・次回、二人の少年達は拳願仕合と接触す
「覇ッ!!」
ドッ!と打撃が『砂』に掌が『捻り込まれる』。
何度も、何度も。一人の少年は其れを反復練習のように続けている。
「覇ッ!!」
空手から得た、重さを乗せて、放つ擊。
腰から背中、背中から肩、肩から腕に、連動して乗せた『力』を矢印に見立て、拳先に伝える。
同時に腕を捻り、真っ直ぐに向かう矢印を『捻り』、回転を帯びた『螺旋』に変えた。
そして螺旋に成り、破壊の衝撃と連鎖が乗った拳が、砂で満たした龜に、ドン!と叩き付けられる。
「……………『まだまだ』、か」
本来なら『捻れ』、砂には『渦痕』が残るのが、第二段階の『完了』を示す。しかし、照の羅刹掌は砂に渦を残せていない。
「ふぅ…。水なら、上手く衝撃が伝わるんだけどな…。まだまだ、回数と修行が全く足らないって事だな」
一度打っては、重心や掌の位置、腕の捻れに膝や肘の曲げる角度を微調整してゆく。失敗しては同じ事を繰り返し、試行錯誤を重ねて続ける……。
* * * * * * * * * * * * * * *
「黒木さん、何を読んでいるんですか?」
沖縄に来て七ヶ月に近付いた、ある日の夜更け。
厠に向かう途中、黒木さんが一人で机に向かって正座し、一冊の本を読んでいるのを見ていたので、照は声を掛ける。
「これか。人体の
人間は其所を突かれると、通常より大きな痛手を負ったり、逆に傷が早く癒えたりするといった具合で、各々異なった効果が現れるという。
「首にある経穴の亜門…肘の経穴の三理…色々有りすぎて、一個一個覚えるのは大変ですねこれ」
本と睨めっこして、頭を掻く。事細かく書かれた其れは照からすれば、とても難解で厄介なものだった。
「照。人は物事を一編に、全て覚えようとすると、逆に覚えられなくなる。経穴の数は膨大だ。先ずは部位を一つに絞り、覚えろ」
まるで先生のように、どうするかを教えた黒木さん。やっぱりこの人、弟子は取らないとか、なんやかんや言いながら、ちゃんと見てくれている。
素直に弟子にならないか?とか言えば良いのに…と思いつつ、照は本に向き合い、読み方が分からない所は黒木に質問し、理解していったのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
経穴の本を読んでから四日後の朝。
この日は黒木さんがやっている部位鍛練の一つ、重しを巻いた棒を振り、肘・肩関節と腕の筋肉を鍛える鍛練をする。
ただ棒を振るのではなく、一定の間隔を常に意識し、型を維持しながら振るう鍛練。当然ながら、疲れが溜まれば速度は落ち、遅れが発生してしまう。
「ふっ!ふっ!」
「せいっ!せいっ!」
そうならないように、自分の体力と力の入れ具合を調整し、最小の力で振るえるように意識し、自分の力を正しく操る。
俺と涼は二虎流・操流ノ型を利用して、棒を振りながら、無駄なく動けるように鍛練を続ける。
《七ヶ月、二人の成長を見てきた。体付き、動き方、打ち方…どれも以前と比べ、見違える程になっている。
個々の持ち味もだが…涼は体力と精神面、照は関節の強度と力の伝導が、目覚ましい》
黒木は静かに、二人よりも倍以上の重りを巻いた棒を、二人よりも遥かに速い速度で振るいつつ、心中で思う。
《やっぱ、すげぇな…黒木のおっさん》
《…負けてられないや》
彼を見ながら、涼と照、二人の少年達もまた、鍛練に集中してゆく。
* * * * * * * * * * * * * * *
それから五日の時が過ぎた、昼下がり。
「シッ!シッ!」
「フッ!ハッ!そりゃ!」
この日は俺と涼が、黒木さんの立ち会い下で、組手に望んだ。但し…今回は今までの組手にはない、『新しい形の組手』を始める事にした。
其れが『三本先取』と『五分の時間制限』の二つの要素の付与。
俺達二人の組手は戦い…つまり『死合』という観点が強く出ており、事実、双方どちらかがズタボロになるまで、ずっと戦い続けていた。
だが、このままではいけない。
『限られた時間の中で、如何に相手を倒すか』
『死合』ではなく『仕合』。
『殺す』のではなく『倒す』。
身体だけでなく、頭も平行して使い、戦う。
最強に至るならば、どんな状況下でも己の持ち味を活かせなければいけない。
「はぁあああ!!!!!」
数多の連擊と交錯、紙一重の回避。
一手、また一手と重ねる度に、二人の動作は鋭く。
日本刀のように洗練され、磨かれ、強くなる。
「おおおおお!!!!!」
涼の縦拳の嵐を
直後━━其の僅かな隙間を縫込み、照の顎へと放たれる、涼の右貫手+下突き。
此れを照は両腕を交差し、彼の肘関節を押さえて、腕が伸びきる前に止めた。
「うらぁ!」
「せいっ!」
同時に繰り出す頭突き。石同士が激突し合った鈍い音が鳴った。
「…………そこまで」
時を読み、黒木の声が小さく。
