パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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 物語内での時系列は「Chapter 0X」は過去、「Chapter X」は現在
 ナンバリングは数字順に時間が流れてます





カトマンズの逆光

 

 

 Chapter 03

 

 

 

 ネパール カトマンズ

 

 草木も眠る真夜中、夜遅くまで騒音鳴り響くストリートは、不思議とそのなりを潜めて静寂に包まれている。沙羅双樹がさわさわとさざめきに揺れるカマー・タージの闇夜に小さく、しかし確かな煌めきを放つ火花が地面に対し垂直を維持した円環(ゲートウェイ)が生み出される。

 敷地で沙羅の木を眺めていた弟子の一人がそれを見つけ、円環から出てきた黄色いフードの人物を見て目を丸くした。

 

「師! 何処に行かれていたのですか?」

 

「カエシリウス、善きタイミングです。一緒について来なさい」

 

 師、エンシェント・ワンはいつものような穏やかな笑みを浮かべつつ、視線でカエシリウスに来るよう伝えた。

 ここで、彼女の手に関してだが───左手はスリング・リングを使い時空を超える魔術を行使するために右手で円を描いている。つまり両手が空いてない状態だった。

 しかし、カエシリウスも知らぬ超魔術の一つなのか、彼女の背中にもう一対の両腕が生えており、その手には大事そうに封じられたような半透明の球体が抱えられていた。

 

「師、それは一体…」

 

「この世界にとって邪悪なるものの一つです」

 

 邪悪なるもの。それは暗黒魔術の根源たるドルマムゥのような存在と同じなのだろうか。たしかに空間を隔絶した球体の中には黒い何かが蠢いているように見える。

 

「では、早急に始末した方がよろしいのでは」

 

「少々事情が込み入っているのです。こうは見えても彼女は被害者ですから」

 

 彼女!? カエシリウスは驚いてその球体をまじまじと見つめた。

 球体の大きさは直径にして2Mに満たない。そんな小さな器に人間を閉じ込めているのだろうかと不思議に思う。加えて、半透明で中身は完全に見えない状態であれど、動きに従って揺れる様子からして液体そのものに近い。

 

 まさか、獣のはらわたから羊水ごと出てきた落とし子か。

 

 カエシリウスは彼女が出てきた向こう側の景色をちらりと見ることができた。其処はおどろおどろしく、機械の残骸と血のような黒い液体があちこちに飛び散ったような痕が見えて──それがなんなのかわからないはずなのに、生理的嫌悪感を憶えて思わず込み上げてきた吐き気を手で抑える。

 狂気とも違う、深淵とも違う、怨念や恩讐が混ざり合い、視た人が()()()()()()心が塗り潰されてしまいそうな、そんな光景だった。

 鍛錬を積み始めた己であっても数秒と耐えられまいと悟る一方で、カエシリウスは、先ほどまでその空間にいた師匠はやはり素晴らしいと思った。

 

「ゲホッ……それを、何処へ?」

 

「一先ずは研究室へ運び解放します。場合によってはその場で始末の必要もあるので、後始末が楽な場所ですからね」

 

「他に弟子を呼びましょうか」

 

「いいえ、貴方と私でも十分でしょう。それに、かなり弱っています」

 

 

 

 

 

 カマー・タージの東棟にある魔導研究室は練習の為の器具や道具を取り揃えているが、なんといっても他の部屋を隔てる壁が頑丈だ。余程のことがない限りエンシェント・ワンかその弟子たちが未熟な弟子の魔術を止める為、魔術の暴発はあまりないが、中には少し手順を違えただけでも大惨事になる魔術が存在する。

 そんな事故があっても良いように、広く、頑丈な作りの研究室に二人は足を踏み入れた。昼の研究室は見飽きたが、深夜の研究室となるとまた趣が異なる。今回の場合、エンシェント・ワンがいるからいいものの、彼女が運んできた『邪悪なるもの』があるせいか薄ら寒さを憶えずにはいられない。

 

「術を解きます、何が来てもいいように準備しておいてください」

 

「はっ」

 

 カエシリウスは左手にスリング・リングを嵌め込み、両の手にエルドリッチ・ライトで形成された二振りの剣を構える。

 エンシェント・ワンは球体を部屋の中心に配置し、ミラー次元(ディメンション)へ引きずり込む。現実世界への影響を考慮してのことだ。

 

