そして少年達は、現実を知る
「始め」
ニ虎の合図が響くと同時に、即座に仕掛けたのは照だった。自身の流派:
不規則かつ緩急を加えた其れは、まさに水田を自由自在に跳ね回る蝗の様…更に
これにより、照の幻影達が四方八方に現れているかのように彼等には見えた。
《此処だ━━━》
狙うは死角、音を立てぬように爪先で着地。火天ノ型
相手の体に衝撃を徹し、筋肉や骨へと浸透、中芯に到達させ時間差を以て破壊する、
通常の打撃と遜色が無いがために、擊の本質を見抜く事は不可能に近い。
ニ虎や氷室に、初見殺しと謂わしめた此の技ならば。
当てる事は可能な『ガッ!』━━━━『はずだった』。
「え━━━」
黒木の身体が、攻撃してきた照の『真正面』に向き直り、釘擊を繰り出した腕を、別方向へ弾いていた。
《嘘だろ…!?見えてたのか、照の動きが…!?》
氷室は驚愕する。彼が黒木の死角を狙って釘擊を放ったのは分かった。黒木は其れを『分かった』上で、数瞬『早く動いた』のだ。
「…すげぇ」
本来ならば、距離を取らねばならない。
相手の出方を、確実に警戒しなければならない。
初擊を防がれた事の原因を、頭の中で思考しなければならない。
其の何れをも、照はしなかった。否、『したくなかった』。…答えは最早其れ以外に無い。
今は。
此の一分一秒さえ惜しい!
「ハァアアアアアア!!!!!!」
釘擊と
不規則な軌道に加え、判別が難しい釘擊の擊。
滅多打ちとも、暴風雨とも言うべき連打の嵐が、黒木へと襲い掛かる。
《何だよアレは…!?》
《マジか…ッ!!》
照、そして氷室は心で同時に声を上げた。
『撃墜』されている。連打に継ぐ連打、攻撃を一切途切れさせぬように放っている。━━━にも関わらず、全て弾かれ、叩き落とされ、黒木には『一撃』も当たらない。
その時、照が連打を止め、打撃を肘撃ちに切り替えた。しかし、これさえも止められる。
直後に下段蹴りを放ったが、軸足を払われ地面に背中から落ちる。
黒木の正拳が照の顔面に襲い掛かり、何とか紙一重で躱わして、今度は
だが下に崩され、左の掌底が鳩尾当たる。
身体の悲鳴が呼吸として上がるよりも早く、続け様に裏拳が顔面を直撃。
《ッッッッッ~~……………!!!『重い』ッッッッ!!!!》
ニ擊喰らった事で、照は黒木の打撃の『質』を知った。照が思うに、打撃には『三つの質』がある。
『速』と『強』と『重』。
氷室の繰り出す『速』の打撃、ニ虎繰り出す『強』の打撃。其の何れとも黒木の打撃は違う。
自分と同じ『重』を持った擊。此程までに重圧を乗せた打撃は初めてだった。
━━━━こうゆうのが良い。
「!!」
黒木の表情が一瞬…ほんの一瞬だが、驚きの色を見せる。
「…小僧、笑っているか」
「そう、でしょうか…?…分かりません」
けれど!と、照が再び攻める。次に
だが其の直後に、左鎖骨からバッサリと。胴体を斜めに袈裟斬りで切り裂かれたかのような痛みが襲う。
右手刀、完全に『誘い込まれていた』。
《やっぱりだ…!この人、『先読み』が使えるッ!!そうじゃなきゃ、俺が殴りに行った時に反応出来たのも、水燕の連打を撃ち落とせた事にも説明が付かない!!》
先読み…武の
相手の呼吸、筋肉の動き、癖、重心…様々な要素から『相手の次の一手』を読み切り、『先んじて行動する』という其れは、人により様々な解釈が出来るものの、共通の認識として『究極の力』と位置付けられている。
《空手の練度、先読み、冷静沈着に正確無比な迎撃…規格外の達人ってのは、こうゆうのを言うのかな》
《だけど!》
「一発くらい入れられなきゃ…自分が納得出来ない!!」
ゴッ!と一際大きな音が屋敷に響く。
「…ほう。この黒木に、一撃見舞うとはな」
確かに頭突きは決まっていた。しかし、照の額からは細い血の線が引かれ、軸足にした右足の周りに大きなクレーターが出来上がる。そして照の左足は黒木の右腕を蹴り抜いていた。
頭突き直撃の瞬間、照は操流・水天ノ型
渾身の釘擊・迅と
「あ、当たった!!照の攻撃が!!」
「ハァ!ハァ…!どうだ!」
「だが……」
まだまだ、だ。
瞬間、照の身体を連続で撃ち抜く、六連の正拳突き。
咄嗟に操流で一発を流し、不壞で一発を凌ぐが、残りは諸に攻撃を貰い、道場の壁まで軽々と吹き飛ばされて、めり込むように少年の身体は叩き付けられた。
「て、照!!」
「…………三分経過。組手終了だ」
終わりを告げたニ虎の声。同時に駆け出す氷室。
《…強い、な…本当に…。いつか……俺も、其の『領域』に……━━━━━━━》
最後まで不敵な、それでいて何処か嬉し気な笑みを浮かべながら、この日の照の意識はプッツリと途切れたのであった。
「…………」
「すまん。俺の弟子が━━」
謝罪の意を示そうとしたニ虎に対し、黒木は言葉で遮った。
「ニ虎よ。…良い弟子を持ったな」
「黒木…」
「右腕が『軋んで、響いている』…衝撃が身体の内側で爆ぜる打撃。一朝一夜、ましてや並大抵の鍛練では決して身に付かぬ。
この俺に、戦いで爪痕を付けたのは『お前以来』だ」
ズグン…ズグン…と、響き続けている右腕を見つめながら、黒木は氷室に肩を貸され、壁から立ち上がらせられる照に視線を移し、言い切った。
「黒木…頼みがある。二人を、俺の弟子達を二年間。預かって欲しい」
「何か、理由が在るようだな」
「あぁ」
ニ虎は黒木に此迄の経緯を話してゆく。
「…俺は弟子は取らん。其れは分かっているな?」
「承知してる。アイツ等はあれでも『中』の過酷な環境を生き残ってきた。修行や食料くらいは自分達で考え、行動して、何とかするさ」
「…良いだろう。お前は必ず戻ってこい」
黒木の言葉に、ニ虎は静かに頷き返した。
照と氷室、そしてニ虎。運命が再び交わるまで、彼等は暫しの別れとなるのであった…。