パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
Chapter 12
USA
S.H.I.E.L.D.本部 トリスケリオン内訓練所
「やぁラムロウ、失礼するよ」
「これはこれはピアース理事官! こんな場に来られるとは!」
「うむ、たまには訓練に励む兵士たちの顔を見てみるのもいいと思ってな」
休んでいいぞ、とモニター室に入るなり起立して敬礼するブロック・ラムロウに手を振り敬礼を解く。
アレクサンダー・ピアース。S.H.I.E.L.D.の理事官であり、世界安全保障委員会との仲介役に任命されている男だ。
「どうだね、S.T.R.I.K.E.チームの選抜は」
「ええ、流石S.H.I.E.L.D.ですね。兵器の取り扱いもですが、何より対人戦闘経験がある生え抜きが勢揃いです。しかもあのキャプテン・アメリカと組むチームですからね、希望者殺到ですよ」
「ふむ、そうか」
質のいいメンバーを選べるのはいいことだ、とピアースは首肯した。
───勿論、額面通りの意味合いではない。
そも、キャプテン・アメリカと組む合同チームを立ち上げるのはサポートするだけではない。チームメンバーとして顔を合わせ、親交を深め、命がけの任務に臨めば知古故の絆が結ばれる。当然だ、互いに背中を預ける仲になるのだから。
正直な話、例えば盾無しのキャプテン・アメリカに銃火器を持って立ち向かったとしても勝ち目はない。信じられない話だがそれをやってのけるのがキャプテン・アメリカだ。
だが、チームメンバーとして接していれば、そしてその期間が長ければ長いほど、手にかける躊躇が生まれる。死合いの中でその躊躇は致命的、暗殺の刃がキャプテン・アメリカの喉元に届き得る事もあるだろう。
つまるところ、S.T.R.I.K.E.チームはキャプテン・アメリカとの合同チームであると同時に抹殺チームでもあるのだ。だから戦闘技能においても選りすぐりのメンバーでなければならない。幸いにも、この場に集められているメンバーは皆ヒドラの構成員であり、S.H.I.E.L.D.で訓練を受けてきたエリート達だ。
S.H.I.E.L.D.が一枚岩ではないことは知ってるだろうが、まさか壊滅したと思われていたヒドラが潜り込んでいたとは思うまい。
フューリーをS.H.I.E.L.D.長官に推薦し就任させたのも、ピアースがフューリーに命令できる権限を持つ唯一の人物だからだ。アベンジャーズであるスタークによってどんなに防御を固められようとも、暗殺の刃は既に喉元に食い込んでいる。いつでも消せるようなものだった。
「そうそう、今日は…
「ええ、キャプテンの指示でどれくらい戦えるのか見てみたいとのことで…ま、流石にS.T.R.I.K.E.チームの候補生たちには叶わないでしょうけど」
ラムロウはキャップに呼ばれたと嘯く
そろそろ女の子の情けない泣き声がする頃だろうと思っていると、ピアースが怪訝な顔でモニターを覗き込んでいる。
「……全員、伸びてるようだが?」
「…あれ? ハハハハ…まさか」
ウソだろ、と思いモニターを覗き込むと、来た時に着込んでいたパーカーを被ったままの女の子の周りで屈強な兵士たちが地に伏していた。
未来のキャプテン・アメリカ抹殺チームのメンバーになる彼らが、だ。
それだけではない。
ベンディと名乗っていた彼女はある一点を見つめている。その方向を映し出すモニターを見ると、戦闘服に着替えて盾を携えた完全装備のキャプテン・アメリカが、不敵に笑っていた。
『子どもだからって手抜きされた感』
『そんなことは無いだろうが…僕とやろうか?』
『これも試験の一環?』
「ヤバイヤバイヤバイ」
「中々、面白くなってきたじゃないか」
信じられない現実を目にしたラムロウが軽いパニック状態に陥る中、ピアースは愉快そうに映像が流れるモニターを食い入るように見つめた。
『そうだな、じゃあ…僕のマスクを取れたら勝ちってのはどうだ?』
『……なんでもあり? 勝ったら?』
『インクもありだ。勝ったらなんでも言うこと聞いてやる、全力で来い!』
『ん!? 今なんでもって!?』
駆け出すキャプテンに合わせて走り出し、パーカーが外れたレイニーの頭からインクが噴水のように吹き上がる。巻き上げられたインクが流れ落ちる滝から、
【 HENSHIN ! Ink Bendy ! Phase 3 , Perfect … ! 】
(変身! インクベンディ! 第三形態、完了…!)