 周囲の景色が一瞬切り替わり、うまくミラー次元に移行したことを確認するとエンシェント・ワンが手で印を刻む。

 

 ぱん、と風船が破裂したような音が響き、半透明の球体が破壊された。すると本当に液体だったのか黒い液体のようなものはぼたぼたと研究室の中央に落ち、そしてそのまま何一つとして動かなくなる。

 

「……あれは一体」

 

「見なさい」

 

 カエシリウスは好奇心を抑制して黒い液体を見ると、徐々にそれが隆起と胎動を繰り返し、膨張と収縮を繰り返したかと思うとやがて人の形を取り始めた。黒だった液体は色を帯び、艶を出し、最後に白磁の肌の少女が力なく倒れていた。

 

「…あれを見て、助けようと思いますか?」

 

「……わたしは、いいえ…」

 

 恐らく、亡くした家族のことを思い出したことだろう。

 心なしか、エンシェント・ワンが悲しそうに目を細めた。

 すると倒れていた少女(?)が意識を取り戻したのか、苦しそうに呻きながら身動ぐ。

 

「ぅ、う……ここは…」

 

「貴女は敵ですか? 味方ですか?」

 

「……なんか、距離遠いんですけど」

 

「敵か味方かもわからない相手に、無遠慮に近付けるほどこちらも余裕はありません」

 

「…とりあえず、貴女たちを害そうとは考えてませんよ()()

 

「では、もう一人の貴女は?」

 

「……反応、ない、ですねぇ…疲れてるのか、それとも貴女に何かされたか…う、げぼォッ」

 

 蹲っていた少女が嘔吐(えず)く。嘔吐と共に吐かれたそれは、人間であれば真っ赤な血液であるはずなのに少女のそれは黒い液体──インク、だった。垂れ落ちたインクは地面で跳ね、不気味な生き物のようにドクン、ドクンと小さな鼓動を打つ。

 カエシリウスは知る由もないがエンシェント・ワンは知っている。彼女(レイニー)が不運にもある組織に狙われて交通事故を装って殺されかけたこと。自身の何十倍もの巨大質量を持つトラックと建物の板挟みに遭い満身創痍であること。

 

 そして、悪魔に改造されなければそのまま死んでいたこと。

 

 何はともあれ、彼女に敵意はなく彼女の中に眠る存在は顕現どころか意識の表層に浮上することも難しいらしい。

 

「…何者であれ彼女の状態は危険です。応急処置だけでも」

 

「……そうですね、わかりました。一時的ですが彼女を迎え入れましょう。ただしこのミラー次元からは出さないまま──」

 

「──アっ―ダメだ、お、まえ、なにす───ガっ!!」

 

 突然、彼女(レイニー)の様子が変貌する。

 痛みや疲れによる苦しみとは、また別のもののようだった。エンシェント・ワンは警戒態勢を維持するが、それよりも。

 

 のたうち回った彼女が暴れた後に、振り上げられた手足を起点に、空間の縦横にヒビ割れのような亀裂が走る。それは彼女を中心に黒く淀み、染まり、引き剥がされていく。やがて綻びは広がり、世界が割れた音と共に()()()()()()()()()()ことを悟った。

 

「そんな、ミラー次元を…」

 

「これは、貴女が…?」

 

「いいえ違います、()()()()()()()()()()()

 

 ──本来であれば、魔術師がスリング・リングを身につけていなければ行き来することができないのがミラー次元である。

 そもそもミラー次元は現実世界と並行して存在する異次元の一つである。現在の魔術ではミラー次元に加えて魂のみが活動できるアストラル次元、ドルマムゥが住まう暗黒次元(ダークディメンション)などが判明している。

 

 よって、正確には破ったというよりも強引に現実世界に回帰したという表現が正しい。

 

 ミラー次元からの回帰は物理的な力技でどうこう出来るものではない。たしかに現実世界よりも空間や物質を操ることはできなくはないが、少なくとも今まで魔術と縁のなかった少女に好きにできるほど容易いものではない。

 

(つまり、次元に干渉できるほど彼女に憑いた悪魔の力は強大であるという──)

 

「師! 危ない!」

 

 弟子であるカエシリウスの声でハッとして、二人は背後の扉から離れた。カエシリウスならば兎も角、エンシェント・ワンであれば多少の飛来物であれば避けることもなく魔術で退けるか破壊するなどして直撃を防ぐことはできた。だが背後から感じた力はその程度ではどうにもできないということがわかっていた。なぜならば、それは一条の光だったからだ。しかもただの光ではない。

