パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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 FGO5周年おめでとうございます記念小説
 と言う名の、コラボ回です

 お気に入り評価誤字報告感謝






オブシディアの瞳

 

 

 

 1999/**/**

 

 

 

「世界は、カラフルなんです」

 

 橋の上に。

 一人の少女と一人の男が、いた。

 眉目秀麗という言葉が似合う男に目もくれず、少女はただただキャンパスに筆を押し付ける。拙い手つきで、芸術も知らぬ幼子が、気のままに絵を描くような、そんなイメージさえ想起させるほど。

 

「世界は、こんな絵の具だけで表しきれるほど単調ではなくて。でも、人は絵を通して色鮮やかな世界を想起する」

 

「……つまり、あくまでも絵は風景を連想させる媒体でしかなく、人が思い描く風景はすべて自分の中にある、と?」

 

 こくり、麦わら帽子の少女は頷く。

 真っ白いキャンバスに白と黒の濃淡が残る。

 赤、青、緑、黄色。色どり鮮やかな絵の具はすべて未開封。キャップがこじ開けられ、中身が著しく減っているのは白と黒。

 たった二色…否、キャンバスの下地の色を除けば黒だけで表現された絵は、あまりにも現実味がある。

 写実的、と表現すればいいのか。

 中世に日ノ本の国から伝来した水墨画のような趣とは異なる、西洋風の筆致。モノクロの写真とも類似している。

 

 だが、ちがう。

 

 決して上手い、訳ではない。

 見た風景を受け取る感受性、脳に記憶した風景を絵に映し出す技術、それらすべてが統合されてこそ絵はより現実に近いものになる、が──

 

「…なるほど。それが、キミの見ている世界、ということか」

 

「みんなが、本当は見えるものなんです。ただ…何と言ったらいいか。人は生きるといろいろな経験を積んで、無意識に見る景色にフィルターが掛かってしまう…んだと、思います。本来誰にでも見えるものなのに、体験や経験、辿ってきた道のりが、その規定値をずらしてしまって…えーっと、世の中を、真正面に見られないっていうか……」

 

「そう、か。人の営みそのものが、世界を見る目を曇らせてしまうのだね」

 

「あ、ああ──えっと、その…比喩です! そう、比喩! ポエム! 詩! わかります? 詩! ナウでヤングなボーイ&ガールズが特に考えもせず呟いちゃうポエムですよ! いやぁお恥ずかしい」

 

「ある意味、()()も人の世の弊害か。要らぬしがらみが蔓延るせいで、真に的を射た言葉も安易に口にできず、公言すらも憚られる…全く、時計塔の人外共に聞かせてやりたいくらいだ。魔術の研鑽に明け暮れて根源を目指すばかりでなく、もっと心から世界を見てもいいのに」

 

「あはは、まぁ人という種族に生まれ、社会で育つ以上は与えられた役割(ロール)ってものが宛がわれますから。それはお天道様に授けられた運命とも、生まれたお家の役柄にも左右されますけど。人には人の乳酸き…じゃなかった、人には人のやるべきことがあるんですよ。あくまでもそういうことを生業としてるひとがいるってだけで、他の役まで背負うのはお門違いと言うか、なんと言うか」

 

 エヘヘ、と困ったように少女は笑う。

 人は、生まれる家を選べない。生まれる家庭を選べない。

 特に、魔術師の家に生まれた人間が辿る末路はだいたい同じ。脈々と受け継がれてきた魔術刻印を継承し、根源に至るまでその生涯を捧げて研究に没頭する。

 未来を選べるなんて嘘っぱち。

 生き方を選べるなんて絵空事。

 根源に至るための研究を続けることこそが至上の喜びであると教育を施され、己が人生さえもその一族の到達点に至るための糧とする。

 決して不幸なわけではない。本人にとっての喜びは即ち幸福だ。如何に他人に後ろ指を差されようと、不幸だの不憫だのと罵られようと、最終目標に到達できればいい。

 一族の悲願が叶えば、それでいい。

 言わば積み石だ。

 一個一個の石は何の価値もないが、バランスを維持して積み上げれば天上に届く。無価値な石も、天上に至るための礎となれるのであれば望外の喜びだ。

 下に積まれた者(過去の一族)の意思を受け継ぎ、根源に至らなければ上に積み上げる者(次の世代の一族)の礎となる。

 

 魔術師とは、そういう種族だ。

 そういう、宿痾にある。

 

 ならば───

 

「なら、キミに宛がわれた役割とは何だ?」

 