『いきなりデカいの来たな…!』
挨拶がわりにベンディの右ストレートが飛んできた。
どしん、と生身の人間では到底鳴らせない拳打音が訓練室を揺らす。単純に考えてあのハルクよりも高い肩から振り下ろされる殴打の威力は半端なかった。訓練室の隅に逃げた候補メンバーたちの身体がふわっと浮き上がるほどだ。
モニター越しですら感じる殺意満載の一撃は盾を使わず難なく避けられてしまったが、目の前で対峙するキャプテンはそれ以上のプレッシャーだろう。
振り抜かれて隙だらけの脇腹にキャプテンの強烈なキックが入ったが、生身であれば絶対吹っ飛ぶだろう一撃はインクが少し溢れた程度で収まった。
「マジかよ」
「今の、両方とも絶対生身の人間に当てる力じゃなかったと思うんだが」
「我々であれば内臓の一つ二つはドカンですね」
味方同士とは思えないガチっぷりだった。
ベンディは拳を床につけたまま、それを支点にして仕返しとばかりに強烈なキックを繰り出す。流石のキャプテンもキックしてまだ空中にいたため盾でガードせざるを得なかった。といっても空中でそんなに動けるのが異常なのだが。
するとどうだろうか、盾を蹴ったベンディは何故か困惑気味に首を傾げて足を押し出すが、足は足のまま、キャプテンは蹴られた勢いで背中から壁に打ち付けて床に倒れた。
【 ……? 】
『ッハァ…どうやら、この盾は苦手らしいな』
【 One more 】
(モウ一回)
今度は床に撒き散らされたインクに手を突っ込むベンディ。すると態勢を立て直そうと立ち上がったキャプテンの目の前のインクだまりからベンディの巨大な手が飛び出し、まるでハエ叩きのような一撃が上空から迫る。
「いけ! そこだ! やれ!」
「ノリノリですね理事官」
だがシールドバッシュの要領でキャプテンの盾がベンディの手のひらを弾くと、まるで痛みが伝わったかのようにジーンとベンディの体が痺れていた。
【 What's this !? 】
(ソレ、何ダ!?)
『ヴィブラニウムだよ! 隙あり!』
【 GWAA ! 】
(グァ!)
駆け出したキャプテンは助走をつけて
低く呻いたベンディの巨体が仰け反り、インクを撒き散らして倒れると成人レベルの大きさまで縮んでしまった。
「ンン〜これは痛いな!」
「キミもノリノリじゃないか」
ラムロウも拳を握り締めていた。
誰か、ポップコーンとコーラ2セット持って来てくれ! と内線で頼む。受け取った事務員は困惑気味に了承し、大急ぎでモニター室に持ってきた。本部内に職員用のフードコートがあったことは幸いだった。
その後も、まるでB級パニック系映画のような激戦は続く。
いつの間にか、
【 Gyu …… Coff , Well done , Capt 】
(グゥ……げほっ、やるね、キャップ)
『キミたちもな……む、今のはレイニーの方か?』
【 It's my turn 】
(今度は私が行くよ)
成人サイズよりも少し小さくなったベンディが駆け出す。片身を前に出す独特の構えを取ったベンディに対抗してキャプテンもファインディングポーズを取る。ベンディは上半身の姿勢を維持したまま、後ろに伸ばしていたインクの足が鞭のように撓って(実際インクだから撓っていた)キャプテンの盾を持つ手と反対側の脇腹に突き刺さった。下から掬い上げるような蹴りはキャプテンの曲げていた肘を潜り抜けていたのだ。
『ぐっ…!』
重くはない。
背丈からしてもさほど力が乗ってない一撃だろうが、モニター越しに見るキャプテンは予測される以上の痛みを感じているように見えた。
「なるほどな、荒削りだが洗練された技で勝負か」
「とにかくキャプテンの負けた姿が見たい気分だ」
「わかります」
【 TSK ! 】
(疾ッ!)
