パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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 塵掃除を始めます

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A.D.2017 The World Stopped Breathing on Earth
零丁孤苦に違いなく


 

 

 

 Chapter 130

 

 

 

 無謬の銀河の彼方にて、避難船ステイツマンは危機的状況を迎えていた。

 ヘラに片目を抉られたオーディンの息子ソー。

 ソーの義理の弟ロキ。

 アスガルドのヘラに立ち向かったヴァルキリー部隊唯一の生き残りブリュンヒルデ。

 虹の橋ビフレストの監視者ヘイムダル。

 崩壊を迎えた神々の国アスガルドから避難した無辜の民。

 サカールから脱出したコロシアムの荒くれ者たち。

 

 彼ら全員が、宇宙へ放り出されようとしていた。他ならぬ、サノスが乗る巨大戦艦サンクチュアリⅡによる過剰攻撃によって。

 サノスの子──ブラックオーダーたちが、息のある乗組員を一人一人検分し、息の根を止める。

 首を刎ね、心臓を貫き、脳天を潰す。

 勧告もなく、警告もなく、一方的な侵略──否、殲滅行為。

 それは、未開の島に攻め入り勝手に植民地に仕立て上げる侵略者よりも容赦が無く、故に手心もない。生かす必要のある人物が一人とて存在しないのだから、当然だ。

 

「アッハッハッ、すごいすご〜い⭐︎ まるで地獄絵図ね」

 

 しかし乗組員の殲滅を請け負っていたのはブラックオーダーだけではなかった。つい先ほどまでステイツマンにて捕虜として軟禁されていた、エニシ・アマツである。

 そも、ブラックオーダーがステイツマンに乗船した時には、サノス襲撃を見計らい脱獄したエニシによって混乱の極みにあった。御膳立ては済んでいた、あとは烏合の衆を横から押し潰すだけ。恐らくいままでのどの侵略よりも手応えのないものだっただろう。

 

「ん〜? あ、いたいた」

「…ゥグッ!?」

 

 時間経過とともに加速度的に増えていく死体の山。ある一点に目をつけたエニシは死体の山から一本の足を掴み、引き摺り出す。

 

「あ~らどうも~ヘイムダル様? ちょっと動かないでもらえるかしら? ()()()()()()が、傷付いてしまうわ♪」

 

 まるで一本釣りされたように死体の山から引き上げられたのは、ヘイムダル。エニシの暴走とサノスの襲来でダメージを負っていたヘイムダルは満身創痍。そうでなくてもアスガルドでヘラの追手から民を逃すべく尽力していたヘイムダルは既に限界に達していた。

 しかしエニシにその辺りの事情など関係ない。過去の次元における歴史の流れを知るエニシにとって、この次元におけるヘイムダルが辿ってきた人生など興味に値しない。

 

 唯一興味あるのは、その(まなこ)

 

 タイム・ストーンやスペース・ストーンとは異なる力で次元の彼方を監視する瞳。

 今回のように眼の摘出が可能な距離、タイミングに邂逅するのはエニシの経験上久方ぶりだった。今後の研究のいい検体(サンプル)になると、エニシは意気揚々とヘイムダルの両眼に手を伸ばす。

 

「かはっ……、……」

「……あら?」

 

 しかし、その手は空を切る。

 ヘイムダルの頭部が、肩から上から綺麗に消えてしまったからだ。

 理由は至極、単純明快。

 ブラックオーダーが一人、コーヴァス・グレイブが自慢のハルバードを振り抜いていた。床には苦悶の表情を浮かべるヘイムダルの首が転がり、やがてサノスの振り下ろした足が挽肉に仕立て上げた。

 

「ちょっとサノス様~なんでカレ(ヘイムダル)殺しちゃったの? 後で私が殺してもよかったのに♡」

 

「そいつは九つの世界を繋ぐ虹の橋(ビフレスト)の番人ヘイムダルだな? 九つの世界の事象を見通す監視者(ウォッチャー)…フン、これからの未来で次元を見通すその目は邪魔だ。だから手ずから殺したまでのこと。

 何より、()()()()()()()()代物だ」

 

「……ふぅん? そう。それは残念☆」

 

