幾度と無く拳を交えた二人の組手は、新たな領域へと至る。
・今回は三話分の戦いになります。
沖縄に来てから五ヶ月と三週間程の時間が流れた。
「覇ァッ!」
黒木さんの鍛練と平行して始めた、厳山さんの武術、狐影流・羅刹掌の修行は、新たな段階に至ろうとしている。
「覇ァッ!」
水で充たされた瓶の水面に、捻りを加えた掌が入る。
放たれた衝撃が渦を巻き、遂に瓶の中で螺旋が描かれたのだ。
「で…出来た…!やった!やっと出来た!厳山さん!出来ましたよ!第一段階の水に螺旋を描きました!」
「…ふむ。確かに水を回す螺旋が出来ている。だが、本来の威力とは程遠い。精進を怠るなよ、照」
「はい!ありがとうございます!」
《修行を始めて二ヶ月…本来羅刹掌の習得には、一段階毎に最低でも『二年』、最短でも『八年』の月日を費やす。その上、『実戦で手札として使うとするなら』、確実性を求めて『十年』は必要だ。
黒木から聞いた『衝撃が時間差を以て襲い掛かる打撃』…察するに照は、『力の細かな調整』に関して、何らかの形が既に出来上がっていたのかも知れんな。
そうだとすれば、驚異的な速度で第一段階を突破した事にも合点が付く。まったく、末恐ろしい童だ》
嬉しさで拳を天に、高く力強く突き上げる少年の背中を見つめながら、厳山は心中でそう呟いた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「照~。久しぶりに組手しないか?」
黒木邸の庭で稽古の最中、
「珍しいな。俺は良いけど…何かあった?」
「ふっふっふ~…、其れは組手で戦うまで教えねぇよ!」
「ふぅーん…楽しみにしてるよ。じゃあ、組手は
「応よッ!」と張り切る涼を見ながら、照もまた組手で繰り出す技を選別してゆく。
そして昼飯を食べ終えて、食休みを終えた後。
黒木邸から一番近い、二人の修行場に成りつつある浜辺で、両雄は準備運動を取る。
「形式は何時も通りで良い?」
「あぁ、相手が『戦闘不能になる』か『降参を言わせる』…だよな?」
「うん。じゃあ…始めようか。━━━━構えて」
照の言葉を聞き、涼は両拳を握り、両腕を肩程の辺りまで上げつつ、右足を前に小刻みにステップを踏む。
一方の照は、自身の左手左足を前に出し、どっしりとした構えで、迎え撃つ型を取った。
漣が響く中、二人の集中力は高められてゆく。
波の音が。
潮の香りが。
砂浜の熱さや感触が。
感じなくなるほどの集中状態に入り。
回りの色彩さえもが真っ白になった時。
二人は静寂を破って激突した。
* * * * * * * * * * * * * * *
足先が砂を蹴り、裂く。
そうして砂浜に出来たのは、雨粒が水面に落ちては波紋を広げるかのような、着地後。
奇しくも二人が初手に繰り出した技は、照が前世で創設・形成し、転生し現代の他武術の特性と技術を吸収・発展させ、進化を続ける
脱兎の如く跳ね回り、互いが互いの出だしを警戒する。
━━━が、其れもまた一瞬。
『覇ァッ!』
先に動いたのは、照。
砂浜を縫うように。素早く、刹那の内に涼との間合いを潰す。
「来たッ!」
「せいっ!」
照の三手目は、涼の左足を狙って放つ踝への右爪先蹴り。
着地の瞬間に直撃するように、狙いを絞ってきた。
「しゃあ!」
空中で胴体を捻り、左足で後ろ回し蹴り。
照も気配を感じて、上体を重力に任せて倒れつつ、蹴り一閃を躱わし。
同時に出していた右足を引っ込め、地面を転がりながら距離を取る。
涼は其れを見逃がさない。着地と同時に
《照は強い!だけど、俺の
涼は知っている。照が『力の流れ』という『矢印』が見えている事を。幾度と無く、厭きるほどに繰り返した戦いの中で、彼が其の境地に達している事を否応なしに重い知らされた。
