紗夜のBはBitchのB!   作:本醸醤油味の黒豆

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Fは揺れる/帰り道の一幕

 向き合う決意。したはいいけど、その方法にデートってのはもしかしたら大きなミスをしたかもしれないと思いつつ、花音さんと連絡先を交換した。紗夜さんのような暇さえあれば連絡が来るタイプでないことに安堵しながら俺は練習に学校、そして合同文化祭の打ち合わせと大忙しな日々を過ごしていたある日のこと。

 羽丘へ燐子さんのお付きをしていた俺は、生徒会室の机にぐでっと突っ伏していた。いや流石に疲れますよ。ハードスケジュールだもん。

 

「カンベさん……大丈夫ですか?」

「う、うん……なんとか……」

「わたし、お水買ってきますね!」

 

 ああ天使、めちゃ健気だし、マジ天使。魂の五七五も疲労感のせいかIQと語彙力とセンスも枯れてるな。

 羽沢さんも忙しいはずなのにパタパタと自販機まで小走りしてくれるんだもんなぁ。マジぱねぇ、マジ天使。

 

「ふぅ〜、ありがとう羽沢さん。助かったー」

「いえ、いつも頑張るカンベさんのためですからっ」

 

 数分後、水の入ったペットボトルを机に置きながら羽沢さんの笑顔に癒される。文化祭の準備も佳境に入ってきて、より燐子さんがコッチに出張することが多くなってるし、だんだんと学校の外装とかも変わってきていい感じだ。ウチの学校は春に終わってるから、被ってなくてよかったと本当に思う。

 

「ワンドルの文化祭ライブ、見に行きましたよ」

「え、ホント?」

「はい!」

 

 そういえば羽沢さんはファンらしい幼馴染のヒト、確か上原さん、だっけ。その子に連れられたのが最初だったんだっけ。なんか一回声掛けられた気がする。なんで記憶ないんだ? そんな嫌な印象だったっけ? 

 

「……カンベさん」

「燐子さん、おかえり」

「燐子さん! お疲れ様ですっ」

「あ、はい……おつかれ、さまです」

 

 ステージの打ち合わせが終わったらしい燐子さんがやってきて、名残惜しいけど天使に別れを告げた。歩きながら今日あったことを話したり、進捗を共有するのも仕事です、と言われてる。人使いが荒いよ、紗夜さんは。

 

「じゃあステージの予定決まったんだ?」

「大体の、スケジュールは……これです」

 

 見せてもらったスケジュールには物凄く有名バンドが集まっていた。文化祭なのに豪華。

 俺たちのほかにも羽沢さんたちのAfterglow、そして俺たちの当面の目標であるRoselia、その外にもサーカスみたいなパフォーマンスと明らかに採算の合ってない演出で有名なバンドとか、ポップでかわいく、でもカッコいいと評判のバンドとか、羽沢さんやリサを始めとしたメンバーが文化祭のために組んだバイト応援バンドなど、目白押しとはこのことだよ。

 

「正しくお祭りですね」

「……はい。こんな大きなことになるなんて……びっくりです」

 

 スケジュール予定の入った、何やらドラゴンやら魔法陣が描かれたファイルで口許を隠しながら、燐子さんはふふ、と笑ってみせた。びっくりだけど楽しそうに見えて、ちゃんと変わっていってるんだなとわかった。

 

「どうか……しましたか?」

「ううん、どうもしてない」

 

 紗夜さんも、燐子さんも、短い間に変わってる。じゃあ俺は? ただ逃げ続けてるだけじゃないのか、そんな風に思う。

 そういえば、紗夜さんは俺に出逢ってからずっとセックスは我慢してるって言ってたっけ。きっと燐子さんも、そうなんだろうな。

 もう、逃げてるだけじゃダメなんだよっていうのも、わかってるつもりだ。一度フッた相手に甘い顔を見せているのがどんだけ残酷なことか、なんてそれは、俺自身が一番知ってる。

 

「……そう、いえば」

「ん?」

「わたしは……まだ、カンベさんの恋の、結末の先を……知りません」

「……誰にも、話してないからね」

 

 うわ、タイミングばっちり。今思い浮かべていたのも丁度、その結末の先の話だよ。一度フった相手、ってわけじゃないけど、あんな本音を持っているあの子も、俺にはまだ甘い顔をする。勘違いしてしまいそうなくらい、女をまき散らしてくる。

 

「名前を呼ばれる度に、ホントは少し……痛くなる。前の俺だったらそこで思わず叫ぶくらいバカだったかも」

 

 なんで、俺のことホントは嫌いなんだろ? なんでそんな近づいてくるんだよこのビッチ、くらいには言うだろうね。デリカシーもクソもなく。

 でも、それを冷静に()()()()()()()()()()()って思えるようになって、フツーに接していけるようになったのは、間違いなく二人が誘惑してくるせいだ。

 

「燐子さんみたいにスカートを捲ったりしないし」

「……好きなヒトには、見られたい……から」

 

 それはそれで危ない性癖ではないでしょうか? あとスカートをつまむのやめてね? ここ羽丘の廊下だから、まだ生徒さんいるから。

 