 別に、検体確保に失敗したのは今回が初めてではない。

 貴重な検体を失ったにしては前向き(ポジティブシンキング)なスタイルで、エニシは小気味よく笑う。キャッキャッと、年端もいかぬ童のように、甲高く。

 その様を、サノスに首根っこを掴まれたロキが睨む。

 

「下種め、いよいよ本性を現したな」

 

「下種で結構虚仮(コケ)コッコー♪ これから死に征く敗北者の罵倒なんていくらでも聞き流せるわ。

 Auf() Wiedersehen(よーなら)☆ 狡知の神ロキ、ラウフェイ(ヨトゥンヘイムの長)の忘れ形見。(ソー)に阻まれ王にはなれず、何も得ず……! 終いにはサノス様に襲われて、何一つ守るものもなく死ぬ! 実に空虚な人生じゃない? 人も神も正しくなければ生きる価値なし! 弱者に生きる場所もなし!

 ロキ、アナタは敗北者として死ぬ! 正にお誂え向きの最後──」

 

I'll to help him

(彼は、殺らせない)

 

 不意に。

 この場に姿のない声が、響く。

 ブラックオーダーは即座に臨戦態勢を取り、一目散にサノスの元へ駆けつける。それは何故か?当然だ。

 

 声の大元は、ロキの喉元から聞こえた。

 

「──は?」

 

 ブラックオーダーが、駆けつけるよりも先に。

 サノスが、ロキの首を潰すよりも先に。

 エニシが、我に返るよりも先に。

 

Had it coming

(ザマぁ見なさい)

 

 ロキの喉元から伸びた黒いインクが、サノスの手中に嵌められたスペース・ストーンに触れた。

 

 瞬きの間、空間は反転する。

 変化は一瞬、効果は劇的。翻った空間はロキを飲み込み、宇宙船から姿を消した。

 サノスの手に残ったのは、どろどろに溶けたインクが力なくぼたぼたと垂れるのみ。怒りを露わにするように、流れるインクを握り潰す。しかしそこにロキはもういない。

 

「今のは、貴様が使役する化生の類か?」

 

「あ、あら? ちょっとアリス~? あなたなんてことしてくれるの! カレ(ロキ)()()()()()()()()()()()()

 

Hi , hihi , Well , well , well her mother . Sorry , but that's not gonna happen ……

(ク、クク、これはこれは我が主の母君。貴様の計算を違えられ、た、よう…で…何、より……)

 

 スペース・ストーンの起動。

 それだけに全力を注いだインクの化け物アリス・エンジェルはエニシを嘲笑い、消失した。

 インクの化け物としての死、それは魂の磨耗に伴う消滅とは違う。魂の概念的な死に近く、輪廻転生の円環にも乗れない。奇しくも、アリソン・コナーはベンディの創造者であるヘンリーと同じ末路を辿った。

 

 

「貴様、裏切ったのか?」

 

「まさか」

 

 サノスが憤るのも無理はない。

 エニシ・アマツとインクの化け物アリス・エンジェル、もといアリソン・コナーは実の娘であるユカリ(レイニー)()アマツ(コールソン)と切っても切れない関係である。関係者としてこれ以上相応しい容疑者はおらず、アリスの言動云々はともかくとしてエニシの主導でロキをこの宇宙から逃がした可能性が高い。

 もっとも、ロキ個人でこの情勢を引っ繰り返せるとは思ってもいないが、何事も万が一はある。

 

 サノスという男は臆病ではなく、かといって自信過剰ではない。

 

 綿密に、かつ冷淡に。道端の蟻を一匹ずつ潰していくように、手の届く反撃の芽を丹念に潰してこそ、大義は為されると信じている。対策は万全に、用意は周到に。如何なることでも一切の手を抜かず、余念も赦さない。故に、()()裏切る可能性があると考えられるエニシを始末しようと、サノスはパワー・ストーンの力を差し向けるが。

 

