』の話を公衆の面前で堂々とひけらかしたりはしない。その『噂』という媒介を通して生まれる『魔法』もあるみたいだしね?人伝にその噂話を聞いた私は調子に乗ってそのスタジオの探索に乗り出したわ。

 エニシという天才の脳を移植した(ユカリ)に解明できないことはない、手の届かぬ天上に輝くあらゆる『魔法』さえ『科学』という地に墜とせる……飛ぶ鳥落とす勢いとでも言えばいいのかしら、寿命の超克という難題を乗り越えて()()()に満ち溢れていた未熟な私はスタジオの調査に赴いた。近所だったことが増長に繋がったのよね、「まずは身近な『魔法』を解明してやろう」ってね」

 

(……それで?)

 

()()()()()()()

 

 ………は?

 何を。

 何を、言ってるんだ、この人。

 でも、包帯に浮かぶ表情はいつものにやけ顔をやや歪ませた形だ。まるで、苦渋を飲まされた、みたいな。

 ………本当に?

 

「ああ()()()。誇張も比喩もない。正真正銘世界は終わっちゃったのよ、私のせいで。

 まさか世界を終わらせるに足るだけの存在がご近所さんだったなんて考えもしなかった。しかも地区踏破第一歩目で、正に10000分の1の貧乏籤を一番最初に引いてしまったような、そういう事故だった」

 

 で、こうなったと。

 意味が、分からない。まず原因がわからないし、そうに至るまでの過程がわからない。これが、誰もが感じる『魔法』って感覚なの?

 

 ……いや、まて。

 ヒントは、ある。

 いままでの経験に、その結果に至るまでの要素は、ある。

 

 まず、ベンディのアニメスタジオ。

 この次元(ユニバース)では幼少期の私が事故に巻き込まれて存在が世間に出たようなものだけど…ユカリの世界では違う。幼少期は研究に没頭していたし、その話からするとユカリ自身が調査に赴くまでは誰も干渉してなかったということになる。

 

 次に、トニーやソー、師匠が見たという、地球滅亡の未来。

 もし…もしその未来が、この次元の未来ではなくて、別の次元で起きてしまった光景だったとしたら?

 

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとしたら?

 

「警戒はしていた。準備は怠らなかった。今考えうる万全の策を用意して挑んだとしても、あの結末は変わらなかった。一番のベストは『放置』でも『隠匿』でもなく『未知』だったんでしょうね。私が知り興味を持ってしまった時点で、その時点で世界の終わりは確定してたのよ。

 スタジオに踏み込んだ私はベンディという存在に触れ、汚濁に呑まれ、ベンディという悪魔がスタジオの外、つまり現実世界を自由に闊歩するための容器になり、無尽蔵の悪意(インク)は地球を飲み込んだ」

 

 そして、地球は滅んだ。

 ユカリの言葉が信じられないと否定する一方で、それもできないことはないと思う私がいる。

 確かに、私がいるこの次元では未成熟な私がベンディの容器に加工されかけてたし、それにユカリの話が正しいなら、私の脳に母親の脳は移植されてない。決定的な違いが多過ぎる。現実世界に進出する器にされるよりも先に師匠(エンシェント・ワン)が駆け付けて交戦したことも、大きい。だから疑問が浮かぶ。

 

あの人(エンシェント・ワン)が、世界の終わりを予期できないはずがない)

 

「そう──至高の魔術師であり過去と未来、あらゆる時間軸を覗き見することができるエンシェント・ワンなら防げたかもしれない。でも、あのスタジオにはタイム・ストーンでも精密な時間操作なしには侵入できない結界が張られていた。それに延々と閉じた時間を繰り返すだけであれば放置することが正しいと判断していた。

 だってエネルギーは無限でないものね、供給もままならない『閉じた時間軸』では、繰り返すにもエネルギーを悪戯に浪費するだけだから放置しておけば勝手に消滅してくれる。だから見逃した。見逃してしまった……ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はそれだけじゃないんだけど」

 

(?)

