世界を征する覇堺の拳   作:ガリアムス

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受即擊を可能にする…其の打撃、尋常に在らず


第十話 縦拳(たてけん)

「涼君、其の拳は一体なんだい?」

 

カウンターを貰い、赤くなった鼻に指先を当てつつ、照は氷室に問い掛ける。通常、拳による擊は横拳を用いて行うのが一般的である。

 

現在の空手も、横拳での逆手打ちや正拳突きが主流だ。

 

だが、氷室がカウンターを繰り出した際に用いたのは、縦に構えた拳。所謂縦拳(たてけん)、もしくは縦拳(じゅうけん)である。

 

縦拳(たてけん)。俺の『切札』。あんまり使いたくは無かったけど、そうも言ってられない」

 

《切札━━━か。ふふふ…『嬉しい』ねぇ》

 

鬪気を帯び、深い呼吸へと変わった氷室。

 

照は…笑っていた。

 

自分が彼にとって『切札』である縦拳を使うだけの相手だと、認識してくれた事に対して。

 

嗚呼(あぁ)。素晴らしい…》

 

刹那、氷室が攻めた。

照も釘擊を放ち、迎撃。

 

が、右拳で即座に横に弾かれる。同時に槌を釘に叩き付ける様に、顔面に拳が当たる。

 

状態が後ろへ下がり、其処に右拳の追撃が左肩に。

照、右足の回し蹴りも、左腕でガードされ即座に腹部に二発。

 

弾かれ右。受けられ左。止められ右。

 

右、左、左、右、左、右、左、左、右、右、左、右…

 

《速い…!これほどとは…ッッッッ!!》

 

照はニ虎流奥義継承の副産物として、ありとあらゆる力の流れが視界に見えている。其れ故、単調な攻撃ならば赤子の手を捻るように対処出来てしまう。

 

その照が、氷室の縦拳への対処に苦しんでいた。

何故か?

 

答えは『速度』。

 

一般的な正拳突きで放つ横拳は時速10km/hとされているが、縦拳の場合、其の速さは時速15km/hになる。さらに縦拳には『受即功』の特性を持つ。

 

空手などの受けの場合、腕の横に当たる部分を使い、横に押し出して軌道を変える。

だが、縦拳の場合は腕の甲で攻撃を逸らす。

 

最小の力で軌道を変える為に、腕に掛かる負担は断然軽く、通常の突きよりも早く動ける。其れが縦拳の『真骨頂』。

 

攻防の切り換えと、即座に動作へと転じる『速さ』。

力の流れが見えていようと、動体視力で『認知』される前に『叩く』、通常とは異なる『速擊』。

 

其の『攻撃速度』と『連携連打』こそが、氷室 涼の『切札』━━━縦拳の『武』であった。

 

《流れが見えても、対処出来ない速さか…!》

 

返そうとしても、連打に押し込まれる。

 

打たれる度に、筋肉が悲鳴を上げる。

 

初めて感じる、敗北の気配。

 

 

 

上等じゃあないか…其れでこそ倒す価値がある。

 

逆境と限界…其れは乗り越えるべき物だ。

 

最強へ至る為…此れが最初の試練。

 

「ハァッ!!」

 

ズドンッ!と空気が震えた。

 

「かはっ…!?」

 

氷室の胸に、釘擊の擊が突き刺さっていた。

ボロボロに傷付きながら、氷室が攻撃に集中した僅か数秒を穴を突いて、釘擊を叩き込んだのである。

 

空気が肺から出、呼吸が苦しくなる。

この上ないカウンターを貰い、後退する氷室。

 

「速いな…縦拳の連打は。だけど、負ける気がしない!寧ろ、燃える!」

 

求道者(鬼灯 照)は顔を上げる。

 

体は傷だらけだが、其の眼は死せず。

 

血潮が猛り、魂が震える。

 

反撃が━━━始まる。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 

全身が痛む。

呼吸は荒い。

 

《結構…効いてるか。なら、あれを使おう》

 

即断即決。照は呼吸を放つ。

鳩尾から炭田へ、腹圧を高め、大きく呼吸。

 

ニ虎流 無ノ型(むのかた) (そら)

 

体内機関を調整するために使われる呼吸法の一種であり、導水を作る前の照はこの技を使い、ニ虎との組手で負ったダメージを治癒し、早期復活を行っていた。

 

《今回は其処に、これも使う》

 

空で吸い込んだ息を鼻から吐く。と、眼から涙が溢れ出し、頬へと次々に、止めどなく流れて行く。

 

覇堺流(はかいりゅう) 煌涙(きるい)

 

涙には網膜を洗浄し、潤いを保つ機能が備わっている。照は泣くことによって頭を冷静に、同時に視界をクリアにし、気持ちを整理する事を目的とする新たな体系だった。

 

「何泣いてるのか分かんないけど、無防備だぜッ!」

 

氷室が吠えた。速擊連打の縦拳を食らえば押し込まれる。今の自分には、其の状況を覆すのは容易ではない。

 

『躱わせなければ』であるが。

 

「!?」

 

繰り出したはずの左の縦拳が、照の身体を『すり抜ける』。直後に照は左下段で氷室の右太腿を一閃した。

 

《痛ッ!?━━━━コイツの打撃…やっぱり何か『おかしい』!》

 