「………」

 

「だんまり、か。嘘は言わない、だが正しいことを言うことはできない…口にできない、ということか?」

 

「……()()()、です。

 二度目です。生まれて、その問いかけを投げられるのは。もし、彼と出会うよりも先に貴方と出会っていたら…貴方が、私の運命になっていたのかもしれません、なんて」

 

 麦わら帽子の奥で、少女は笑う。

 笑う、嗤う、哂う、ワラウ。

 それは蔑んでいるようで。

 それは諦めているようで。

 それは嘲ているようで。

 それは、それは、それは。

 

「……ただ」

 

 少女は、続けて。

 

「ただ、必ずしもありのままの景色を認知する必要性はないと思うんですよ。だって、目の前の光景をありのままに受け止めるのは知性を持ち始めた人間などではなくて、野生に生きる動植物であるだろうし…なにより、多種多様。人の数だけ()()の余地があるからこそ、単一の原風景は無限大の()()の元に如何様にその姿形を変える。

 時に豪華絢爛な桃源郷を映し出すこともあれば、時に簡古素朴なあばら屋に見えることも。時に蠅が集り腐敗臭漂う屍山血河な地獄の様相になってることだって、あるかもしれませんし」

 

 物事がたった一つの側面しか持ち得ないという事態は、人間社会ではまずもって有り得ないものだ。

 何故なら原因が不特定多数のファクターを含んでおり、同時に観測する側も不特定多数かつ、一個体として同じ考えを持ち合わせない()()だからだ。

 それ故に、無数の()()が生まれる。

 だから人はその解釈に、時に共感を覚え語り合い、時に反感を生み解釈の不一致…()()()()という名のもとに争い合う。

 

「人という群れの織り成す班目な模様に趣を感じられるというものです。その趣という感性自体…人間にのみ搭載された機能の一環なんですけどね。要は、人間の自己満足です」

 

「人間が失った利点を、新たに得た利点で補完し利とする、か。まるでマッチポンプだな」

 

 人が人であるが故に失ってしまった単一の観測眼。

 単一の生物でなくなったが故に、一個体の生命ではなくなったが故に、永遠に失われてしまった眼ではあるが、失ったことで得た感性を満たすことができる。

 それは喪失してしまったものよりも大きな利を得たのかもしれないし、人間は未だに喪失してしまった欠損を補完できていないのかもしれない。それは、最早比べようのないものだ。

 

 たった一人、原風景の観察を可能とする存在を除いては。

 

 

「此処にいたのか、ユカリ。レフが探していたよ」

 

 

 少女と男の逢瀬は、そこで終わる。

 

「マリスビリー。ごめんなさい、少し外の景色を眺めたくて」

 

 少女が最後に浮かべた感情は。

 (魔術師)と同じ、そのすべてを受け入れた()()の感情と同じものだ。

 

 この時点で、彼女は一般の人間ではなく。

 魔術師の人生に身を委ねた、虜囚に成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 2017/**/**

 

 

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 既に魔術王に施された人理滅却の術式はカルデアの尽力によって破壊され、正真正銘正しく、人類の未来を守った後の世界。

 かといって、人類史を脅かす特異点の全てが消失したわけではなく。かの魔術王がカルデアに遺した置き土産として、4つの特異点が残っていた。

 新宿。アガルタ。下総国。そしてセイレム。

 亜種として観測された特異点に関しても、人類最後のマスターたる藤丸 立香を中心に乗り越え、人理焼却の危機を回避してきた。

 

 話は、変わるが。

 

「………」

 

「アレは…よく見かけるシャドウサーヴァントとやらかにゃん?」

 

 カルデアでは、レフ・ライノールの企てによって高いマスター適正を持っていたAチームメンバーを含む、多くの人間が殺害・ないし事故死、致命傷に至る傷を負っていた。つまりは、組織として機能するかどうかも危ぶまれるほどの致命的な人材不足に陥っていた。しかし、立香が召喚したサーヴァントの中には、組織運営する上で欠かせない能力を持つサーヴァントがいた。

 それもその筈、座に登録された名だたる英雄は誰もが一騎当千にして万夫不当の英雄。戦闘に秀でた者もいれば、一万人もの軍勢を率いるカリスマを持つ者、あるいは人類の進歩に貢献し人類史を塗り替える偉業を成し遂げた者もいる。

 

 そして勿論、家事全般──特に、料理に関して優れた者も、英霊の中には存在していた。英霊エミヤ、タマモキャット、そしてこの場にはいない、または当番ではないがブーディカ、パールヴァティー、エレナ、マルタ、源 頼光、紅閻魔らがこれに該当する。