 

「そもそも、『閉じた時間軸』から出れない存在が引き起こす未来はタイム・ストーンでは予知できないのよ。干渉する余地がないから、外側の世界の時間軸に起こす影響を予知できない。タイム・ストーンが見せる未来はあくまでも()()()()()()()()()()()()()()に限定されているし」

 

(……そうなの? 師匠は、自分が死ぬ瞬間までって言ってたけど)

 

「単にスペックの問題ね。タイム・ストーンの予知能力は()()()()()()()()()()()…ありていに言ってしまえば、過去と未来に存在するストーン同士で交信することができる携帯電話みたいなものだから。

 タイム・ストーンという楔がその時間軸における延長線──つまり、未来に存在している限りはその未来を見ることができる。けど、それはあくまでもタイム・ストーンの扱いを極め、()()を上げなければできない」

 

(出力?)

 

「その話はまたあとでね。

 だから──言ってしまえば、エンシェント・ワンにとってはベンディが『閉じた時間軸』から出て世界に侵食するまでのタイムラグが生命線だった。『私』という世界の一部が『閉じた時間軸』に介入することで生まれる間隙──そこから流れ出す破滅の未来。現実、ベンディに呑まれた彼女も直前で予知できたらしいのよね、世界の終わりを」

 

 つまり…私の場合、最悪の世界滅亡フラグに巻き込まれていながら、幸運にも様々な要素が重なって防げた、ってことでいいかしらね。ベンディとの対話時間が、師匠(エンシェント・ワン)が対処するまでの時間稼ぎになった、と。

 でも、私が出会ったベンディにはそういう悪意は…いやどうなんだそこんところ。友好的になったとはいえ悪魔は悪魔。そこを人の思考の枠組みに嵌めて考えるのは危険な気がする。

 

 でも、仮にその話が正しいとして、

 

「この身体になった説明がつかない──と考えているでしょう?」

 

 ……その通り。

 たとえそれが現実に起きてしまった悲劇だとして、いまのユカリの状態に繋がらない。そもそも世界が滅んでしまったなら、もうそれで終わりじゃないの?

 

「世界を守るS.H.I.E.L.D.と言う名の『科学(常識)』も

 HYDRAと言う名の『科学(常識)』も

 地球の守護者たるエンシェント・ワンの『魔法(非常識)』も

 ……そのどれもが、抵抗することもできず地球はインクに呑まれた。そして地球すら腹に収めたベンディは宇宙という平原に燦然と輝く煌めきを、輝きを欲して星々を喰らっていった」

 

(……星を?)

 

 ……なんだろう。ちょっとわからない点が散見してる。

 何故外の世界に出たかったのか、は分かる。だってずっと閉じ込められてたらつまらないし、外に新たな世界があるなら、知りたいと思う。冒険したいと思う。その好奇心はどんな生物だろうと胸に抱くものだと思う。

 

 The frog(井戸の) in the well(中の蛙は) knows nothing(大きな海について) of the(なにも) great ocean(知らない) .

 

 ニッポンでは、このことわざに続きがある。

 

 But he(されど) knows(空の) the depth(青さを) of the sky(知る) .

 

 でも、地球や銀河の星々を喰らう理由が、動機が分からない。そんな手の届かない遠いものに馳せる思いが、恨みが、憎しみがわからない。

 

「当然ね。だってベンディは人気者になるどころか世界に生まれることすら叶わなかったインクの悪魔だもの。あらゆる輝きを羨み、妬み、奪いたくなるのは悪魔の(さが)でしょう。その強欲さこそベンディという悪魔の本質であり、同時に弱点でもあった。せめて、太陽系で満足していればよかったものを。ベンディはあろうことか『神々の国(アスガルド)』にも手を出した」

 

 あっ。悲しいほどに展開が読めた。

 