「奴隷がご主人様に噛み付いた、それだけよ。()()()()()()()()()()()だわ、本当に。

 虐められていた弱き主人公がチートやらレベルアップやらで一発大逆転して、何もかも強くなったと勘違いして見返すような……ありきたりで笑えもしない、逆襲劇(ヴェンデッタ)にもならない三文喜劇(コメディ)()()()()()()()()のよ、()()()()()()()()()()のよ、そんな努力は無価値だから。むしろ頑張られる方が迷惑だから。

 精々、作者のご都合主義に踊らされる主人公を眺めることだけが唯一の笑い要素かしら? 馬鹿の一つ覚えで自分より社会的地位の低い奴隷をヒロインにするとか考え短絡的過ぎて、いと☆あはれ♡

 まぁそれも? 痛くも痒くもない、とんだ犬死で終わってしまったわけだけど? 唯一自由になれる機会で、後先短い寿命を散らすなんて……我が世の春に満足したわけでもあるまいに」

 

 目の前に翳された圧倒的な破壊(パワー)()(ストーン)など怖がる素振りもなく、ただただひたすらエニシは先のアリスの行動に苛立ちを隠すことなく解けたインクを踏み躙る。

 ぐりぐりと。

 ぐりぐりと。

 過去、サノスに取り入り軽薄にも裏切り行為を仕出かした、数えきれないほどの馬鹿で浅慮な転生者共を思い起こして。何度も何度も踏み躙る。

 

(ホントウ、正直言ってこれは計算外だわ)

 

 エニシの予定ではいままでの過去と変わらずロキはこのまま無残にサノスの手で縊り殺される予定であった。無論、ロキ単体で仕出かせることなどたかが知れているが、如何せんサノスの魔の手から抜け出した世界線のロキの行動は未知数。かなりの確率で餌にされたり道化にされたり、なにかとパッとしない活躍しか見せない男だが、それでも神の系譜に名を連ねる男。

 

 予測もしない逆襲撃(ヴェンデッタ)、あるかもしれない。

 

 宇宙船(ボゴンッ)燃料機関(ボン)破裂する音(ボン!)

 

 ついにステイツマンの圧壊が始まった。そうでなくても、サノス率いる巨大戦艦(サンクチュアリⅡ)が対艦砲を止めどなく撃ち続けているのだ、碌な武装を積まない民間船が長時間の砲撃に晒されて耐えられるわけがない。

 

「サノス様、ここは御石の力で避難してくださいまし」

 

「貴様はどうするつもりだ?」

 

「おぉ……かのサノス様が御身を心配してくださるとは何たる名誉! 銀河広しといえど、塵屑のようなわたくしめ如きに目かけて下さるとは恐悦至極……ですがご安心を。サノス様の御手を煩わせるわけにはいきません。この広大な宇宙で、船と命を共にするのも我が宿星の定めでありますが故……!」

 

「ほう。なるほど、スペース・ストーンを使わずとも脱出する手立てがあるというのだな」

 

「……サノス様、そこは「大義である」と一言お褒めの言葉を投げかけてくださいよ~」

 

「邪魔立てさえしないのであれば、貴様の命などどうでもよい。だが、そこで無様に這い蹲っている英雄(ソー)を助けるのであれば見逃すわけにはいかん」

 

 ロキが目の前で殺されずに済んだとはいえど、大事な母星の民を手に掛けられた。

 無機物の操作に特化したエボニー・マウによって拘束されており、文字通り手も足も出ないソー。怒りと興奮に彩られた皮膚は赤く滾り、その内に宿る筋肉は復讐の力を漲らせている。

 復讐、正に報復者(アベンジャーズ)に相応しい。

 

「ご冗談を♪」

 

 エボニー・マウが少しでも力を緩めれば飛び掛かってくるであろうソーを尻目に、エニシはニコリと微笑む。その姿は包帯越しであろうと、ブラックオーダー達でもぞっとするほどに毒々しいものだった。

 思わず、各々の武器を持つ手に力が籠る。

 

娯楽星(サカール)では私のワンマンライブを邪魔し、神の国(アスガルド)ではヘラの陽動に利用して、宇宙船(ステイツマン)では捕虜同然の扱いをしたこの愚図を!