だが同時に。照が見ている矢印は、『万能』と言う訳では無く。動体視力等や彼自身の感覚といった、様々な要因で『あまりにも速いモノ』に対する反応速度が『追い付いていない』事も知っている。
故に
『貰った!!』
繰り出すのは、自身の十八番たる縦拳。右拳が唸り、風を切り裂き、照の顔面へ向けて放つ。其の瞬間は、まるで雷が落ちて、白光の輝きと衝撃に包まれるかのようで。
涼の一撃は。照に直撃する━━━━━━━━
「俺も、何時までも受けっぱなしじゃあ…ないんだぜ。涼」
━━━━━━━はずだった。
繰り出そうとした縦拳。其れは突き出す前に、照の左手によって『手首』をガッチリと押さえられ、『止められていた』のである。
「確かに今までは縦拳を繰り出されたら『耐えるしかなかった』。━━━だが、今は違う。
『耐えようとするから』叩かれる。だったら…『打たせる前に止めれば』良いんだ」
どんなに速くとも、繰り出せなければ、意味は無く。
どんなに強力な打撃だろうとも、出す前に止めてしまえば、脅威には成り得ない。
其れが鬼灯 照の。
氷室 涼の縦拳に対する『
「……やるじゃねぇか、照!」
「どうも!…んじゃ、喰らえ!」
涼からは見えない照の背筋が隆起し、其の力の流動が、肩から右腕へと連動。
狙うは涼の右肩、繰り出される照の十八番、
直撃すれば、筋肉や骨の中芯へと衝撃が浸透し、時間差を以て其の衝撃が爆ぜるという、
そして、其の動作の最中に彼は、腕を流れる血流の速度を加速させ、速度を大きく上げた。
放たれた技の名は、『
ドゴッ!と音が響き、照の速く重い拳が涼の肩筋にめり込む。これで遅かれ早かれ、涼の肩は衝撃と言う名の爆弾が爆ぜる。そうなれば攻撃力は激減し、一気に有利となる━━━━━━
「っはぁ!!……あぶねぇ、何とか間に合った!」
━━━━はずだった。
照の打撃…釘撃・迅は確かに。涼に直撃し、衝撃は肩へと浸透した。しかし、彼の肩には直撃で出来た『小さな痣痕』しか在らず。代わりに左足が接地している砂浜には『クレーターの跡』が生まれていた。
「照の釘撃は正直、今の俺でも食らったら一堪りもない。でも、其の衝撃が来るのには『時間差』が在る。
だったら其の時間を利用して、
其の衝撃が如何に強かろうとも、何れ程重かろうとも、そしてどんなに速かろうとも。衝撃が炸裂する前に、体外へと一片残らず流しきり、逃がしきる。
涼が導き出した『
「そうか…辿り着いたんだな。釘撃の『攻略法』に」
「俺だって、照に負けっぱなしなんてゴメンだからな。俺なりに努力してきたんだ」
即座に照の右手首を左手で鷲掴み、組み合う両雄。どちらも
「…フフフ!」
「…ハハハ!」
が、突如として笑い始める。
この瞬間、互いに理解したのだ。
『此処から』。
お互いの『最得手』を攻略した此の瞬間からが。
本当の意味で『対等』であり。
そして同時に『始まり』なのだと。
「良いな!こうゆうの!!」
「ああ、だからこそ!!」
『負けられねぇ!!!!!』
『負けたくねぇ!!!!!』
照が
だが涼も、素早く崩された体勢を立て直し、直ぐに攻撃へと転じる。
拳を弛く握りつつ、不規則にシャドージャブをしながら、照に猛スピードで突っ込んできた。
《拳の握り方が弛い…
拳を弛く、軽く握り、脱力した状態で放たれる其の連打は、不規則な軌道を描きながら、敵に襲い掛かる。
涼の連打は速く、何より水燕の連撃は照から見ても、厄介極まりない。
が、しかし━━━━━
「いくぜ!」
大振りに振るわれた右腕。其の先の手が正面に集中し、疎かになっていた左脇腹に直撃する。
「ッッッッッッ~~~~~!?!?」
直撃の瞬間、突如として右手が『硬化』したのだ。
二虎流 金剛ノ型の基本、『
「どうだ、スゲェだろ照!」
「…まさか、そう来るとは思わなかったぞ。…凄いな、涼」
金剛ノ型と操流ノ型。
『本来ならば』複合及び併用が『不可能』な筈の二つの型。
其れを、氷室 涼は『可能』にしていたのである。