「
鷹村はそう言って、長方形の物を折り畳み、懐にしまう。
「拳願…」
「仕合…?」
「あ~…そうだよな。いきなり言われても、分からねぇのは仕方ねぇか」
コホンと一拍置くと、鷹村は大まかであるが、拳願仕合と呼ばれる物について教えてくれた。
話によると江戸時代の頃、商人達は御用達の地位を巡って争い、社会が大いに混乱していた時があった。其れを
これにより商人達は自らの愚かさを恥じ、組合を結成。以後は私闘を禁止とし、対立したならば組合を通じて、各々が雇い入れた腕自慢達を戦わせ、其の勝敗を絶対の物として決めるという決闘方法━━其れが拳願仕合という、三百年近くの歴史を持つ決闘方法なのだと。
「……よく分かんねぇけど」
「兎に角、その腕自慢が戦う場所がある…という事ですね?」
「あぁ。二人共、中々見所もある。知っておいて損はないと思うが…どうする?」
涼も、照も。互いに顔を見合せた。そして飛びっ切りの笑顔で、こう答える。
『『勿論!!!!!』』
其の言葉はとてもストレートで。だが、これまでに無く二人の少年達を滾らせていた。二人共、最強を目指す目標がある…故に見物を広め、自らの力を知りたい、試したいと願っていた。
其の好機が転がり込んできたのだ━━絶対に見逃さない。
「ハッハッハ…!迷いなしか…良いね。因みに、明日の夜に其の拳願仕合が在るんだ…って、既に答えは決まってるか」
「行くに決まってますよ」
「俺も!」
「オーケー。取り敢えず、明日の午後五時にタクシーの予約を入れておく。
「俺は…」
黒木が断ろうとする雰囲気を感じ取った照と涼は、熱い視線を送る。子供だからこそ許される、そんな視線だ。
「あーこうゆうとき、子供二人を護ってやれる大人がもう一人いれば心強いんたがなー」
少年達の視線に便乗して、黒木に言葉を投げ掛ける鷹村。
「はぁ…。…分かった」
三人の連携に溜息を一つ溢して、同行を承諾した黒木。よしっ!と涼と照は拳をコツンと合わせたのであった。
* * * * * * * * * * * * * * *
鷹村が黒木の屋敷を訪れて、一日が過ぎた黄昏時。今、屋敷の前には一台の車が停まっている。
「よし二人共、忘れ物は無いな?」
腕組みし注意を促す鷹村、其の横で静かに助手席へ乗り込んだ黒木。
「これが…たくしぃ。…何か怖いな」
「お?ビビってんのか、照?」
「悪いかよ。…そりゃ初めて乗るし、何て言うか…密封空間って、こう…落ち着かないんだよ」
「まぁ分からなくもねぇさ。さ、乗んな」
鷹村に押され、涼が右側の窓席に座り、真ん中に鷹村が、最後に照が乗る。ドアが閉まり、タクシーは静かに。目的地に向けて走り始めた。
窓の外を高速で移り行く景色に、涼は大いに興奮し、鷹村に色々な問いを投げ掛けては、其の答えに一喜、また一喜し。照は其の様子を見ていたが、やがて眼を閉じて、年相応の小さな寝息を立て始める。
街中を走り、幾つもの信号を越えて、数多の車とすれ違い、一時間と少しの時が流れた頃━━━━━彼等を乗せたタクシーは、漸く目的地に到着したのであった。
* * * * * * * * * * * * * * *
四人を乗せたタクシーが停まった場所は、市街地より離れた山沿いに在る、古びて廃れた建物の前。辺りが既に暗闇を帯びたにも関わらず、其の周りには多くの車が止まっており、建物内には二百か三百、多く見積もれば四百近い人々が、所狭しと円を描くように並び立っている。
「すげぇ…」
「多いな…」
「あぁ。此処に居るのは、全員が
さて…今日の仕合はどんな奴等が戦うんだろうな?」
フフ…と微笑し、時を待つ鷹村。一方の黒木は、無言と共に静かに待ち。涼はワクワクで体を奮わし、照は周りの人々の身に付けている物が、何か高級そうだなと印象を覚えた。
と…━━━━━━━。
『皆様、御待たせしました』
パッパッ!!と天井から光が射し、建物の中心部へと注がれる。其処には一人の眼鏡を掛けた、縦縞模様の服と黒いズボンを着る、細身の男性が右手に何かを握って、それに向けて声を発すると、声は大きな物として響いてくる。
『只今より、
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
熱狂━━━━これが、二人の少年が初めて拳願仕合の場で覚えた感覚だった。
他の大人達の血走った眼。
手に汗を握り今か今かと興奮する様。
思わず気圧されそうになる。
『それでは、今宵の仕合で戦う闘技者達の入場です!