床に撒き散らされたインクに足を踏み入れるとその姿が消えて、すぐ別角度から瞬間移動したように現れたベンディの一撃が刺さる。盾でガードするにも、反撃のカウンターをお見舞いしようとも、攻撃を当ててはインクに消えるベンディの速さに付いていくのが難しいようだった。
実際モニターではベンディが常時複数体いるように見えるので、一つが本体だとしてあらかじめ複数体実体のないインクベンディを出すことで一方的な攻撃を可能にしてるのだろう。
『ぐっ…オオオッ!』
キャプテンが裂帛の咆哮と共に盾を縦横無尽に薙ぎ、眼前に立ち塞がるベンディの全てを吹き飛ばす。型崩れしたベンディたちは一人残らず、力無くインクへと還元されていった。
周りに複数の偽物が模っているなら、吹き飛ばせばいい。力に物を言わせた戦いだがそれを可能にするのがキャプテン・アメリカだった。
だが流石のラムロウでも確信する、ベンディはその大振りの一撃を誘っていたと。
次の瞬間、キャプテンの背後のインクだまりから両手を広げたベンディがマスクを外さんと迫っていた。
大勢の偽物を目くらましにして本命が背後から突く、いい戦術だと感心したラムロウだが、同時に自身でも憎たらしいことに、これでもやられないのがキャプテンだと思っていた。
大振りしたキャプテンは後ろに目が付いているとでも言わんばかりに腕を振るい、投げ出された盾はベンディの首に突き刺さった。
【 Goha 】
(ごはっ)
ベンディは盾が刺さった首をうまくインクにすることができず、投げられた盾の勢いのまま壁にめり込んだ。一緒に右手首も巻き添えを喰らい、首と一緒に壁に磔にされていた。苦しいアピールで並びのいい歯から舌がベロンとまろび出る。
『もうインクの位置は確認済みだよ、それになんとなく後ろからくると予想はしていた』
【 …… Then , How about this one ? 】
(……なら、これはどうかしら?)
盾を回収しようと、インクを踏まないように注意深く歩いていたキャプテンの歩みが止まる。驚いたキャプテンの足元には、片目が潰れ右足がプランジャーにされた情けない顔のモンスターと、千切れた頭部がクレーンのようなもので吊り下げられた片目のモンスターがレンチを駆使してキャプテンの足を固定し動きを封じていた。
インクだまりから身を乗り出して体を目一杯伸ばして頑張って妨害しているが、ギリギリ片足がインクに突っ込んでいる状態だからか不安定そうだった。
『こいつらは…!』
【 Piper and Fisher ! Now or never , Striker ! 】
(パイパーとフィッシャーよ! チャンスだストライカー!)
インクだまりから、口を縫われて頭部の正中線に沿って移植された口が開いた、三本の腕を持つモンスター、ストライカーが勢いよく飛び出す。トビウオのように跳躍したストライカーは身動きが取れないキャプテンの頭目掛けて三本の手を伸ばす。
まさか、と緊張で乾いた喉を潤すために飲んでいたコーラとポップコーンの箱を握り締めたままの手が止まる。
まさか、一発逆転キャプテンに勝ってしまうのか?
これがビギナーズラックというものか?
足に群がるモンスターの拘束から逃れようとするキャプテンのマスクに、懸命に伸ばしたストライカーの手が掛かる。
勝負の行方は、果たして。
Chapter 13
「…う、む…久々に、少し効いたな…」
「はいはい、これ湿布」
「ありがとう。……これ、どうやって貼り付けるんだ?」
「あー、昔は湿布とかなかったのね」
こうするの、とレイニーが湿布の裏側の透明ななにかを剥がすとそのまま僕の脇腹にぺたりとくっつけた。すごい、貼り付ける部分を透明なシートか何かで保護していたのか。
「ごめんなさい、そんなに痛かった?」
「この前来た
「割と修行の効果出てた…」
修行? そういえばレイニーがS.H.I.E.L.D.に来る前に何をしていたのか知らない。事故で行方不明になってから何処へ消えたのか…興味はあるが、聞いてもいい内容だろうか。
修行、と聞こえたらしく、レイニーは両肘両膝、そして頭からインクで模った壺のようなものを生やして、両手を前に突き出し椅子に座ったような姿勢を取った。それは一体…?