 本日の食堂を担当していたエミヤ、タマモキャットは朝食の準備に着手しようにも、気難しそうに眉根を寄せて食堂の一角を睨み、手を止めていた。

 そこに、カルデアのマスターたる立香が腹を空かせてやってきた。

 

「どうしたの? エミヤ、キャット」

 

「あ、ああ…マスターか。イヤ、食堂にシャドウサーヴァントらしきものが居てな…どうしたものかと対応に困っている」

 

「今朝からずっとあの様子なんだにゃん。マタタビか猫缶で釣ろうと思ったがしかししかぁし! キャットはフィッシングよりハンティングの方が憧れる! しからば、餌で釣るより我が肉球の餌食にしてしんぜようと思っていたんだワン!」

 

「…と、若干暴走気味な彼女を宥めつつ、相談していたんだが」

 

「え、シャドウ、サーヴァント?」

 

 エミヤが睨む方向には、確かにいままで訪れた特異点で見かける英霊の残滓、シャドウサーヴァントに酷似した人影が、食堂の椅子の一つに腰かけていた。

 辛うじて。

 辛うじて、頭部、胴体、脚部が判別できる程度のものであり、当たりかまわず襲ってくるシャドウサーヴァントとは些か異なる印象だ。

 まるで、落ち込んでいるような。

 呆然と、放心しているような。そんな様子さえ感じさせる。

 それくらいなまでに、ぐったりと項垂れていた。

 

「あ、おいマスター」

 

「大丈夫。多分、敵意は無いと思う」

 

 シャドウサーヴァントらしき影に歩み寄ろうとした立香を、エミヤが引き留める。しかし立香は何でもないように手を振るが、万が一ということも考えエミヤも同行して人影との接触に踏み切った。

 いつでも、首を刎ねられるように、後ろ手に使い慣れた夫婦剣の一振りを投影して。

 

「すこし、いいかな?」

 

………?

 

 近付いた立香の声に反応したのか、項垂れていた人影はゆっくりとその頭部らしき部分を上げた。

 目らしき部分は、なかった。

 鼻は愚か、口さえも暗闇に塗り潰された人影は立香の存在を認めると、小さく頷くような仕草をした。

 

「よかった、意思の疎通はできそうだね。えっと、キミは一体誰なのかな。どこから来たの?」

 

……■イ■■・■■■ソ■

 

「ん、ごめん、聞き取れなかった」

 

………

 

 立香の耳には、鼓膜を掻きむしるような雑音に阻まれて聞こえなかった。それはエミヤも同様で、名前らしき言葉を聞くことは叶わなかった。立香が申し訳なさそうに顔を歪めて再度聞くが、人影は項垂れて押し黙ってしまった。

 これはまずい、と焦るが。

 

「…そうも黙られては貴様が敵か味方か判別できん。が…先程そちらが名乗ったのであれば、こちらも名乗り返さねばな。私は英霊エミヤ、ここカルデアのマスターに召喚されたサーヴァントの一人だ」

 

(えっ、なんでエミヤが自己紹介を? ていうか、私の紹介は?)

 

(自重しろマスター。己の名は敵か味方かもわからぬ相手にみだりに伝えるべきではない。仮に英霊だったとして、マスターにとって害となる可能性も捨てきれんのだ。それが悪意があろうと、無かろうと、英霊にとっての常識がマスターを傷付けてしまうことだってある)

 

(……な、なるほど)

 

 そういえば、かつて立香は第四特異点において魔術王・ソロモンによって一時的に呪いに掛けられていた。他にも、特異点において呪いと言う概念は珍しいものではなかったし、相手を指さすことで体調を崩す典型的な呪い【ガンド】や、遠方からでも名前だけで呪いを与える呪法だって存在した。

 エミヤは人影が敵であるかわからない以上、不用意にカルデアの生命線ともいえるマスターの名前を口にすることは避けた。

 そも。

 特異点でもないカルデアに、シャドウサーヴァントがいること自体、おかしいのだ。

 予測を超えた何かが起こっている。英霊エミヤとしての直感が、警鐘を鳴らしていた。

 

■ル、■■?