強さを纏った声で、終戦を告げる。
「…ぐっ、引き分けか━━━━━」
「…ちぃ、参ったぜ━━━━━」
額から小さく、赤い線が引かれ、二人の少年達は地面へドサリと倒れ伏す。
沖縄に少しずつ晩秋の気配が迫る…そんな風と匂いがする時期であった。
* * * * * * * * * * * * * * *
《拝啓、十鬼蛇 二虎殿。
季節も夏よりずっと涼しくなりました今日この頃、如何御過ごしでしょうか。私こと鬼灯 照と、相方の氷室 涼は一つ、歳を重ねました。
私は
以前に比べ、身体の方は随分立派に成り、彼方此方に小さな傷も出来ました。
そうそう。最近、涼が二虎流 金剛ノ型と操流ノ型を組み合わせた、
一年と三ヶ月後、無事に再会出来る事を楽しみにしております。
鬼灯 照》
十一月末期…年の移り変わり迄、一ヶ月を切り始める頃合い。鬼灯 照と氷室 涼は、黒木邸の大掃除に取り掛かっていた。
「……ふぅ」
屋敷の広い庭で草を毟り取り、残骸を竹箒で掃き、掃除をする照は、改めて彼の住まう場所が、大きく広い場所である事を実感する。
「せいせいせいせいせいせ~~!!」
そんな彼の視線を過ぎて行く影一つ。雑巾を手に、涼が長い木造廊下を元気に駆け抜けている。
一向に勢いが落ちないのは、今まで以上に体力に余裕が出来た為か。はたまた、今在る体力の効率の良い使い方を見出だしたか。
「…よしっ!俺も、もう一踏ん張り…やるか!」
気合いを入れ直し、屋敷入口付近の掃除に入る事にした照は、塵取りを竹箒に引っ掛けて、小走り気味に向かた。
その時━━━━
「おーい」と、大人びた男性の声が入口辺りから響く。
「誰だろう…?」
箒達を置くと、照はそろりと慎重に、岩壁から頭を少しだけ出して、様子を覗き見ると、其処には頭に茶色い被り物を乗せた、金色の巻き毛髪の男が一人立っていた。
男が身に付けている衣服は、照の前世の記憶の中の何処にもなく、茶色の纏いの下に薄い空色の服、腰には革製の帯を締め、足首まで伸びる『ずぼん』という物を付けている。
「お。おい、其処の」
「…俺ですか?」
「そうそう。今、黒木は居るか?」
「黒木さんですね、今居ます。伝えましょうか?」
「そりゃ助かる。じゃあ『
「分かりました」と一礼し、屋敷の中へと入った照は、
二つ、三つの部屋を抜けた頃、本棚を整理中の彼を見つけた。
「照、どうした」
話し掛けようとしたが、先を越されてしまう。やはり現役の殺し屋、気配の感知もまた、超一流の域か。
「あ、黒木さん。さっき、屋敷の入口に人が居て「鷹村が来た」と伝えてくれって言われました」
「…分かった。照、お前は掃除を続けていろ」
「はい!」
入口へ歩いて行った黒木を見送り、照は蝗跳で別方向から外へと出て行き、箒を回収すると、せっせと砂払いを再開する。
しかし━━━━
《………気になる》
黒木の事を呼び捨てにする、鷹村なる男がどうにも気になって仕方が無い。そこで照は掃き掃除でゴミや埃を一ヶ所に集めると、袋を取りに行く傍ら屋敷の中に戻り、気配を消しつつ、二人の居る部屋を散策し始める。
「あれ?」
そうして屋敷を進んでいると、涼が襖の前で何かを覗き見ている。
《涼、黒木さん達は此所に居るの?》
《うん。何か話してる》
口を使わぬ、指先での会話をすると、どうやら此の部屋で二人は話をしているようだ。聞き耳を立てて襖越しに内容を聞いてみる。
「すまねぇな。いきなり押し掛けてよ」
「気にするな…また、数日は泊まるか?」
「ああ…二か三日は世話んなるぜ」
「分かった。……涼、照。其処に居るのだろう」
《えっ!?何で気付いたの!?》
《……気付いてたかぁ》
涼は驚愕の表情で、照を見て。照は観念し、小さな溜息を漏らした。そして襖に手をそっと掛けて、ゆっくりと引く。
部屋では小さな机を境界線に、小さな椅子に座る黒木と鷹村の姿が在る。
「友人の弟子の鬼灯 照と氷室 涼だ。訳あって、俺が暫く預かる事になった」
「よろしくお願いします」と照は頭を下げ、「お願いします」と、涼も照に習い、同じ行動を取る。すると、鷹村は二人を見つめ、暫く無言になった。
涼は彼が何をしているのか分からず、首を横にかしげたが、照には鷹村という男が『自分達の品定め』をしているかのように感じた。
「成程…こりゃあ『強いな』、黒木」ニンマリと笑う鷹村に、「そう思うか」と黒木が返す。
涼が「どうゆう事?」と照に聞き、照は「見定められていたんだ」と答える。
鷹村は少し顎を掻いた後、何かを思い立ったかのように懐から取り出した、掌程の大きさの長方形の物を開けて、親指で叩いていく。
「おっ…丁度、明日の夜にあるか。さて、涼と照…だったな。お前ら━━━━━━」
『
ガチリと音を立てて、彼等の運命の歯車は大きく回り出す。
二人の少年と、一人の達人の運命が。
新たな形で交わろうとしている。