「これ、修行。甕に水がいっぱい入ってて溢れたらダメ」
「それは…何というか、シビアでいいな。今度やってみようか」
「キャップ…スティーブさんなら簡単だと思いますよー」
ふむ、どうだろうか。
多分各関節部に荷重を加えつつ同じ姿勢を維持することで体幹トレーニング、基礎筋力を底上げすることを目的にしてるように見える。
「レイニー、頭のやつ残ってる!」
「あらら」
シュッと頭に乗っていたインクの瓶が引っ込んだ。なんともシュールなワンシーンだった。
しかし、改めて荷物を整理して綺麗になった部屋を見て感慨にふける。
「まさかキミが僕と一緒に住むなんてね」
「ある意味一番安全なセコムだと思いますよ」
「セコム…? 安全と危険が隣り合わせじゃないか?」
「そうとも言いますね」
あまり豪語するつもりはないけど、キャプテン・アメリカの名はアメリカじゃビッグネームだ。トニーだったら有名税とか言いそうだけど、そのせいで善悪問わず人が集まってくるのは…なんとも、コメントし難い。
僕は、ただ守るために戦っただけなんだ。でも、戦うことは多くの人々に爪痕を残すことになるとわかった。それは敵も味方も、同じ。
「連絡先教えたので、いつかナターシャさんとバートンさんも来ますよ」
「本当に? それは楽しみだな」
「あとバナーさんも」
「…スタークとソーは?」
「インクで臭いしばっちぃから遠慮するって、失礼な。あと最近調子悪いみたいで暫くは静養するみたい。ソーさんは携帯端末持ってないから連絡先わからないし、まずこっちに戻ることがないっぽい。戦争なりなんなりでてんやわんや」
「戦争か…ところで、何してるんだ?」
「今日の晩御飯」
何やら美味しそうな匂いがすると思ったら、料理してたのか。みんなーとレイニーが号令をかけると、ついさっき接戦していたモンスターたちが料理を載せた皿を持ってテーブルへ運んでいた。見た目は…本当にモンスターみたいだけど、
ゴトゴトとテーブルに料理が並べられていく。麺とか肉とか白い細々としたものとか、どんな料理名なのかよくわからないものがたくさん並んでいってる。ハンバーグはなんとかわかる。
テーブルいっぱい、所狭しと料理が並べられていってモンスターたちが
「大丈夫だ、今日は身体動かしてお腹減ってるからね」
「それはよかった…ちょっと今更になって緊張してたのかも…」
「え?」
「なんでもない」
レイニーも座ったので、目の前の料理に手をつけていく。白い穀類と茶色のスープに、色々な香辛料を混ぜたような料理だな、香ばしい…口に入れると、辛味があるけど、美味しいな!
