確実に、確定し、絶対に。対象を殺す。
あらゆる武道家が、必ずといっても過言ではない、己の武が目指す『
全てを打ち倒し、破壊する『力』か?
否。
全てを征する、圧倒的な『技』か?
否。
どんな状況にも屈しない強靭な『心』か?
否。
其の答えは『
どんな場面にも対応し、圧倒的な体格差の相手であろうとも、其の一撃で敵を打ち倒す事。
後に多くの闘技者達が『一撃必殺に相応しい技は何か?』という問いに対し、幾つかの答えを出した。
ある者は言う…『人類最強の筋力で放つ、剛力無双の逆手突き』と。
ある者は言う…『鋼鉄に等しき四肢を用いた、一突きで絶命に至らしめる貫手』と。
ある者は言う…『比肩する者は誰一人として居ない、最速の縦拳』と。
ある者は言う…『回避不能にして、直撃=戦闘不能不可避の寸勁』と。
そして…━━ある者は言う。
『あらゆる受けが意味を成さず、時間差で対象を倒せる、無類にして無双の打撃』と。
* * * * * * * * * * * * * * *
「何時でも来な」
「…参る━━!」
足先に力を込め、照は踵で地面を蹴り…跳んだ!
「む…?」
ダダダダダ!と無数の砂埃の柱が上がり、僅かな日の光が舞い上がる埃の中に影を残していた。
「中々
《…見極めろ!》
読者の皆様には一見、照が体力を無駄に浪費しているように見えるだろう。だが其の実、彼は跳ねる事により、相手を様々角度から観察しているのだ。
己の視点を変えることで、見えないものを見えるようにする…沖縄で彼が得た戦い方の一つ。
《見えたッ!》
観察した結果、男の身体の『重心』が僅かながらに左側へ寄っている事に気付いた。其れ即ち、男の右側に付け入る隙があるという事。キュキュ!と爪先を切り返し、地面を蹴り上げ、右側から男へ一気に接近する。
が━━━━━━━
《ッ!!?》
このまま攻めれば『死ぬ』。そんな直感が脳裏を過り、照は急停止。直ぐ様、後ろへ三回バク転して距離を取った。
「……良い反応だ♪そのまま突っ込んでたら、お前の首が飛んでたとこだぜ」
ギョロリ!と男の黒眼が此方を見てくる。白歯を見せ、獰猛な肉食獣すら逃げ出すような、悪魔じみた笑みだ。照の保有する前世の記憶の中に、其の笑みと黒眼を持つ者は存在していた。
「やっぱり油断出来ない…『
呉一族…照が転生する前の戦国時代末期よりも『更に前』、飛鳥時代の頃より存在し、裏の世界に生きる傭兵及び暗殺稼業を行う一門の者達を指す。彼等は『金さえ貰えば』、ありとあらゆる闘争の場に現れ、圧倒的なまでの武力を以て事を成し得る。裏の世界の住人で、多くの者達は呉の名を見聞きするだけでも、恐れ戦き震え上がる。
と…『これだけならば』、彼等一族の聞こえが良いだろう。しかしながら、この一族が本当の意味で恐ろしいのは『金さえ貰えば』という所にある。例えば、自分達を雇った者よりも更に金を積む者が現れたなら、彼等は其の者に付き、其の積まれた金で雇い主を殺せと依頼されたなら、何の躊躇も無く雇い主を殺せる。
そんな残忍さとは裏腹に、依頼された仕事は確実に果たす為、名実共に裏の世界では根深く浸透しているのだ。
「やっぱオレ達を知ってるみてーだな」
其の刹那、男がグンと照との間合いを積め。同時に左足が鳩尾目掛けて飛来する。警戒していたにも関わらず、相手が仕掛けてくる気配を見切れなかった。蝗跳を使い、咄嗟に後ろへと動く照。
しかし。
「ッッッッッッ!!?」
衝撃が迸る。後ろに跳んだにも関わらず、其れを予測していたかのように、爪先での蹴りが鳩尾に入り、照の身体はくの字に曲がりながら飛んで、壁に衝突する。
「ごほっ…!」
口から吐血。壁に激突した瞬間に、照は
『ハッ!』
男が再び前蹴り、目に見える『力の矢印』は真っ直ぐに、自分の顔を狙っていた。
「うおぁ!?」
其の剛脚が当たる前に、何とか横に転じて回避するも、間髪入れずに右足の中段回し蹴りが飛来。額を掠り、皮膚が横に切れて出血する。
「どうした?怖じ気付いたか?」
轟ッ!と男の左足の蹴りが照の右太腿に直撃。同時に大腿骨の一部がビキリ…!と鈍い音を立てた。
「痛ッ"ッ"ッ"!?」
思わず表情が歪んでしまう。全く本気を出していない状態で、自分が
《このままじゃ負ける…!》
だが、このまま逃げても状況は変わらない。男の事だ、自分が逃げた場合に行う行動も考えている筈に違いない。
《なら、ここから『勝つ』事を考えろ!其の為にどうするかを考えろ!》
脳裏に甦る様々な出来事…沢山の経験と修行、そして二人の師から教わり得た、多くの技。其れを活かせなければ、何の為の二年だったのか分からなくなってしまう。
《俺の『武』を!得てきた『物』を!》
照の動きが、突如として止まる。そして━━━━彼は
「ほぉ…!」
好機到来。男の左足が振り抜かれる。
其の技は中段蹴りの要領で振るわれ、人体の急所の一つである肝臓を蹴り潰す。
其の軌道はまるで、夜闇に浮かび上がり、細く鋭い曲線を描く三日月に
『
一撃が照の肝臓を壊し、この戦いは男の勝利で終わる。
━━━━━━━━━『筈だった』。
パキン!!