 

「む、伝わった…のか? そうだ。ここはカルデア、人理継続保障機関フィニス・カルデアだ。まさか知らなかったのか?」

 

 英霊は、聖杯の力で呼ばれる際に現代の知識を入力(インストール)される。

 だが、この人影にはその知識が無いように見受けられる。

 と、思ったのだが。

 

 

()あ、()()()()()南極()()

 

 

「え」

 

「なっ───」

 

 なぜ。

 どうして、それを。

 聞こえた単語。南極。

 それは、英霊エミヤはおろか、立香でさえも知らなかったことだった。

 その時だ。人影の様子が、劇的に変化した。

 

 

 椅子を蹴り倒しテーブルを蹴飛ばす(───ガタッ、ガガンッ)

 

 

「わ、わぁあああ!?」

 

「離れろマスター! 奴は敵だ!」

 

 咄嗟にマスターの安全を最優先したエミヤは、呆然とする立香を抱きかかえて飛びのく。エミヤの弓兵として優れた目は突如暴れた人影が、食堂の入り口で仁王立ちしていたタマモキャットを飛び越えてカルデアの廊下を疾走したことを確認した。

 

「誰かっ、奴をッ」

 

 立香をタマモキャットに預けたエミヤは、両の手に弓矢を投影しながら、吼える。

 

 

「奴を止めろォオオオオオオオオオ!!」

 

 

「む」

 

 廊下を這いずり回る様に疾走する人影の前に、男とも、女とも見える美しき剣士。

 偶然食堂の前を通りかかったのは、羽帽子を被り腰にレイピアを掛けたる華麗なる剣士、シュヴァリエ・デオン。

 目の前に迫りくる謎の人影と、その背後から必死の形相で追いかけるエミヤを見て察したデオンは、即座に状況を推察し抜刀し剣を構えた。

 

「ここから先は通さん。踏み越えるなら」

 

 黒い鱗粉を撒き散らす、人影が迫る。

 デオンは警告と牽制を含めて、どんなに素早かろうが命中を約束された人体の中央に剣先を定め、突く。

 

「私の剣戟を、越えて」

 

 ──しかし、異変はそこで起きた。

 剣の重みが、消えた。

 否、実際には消えてはいない。だが慣れ親しんだレイピアの重さが軽くなったのだ。

 正体は、次の瞬間に分かった。

 

「な──」

 

 レイピアの柄から数十センチほど先。

 そこから先が、ぽっきりと折れてなくなっていたのだ。

 

(い、ま、のはっ、武器破壊!? イヤ違う、脱刀術!!)

 

 人影は確かに人体でいうところの二の腕らしき部位が、デオンのレイピアの折れた先を掴んでいた。そして、無残に折れたレイピアの剣先をぞんざいに投げ捨てた人影は、驚愕に目を見開いたデオンの横を通り過ぎた。

 

「セイバークラスはダメだ! 剣を取られるぞ!」

 

「なんじゃあ! そんならわしの剣にまかしとき!」

 

 乱痴気騒ぎかと、野次馬にでもなろうと面白半分で駆け付けたのは、幕末の人斬り・岡田 以蔵。己が愛刀・肥前忠広を鞘から抜き放ち、朝っぱらから騒ぎ立てる下手人を成敗すべく天井の光を反射し輝きを放つ。

 しかし、首筋に吸い込まれるように振り下ろされた刀は──

 

「──は?」

 

 刀は、消えていない。

 刀ではなく、刀が斬ろうとしていた相手が、姿は愚か影さえも消え去った。まるで、煙に巻かれたように。狐にでも化かされたのかと思うような、そんな現象。

 

「き、消え──」

 

「馬鹿! 真下だ!」

 

「はぁ───!? ああああっぶなぁ!」

 

 ひゅ、と股間の辺りに鋭い一閃が走り、以蔵は刀を中途半端に振った体制のまま器用にジャンプした。

 股下を、エミヤの矢が通り抜けた。

 その前に、以蔵の目の前にいた人影が、既に股下を潜り抜けていた。

 

「股抜きとかそんなのアリかっ」

 

「いいから追うぞ! 奴は危険だ!」

 

「おまん、わしの何処射貫こうとしとんじゃあ!?」

 

「五月蠅い。長い袴のせいで狙いを外した! もう少し股下のサイズに合った袴に履き替えろ!」

 

「んじゃとぉ!?」

 

「口喧嘩は後だ! いまは奴を止めないと!」

 

(…この人影、考えなしには移動していない。どこか目的地となる場所がわかっているのか?)