「これ、もしかしてカレーか?」
「カレー…あれ? 食べたことなかったんですか?」
「家で食べたなんて遠い昔だからね、それにこんな味付け初めてだ。口の中はレーションの味くらいしか残ってないし。じゃああれと、それは?」
「ペペロンチーノと青椒肉絲。隣の白くて丸いやつは小籠包で、その横の揚げ物はシュニッツェル、真ん中のエビとか貝が乗ってるのはパエリア、カレーの横にある白い野菜はムラコアチャールです…米割合多っ! カップに入った棒状の野菜はバーニャカウダです、お好みのソースにつけて手で食べられますよ」
「この家の料理長はキミだな、僕は料理が…その、あまりできなくてね…戦場ではレーションとか缶詰とかしかなくて」
「まぁ──家に親がいないときの方が長かったから、基本自炊だったんですよ。で、暇だったしそれなりにお金もあったので料理のレパートリーを増やしたりしてました」
「なるほど。そういえばこう言うのもなんだが…キミ、腹は減るのか?」
「もちろん。というか、忘れないためですね」
「忘れない?」
ナイフとフォークを上手く使って切り分けたハンバーグの一切れを口に含む。掛けられたホワイトソースが美味しい。
「ヒトとしての営みを辞めてしまったら、私はヒトでは無くなるから。
なりたての頃は、まず身体を維持できなくて常にアメーバみたいな状態だったんですよ。物を掴むのも難しいし足で歩くなんて意識もなくなっちゃって、なんか別の生物になったみたいで…食べ物もインクに落としてくれればあとは消化できたんですけど、それはヒトの営みじゃないでしょう?」
たしかに、それは人というより獣か何かだろう。しかし…そうか、肉体が液体だとまず人の形を維持することも大変だったんだな。
「だから、比較的ヒトとしての姿の時間は多くするように気を配ってるんです。私はインクの化け物だけど、それでもまだヒトとしての心があるって、まだ人間であるって認識するために。
私の中の悪魔に、乗っ取られないために」
「…キミとベンディは、今はどんな状態なんだい?」
「少なくとも誰彼構わず襲おうとかそういう状態ではないですよ。例えると…私っていう意識とベンディっていう意識が常に綱引きしてる状態なんですけど、意思や意識、殺意を強く持つと綱引きの力が強くて体の主導権を握られちゃうんですよ。今は落ち着いてるんで、お互い弱い力で維持してますね」
なぜ落ち着いてるかはわからないが、今は平気ということらしい。
ベンディは、たしかに危険な化け物なのかもしれない。でも、死にかけだった
「しかし…ぬわ──! もうちょっとで勝てたのに! 悔しいー!」
「ハハハ、二回り以上も年下の子に負けるわけにはいかないさ。最後のはヒヤッとしたけどね。アレらは何だったんだ?」
「
住人? それは、どういうことだろうか。
レイニーはペペロンチーノを頬張るとむーんと唸り、
「簡単に言うと、私のガワはマンションみたいなもので、その中にベンディやアリス、ボリス、パイパー、フィッシャー、ストライカーらが住んでる感じです」
「ふむ……あぁ、そういうことか。でも、そんなにたくさん意思があって大丈夫なのか? 混乱とか、混線、とか…?」
レイニーはカレーを目の前に持ってきて、白い穀類とルーの境界をスプーンでかき混ぜていく。こんな感じに、と言って、
「昔は〝私〟って個がぐっちゃぐちゃになって大変でしたよ。精神的な修行をしてきたお陰でなんとか取り戻せたんですけど、一度ぐちゃぐちゃになったせいで治った結果ほかの意思も混ざってるみたいで…ほら、こんなお喋りする子どもとか、見たことないでしょう?」
「…それは、たしかに」
スプーンで掬い上げたカレーは白も茶色もごちゃごちゃになったカレーだった。僕も試しに混ぜて食べてみると、今までとはまた異なる味がして新しい発見だった。
「〝健全なる精神は健全なる肉体に宿る〟」
「?」
「僕が訓練兵時代の時に上官が口にしていた言葉なんだ。何かの引用かどうかはわからないけど。でもそうだな、筋トレして体力をつけるのもいいんじゃないか? ニューヨークでも最後はヘトヘトだったろう」
「一応最初はナターシャさんの肩借りてたんですけどね…やっぱり体力不足は致命的かぁ」
「キミの体はインクだけど、僕のヴィブラニウムの盾だとダメージあるようだからね。今でも強いけど、いざ力が使えなくなったときに体力に余裕を持って反射レベルで敵に対応できるようになれば……あ、ごめん」