「知恵の神にして9つの世界の守護者でもある王者オーディン、そしてその息子ソー、ついでにお笑い枠のロキが悪魔(ベンディ)討伐に乗り出したのよ。オーディンは母星(アスガルド)の危機ということもあって死の女神(ヘラ)の封印を解いてアスガルドの死者を戦列に加えて抵抗、ソーとヘラ両名の犠牲と引き換えにベンディの討伐、消滅に成功した」

 

(ロキの扱い雑なのなんで)

 

「あいつが一番神の傲慢さと悠長さを体現してる馬鹿だから。そのくせ悪運にはめっぽう強い」

 

 なるほど納得。

 そういえば、オーディンおじさんも私を見たときすごい怯えてたっけ。あれってもしかして、別次元(ユニバース)でベンディの脅威を目の当たりにしてたからなのかな。ていうかヘラって誰。

 

 …ん? 待てよ。

 

(……ベンディが消滅したなら、()()()は何なの?)

 

 口が、三日月を象った。

 それは全身包帯だから、とか、そういうのではなくて。

 元はとはいえ人間が浮かべる種類の笑みなんかじゃ、ない。

 悍ましささえ、疎ましささえ感じる、生理的嫌悪というレベルを超えた、何か。

 人を嘲笑したとか、そういう方向性のものではない。

 

 運命を。宿命を。そして自分を。

 そういうものへの、憎悪を恩讐を湛えた、笑み。

 

「そもそも、なぜベンディがそこまで強大になったのかという疑問が思い浮かばないかなぁ?」

 

(それは、地球を飲み込んだから)

 

「その通り。より正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

 

 ……あ、あああああああ。

 そうだ、地球には、インフィニティ・ストーンが、いくつかあった。

 

(まって。ロキの、チタウリの侵攻は)

 

「起きた後」

 

 じゃあ、S.H.I.E.L.D.…じゃなくてHYDRAに確保されてたセプター(マインド・ストーン)に、師匠が所持してたアガモットの目(タイム・ストーン)に……あれ? 2つだけ? いや2つだけでもやばいけど。

 

「リアリティ・ストーンはオーディンがアスガルドの地中深くに封印していたんだけど…惑星直列について知識はあるかしら? 太陽系の惑星が一直線になるアレよ。当時ロンドンでは惑星直列の影響で重力異常が頻発していてね、ソーの元カノがアスガルドに飛ばされてリアリティ・ストーンを手に入れちゃうんだけど、運悪いことにリアリティ・ストーンを取り込んだ元カノも吸収しちゃってね」

 

 ……つまり、その時点でベンディはマインド、タイム、リアリティ・ストーンの3つを手にしてた訳か…なんで、なんでインフィニティ・ストーンなんてトンデモ厄ネタの塊を1ヶ所に、いや1ヶ星に置いておいたのよ。しかも()()

 そういう点では、ある意味私がインフィニティ・ストーンの光に触れる機会があったのは、必然だったのか…?

 

「もし、チタウリ侵攻の()だったら最悪だった。あらゆる場所に転移できるスペース・ストーンまで吸収していたらその瞬間宇宙のあらゆる星の輝きを吸い上げてたでしょうね」

 

 どっちにしても最悪やんけ!

 でも、幸いにもスペース・ストーンはチタウリ侵攻後はソーとロキとアスガルドに転送された筈だから…間一髪、ってところなのかな。複雑だけど。

 惑星直列…そのタイミングを狙って、ベンディは目覚めた? 流石にそれは()()()()じゃないか…?

 

 ん、あれ、まって。

 

(じゃあ、タイム・ストーンは…? 時間軸に干渉できてしまうなら、過去未来に渡って自由に星を貪り喰らうことができたんじゃないの?)

 

「それが、ベンディがアスガルドの連中に負けた敗因であり原因でもある。

 マインド・ストーンによって高度の知能を得たベンディはそれでも、吸収したはずのタイム・ストーンを扱うことができなかったし、その原因もわからなかったのよ。思い出しなさい? タイム・ストーンを守護していたのは、()()エンシェント・ワンなのよ?」

 

(まさか……ベンディに喰われても尚、タイム・ストーンを守ってた…?)