 ……私が助けるとお思いで? できるならば今すぐ殺してやりたいところです♡ で、す、がぁ♪」

 

 その必要は、ない。

 エニシは拘束から逃れようと全身の力を漲らせて蹲るソーに目を合わせ、揶揄う様に、あるいは労うように頭を撫でる。

 さわさわと、赤子を撫でる様な優しさで。

 その行為が意味することを知ってか知らずかソーの瞳が怒りに燃える。全身の関節が嫌な軋音を生み出し、興奮で血管は皮膚を喰い破り血飛沫が吹き出す。まるで拘束を喰い千切らんとする檻の中の猛獣のようだ。

 しかし、エボニー・マウの超能力(サイコキネシス)は強力で、サノスの厳命により一切の行動を封じられている。

 

 そう。

 なにもわざわざ、エニシ自身がソーに何かをする必要はない。

 別にエニシは何かをしようがしまいが、ソーは愛すべき民を一人たりとも救えないし、消えた義弟の行方を追うこともままならない。浅慮な復讐者のように意気揚々と憂さ晴らしするかの如く、殴るだの蹴る打の暴行に及ぶ必要はどこにもない。

 ただ、言葉を口にするだけでいい。

 

「非力な私が力を振り絞ったところでこやつ(ソー)を死に至らしめることは叶わないでしょうけど、この広大な銀河で延々と彷徨い、飢餓に苦しみ、息もできず藻掻き、次第に希望(ヒカリ)を失い朽ち果ててくれるのであれば本望(ホンモー)です☆ 死に征く(アスガルド人)の亡骸に抱かれて死ぬのは王にとって望外の悦びでしょう! ね、そうよねソー?」

 

 武力は要らない。兵力も必要ない。暴力も振るわない。

 己に突き付けられた最悪の未来を、声して伝えるだけでいい。

 避けようがない運命を言葉にして語り聞かせるだけで、その事実に絶望する様を見るだけで、存外復讐心とやらは満たされるのである。もっとも、エニシからすればこの程度の些事は復讐にも怒りにも入らない。過去幾度となく獅子奮迅するアベンジャーズやサノスたち、そして彼らの周りに蠅のように集る転生者共の愚行と比べれば、まだ()()()()ものだ。

 

 罪なき民を殺された。怒っていいだろう。

 親友を殺された。復讐には十分な動機になる。

 ストーンで引き起こされる悲劇を食い止める? 立派な使命感だ。

 

 なるほど、私欲のままに生きる塵屑共とは比べ物にならないほど高潔な意志だ。正当性はある。逆切れだってまだマシなものだ。無から生じる行動など有り得ない。何かしらの出来事と、その出来事に対する聖人らしい感性があってこそ、動機は生まれる。

 エニシの後ろに立つサノスもその一人。すべては銀河を救う為に、彼は戦っているのだ。

 

「貴様の悪趣味に付き合うつもりはないが、そのつもりならば不問にしてやろう」

 

 サノスが手にしたスペース・ストーンが青く輝く。本来であれば小型船を寄越して脱出することもできるが、それよりもスペース・ストーンの力を使う方が遥かに早く、何より効率がいい。加えて、パワー・ストーンの入手時も()()()()ザンダー星を破壊してしまった。

 いくら強大な力を手に入れようとも、その力を上手く制御できなければ意味はない。パワー・ストーンとはまた違ったベクトルの力を持つスペース・ストーン、その力に耐えうるインフィニティ・ガントレットは宇宙に二つとない籠手。ミスも無駄も赦されない、その力で何ができるか、どこまで実現することが可能か、石の力を制御し、モノにするためには力の行使の訓練も必要だ。

 もう、ソーはサノスの眼中にはない。

 スペース・ストーンにより転移したエボニー・マウの超能力の効果範囲が遠ざかり、ソーは漸く拘束から抜け出した。

 

「ま、まて…!」

 

「あーらあら、ちょっとちょっとー」

 

 縋りつこうと伸ばすソーの手を踏み躙る。

 手の甲を捩じるように(げしげしと)

 足元に蠢く害虫を潰すように(ぐりぐりと)

 

「汚い手で、私に触れないでくださる? 民も救えぬ亡国の王様?」

 