 

 あまりにも迷いのない動きに、若干の違和感を覚えない訳がなかった。だが、今はそれについて考察する材料も無ければ時間もない。現状、サーヴァントにしか出くわしていないが、個人戦力に欠けたカルデア職員と出くわし、万が一危害に及ぶようなことがあればカルデア全体を揺るがしかねない。

 人類最後のマスターは藤丸 立香だが、マスターの行動を支えるのはスタッフである職員たち。優先順位という点では、マスターに次ぐものである。

 

「なんだなんだ、朝っぱらから」

 

「っ式か! ソイツを止めてくれ!」

 

「あ?」

 

 対丈の着物に男物の革ジャンという奇異な服を羽織る美人、両儀 式。英霊の中でも一際特異な立ち位置にいる彼女は、廊下で騒ぎ立てるサーヴァントたちや謎の人影を視界に捉えると、やれやれと溜息をついて立ち塞がった。

 

「おっと、悪いけどこっから先を行くって言うなら流石にオレも、容赦はしない」

 

 黒瞳から、赤と青が混じる瞳に変貌する。

 直死の魔眼。相手の『死』を補足することを可能とする、類い稀なる魔眼が一対、人影を捉える。

 

(視えた)

 

 その魔眼の力に裏切りはなく、たとえ正体不明の影であろうと存在限界の決定打たる死の線は観測された。

 抜き放ったナイフを逆手に握り、死の線をなぞ───

 

「っ、な」

 

 戸惑いの声は、式の口から。

 なぞるよりも、先に手首を人影に抑えられた。抑えられた──が、式のナイフはしかし、式の狙い通りに人影の死の線をなぞった。

 ぼふ、と空気が破裂する音が響く。

 悲鳴もなく、苦しみ藻掻く様もなく。

 あまりにもあっけなく、サーヴァントを翻弄した謎の人影は、カルデアから消失した。

 

「なんだ…いまの」

 

「ハァッ! ハァ! ざ、ざまぁないわこん畜生めが! 手こずらせおって!」

 

「式、大丈夫か…式?」

 

「……まるで、自分から死にに行ったみたいだった。なんだいまの、切腹か?」

 

「何?」

 

 式は人影が消えた空間をじ、と睨むが、眉根に皺を寄せてウンウン唸る。式の呟きを耳にしたエミヤも、同様に先の人影の行動の不可解な点に気付いていた。

 

 カルデアを知っていたこと。

 どこか目的地を目指し、何かをしようと企んでいたこと。

 そして、式に自ら殺されに行ったこと。

 

 特に最後のやり取りに関して疑問が残る。

 デオンや以蔵ほどの剣の達人を相手に、間合いに入った上で凶刃から逃れられるのは同等の剣士か、対剣士を生業とする専門家のみである。初見の、しかも未知の敵相手に、出方を伺う形で相対したからこそ十全で立ち向かったとは言い難いが、それでも英霊相手に相対できるとなると、

 

「何らかの武術を修得していた、ようにも見受けられましたな」

 

「アサシン・パライソ、どうかしたか?」

 

 いつの間にか、右目に眼帯を嵌めた痩身の女性──アサシン・パライソ。又の名を望月 千代女は、消えた人影が残した僅かな黒粉を睨んでいた。

 

「ああ、先の人影…拙者に近いものを感じた」

 

「それは、蛇としてか? 忍としてか?」

 

「否、どちらでもありませぬ」

 

「何?」

 

 望月 千代女といえば、くノ一の代名詞であると共に伊吹大明神…つまり、蛇との縁に強く結ばれた英霊である。エミヤはそのどちらかの要素が件の人影に近いものではないかと推察していたが、千代女はその両方を否定した。

 

「……巫女、でござる」

 

 

 

 

 

 2018/01/01

 

 

 

『歩き巫女、という伝承を知っているかい?』

 

「…歩き巫女? なんだよそれ、僕の専門に極東の神学は含まれていないぞ。流石に専門家でもない僕に聞くな、お門違いだ」

 

『歩き巫女っつったら──アレだろ? 極東に伝わる戦国時代の古ーい伝承だっけか。日本全国練り歩いてお祈りするんだっけか? ナンマンダブナンマンダブ、ってな!』

 

『確か、極東における伝承の一つよね。信濃国望月城主望月盛時の妻…だったかしら。望月 千代女…くの一としての伝承が色濃く残ってるけど、実際には巫女としての役割を担っていたと聞くわね』

 

『そうね。川中島の戦い以降、武田軍に仕え甲斐信濃二国巫女頭領となり…神道の加護と共に武田軍の情報網の構築、及び忍として諸国を往来し索敵・密偵に寄与していた…そうですよね、キリシュタリア様』