「え?」
「…キミは、あまりに大人びてるから忘れがちだけど、まだ10歳前後の子どもだ。だから、別に無理しなくてもいいのに…僕は何を言ってるんだ…」
「いえ、それはもうナシですよ」
え? と顔を上げると、小籠包にかぶりつきながらレイニーが美味しそうに咀嚼していた。
「私はもうアベンジャーズで、S.H.I.E.L.D.のメンバーで、エージェントですから。覚悟はできてますよ。誰かの足を引っ張ることがないように、体力づくりは必要だと思ってましたし」
「あまり、無理はしなくていい」
「…なんか、むず痒いですね。今まで誰にもそんな真っ当なこと言われたことなかったので新鮮です」
「周りに常識人が少なかったんだろう」
「そうかもしれません。でも、もう私自身が非常識の塊みたいなものですし。それに、基礎体力の向上次第でできることも、効果や純度が上がるかもしれませんし!」
あはははと軽快に笑う彼女だが、無理しているというより困惑してるのかもしれない。確かに、死にかけて悪魔に取り憑かれて修行なんかしたら〝普通〟がわからないのも、無理ないだろう。
彼女がそういう星の元に生まれたとか、言い訳はたくさんできるけど、できればそんなありきたりな口実で諦められたくはないと思ってしまった。
僕も、彼女も。似て非なる境遇ながら、〝普通〟を歩むことが難しい人なんだ。
「そういえば、最近は何やってるんだ?」
「ん? 勉強。学校通ってなかったから。通信制ですけど」
短期だけど、実力ある人はちゃんと評価してくれるのがこの国の美徳だね、と上機嫌に語った。
…今のって、割とありふれた家庭の日常会話なんじゃないだろうか。
「あと、部署の差し止め申請? 最近〝ゴースト〟っていう年の近い子と友達になったんだけど、厄介な体質直したくて嫌々暗殺任務やってるっぽいから、辞められたらいいなーって思って。テレビ電話で、勉強と一緒にバナーさんに物理学とか生物学とか色々教えて貰いながら、インク頭回してどうにかできないか考えてます。同じマンションのシャロンさんにも協力してもらってますね」
前言撤回、これは家庭の日常会話というより任務報告だ。
「やってること多過ぎないか?」
「…そうかも。一応リスト作って順序立ててタスク処理はしてるんですけど」
そう言って、レイニーはポケットから手のひらサイズの小さなメモ帳を取り出した。なるほど、そういうものもあるのか。
「僕もそれやろうかな」
「メモ? なんで?」
「こっちにくると色々変わってることもあるからね。リスト作っておけば、あとで端末で調べられるからね。便利な世の中になったものだよ」
「いいと思いますよ。トニーさんのびっくり便利発明は毎回すごいけど、そういうのより昔の人が集積回路を発明してコンピュータ作ったりネットワークを構築したり、自動制御装置で宇宙へ行ったりできる現代の〝当たり前〟を築いたっていうのすごいですよね、文明の転換期って言うか」
…確かに、彼女との話は普通の家庭とは縁遠いかもしれないけど、これはこれでいいんじゃないかと思う。
Chapter 14
『ハロー、レイニー。今何やってる?』
「足でペン回ししつつ課題やってるー」
『…本当に何やってるの?』
「ちょっと器用さのパラメータ上げてコープランクを昇格させたくて…」
『留守電のメッセージ、無視して良さそうね』
「ごめん、ごめんなさい! ちょっと一人だったから悪ふざけしたくて!」
『そういうところは年相応に子どもっぽいわね…まぁいいわ。それで用件は?』
「急ぎって訳じゃないんだけど、実は二つほど調べて欲しいことがあって」
『…内容は?』
「人探し。足取りだけでいい、今度会ったときに教えてくれると嬉しい。
一人目はヘンリー・スタイン。1920年代から30年代にかけてアニメーターをやっていたらしいんだけど亡くなってるのか存命中なのかわからないからそれを知りたい。ベンディがすっっごい圧かけてくる。
二人目は」
『待って。その二人目からすごいイヤな予感するんだけど』
「──二人目は、エニシ・コールソン。入籍前の名はエニシ・アマツ。私のお母さん……で、多分ナターシャさんが間違えた人」
『…あぁ……イヤな予感的中…』
拝啓、天国にいないパパン
アナタはどんな人と結婚したんですか?
追記:キャプテン、101回目の誕生日おめでとう!!(7/4)