「……………は?」
男が初めて困惑の色を示す。自分の三日月蹴りは確かに、照の脇腹を蹴り抜いた筈だった。
だが、実際は違う。自分の左足の爪が割れ、爪先から出血。更には薬指と小指以外が在らぬ方向に曲がっていたのだ。
「
覇界流 反乗。男の三日月蹴りを受ける刹那、照が繰り出した返し手の技である。この技は相手の攻撃を予測し、直撃箇所にある自身の筋肉の一部を膨張・硬化させ、其の衝撃を倍以上にして弾き返すという強力な技。
しかし反乗には、膨張させた筋肉以外が弛緩する上にタイミングを間違えれば大ダメージを負いかねない重大な欠点があるのだが、照は相手の攻撃の軌道を『見ず』、『直感』を用いる事で、威力を発揮する瞬間を逃さずに使えるようにしたのだ。
《いけっ!!》
弾かれた衝撃でぐらついた男。
其の打撃は、筋肉の伸縮により発生した運動エネルギーを伝導させる『技』。拳や手、足や体を徹して対象の内側に其のエネルギーを『流し込む』。
皮膚から肉へ、或いは皮膚から肉を通って骨へ…そうして浸透した『力』が時間差を以て、対象の『芯』たる部分に到達し、ポップコーンのように『爆ぜる』。
覇界流の『基礎』にして『極意』たる、其の技の名を彼はこう命名している。
「オラァ!」
ゴギン!と鈍い音が鳴る。男の顎に照の渾身の撃が入った。
「ぐっ…!このガ…!?」
殴られた男は反撃に転じようとした。だが其の直後、自分の脳が突然大きく、其れも今まで感じたことの無い揺れを味わう。
例えるなら…『耳栓を付けず、巨大な鐘楼の音を鼓膜の内側で直接聴かされた』ような、そんな筆舌し難い物であった。
「お、おお…おおお!?!」
ガンガンと頭に衝撃が鳴り響き、脳が大きく揺れ続け、目や鼻から血が流れ出た。
釘撃には、幾つかの『型』が存在している。
衝撃伝導が最速の『
最強威力を誇る『
連続で衝撃を叩き付ける『
衝撃伝導最大範囲の『
衝撃が一点に留まり続ける『
最鋭の衝撃を持つ『
衝撃が常に響き続ける『
そして釘撃の型は、二~三種類『組み合わせる』事により『無限の可能性』を成す。
照が放った釘撃は最速伝導の『迅』に、留まる『淀』と、そして響く『鳴』の三種を組み合わせた『
其れ即ち、
「か、がが…!!く、そ…ヤ━━」
まだ戦うつもりでいる男だが、未知の衝撃に揺さぶれ続けた脳は、其の意識の糸を離し掛けていた。
無理もない…呉一族であったとして、彼等も『人間』である。どんなに強靭な体を得ても、どんなに卓越した武術を身に付けても、脳震盪を起こされては耐えきれる訳がないのだ。
「…貴方は強い」
膝を付き、両手を地面に付けた男に対し、照は言う。
「もし最初から本気で自分を殺すつもりだったならば、俺は手も足も出せず、蹂躙されていたでしょう。
実際、俺も死ぬかもと思ってしまった」
そうして彼は、男の前で深く頭を下げる。
「ありがとうございました。貴方のお陰で、俺はもっと強くなれます」
「こ……の、や…ろ……ッオ━━━━━」
男の意識は此所で途切れた。同時に男にとって照との戦いが自身の人生において『初めての敗北』となる。
そして…この出来事が、照達に大きな波乱をもたらす事になる等と、誰も知る由もなかったのであった…。