 

 エニシの首肯が、その予想が真実だと悟った。

 まじかー……すごいな、師匠。喰われてもタダでは死なないと思ってたけど、まさか消化されずにタイム・ストーンの主導権を握り続けてたのか。やっぱウチの師匠おかしいわ。

 

「大捕り物ってのは、餌で釣り上げて殺すのが定石よね。オーディンがベンディを釣り上げたのはスペース・ストーンだった。当然、アスガルドの輝きよりも美しい石の力に取り憑かれたベンディは隙を狙われて、頭脳中枢の役割を担ってたマインド・ストーンを打ち砕くことで殺せたけど、陽動であったソー諸共スペース・ストーンを喰った事実は変わらない。で、ベンディそのものが消えて、()()石の所有者は誰になったと思う?

 身体を失った私よ」

 

 かちり、と。エニシが左腕の時計を操作した。

 くるりと回った文字盤から現れたのは、赤、青、緑の宝石。

 リアリティ、スペース、タイム。

 

 でも、()()

 この石は、この次元由来のストーンなんかじゃない。

 何より、ストーンが放つ鈍色の輝きが、いままで私が見たストーンとは、違う。霞んでる。

 

「インフィニティ・ストーンは未知のエネルギーを生み出す永久機関であり存在の昇華、覚醒といった様々な影響を与える神秘の秘石。こう聞くと、()()()()()()()という印象が強いけど、インフィニティ・ストーンには()()()()()という特性もあった。

 討伐されたベンディの存在は消滅しても、吸収した石は存在し続けたし容器にされた私は、肉体こそ失ったけれど世界に現界し続けた……し続けてしまった。

 スペース・ストーンとタイム・ストーンが時間と空間に干渉して存在崩壊する(ユカリ)という自我を固定して、リアリティ・ストーンでアストラル体である私を現実世界に繋ぎ止め、現実への干渉能力を得た。その結果がコレ」

 

 ウソ、でしょ。

 それが。

 その結果が、コレなの?

 悪魔に乗っ取られて、星を喰らいつくして、退治されて、身体を失って、残り滓みたいな存在になって。

 その末路が、コレ…!?

 

(インフィニティ・ストーンって、人智を超えた力を秘めてるんでしょう!? なんで…なんでそんな形に、元の人間の姿にはなれなかったの!? 戻れなかったの!?)

 

()()ベンディに汚染されたのよ? それこそ人間の思い通りにストーンの力が発揮されるワケないでしょ。悪魔の(はらわた)から取り出された秘石はたった1つの例外もなく呪われてた。1つ1つのストーンの性能は維持したまま、歪んだ形で実現するエラーを残して。

 ま、期せずして不老不死に成ってしまったわけよ。至るまでの過程や要素は様々であれど、結果としては成功も成功、大成功。次元の一つを犠牲にしてしまったけれど、それでも()()()()()()()()()()()。私がストーンを使うのではなくて、3つの汚染されたストーンの総体として私が使われる構図になってしまったのは気に食わないけど、まぁ些事よね、それくらい」

 

(誤魔化さないで!)

 

 違う、違う!

 エニシの野望が正しいだなんて認めない。正しいはずがない。不老不死だなんて、そんなものは人間が手にするような代物ではないから。

 いつかくる終わりまで切磋琢磨するその生き様こそが人間であって、死という失敗(おわり)を迎えるまでなら、何度だって無限に挑戦して、高みを目指せるからこそ人間は輝くのであって…!

 

 それでも、それでも!

 あなた(ユカリ)が! 夢に向かって突き進んだのであるならば! 努力と苦しみの末に掴むのなら!

 

(そんな、そんなものが! 不老不死であるなんて! 私だったら、()()()()()()()()()()()()()! 不老不死だなんて認めない!)