 長らくアスガルドを支えていたヘイムダルの亡骸を悼むソーを蹴り飛ばすと、エニシは左手首の腕時計を起動した。藍色の眩い光がエニシを包み、やがて真空が押し寄せる空間から姿を消す。スペース・ストーンの力を以って、爆破する宇宙船ステイツマンから脱出した。

 

 銀河の彼方で、罪なき民が冷たい宇宙(そら)に放り出される。

 深い絶望と憎悪が、ゆっくりと目醒めた。

 

 

 

 

 

 Chapter 131

 

 

 

「……ん? ここは」

 

 避難船(ステイツマン)が爆破した宙域から、少しばかり離れた場所。エニシはそこに転移を果たしていた。

 

(相ッ変わらず思い通りに転移してくれないわねこのポンコツ(スペース・ストーン)。かといって修理方法が分かってる訳でもないし……ワタシの過去の経験を以てしても、石の力を一個人でどうにかできるものではない、か……)

 

 包帯に包まれた指先で三つの石が治められた腕時計をコツコツと叩く。当然、意志を持たない無機物にちょっかいを掛けたところで何のリアクションも帰ってくることはないが。最早人生の九割の時間をこの石たちと共にしているエニシにとって、三つの石は相棒のようなもの。

 リアリティ・ストーンが持つ現実改変能力で宇宙空間に存在を維持したまま、何かが砕け散ったような欠片が浮遊する宇宙空間を睥睨する。その中のいくつかは、ここ最近エニシが目にしたものもあった。

 

(この破片。そう……なるほど、()()()()()()()()か)

 

 中世の北欧を思わせる建造物や構造物。オーディンの威光が描かれた壁画。ロキが拘置されていたと思われる地下牢の格子。アスガルドの戦士たちの装備の数々。この広大な宇宙の好事家であれば喉から手が出るほど欲しいであろう、宝物庫に収められていた宝具。

 それも、ヘラを斃すために利用したスルトの一撃により死の星と化した。

 否、スルトの永久なる炎を纏いたる星砕きの剣(レーヴァテイン)により、星は原型を留めることすら不可能となった。

 

「……あって損はしなさそうね」

 

 一つの星を砕くことが確約された魔剣、レーヴァテイン。

 当然、そんなものは宇宙広しと言えど欲しがる物好きはいない。一つ手元が狂えば星一つが跡形もなく消えてしまうのだから。

 だがエニシは違う。この宇宙の中で誰よりも死にたがりの彼女にとって、人智を越えた威力を持つ兵器・武器は興味の対象である。

 己を殺せればよし。そうでなくても、自身という存在の消失に繋がる手掛かりとなるのであれば行幸。現に、ユカリを星と合一させることで自意識の喪失と魂の破壊を目論んでいるエニシからすれば、万が一星との合一が成功してしまった場合のサブプランとして、レーヴァテインで地球を砕くことも選択の視野には入るからだ。

 

(あ、でも結局サノスが地球ぶっ壊しちゃうからいいんだっけ。うーん、でもなぁ)

 

 転移という現象自体は引き起こせても、座標の指定が運任せであるスペース・ストーン。

 完全ランダムというわけではないだろうが、魔法・科学至上主義にして(トランス)人間(ヒューマ)主義(ニズム)であった過去を持つエニシも、言葉や理論では説明できない縁というものを感じていた。過去、幾度となく失敗してきた実験も、同様に言葉や理論では説明のつかない何かに阻まれていることは理解している。あらゆる次元、あらゆる宇宙において──或いは、『マーベル』と呼称されるこの宇宙には、そういった不確定な要素が表出しやすい宇宙なのだろうと、経験則がエニシへ警鐘を鳴らし続けていたのだ。

 

 縁。

 エニシ。

 

 かつて己をそう名付けた親の顔を、エニシは思い出すことができない。それは単なる経年劣化による記憶の混濁や消失などではなく、正真正銘天涯孤独の身であるからだ。

 親が名付けたこの名には、如何なる願いが込められているのか。それを考察する必要性も意味もありはしない。だが、ただの天才科学者に〝条理を超越した何か〟を気付かせ、解釈の幅を数十倍拡大させてしまったのは、己に名付けられた(エニシ)という名がきっかけであったことは、言うまでもない。