氷室は照との攻防を重ねた事で、ある違和感を抱いていた。照の打撃は『重く』、そして『鋭い』。速度を重視する自分とは異なり、一撃一撃に強さを感じた。

 

問題は其の打撃を打ち込んだ後に来るはずの『衝撃』…それが『一向に来ない』事。照は最初に打撃を与えた時、釘擊と言った事を思い出す。

 

《どんな打撃か分からない、だが速度は俺の方が上だ!》

 

迷いは捨てろ。

 

考える隙があるなら叩け。

 

連打し続けろ。

 

叩け、叩け、叩け。

連打、連打、連打。

 

神経を攻撃に集中させ、子供とは思えぬ凄まじい、縦拳の乱打が放たれる。

 

━━━━━━━━━だが。

 

《ッッッッッ……………!!!!!!?》

 

其の乱打が照を捉える事は無かった。

 

あと少しで直撃(あた)る所で、拳の進行方向をずらされている。流れる刃の様に手の甲で縦拳が押し出され、空を切る。

 

《当たらねぇ!?何で!?さっきまでは当たってた!なのに!!!!!》

 

苛立ちが積もる。苛立ちや怒りという感情は、力を高める原動力の一つでもあるが、正確な思考や動作を鈍らせる。

 

感情に振り回され、攻撃が当たらない事に苛立つ氷室。

 

そして駄目押しとばかりに、『アレ』が時間をこえて襲い掛かった。

 

ズグン━━━━━!!!!!

 

「ッッッッッッッッ~~~~~~~!!!!?!?」

 

右太腿が『痛い』。其れも縄で締められた上で、内側から空気を入れられ、最後には破裂した風船のような。

 

鈍重にも関わらず、鋭利過ぎる痛み。

直撃箇所が見々内に、内出血で真っ青になってゆく。

 

「其の反応、漸く『轟いた』みたいだな。涼君の『骨芯』に」

 

照はニンマリと、してやったりの顔をしていた。

完全に乗せられた…氷室がそう確信した時。

 

今度は右腕が爆ぜる痛みに襲われた。

 

「ッ━━━━━!!?

 

アアアアァアァァアアアアァアァァァァ!!?!!」

 

《そうかッ!コイツの本当の狙いは!衝撃の『炸裂時間』を稼ぐ為だったッ!!》

 

痛みの中で、氷室は照の『真の狙い』を理解した。

そして同時に彼は、完全に『やられた』と理解するに至る。

 

「チクショ━━」

 

言葉が紡がれる前に、頬に食らった釘擊の衝撃が炸裂し、脳を大きく揺らす。顎を殴られた以上の一撃に、氷室は耐える事が出来ず、白目を向き、地面へと倒れ伏したのだった。

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

「う、ぅぅ━━━…ん。あ…ぐッ!」

 

目が覚めた時、当たりは暗くなっていた。起き上がろうとしたが、右腕と右足に思うように力が入らない。

 

其の理由が分かった。生活に支障をきたさない、短めの木棒で当木され、包帯で巻き付けられていたからだ。

 

「あ、涼君。目が覚めたようだね」

 

焚き火が炊かれ、照が火の近くに座っていた。彼もまた、腕や足に包帯を巻き、其の戦いの苛烈さを静かに、だが確実に物語る。

 

「此処は…五熊、か?」

 

「ううん。此処はニ虎、俺の生まれた場所?なのかな。取り敢えず、故郷…だと思う。あの後、涼君を抱えて蝗跳でニ虎に戻ってきて、師匠に治癒をお願いしたんだ」

 

「師匠?」

 

「む、目が覚めたか」

 

此方に歩いてくる影一つ。其処には三十代の男が一人、薪を抱えて歩いてきた。彼は照の師でありニ虎流の使い手、十鬼蛇 ニ虎である。

氷室は見ただけで、彼の底知れぬ実力と圧力を感じ取り、脂汗を垂らす。

 

「照と戦ったって聞いたが、成程…こりゃ強いな」

 

「でしょう?特に縦拳の速さは俺でも防御に集中しないと、全然対処出来ませんでした」

 

「ほぉ…そんだけ称賛するとはなぁ。

 

━━━━よし、氷室 涼君よ。俺の弟子になって今までより、もっと強くなっちゃおうか?」

 

「……………は?」

 

まさかの弟子入れ宣言に、氷室は唖然となり、やっとのこと絞り出した言葉も「は?」だけだった。

 

「生きるために随分無茶してるようだしな。こっから先、確実に生きて行くなら弟子入りしちまった方が楽になるぜ?

 

ま、照にとっても君にとっても、互いが居る事で実力を磨き、伸ばし合える好敵手(ライバル)が増えて、良いと思うぞ。無論、強制はしねぇさ。

 

最後に決めるのは君だし、な」

 

ニ虎はそう氷室に告げ、石ブロックで即席の調理台を作り、其処に鉄板を乗せて、肉を焼き始めた。

 

「晩飯は食うかい?氷室君」

 

「……………食う。いただきます」

 

「食べよ食べよ!二人より三人の方が食事も美味しいよ!」

 

照と氷室の手合わせ。そして始まった関係は、二人にとって、戦友(とも)として。

 

後に拳願仕合において、照は覇王(はおう)と。氷室は氷帝(ひょうてい)として名を知ら占めるまでになるのだが…其れはまた、別の話。

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