 

『そうだ』

 

『それならアタシも知ってるわよ~でも、歩き巫女ってそれだけじゃないわよね。ね? デイビット』

 

『ああ、巫女という単語には神道として処女性を連想させるが、こと歩き巫女に関しては勝手が違う。天の神を受け入れ、依代となる巫女は性の穢れを持たない清浄な体でなければならない…というのが通説だ。あくまでも、な』

 

「通説?」

 

『…細かいことは省くけど、巫女が処女でなければならないことと、性の交わりが穢れであることは繋がってるわけじゃないのよ。オトコと違って子を産むというオンナの性は神聖視されてたの。ホラ、天照大神とか伊邪那美だって女神じゃない? 子を産んだ彼女たちが穢れ扱いされるのはおかしいでしょ?』

 

『ああ~なるほどねぇ。ま、伊邪那美は割と穢れてる扱いされてるけどな、神話でも今でもよ』

 

『…話を戻そう。巫女は神にその身を捧げるまで処女性を保つことが現代まで継がれている通説だが…歩き巫女はその正反対、巫娼として身を落とし、殿方の穢れを肩代わりすることを巫女としての禊として解釈していた』

 

『……まったく、皮肉なものよね。処女性を守ろうが守るまいが、結局は巫女という名前さえ掲げればどんなことをしたって加護を得られるだなんて。人間は度し難い』

 

『まぁまぁ! そう邪険にしなさんなってヒナコ! で? ありがたーくもない神道についてご教授したことと、今回確保したコイツと何が関係してるんだ?』

 

『知れたこと。彼女もまた、歩き巫女だったというだけだ。ただ、得た加護は神道のそれとは異なるものであるし、規模も異なる』

 

『彼女はレフ・ライノールとマリスビリー・アニムスフィアの要請の元、地球全土を踏破し、歩き巫女の術式を用いて加護を得た。現代の地球を一片も残さず把握し、そして歴史の基準値を把握するために。それは誰にでもできなくはないが、現代において効果を最大限に発揮できる素養を持っていたのは彼女しかいなかった。彼女の眼で、世界を観測する必要があった』

 

「オフェリアみたいな魔眼持ちだったってのか?」

 

『いいえ、時計塔で魔眼指定された者のリストに彼女の名はなかったわ。勿論、封印指定を考えていたかもしれないけど…』

 

「けど?」

 

『……一時期、千里眼と似て非なる眼を持った子を見つけたと時計塔が騒いでる時期があったわね。曰く、観測させれば根源まで到達する()()を観測できる、と。魔術師として根源到達の世代が判明すれば、魔術師としての臨界…つまり、最も魔術師としての質を高めた子を産み出すべき世代を観測できるし、逆に言えばその世代を産み出さないように画策することで、他の一族の根源到達を阻害することもできた、と』

 

「ああ、それなら聞いたことがある。世代視、だったか? 世界や一個人の未来ではなく血族…過去と、のちに刻まれる未来を観測するかもしれないとかなんとか。魔術師として歴史の浅い僕の家には縁のない話だ」

 

『それに関しては急進派・反対派・中立派が対立していたと聞く。急進派はロード・バルトメロイを筆頭に、根源への到達が特定できるのであれば余すことなく利用し、共有財産とすることで時計塔における交渉の手札(カード)として手元に置こうとしていた。

 対してロード・バリュエレータを核とした反対派は、根源への到達がその程度のことで観測されてしまうことが魔術師そのものへの侮辱であると主張していた。最も、反対派がそうも喚きたててしまっては、観測する精度が高いと言ってしまってるようなものだったがな。

 中立派は不干渉を貫くべきだと主張した。もし魔術師を志すようであれば迎え入れるが、そうでないならば極力アプローチは控えるべきだと。確か、アーチボルト家が一番発言力が大きかったはずだ。

 その横槍を入れたのが、どの派閥にも属していなかったアニムスフィアだ』

 

『マリスビリーが?』

 

『マリスビリー・アニムスフィアは、根源到達の観測とは全く異なる利用方法であることを約束し、『自己強制証明(セルフギアス・スクロール)』を持ち出してまで強引に問題の人物を引き取った』

 

「……基準値、観測? ……まさか。シバ、か?」

 

『その推測で、間違いなさそうね』

 