 凡庸の天才に過ぎなかった科学者を、科学だけでは証明できないことも容易く受け入れる狂人にしたのだ。そして、科学で証明しきれない未解明の領域にメスをいれようとしているのも、エニシ・アマツという女なのである。

 

(えーと始動キーは……なんて設定したかしら)

 

 (あく)は急げ。

 悩むという行為は人生の中で最も無駄な遅延行為である。うだうだ立ち止まって研究室であれこれ論を弄するよりも、実験室で手当たり次第実験することの方が遥かに有意義であると知っているエニシは、さっそくタイム・ストーンの起動に取り掛かった。

 だがここで問題が一つ。

 リアリティ(現実)スペース(空間)タイム(時間)の名を冠するインフィニティ・ストーンの中で、特にタイム・ストーンの扱いは未だにエニシでも十二分にコントロールできていない。正確には思い通りに起動することが難しいのだが、それがかつてベンディに飲まれても死守し続けたエンシェント・ワンの遺した置き土産なのか、はたまた他の石同様にベンディの呪いが関与しているかは不明である。

 

(ああ、思い出した)

 

 しかしエニシには経験がある。何百、何千もの次元を経て蓄積された、膨大な経験値が。

 

 

「〝時間停止モノは九割ヤラセ〟」

 

 

 ──それはまるで、ビデオや映画の巻き戻しをしているような光景だった。

 宇宙を彷徨っていた無数の破片がピタリと動きを止め、ある一点を目指して集合していく。昨今注目されているタイムラプス動画のように、かつて星の一部を構成していた物々が宇宙の暗闇から吸い寄せられる。

 それはまるで流れ星のように。

 あるいはブラックホールのように。

 鈍色の光を放つ、黒濁のタイム・ストーンは時流の逆転現象を引き起こす。それはやがて星を象り、大地を形成し、絢爛豪華なるアスガルドの都を再構成するに至る。

 

『ヌ、ゥ……? な、なんだこれは』

 

 そして当然、星を砕いたという時間が巻き戻されるということは。

 

「生き……てる……?」

 

 星砕きによって滅んだはずの化け物たちも、生き返るということ。

 逆巻きの時の中で再び命の灯を取り戻した者は二人、スルトとヘラの両名である。

 宙域を漂っていた残骸の関係上、彼等が暴れる前に飛び立とうとしていた避難船やソー、ロキが戻ってくることは叶わなかった。本来のタイム・ストーンであれば()()()()で数時間前の状態に完全に巻き戻すこともできただろうが、そこは歪んだ形でしか実現できない汚染されたタイム・ストーンが実現可能なものではなかった。

 しかし、ヘラはともかくとしてスルトが復活する点まではエニシの望んだとおりであった。

 蛇のように窄められた瞳孔が、炎の巨人スルトの持つ炎剣を睥睨する。

 

「それ、貰うわね」

 

『何者だ貴様ッ!』

 

「エニシ・アマツ。別に覚えなくていいわよ、どうせ返事は聞いてないから」

 

 

  Download(情報読込) Earth-Prime(616)

 

 

 ──剣の柄から生えた邪魔者(スルト)を刈り取るべく、エニシは胡乱な様子で腕時計に仕込まれた石を励起させる。思い起こすは過去の記憶。引き起こすは現実への干渉。望む願い(イノリ)は邪魔者の駆除。エニシの願いを聞き入れた三つの石は、歪んだ形で、しかしエニシの希望に沿う形で現実のものにする。

 崩壊前のアスガルドの上空、ヘラとスルトが仰ぐ天にて、仄暗い粒子がちかちかと瞬く。鉱石のようにも、液体のように見えるそれは、まるで空間から滲み出るように沸々と湧き上がる。

 黒より昏い粒子から形成される武器。その形に見覚えがあるものはこの場に二人。

 ヘラはかつて第一線で敵と戦ってきたオーディンの傍にいた。

 スルトは戦いに挑んだオーディンが己の頸を斬るときに手にしていた。

 いま亡きオーディンの過去の姿を知る、この二人だけがその武器の正体を看破していたのである。

 だからこそ、()()()()()

