紗夜のBはBitchのB!   作:本醸醤油味の黒豆

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Bの逆襲/静寂から始まるリベンジ

「私の好きな人がモテはじめて困ってます」

「……は?」

 

 何言ってんのコイツ。そう思うしかない始まりかたをしたのが今日のハイライト。

 いつも通り、ファストフード店において、俺は紗夜さんの下らない冗談を聞かされているらしい。あなたの想い人は、一応俺ですよね? 

 

「最近、つぐみさんとも頻繁に連絡が来るようですし、白金さんは言わずもがな……松原さんに、実のところ宇田川さんともそれなりに交流があり、また今井さんや湊さんという線も捨てきれない……困ったことです」

「困りましたね……」

 

 あなたの頭がね。

 というかこの人恋愛方面に、というか俺と二人きりになるとポンコツになるのなんなの? 実はキリっとしてる紗夜さんのが好印象だって伝わってないのかな? 

 

「もうおわかりでしょうが、カンベさんのことを言っています」

「回りくどいですね」

「……直接、好きなヒト……というのは少々、気恥ずかしくて」

 

 あーもうかわいいなちくしょう! 好印象の紗夜さんは一位がキリってしてる紗夜さん、二位が照れてる紗夜さんだ。カンベ調べによると。

 ただね、ただ、この上がった好感度を帳消しにするのが、氷川紗夜さんの真骨頂なんだよな。

 

「私がハジメテの女だというのに」

「なってないかな」

「なって」

「ならないよ!」

 

 なって、じゃねぇよ! 一瞬とは言え、普段の口調や仕草からかけ離れた声だすのやめて! 

 ほらね、こうやってわざわざ帳消しにしてくのが、紗夜さんと俺が未だにこの距離の所以な気がしてきた。

 

「それにしてもリサはないでしょ。トーマいるんだし」

「わかりませんよ。うっかり昔の恋を思い出すかもしれません」

「……なんで知ってるの?」

「今井さんは嘘をつくのが下手ですから、嫌でも察しがつきます」

 

 怖いな、というか怖いと言えばそれ以前になんで羽沢さんやあこちゃんとの連絡してる頻度知ってるの? 冗談抜きでそこが怖いよ。

 というか昔は昔……ってできないから、あいつは恋愛になると俺に対して当たりが強いんだけどね。

 

「もう、私の気苦労も知ってください」

「うん、その前に俺の苦労を知れ」

「そうでした」

 

 お、素直に認めてくれた。もしかして、俺の想いが伝わったのかな? だとしたら、ついに、言葉が通じるようになったと言っても過言ではないのでは? 

 

「激しいと、腰が痛くなってしまうものね」

「なんでそうなるのかな?」

 

 だから事実を捏造すんなっての! まだ童貞です、清い身体です! 

 やっぱり紗夜さんにその辺を求めるのは間違っていたのかもしれない。

 

「やはり、既成事実を作るのは急務ね」

「黙ってもらえます?」

「黙りません、誰かに寝取られるくらいなら、いっそ逆レイプしてでも──」

「やめてね?」

 

 それだけは勘弁してほしい。二度と女性の前に姿を晒せる自信がなくなるから。と、言っても紗夜さんもそれはする気はない、と思う。なんだかんだで、紗夜さんはそういうところは、ちゃんとしてるし。燐子さんや松原さんとは違うよね。

 

「それでは、今日の性講座ですが」

「そんなコーナーを設けた覚えはない!」

 

 ためにならないか、と言われればフツーに知識になるようなことだけどさ! でもそれって紗夜さんが言いたいだけなところあるよね? そう指摘すると、まぁ……そうですね、と目を逸らしてきた。なんだこのヒト。

 

「と、とにかく、私としては、これ以上、というか今の時点でもカンベさんの周囲に女性がいる、というのは困りものなのです」

「……自分が原因のクセに」

「それはそれ、これはこれよ」

 

 最低なこと言い始めた! 事実でしょ、全部紗夜さんから始まった交友関係の広まりなのに。そんな抗議に、紗夜さんはため息をつき、それから少しだけ頬を染めて、やっとその言葉を口にしてきた。

 

「……妬いてしまうわ。最近、こうして二人でゆっくりもできないし、触れあうこともない。それがこんな苦しいことだなんて、思いもしなかったの」

 

 最初からそれを言ってくれればまだかわいげがあったんですけどね。それでも、俺としては、まるでその恋人みたいな思考をまずは捨ててほしい気もする。ほら、一応、俺たちまだオトモダチじゃないですか。

 

「まぁ、最近忙しいし、紗夜さんも俺も」

「だからと言って、他の女性に鼻の下とちん──」

「下半身も鼻の下も伸ばしてませんし、それだけはやめてね?」

 

 それだけは、あれだよ、言わせねぇよ、ってやつ。

 いくら紗夜さんがフリーダムなヒトだって言っても、お店で特定の部位を口にするのはダメだと思うの。

 

「んん……失礼しました」

「ホントに失礼してますからね」

「失礼するのは跨る時くらいで充分ですね」

「は?」

 

 捻じ込んでくるね? 隙あらば捻じ込んでくるし隙がなくても無理やりこじ開けてくるね? いつも通りの紗夜さんと言えばそうだけどね? 

 

「では本日のレッスンは、女性に口でシてもらっている際の注意事項ですね。より実践向きな内容ですが、ついてきてくださいね?」

 

 レッスンワンからついていけてないんですよ、実は。気付いてほしかった。あとその手の位置と動きは勘弁して。いけませんお客様って言われますよ、いい加減。

 でも注意事項なんてあるのか。精々、口の中に出すと苦いからやめてとかそんなもん? 