『その通り、疑似地球環境モデル『カルデアス』を観測する近未来観測レンズ・シバ……その生体ユニットとして、彼女を利用していたのさ。過去から現在に至るまでの地球全土の歴史に生まれる歪み…特異点を観測する上で、『カルデアス』に生じた黒点を観測するには、彼女が必要だった。不可欠…という程ではないが、年代と座標、そして範囲を正確に突き止めるには、歩き巫女として地球全土を踏破し、隈なく記憶した彼女を使うには都合よかった』

 

『望遠鏡には二種類のレンズがあったよなぁ。対物レンズと、接眼レンズだっけ。いわば彼女はそのレンズの一部だったってワケか』

 

 第一異聞帯・ロシア。

 

 南極のカルデア本拠地を襲撃した張本人たるカドック・ゼムルプス、アナスタシア、そしてコヤンスカヤはモスクワの拠点でカルデアから奪った()()を眺めていた。

 物品、というよりは。

 生体ユニットとして、レンズ・シバの付属品として機能していた、少女そのものなのだが。

 コヤンスカヤは人の魂を飴玉のように口の中で転がしたようなに、頬を綻ばせて。アナスタシアの手で氷漬けにされた物品を眺める。

 

「で、ワタシはこの悪趣味な死体を第五異聞帯までチャーター便で送ればいいんですねぇ? NFFサービスのご利用ありがとうございまーす♪」

 

「ああ、よろしく頼む。万が一、カルデアのマスターがカルデアスの灯を再び灯したところで、観測するために必要な物品が無ければ機能しないらしいからな」

 

「くくく、頑張って取り戻したところで特異点を観測できなければカルデアの連中もおしまいだなんて…イ~ィ趣味してますねぇ♪ 最高です、大好物です、このコヤンスカヤ滾ってしまいます! あまりに滾り過ぎて…ちょっと()()()()()でもしてしまいそうです…♪」

 

「やめておいた方がいい」

 

 舌舐めずるコヤンスカヤの暴挙を止めたのは、カソックに身を包んだ偉丈夫の神父。殺戮猟兵(オプリチニキ)を率いてカルデアを蹂躙し、英霊召喚成功例第三号──技術局特別名誉顧問たるレオナルド・ダ・ヴィンチの殺害に及んだ下手人、ラスプーチン。

 異星の神に仕えるアルターエゴである以前に、彼は怪僧──つまりは、聖職者だ。

 

「仮にも巫女としての責務を全うした者の遺骸だ、ぞんざいに扱うのは頂けないな。腹を壊す程度では済まんだろう、腹の内から穢れに犯されるぞ。鉄扇公主(羅刹女)の二の舞になりたいのか?」

 

「ンフフ、ご冗談を。人間如きの穢れに犯されるほど私はヤワではありません……ですが、そのご忠告は聞き入れましょう。何よりも契約ですからね、標本にして飾るにしても見栄えありませんし。グローバルでキッチュな営業をモットーに掲げるNFFサービスにお任せあれ」

 

『頼むよ』

 

「で、す、がぁ」

 

 じろり、と。

 女狐を想起させる、獣らしい眼光を纏わせたコヤンスカヤが、通信機越しにキリシュタリアを眺める。

 それは下世話な話を切り出す下女のようで。

 俗っぽく言えば、うら若き青少年がズリネタに話題を燃え上がらせようとする様のようで。

 耳まで避けそうな口角が、がぱりと開く。

 

「この死体にご執心とは、貴方様にいったいどんなご縁があってのことなんでしょうねぇ」

 

『『『………』』』

 

 それは、クリプター全員が気になっていた。

 かく言うカルデア襲撃を一任されたカドックとアナスタシアも、気になってはいた。襲撃するだけならただ暴力を振るうだけだが、カルデアスの地下中枢の物品を回収──という任務(オーダー)は、Aチームの中ではマスターとしての実力に乏しいカドックには難しい注文だった。

 しかし、やり遂げた。意地で、なけなしの意地で、実力以上の力を引き出そうと、懸命に頭を動かし、魔術回路を酷使し、顔の知ったかつての同僚を皆殺しにして、心を擦り減らして。

 その任務(オーダー)は、達せられた。カルデアスをアナスタシアの氷で完全凍結し機能停止に追い込み、Aチームの中でもキリシュタリアのみが知っていたレンズ・シバの中枢コントロールルームへの道を駆け、彼女の遺骸を確保した。

 

 亡骸は、今にでも息を吹き返そうな鮮度を保っていた。

 魔術による措置が施されているのだろう、両瞼には幾何学的な文字が刻まれた呪符が張り付けられている。

 身体は、まだ未成熟なまま。

 女性と呼ぶにはまだ遠く。

 少女と呼ぶには、些か大人びた印象を受ける。

 