「見られるのも、撮られるのも録られるのも捕られるのも……ゾクゾク、します」

「ホント燐子さんの性癖は歪んでるね?」

「童貞に……性癖の歪みは、指摘されたく……ありません」

 

 めちゃくちゃ酷いことを言うんだ。あとトられる三回言われても意味が分かりかねるので、童貞だし。たぶん撮影と録音は入ってるよね、あと一つはホントにわからんから。

 羽丘を出てもまだネタで済んでるのかどうか怪しい……と思ってる時点で汚染されてる気がする会話を繰り広げていると、燐子さんが俺の指に触れてきた。

 

「……えっと」

「ひ、氷川さんとは……手を繋いだことが、あると……聞きました」

 

 紗夜さんだな。すぐ燐子さんにはしゃべるんだから。でも紗夜さんとは違って控えめに指にそっと触れるというアピールは、不覚にもドキっとさせられる。本当に、このヒトは恋愛には慣れてないんだよね。

 

「……カンベさんも、氷川さんも、わたしも……恋愛は下手、ですから……」

「そう……だね」

「恋愛もせずに……セックスばっかりして、そのせいで……いざ見つけたヒトに、どう接したらわからなく、なって……」

 

 わたしも氷川さんも同じです、なんてことを言う燐子さん。俺はそんな燐子さんに掛ける言葉なんて見つからない。そのいざ見つけられた側からすれば接し方が合ってるとは言い難い。でも、俺はそんな二人のおかげで、助かってる部分もたくさんあるから。

 ──だから、俺は手を握ります。感謝を伝えられるなら。

 

「……カンベ、さん?」

「帰りましょう、花女に。きっと紗夜さんがそわそわしてますよ」

「……はい」

 

 燐子さんは、ふわりと笑顔を浮かべてくれた。暖かな手を包む感覚がすごく落ち着かないけど、笑ってくれるんだからそれくらいは我慢しよう。

 電車での移動も慣れたもので、隅にいる燐子さんを隠すように向き合っているのが定番で、俺はいつも燐子さんには目線を向けないようにスマホを触ってるんだけど、今日はその手が燐子さんに掴まれていた。何故かいつの間にか指の間に燐子さんの指があるし。

 

「……ここで」

「ん?」

 

 頬が赤く染まってる。なんかアレな雰囲気だ。事前にキスとかしないでくださいよ、と釘を刺すと、案外素直にわかっています、と返されてしまった。やっぱり紗夜さんより燐子さんの方がまだ貞操観念がマトモだよね。

 ──そう思っていたら、燐子さんは揺れに合わせて狙ったように……いや確実に狙って、俺に抱き着くようにして倒れこんできた。

 すぐ近くに香る、燐子さんの甘い匂い。みぞおち辺りにある、柔らかすぎる感触。やばいと思った時には既に遅く、密着している燐子さんの腰当たりがむくむくと膨らんでいってしまった。

 

「……り、燐子さん。離れてほしい」

「……キスはしません。けど……ここで、痴漢されても、わたしは無抵抗で……いますから」

 

 この変態! そんなこと考えてたのか! 本当に妄想に浸ると紗夜さんより頭の中真っピンクですね!

 どうやら俺が反応したせいでスイッチが入ったようで離れるどころかさりげなく身体で刺激してくる。わー、痴漢されてるの俺です! このヒト痴漢ですう!

 

「いやなら……突き飛ばしても、いいんですよ?」

「……しないと思って、言ってるよね」

「はい」

 

 やけに明るく言葉を出すね。俺に燐子さんを力で突き飛ばす勇気なんてない。うっかりケガさせたりしたら困るし。だからと言って俺が痴漢されてますと叫んでも、事情聴取を受けるのは燐子さんではなく俺だろうし。男女差って怖いよね。

 

「それじゃあ……着くまで、楽しみましょうね♪」

「最悪……絶対紗夜さんに言いつけてやる……」

「ヤったもん勝ち……ですよ」

 

 親指を人差し指と中指の間に入れてのグーに、俺は顔を引き攣らせることになった。燐子さんって、燐子さんって本当にこうなると強いよね。

 揺れるたびに体勢が崩れそうになって、慌てて背中に手を入れて支えた。すると、なんということでしょう。俺が燐子さんを隅に押し込めてる感じになるじゃありませんか。

 

「……いいんですよ、誰にも見れないココで……なにもかも、奪って……」

「そ……そんなことしません」

「……好きだから」

「燐子さん……」

 

 わかってますよ。燐子さんがただビッチで、男が食べたくて俺に迫ってるわけじゃないこと、わかってますから。だからそんなふとした時に寂しそうな顔をしないで。

 いつもは楽しそうに揺れる黒髪が切なそうで、俺はその密着感のまま、今更何を失うこともない、とばかりに燐子さんを抱きしめた。

 

「……カンベ、さん……?」

「ごめんなさい。俺にはまだ、なんの覚悟もないから……紗夜さんに対しても、燐子さんに対しても」

「……はい。理解、してます」

「なのに、こうやって隙を与える俺を……許して」

 

 俺の誰に向けてるのかよくわからない謝罪に対して、燐子さんはただ無言で、俺に体重を預け続けていた。

 それ以上、誘惑とかはなく、ただじっと燐子さんは俺に体重を預けたまま電車に揺られ続けた。

 


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