先ずは、南波重工製作所・代表闘技者!
『テキサスの喧嘩屋』!パンクゥゥゥゥ!!アボットォォォォォ!!!!!』
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
西側の人混みが左右に割れて、其の中心から一人の男が中央に向かって歩いてくる。男は肌が真っ暗で、下にボクサーパンツという一張羅しか履いていない。
だが、驚くべきは其処に在らず。
鍛え抜かれ、磨き続けてきた事が容易に伺える、筋骨隆々の体。其の中でも特に、腕の筋肉たるや凄まじく、岩石等一撃で粉砕出来てしまうかのような印象を、照は覚えた。
「パンクー!」
「男みせたれぇ!」
「期待してるぞー!」
観衆の声援を受けて、パンクは右腕を振り上げる。まるで其れは、死地に赴く戦士の如く、壮大で気高い姿であった。
「なぁ照、あのパンクっておっさん…」
「分かった?…『強いね』、あの人。二虎さん程じゃ無いけど、かなりやれる人だと思う」
「特にあの腕で殴られたら、かなり応えるだろうから間合いに注意したいな」
「あぁ」と、自分達が覚えた印象を話し合い、戦う時にどうしたら良いかを考えてゆく。
『続いての入場!西部映像株式会社・代表闘技者!
『
「え…」
「穴…熊…?」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
二人の疑問も大歓声に掻き消され、東側の群衆の合間を抜け、大男がやってきた。
此方もボクサーパンツの一張羅だが、先程のパンク・アボットとは体格差がまるで違った。
デカイ━━━頭一つ分程抜いた身長。
太い━━━全身を支えるの筋肉の総量。
強い━━━纏う強大な闘気。
だが、間違いない事が一つだけある。あの男の顔は、数ヶ月前に出会った、倉穴 熊五郎と同じである事だ。
「ふっふっふ。今日もド派手に決めるぜ」
獰猛な笑みを浮かべ、拳をゴキン!バキン!と鳴らす熊五郎。
「穴熊さーん!頑張ってー!」
「一発かましたれぇやぁ!」
「穴熊、いてこませー!」
観衆の声も一際大きく、熱気を帯びる。
建物内中央で両雄は対峙し、火花を散らす。
「穴熊のオッサン、闘技者だったのか」
「ん?お前ら、穴熊を知ってんのか?」
「はい。変な緑の着ぐるみ被って走ってた所を、涼と一緒に捕まえました」
「おいおい、捕まえたのか…」
鷹村が聞くと、照は彼との出会いと敬意を簡潔に伝え、彼は頭を少しだけ振った。そして熊五郎とパンクについて話し出す。
「彼処に居る、倉穴 熊五郎…通称・穴熊は、拳願仕合の上位層に居る実力者。其の成績は50勝4敗、ここ最近で50勝を達成した闘技者はそうはいねぇ。
んで、もう一方のパンク・アボット…拳願仕合成績は9勝無敗。次いでに、今年の新人王に輝いた猛者で、徐々に頭角を現し始めた男でもある。
つまり、今回の拳願試合は。ベテランと新人王の一大決戦…って事だ」
空気が渦を巻き、空間に稲妻が走るような、そんなビリビリとした緊迫感が満ちてゆく。
『よし、二人とも良いな!始めるぞ!』
審判の男の一声で、パンクと熊五郎は互いに背を向け、一歩…二歩…三歩と、距離を取る。そうして八歩程歩いて止まり、互いに拳を握り絞めて構えた。
『準備は良いか!準備は良いんだなッ!?』
審判が掌を天へ、天へと大きく掲げて。
息を吸い込み、目を見開いた。
そして━━━━━━━━━━━
『始めぇええええああああっ!!!!!』
大声量と共に、開戦を告げる手刀が振られ。
二人の闘技者は、真っ向から激突した!