 

 外側から強引に開け放たれた扉。差し込む緑色の、澄んだ力強い光。これは安置されていた首飾りにして禁忌のレリック、アガモットの目と同じ輝きだ。

 術により閉じていた瞼は開かれ、彼女の元へ導かれるままに光が注がれていく。

 

「そんな、アガモットの目が開いて…! 光が…!」

 

「……!」

 

 レイニーに憑いた悪魔による仕業なのか、それともアガモットの目が自ら動いて力を分け与えようとしているのか、二人には判断のしようがなかった。

 アガモットの目から放たれる光は、苦痛の形相を浮かべるレイニーの体に触れた瞬間、照射角から垂直にインクの波が螺旋を刻んで吸い込んでいく。螺旋の軌道に沿ったエネルギーがレイニーの肉体へ入るたび、苦しんでいたレイニーはやがて落ち着きを取り戻していく。

 

 エンシェント・ワンは知らない。この景色を見たことがない。

 

 アガモットの目は何千年も前に魔術の父・アガモットが生み出したネックレスにして自然法則に逆らうことができる危険なレリックだ。その危険性故に、普段は呪文によって瞳が閉じられレリックの力を引き出すことができない。

 

 アガモットの目は、時間を操る力と無限の可能性を手に入れる力、その二つを有している。

 

 その使い方の一例として、可能な限り過去と未来を観測することを可能にすることができる。エンシェント・ワンも幾度となくその力を行使し、考えうる限りの最悪の事態を防いでいた。

 だが、目の前の光景だけは一度として見たことがない。レイニーという少女が死にかけ、ベンディという悪魔に乗っ取られ、世界が白と黒のモノクロに血塗られた地獄と化す未来までしか───

 

「……ッ、光が、止んだ…?」

 

「いいえ…彼女が吸い取れなくなったみたいですね」

 

 アガモットの目は、この宇宙ではインフィニティストーンと呼ばれるものの一つだ。

 一つだけでも莫大なエネルギーを持つものであり、ある程度その力を抜かれたとしても均衡という名の修正力が働き数日も経てば元に戻る。

 一人の人間がその力を使うだけでも大事なのに、吸い出すなんて前代未聞だった。

 それ故に、一人の人間が取り込めるにしても許容量があるのだろう。石そのものを持ち、自在に操るなんてもってのほかだ、せめて人の身で力を出力できる型に収めない限り。

 だが、光を飲み込んだらしき彼女は、苦しむどころか先ほどまでの瀕死が嘘のように、気だるそうな、しかし確かな動きで立ち上がった。

 

「───ふ、ぅ。なんか、すっごい体が軽くなった」

 

 自分の(ひしゃげたはずの)手や(木片が串焼きみたいに刺さってた)腕をまじまじと見つめたり、(圧力に耐えられなくなって中身から破裂した)腹部や(強引に捻られた肋骨が突き破ってた)胸部に傷がないことを手でぺたぺた触りながら確認すると、エンシェント・ワンたちがいることを思い出してハッとした。思慮深そうな割には年相応の挙動だった。

 

「えっと、ここどこで、貴女たちが誰かわからないので恐縮なんですけど……その、着るものと、食べ物恵んでくれるとありがたいです」

 

 

グル・グルルル……コロコロコロコロ…

 

ドロローン、ドゥロロロローン…

 

 

 宵闇の虫の鳴き声に負けないくらい大きな腹の音が響く。まるで悪魔よりも恐ろしい化け物の鳴き声のような音の一人大合唱が始まり、困惑した表情を浮かべるカエシリウス。

 物音よりも獣の唸り声かと警戒して飛んできたマスター・ハミヤ、遅れて首から脂汗に濡れたイヤホンを掛けたまま走ってきたベネディクト・ウォン。

 腹の音一つ(この場合は複数だろうか)で蜂の巣をつついた様な騒ぎ。エンシェント・ワンは笑いを堪えるためにゆっくり瞼を閉じた。とりあえず、現象の調査とレイニーの体への影響より先に腹ごしらえだ。

 

 

 

 

 

 




 いつもよりちょっと長い過去回
 まだ弟子なりたてのカエシリウスくん、最近家族を失ってたせいか可哀想な女の子は助けたい

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