生まれ損ないの天使   作:ラディスカル

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第0話「プロローグ」

雨の日の通学路、濡れて重くなった靴でも足取りは軽い

君が待ってると思えばこそ

 

良い学校、良い会社、明日の安心を買う為に買いたくもない苦労を買うけれど

捨てられないものがあるから

それが僕たちのものだったらいいのに

 

外は寒いけれど、ただ君の側に居たいから

決して褪せないものを貰ったから

それが僕を支えるプライドで、叶えなければならない夢

 

この雷の様に胸を打つ激情を知ってほしい

もう誰にも去って欲しくないけれど

 

僕はあなたのために生まれてきたのだと思う

あなたもそうであってほしい

 

あなたの優より

 

 

 

 

私は手紙を封に戻した。どこで買ったのか封蝋が施してあり、ピースマークの印が押してある。この厨二を拗らせた恥ずかしい恋文にニヘラと口角が上がった。何100回読んでも面白い。

 

小6でこの手紙を書くのは正直ヤバイと思う。おそらく、何かの詩を切り貼りして作ったのだと思うが…私は写真立ての下に手紙を挟み、手を合わせた。

 

「行ってきます。」

 

「流転…律子が車回してる。待ってるよ。」

 

「今行くよ。千早。」

 

私はしゃがれ声で答える。この声でアイドルをやっているのだからおかしくなってしまう。ハスキーと言えば聞こえが良いが、コーラスでなくソロパートしかないのはそのせいだろう。技量こそ千早に負けないが、声質で悪目立ちしてしまう。

 

まあ、いいか。そもそも千早と2人のユニットがメインだ。踊れない私は必然的にメインボーカルにしてセンターにする以外に使い道はなく、それでは他のメンバーを食ってしまう。知名度的にも彼女たちのステージではなくなってしまう。

 

「おはよー。流転。千早。おそいぞー。」

 

律子は眠そうな声で非難するが、全く怒ってはいないようだ。

 

「「おはようございます。」」

 

「ほら座って」

 

「ありがとう」

 

千早が車のドアを開けて、先を促してくれた。ちょっと引け目を感じたが、ありがたく受け取っておいた。

 

「律子さん、今日は何かいい事ありました?」

 

「うーん、4ちゃんと6ちゃんの占いで両方とも運勢最高だったことかな!」

 

「それってこれからいい事あるってことじゃないですか。昔のファンからファンレター届いたりして!」

 

「えー…。たぶん皆んな忘れてるよ。」

 

「じゃあ、反対に困ったことってありますか?」

 

「うーん?やっぱりオーディションに通る子が1人もいないことかなあ。」

 

「流石に落ちすぎですよね、皆んな可愛いのに…」

 

「そうねえ」

 

うーん、如何ともし難いが、解決するのが重要なのではなく、こういうコミュニケーション自体が大切なのだ。

 

千早は興味なさそうに車窓の景色を眺めている。自分はテレビに出てるから関係ないって感じだ。ちょっと冷たい気がする。まあ、自分のことで精一杯なんだろう。

 

柳生流転には前世の記憶がある。私は前世で売れないミュージシャンだった。技巧派のギタリストで有名バンドのメンバーだったこともあるが、作曲のセンスがなく、終いまで自分の曲を出せなかった。

 

だが、この2度目の人生では前世とは世間に出ている音楽が全く違った。それこそベートーヴェンの時代から違うのだ。同じ役割を演じた人物こそ居たが、同じ曲は一つもなかった。ああ、私は卑怯だ。前世でも今世でも人の歌で金を稼ぐ。せめて、…せめて償いをしなければならない。私は知っていてあの子を見捨てた。否、殺したのだから。

 

ーーーーー

 

享年49。売れないミュージシャン(飯は食えていたが)だった私は転生トラックならぬ致死量の農薬で死んだ。音楽で有名にはなれた。しかし、自分の曲を世に出せなかった。俺は腐っていた。嫁はただ「足りない」と言うだけで、文句しか言われない。子供も嫁もネグレクトして金を稼いだ。

 

音楽は遊びなのか。

 

「あなたは遊んでてお金がもらえるんだもの。いい身分よね。」

 

全ては君のために、私は16時間働いた。バンドやって、ギターの教室開いて…幸せになるためだったのに、家のこと何もしないだのいつだって罵られた。嫁は普段から私の悪口を言うのだろう。子供たちは私を嫌っていた。

 

今、フローリングを張り替えたばかりのダイニングで死を迎えている。薬のカプセルの中に農薬を入れたのだ。これならば消化に時間がかかるから確実に死ねる。大量の酒を飲んで酩酊したまま、驚くほど安らかな気持ちに浸っていた。頭によぎるのは家族のことではなく、自分のことばかりだ。こんな浅ましい自分に嫌気がさすが、最後くらい自分本位になってもいいだろう。ああ、最後ならパーっと散財しておけば良かった。1回くらい風俗なりに言っても良かったかもしれない。

 

私は誠実であったが、嫁はそれに報いたことはなかった気がする。まあ、そんなものか……

 

私が死んだら嫁はどう思うだろうか。きっと「おニューのフローリングが汚れた」って怒るんだろうな。

 

ああ、最後に歌を歌おう。

 

「蒼い鳥、もし幸せ、近くにあっても〜」

 

アイドルマスターの千早の歌だ。そう。幸せはその辺に転がってるものだったのかもしれない。明日の幸せを願うばかりに今を捨てて捨てて、49年間走り続けた。

 

ああ、今からでも遅くない。日曜日は…買い物…、に、行こ…うか。嫁に…時計…買って、あげよ…う欲しがってた…も

 

ーーーーー

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