第十四話
照が本物のニ虎と名乗る男と戦い、一ヶ月の時が過ぎた。
あの戦いで負った傷が粗方治り、医者からも激しい運動禁止の令が解けたので、ニ虎は
三人は港で船に乗り、ニ虎の知人が居るという目的地、沖縄を目指して、船に揺られる事に。初めて見た海に氷室は歓喜の声を上げて大いに
そんな二人を見ながらニ虎は、彼等へ操流の修行と組手をやるように指示。不安定かつ不規則な波に揺れる船上での操流ノ型の修行、今まで以上に難解に変わった組手に二人は苦戦しながらも、何とか環境に適応していった。
船旅は三日程続き、四日目の昼下がり………
彼等は沖縄に上陸した。
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青い空と海、白い砂浜と雲。
照り付ける灼熱の日射し、赤土で創られた屋根瓦。
自分達があの頃に見た沖縄は、まるで楽園のようだったと、照と氷室は後にそう語った。
ニ虎に導かれ、二人は沖縄を歩く。
歩いて、歩いて、歩き続け。
日が水平線へ沈み、入れ替わりに三日月が顔を海から出した頃。
「━━━━━此処だ」
三人は目的地に到着。辿り着いた場所は、港町から離れた所に在る、他と比べれば一際大きな一軒家。照は此の家が、高い階級の武家屋敷にも見えていた。
そして玄関と思われる曇硝子と木材交差の扉の横には『
「照。涼。二人とも、粗相な行動はするなよ?」
ゴクリと喉を鳴らす少年達。ニ虎が扉を横に開き「失礼する」…そう言い、玄関へと足を踏み入れた。
部屋は和室で、蝋燭の明かりが四方にのみ灯り、薄暗さも相まって少し不気味な雰囲気を醸し出す。彼の後に続き、玄関へ入る照と氷室。
『ニ虎か』
たった一言。
何気なく、素っ気なく。
只々放った一声。
ビクリと身体が跳ね、ニ虎の後ろに隠れた二人。
「
部屋が突然、白く明るくなり思わず目を細めるが、其れも一瞬。恐る恐る目を開くと、ニ虎の視線の先━━━━部屋の奥に、一人の男が上半身裸で片手に巨大な
彼と目が合った瞬間、二人には解った。
否…『解ってしまった』。
此の男の持つ、圧倒的で絶対的なまでの実力を。
ニ虎が言っていた『ダントツに強い』という意味を。
「照。涼。彼は
巌を打ち砕く事など、朝飯前とも云わんばかりの剛腕。
どっしり地に根を張り、構える大樹の如き太い足。
あらゆる衝撃に曝されようとも、決して崩れないだろう頑強な体幹。
平静の状態ですら、格下を全く寄せ付けない巨大な闘気。
見た目の年齢はニ虎と同じ位━━もしくは何歳か上だろう。
そして同時に照は、ある考えに至る。其れはある種の、照自身の『悪癖』とも言えるモノ。
拳を握り締め、決意を秘めた眼差しと共に、彼はニ虎と氷室よりも前へと歩み出たのである。
「て、照…?」
氷室は疑問を投げ掛け。
「……はぁ」
ニ虎は彼が何をしようとしているのか、その意図を見破り。
「小僧…何か言いたげだな」
黒木は只、目の前へ出て来た少年を見る。
「━━━黒木さん。一手、俺と組手をしていただけますか」
照はそう言い切ったのである。組手に置いて今日まで、ニ虎から一度も勝利していない彼が、黒木と闘えば待っているのは確実な『敗北』のみ。
だが、そんな事は
彼を駆り立てた物━━━『圧倒的で絶対的な強者』に今の自分は何処迄食らい付けるか、求道者達が共通して持ち合わせている『挑戦心』による物。
「この黒木、生憎『弱者』に撃つ拳は持っていない。そして、お前自身が分かってい「それでも━━━」
黒木の言葉を遮り。照の言葉が響いた。
「━━━━それでも構いません。俺は、ニ虎さんが認めた貴方の『強さ』が知りたいんです」
単純。だがしかし、この上ない程に。
鬼灯 照という人間の本質を示した答えだった。
強き者と戦い、自らの強さを証明する。
例え其の相手との差が、圧倒的な迄に離れていようとも。
「黒木、俺の弟子が━━」
謝罪しようと頭を下げ掛けるが、掌を翳して黒木は制止させつつ言う。
「いや、良い。それよりもだ…ニ虎。時間を計れるな」
「!」
「小僧。名を名乗れ」
瓶を置き、闘気を解放した黒木。其の圧は先程の物とは比にすらならないほどに大きく、覚悟なき者が対峙したならば、まず確実に萎縮してしまうだろう。
「鬼灯 照。ニ虎さんの弟子の一人です」
「━━━鬼灯 照。お前の気概に免じて、其の我が儘に三分間だけ付き合ってやる」
来いと、其れだけ言い。瓶を同じように指先の力だけで持ち上げると、先導して三人を案内していった。
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黒木邸兼道場。屋敷内でも特に大きな間取りを持つ其の場所は、現在異様な空気に支配されている。
「黒木さん、ありがとうございます。我が儘に付き合って貰って」
「三分だけだ。現状のお前の持てる、全力を見せてみろ。後悔しないためにもな」
「ッ…はい!」
両者、奇しくも左手左構えの体勢。
夜の静けさに、柱時計のからくり音が不気味に響く。
「準備は良いか?」
「大丈夫ですニ虎さん。何時でもどうぞ」
「━━━━━無論」
緊迫した空気の中、ニ虎の左手が静かに上がる。
氷室が息を呑み、今より起きる戦いを待つ。
そして…。
「………………始め」
濃密で、凝縮され、あまりにも一瞬。
それほどまでに、凄まじい組手が始まった。