 

「今、口の中に出すと苦いとかその程度だと思いましたね?」

「……エスパーですか」

「その短絡思考こそが童貞だと言う証ですね」

 

 やかましい。言い返せないことが余計にやかましいと言いたいところである。だいたい、口で……って言われても想像したところ俺が注意するところってなんですかね。俺、手も足も使うところなくないですか? 

 

「甘いですね」

「甘いのか」

「もちろん苦いですよ」

 

 そっちの味のハナシはしてないから。苦いとか甘いとか俺が味わうこと一生ないからいいんだよそんな汚い食レポ、聞きたくない。

 

「シている時のカラダの向きにもよりますが、手持ち無沙汰になると、前戯の勢いで胸やお尻を触りたくなるものです」

「そ、そうなんだ」

「そうなんです」

 

 想像したけど、全然そんなことなかったんだけど……ってか店内で行為を想像してる自分の異常性に今気づいたよ。もうやめよ。この話も無視することにしよう。

 

「しかし、自分がシている最中に性感帯を触られるのは、ヒトにはよりますが、大抵の女性は鬱陶しく感じてしまうのです」

「へぇ」

 

 あ、しまった。全然想像もつかない感想だったからつい相槌を打ってしまった。ここが俺のダメなところなんだよな。

 ほら、紗夜さんが若干ドヤ顔で、そうなんです、とか言い始めた。

 

「しかし、頭は平気なんです」

「紗夜さんだけじゃなくて?」

「いいえ、頭、というのはコミュニケーションにおいて好意を抱いた相手に触れられると嬉しくなるものです。また、シている最中には、快楽を感じている、という指針にもなりますし」

「あ、じゃあ、髪とかってこと?」

「そうです。声の出ない女性側にとって、コミュニケーションとして触れることは大事なんです」

 

 ついつい、話に乗せられてこんな店の中でしちゃいけないような会話をしてしまった。隣の席の男子高校生二人がめちゃくちゃガン見してきた。うるせぇ、俺だって釣り合ってるとは思ってないよ! 

 

「ですから……」

「ん?」

「その、触ってくれても、いいんですよ?」

 

 くるくる、髪をいじいじしながら紗夜さんは頬を染めて斜め下を見て言った。そこで乙女の顔はずるいんじゃない? 俺に選択肢をくれない交渉術とかさ、そういうのはやっぱりズルだと思う。せめてイエスかノーか選ばせて。

 

「今日は……遠慮しときます。ひ、ヒトの目も、ありますし」

「……そう、ですか」

 

 ああもう、そんなあからさまにしゅんとしないでよ。俺が悪いみたいじゃん……って俺が悪いのか、実際問題。

 でも、あの場で男子高校生が二人、から増えて四人になったその衆人環視の目に晒された状況で紗夜さんの髪に触れるって、俺には超ハードルが高いんですよ。そこもわかってほしい。

 その後はまた、楽器の話やら文化祭の話という健全な話をして、紗夜さんはそろそろ帰りましょうか、と立ち上がった。微笑んでいたけど、その顔はどこか寂しそうな気がして、俺はまた罪悪感で胸が痛んだ。

 

「今日も、楽しいお話だったわ」

「……なら、よかったけど」

 

 外に出て、紗夜さんは俺の方をあまり見ることなく、淡々と歩き始める。

 その瞳に映っているのが何なのか、俺にはわからない。わからないけど……このままにしておくのは、なんだかやな予感がする。このままだと、紗夜さんはいなくなってしまうような……そんな恐怖感。

 

「さ、紗夜さん……!」

「……はい、っ!?」

 

 手を握って、引き寄せて、思った以上に力が強かったようで、ヒールの音を鳴らしてバランスが崩れてしまった。ヤベ、と思ったけどなんとかコッチの方に倒れてきたから、全力で、普段ベースを弾く時に使う筋力とエネルギーを支えることに費やす。幸い、紗夜さんは驚く程軽くて、細身で……でもまぁベースよりは確実に重いんだけど、だから、苦労することなく、支えることには成功した。

 

「ふぅ……ご、ごめん紗夜さん、タイミング最悪だった……」

「いえ……最悪だなんて、とんでもないですよ、カンベさん」

「え? あ、ちょ、まったここ外──っ!?」

 

 遅かった。俺はそのまま紗夜さんの腕に首を絡め取られ、唇を重ねてしまった。

 丁度出てきた、さっきの男子高校生の四人、からなぜか六人に増えてるそいつらにバッチリ見られてるし、最悪すぎるよ……でも、紗夜さんにはもう、俺以外の人間は見えていないというような瞳の色で、見上げてくる。

 

「ソトとかナカとか……関係ないわ。ほしい時に、ほしいの」

 

 甘い声、危うく抱きしめかけるくらい蠱惑的で、俺の心にするりと入り込んでくる。

 ──やっぱり、紗夜さんは危険、危険すぎるよ。このままじゃオトモダチのまま、いつ間違いが起こるかわからないことを、俺はこの日、確信した。

 しかし、俺は知らなかった。嫉妬に燃える紗夜さんの攻勢が、これで終わりではなく、ここからが始まりだということに。

 

「どんなにカンベさんがモテようと……メインヒロイン(こいびと)になるのは……私よ」

 

 これは、元祖ビッチによる、とてもビッチとは思えないくらい、まっすぐに俺を狙った、静かな逆襲の狼煙となっていた。

 ──というかキス、これで何回目か数えなくなってきた。何回目だっけ? 俺も毒され始めてきた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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