 天津 紫。

 

 魔術師としての才も、家柄もない、極東生まれの、ただの少女。

 

 であるにもかかわらず。彼女は、一般人が足を踏み入れることすら叶わぬカルデアの、しかも最重要中枢施設の部品として機能し続けていた。

 

 実のところ、任務(オーダー)の理由は知られていない。ただ、躍起になってカルデアスを取り戻したカルデアの連中に対して絶望を与えるという点は理解できなくもないが、下手をすればカルデアが機能を取り戻すに足る劇物を確保するという暴挙を取ることは、リスクが大きすぎる。

 

 しかし、

 

『何』

 

 キリシュタリアは平然と。

 まるで、予測していたと言いたげに、コヤンスカヤの眼を見返して口を開く。

 

『こちらには、彼女を蘇生できる手立てがある。カルデアスを観測し続けた眼は有効利用できるだろうし、失うには些か惜しい素体だ。それに異星の神にとっても都合のよいものだと考えてる』

 

「ほう、それは興味深い。一体何のメリットが、我らが仰ぎし神にあるというのだね?」

 

『彼女は仮にも巫女だ。地球における穢れとは生死の概念、その闘争の歴史。彼女はレンズ・シバの目としてそれらを観測するために、歩き巫女として短い生涯を捧げた。巫女…つまりは神を降ろす依り代にするには都合がいい素体だろう。

 幸い、こちらには生死を超越する術を施すことができる神霊がいる。()()()()直してやれば、異星の神の眼鏡に叶う供物になる筈だ』

 

「……な、なぁるほどぉ。つまり、すべては我らが神へ捧げる供物にするためなのですね?」

 

『その通りだ』

 

 コヤンスカヤはふっふーんと上機嫌に鼻を鳴らす。

 当然だ、まさか思わぬところで異星の神を降臨させるために必要な供物が転がり込むとは。しかも、かつてはカルデアが秘密裏に利用していた女の亡骸。ともなれば、これから異聞帯を踏破するであろうカルデアの連中にとっては()()()()()になるだろう。

 

「そうですか。そうですかそうですかそうですか! であればワタクシには拒否権も拒否する気もございません! 責任をもってお送りいたしましょう!」

 

 いまにも尻尾を振っている姿を幻視してしまいそうなほど上機嫌なコヤンスカヤはテンションを上げてパチリ、と指を鳴らす。するとコヤンスカヤと傍らに安置されていた、生体ユニットに収納されていた亡骸も忽然と消え、次の瞬間には通信機の向こう側にその姿を現していた。

 

「ならば、私もこれにて失礼しよう。別件があるのでな」

 

 通信機の向こうで嗜虐的な笑みを浮かべ、ハイテンションに飛び回るコヤンスカヤを見遣ったラスプーチンは、カドックの私室を後にする。亡骸の転移を見送った他のクリプターも回線を切り──しかし全員ではなく、何故かカドックの回線はキリシュタリアが接続を続けていた。

 どうしても、魔術師としての直感ではなく、カドックという男の中での直感が渦巻いていたのだ。

 

「……おい、どうなんだ。さっきの話は本当か?」

 

『嘘は言っていないよ。ただ、言葉が少なかったかもしれないがね』

 

「はぁ?」

 

 あれで? あれで、言葉が少ない?

 異星の神に捧げる供物に関しての御高説は見事なものだった。それこそ、神道に関して完全に取得(マスター)してると言いたげな口ぶりで。

 しかし、キリシュタリアは違うという。

 だが、確かに。

 確かに、キリシュタリアは異星の使徒に対して異星の神の供物としてのメリットを開示しただけで、キリシュタリア本人との関係性、縁については何一つ明言していない。話を逸らされた──だろうが、異星の使徒にとっては個人的な関係性よりも損得利害以外はこれといった興味がない。そこは、地球人と異星の使徒との価値観の違いと言えるだろう。

 

『ただ蘇ってくれるなら、見てみたいだけなんだ』

 

「何を」

 

『絵を、かな』

 

 接続は、途切れた。

 それはカドックからではなく、キリシュタリアからだった。

 魔術師でもなく、クリプターでもなく、キリシュタリア個人としての呟きを聞いてしまったカドックは、緊張の糸が緩み、音を立てて椅子に寄り掛かった。

 呻くように、目を覆う。

 

「なんだ、そりゃ。わけがわからん…」

 

 クリプターとなった今でも、カドックはキリシュタリアを理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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