 

「馬鹿な……」

 

『それはッオーディンの……!』

 

 

  ──Update(顕現完了) Gungnir(運命の槍)──

 

 

 五十万年前、スルトの頸を斬り飛ばし、永久なる炎を宿す王冠を奪ったオーディンが携えていた神槍。

 それを、エニシは時間と空間を操作し、現実のものとして呼び起こした。

 

『グ ゥ ォ オ ォォオ オ オオ オ──── !!』

 

 それは己を絶命させるに至る神器。致命傷足り得る神の槍。一度ならず二度までも振るわれる槍の一撃を阻止すべく、スルトはアスガルドを貫こうとしていた星砕きの剣(レーヴァテイン)を振るう。

 しかし、遅い。

 

「哀しいかな。それ、星を滅ぼす()()なのよね」

 

 星砕きの剣(レーヴァテイン)の一薙に飲まれたエニシはしかし、槍を片手で持ったまま先と全く変わらない空間に浮いていた。周囲の空間が星砕きの剣(レーヴァテイン)によって焼き焦げ、黒色に染まっているにも関わらず、エニシは五体満足でそこにいた。

 

『馬鹿な』

 

「あなた、邪魔」

 

 最初から星砕きの剣(レーヴァテイン)以外興味はない。神さえも殺す権能を有する神槍はオーディンフォースの眩い光を携えて輝き、無造作にもエニシの手から放られる。勢いもなく投げられた槍はしかし、常軌を上回る速度で空間を裂いてスルトに迫る。避けることは叶わぬと悟ったのか、スルトは星砕きの剣(レーヴァテイン)で払い落としにかかるが──

 

 (太刀筋から)(逸れるように)ッ!(槍が撓る)

 

 まるで意思を持つように槍はスルトの一閃を避けた。そして懐に入れば避ける術もなく、神槍はスルトの腹部に深々と突き刺さり、全身の焔を神滅の光が喰い破った。

 

『ガ ァ ア ア ア ァア ア ァァ……』

 

 崩壊寸前のアスガルドに、断末魔が響く。

 まさかスルトの声とは思うまい。その叫びは宇宙まで木霊するほどの波濤であったが、しかしかのムスペルヘイムの王の最後の声を聞き届けられたのは、剣にこびり付いたスルトの指を削り取るエニシと、呆然と佇むヘラだけである。

 それは、予言されたラグナロク(神々の黄昏)を覆したことの証明でもあるのだが。

 

「フ──ゥ……さて、と。状態は……よしよし、ちゃんと星一つ砕くだけの()()はまだ生きてそうね。実験道具(コレクション)に加えとこうっと」

 

 ラグナロク(神々の黄昏)よりも、碌でもない未来の到来を、約束していた。

 

 

 

 

 

 Chapter 132

 

 

 

「ん、ん、ん…えーっとぉ……ああいう時、なんて言うんだったかしら? ごめんなさい? (これ)出すのに集中しててド定番の呪文みたいなの、唱えられなかったわ。惜っしー!

 えーっとえーっと、何だったかしら! とれーすおん、だっけ? 体は剣でできてて、血は鉄分で心は繊細なガラスハートで、負けず逃げず、でも勝てなくて……ろーるあうとした銃弾が、でもソードって剣よね? 語義的に剣よねソードって。ソードがバレルってふるおーぷん…ああもう! なんで転生者共ってあんな訳の分からない呪文ポンポン言えるのよ、そのリソースもっと頭に使ってよね。厨二じゃなくて、賢い方に」

 

「……貴様は、()だ? なんなんだ? その身体は」

 

「あ、オマケで蘇っちゃったのねヘラ。どうも、この次元では初めまして。エニシ・アマツっていうの。よろしくお願いシンデレラ~☆

 で、どうする? アナタに示されてる道は二つ。さっきの炎の魔神みたいにコレ(運命の槍)に貫かれて死ぬか、このあっつい剣(レーヴァテイン)の試し切りに付き合ってくれるか、黙ってワタシについていくか。あぁ、これじゃ三つね」

 

「……」

 

 

 

 

 

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