 

()()()()?」

 

 それは、吐き捨てた泥に含ませたような口調だった。

 せめて、逆上して、怒ってくれれば、まだ人間らしさがあったのに。

 そう糾弾した私を、責められたのに。

 

「もう一度聞くわね。()()()()()()

 知識の神オーディンでも殺せないと匙を投げられ、無謬の輝きが煌めく宇宙だろうが光の届かぬ深海だろうが存在し続けられる私が、不老不死でなくて何なのかしら?

 首を切られた。でも死なない。

 全身を引き裂かれた。でも死なない。

 一片も余すことなく潰された。でも死なない。

 「いま死なないから不老不死だ」というその場凌ぎの見苦しい言い訳とは違う。老いることもなければ死ぬこともない存在になったのならば、それは不老不死でいいんじゃないの?」

 

 それ、は。

 

「……まぁ、別にいいわよ。不老不死でない人に不老不死を理解できる筈もないのだし。で、まぁ不老不死という研究にピリオドを打った私は()()研究を始めた。『不老不死殺し』という研究を」

 

(……自分、殺し?)

 

「そうとも言えるわ。でも私はもう一つの可能性を考えた。

 私という天才に実現できたなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。難しくはあるし、実現困難な夢であるのだけれど、それでも現代なら不可能ではないんでしょうねって。

 ……ああ、そうそう。その頃からよ、私が次元を旅し始めたのは」

 

 次元を、旅。

 そうだ、彼女(ユカリ)は、別の次元の私。であるならば次元を渡り歩くという手段なしには存在することが、まずあり得ない。幸い──とも言うの? 彼女(ユカリ)は、汚染されたとはいえ空間を司るスペース・ストーンを所持しているんだから、できなくはない、か…?

 

「次元渡航はスペース・ストーン単体では無理。タイム・ストーンという可能性過去、可能性未来を視ることで、それを糸口に自己の座標を転移させることで漸く可能になるものね。さっき言ったでしょう? ()()()()()()()()()()()()って。

 元々インフィニティ・ストーンって全部集めらた次元を掌握する力を手にできるって謳い文句があったけど、強ち間違いでもないのよね。理に叶ってはいるから。時間、空間、現実、精神、魂、力…それらを自由にできるエネルギーを持つストーンを手にしたなら可能よね。なんせかつて存在した特異点のエネルギーが込められているのだから。

 ……手にした者が()()()()使えるかどうかは別問題として」

 

 ……いくら高性能の内燃機関(エンジン)を手にしたところで、搭載する車体(ボディ)が凡庸ならそりゃ使いこなせないわよね。最初は上手く走れるかもしれないけど結局見せかけ、いずれは内に宿る熱に焼かれて燃え尽きる。

 

「……さて、これで最初のユカリが生まれた次元の末路と不老不死に至るまでの(みち)は終わり。次なる研究『不老不死殺し』の術を得るための(みち)を歩むわけだけど……ここで少々、蔓延る()()に足踏みした」

 

(……雑草?)

 

「ああそうとも、有象無象の雑草。放置しておいても問題ないけど、そのまま進むには足を高く上げなければ絡め取られる。とはいえ引き抜けないほど強い根を張ったものでもない、少し力を込めれば根元から()()()()と引き千切れる。

 

 不運な死を乗り越え、(カミ)に掬われた殉教者(マルティール)

 宿主の魂を喰らって潰し、我が物顔で踏ん反り返る憑依者(ベゼッセンハイト)

 借り物の恩寵を賜り、生まれ堕ちた世界を思うがままに蹂躙する破壊者(デストロイヤー)

 

 私は彼らを『異次元の旅人』と称してる。私も同様に他の次元を渡り歩く『旅人(ガリバー)』であることに変わりはないもの。でも彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()を持ってる。そして(カミ)に選ばれた彼らは自らをこう呼ぶ。

 

 転生者、と」

 

 

 

 

 





 彼女は不老不死の真実を憂いた

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