世界を征する覇堺の拳   作:ガリアムス

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・氷室 涼vs闘技者の男、決着。

・今話の最後に、前々から予告していた『ある男』が登場します


第三十三話 雄叫(おたけび)

一年前、黒木邸にて…━━━━━━

 

「そこまで」

 

大部屋に響く、黒木の声。彼が見つめる視線の先には、照と涼が空手着に袖を通し、先程まで組手を行っていた。

 

涼の顔や身体には、無数の青黒い痣が多数。

対する照は、腕や額、胴着には無数の切り傷が出来ている。

 

「勝者、鬼灯 照。以上」

 

「「ありがとうございました」」

 

本日の組手を制したのは照。互いに頭を下げ、それまでの緊迫した闘気を解き、深い息を吐く。

 

「はぁ…また負けたぁ~…」

 

「いやいや涼君、昨日よりずっと強くなってたよ」

 

疲労でへたりこむ涼に、照も「スースーハーハ」と特殊なリズムで呼吸を行いつつ、座り対面して言った。

 

現在、照が行っているこの呼吸。覇界流(はかいりゅう) 空嵐(くうらん)と呼ばれる呼吸法で、空気中の酸素の補給並びに体内へ効率良く循環させる事を念頭にしたものだ。

 

と…

 

「なんで俺、照に勝てないんだろう…?」

 

ほろりと弱音が溢れた。涼にしては珍しい其れに、照はギョッと彼の顔を見る。

 

「何故勝てないか」

 

その時、黒木が不意にそう言い放つ。涼が視線を向けると、一歩…また一歩と、黒木が歩み寄ってきた。

 

「照と同体格、同体重に近いお前が何故負けているのか。其れは『照に有って』、『お前には無い』物が、其の差を作っている」

 

「俺に無くて…照に有るもの…?」

 

「其の先は、お前自身で考えろ」と言い残し、中断していた砂入りの大瓶を指先で持ち上げ固定するという部位鍛練を再開する。

 

涼にとって其の一言が、彼を大きく変えることになった…。

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

時は戻り、現在━━━━━━━━

 

『俺は…!同じ『求道者(ぞんざい)』になる!』

 

頸部に刺さった右拳が曲線を描き、男の顎に右瓜拳が直撃する━━━━━

 

が、急所に二撃貰って尚、男は倒れず。

 

「ごっ…━━!んごの、ガキィ!」

 

復讐とばかりに身長差を活かす、上段からの左ブローを放つ。

 

この技は、男がボクサー時代に相手からアッパーを貰い、KO敗けの経験から編み出した技…仰け反りから復帰する際の運動エネルギーを拳速に付与し、上半身の全体重を乗せて、敵に激突させ(ぶつけ)に行く。

 

しかし。

 

それまで拳の鋒に居た筈の涼の姿が、直撃の瞬間、まるで『陽炎』のように、フッ…と眼前から消えたのである。

 

「!?何処いっ『ズン!』━━━━が…!」

 

反応とほぼ同時、左脇腹に鋭い痛みが走る。

 

左腕の下…涼の姿は其処に在った。彼がカウンターとして放った右中段突きが、男の肝臓付近に直撃していたのだ。

 

涼が使用したのは二虎流(にこりゅう)火天ノ型(かてんのかた)にある幽歩(ゆうほ)と呼ばれる歩法であり、照が沖縄で習得した狐影流・(またたき)と同様、相手の死角へ一瞬で入る事により、あたかも攻撃が擦り付けたように見せる技である。

 

━━━━━━━━だが。

 

《コイツ、まだ倒れねぇ…!》

 

三度。首に一度、顎に一度、そして肝臓に一度。

これだけやってなお、男を戦闘不能に出来ていない。

 

「~~……………らぁっ!!」

 

死神の鎌の如く、曲線を描いた右フック。涼は自身の左腕を差し込みつつ、脱力と共に右に飛ぶ。

殴られた衝撃で、少年の身体は二か三度、宙で回ったが、ダメージと衝撃を最小限に留める事に成功。

 

「オラッ!」

 

着地、同時に一気に接近し、男の首に左縦拳が入る。此れは二虎流の中でも『最速の攻撃速度』を誇り、金剛ノ型と火天ノ型の複合技である、瞬鉄(しゅんてつ)(さい)と呼ばれる技。

 

本来はカウンターとして使うのがベストでは有るが、火天ノ型に適性が有り、かつ火天ノ型の(きわみ)たる縮地(しゅくち)を身に付けた涼の瞬鉄(それ)は、速く。そして鋭い。

 

「ぐふっ…糞、野郎……!」

 

喉から空気が漏れる。瞬鉄・砕の直撃が気道を圧迫。膝が揺らぎ、動きが鈍くなる。

現役闘技者と言えど、急所を突かれれば、少なからず影響が現れる。況してや四度、人体の急所を狙われ、全て直撃した。

 

此所までよく、顔に出さなかった事に感心する。

 

《此所で畳み掛けて終わりにするッ……!!》

 

涼も決めるべきだと銘打った。拳速は相手が上、なれば『変化球(別の手)』でやるしかない。

 

両腕を脱力し、両拳を軽く。

柔らかい物を包んで握るように構え。

風を切って、鞭の如く振り抜いた。

 

バチィィィ!

 

「!?」

 

左肩に当たり、肉の一部が小さく、確実に凹んだ。

男の驚愕で意識を割かれた直後、二度・三度・四度と振るわれた腕が、彼の脳天と顎を次々に撃ち抜いてゆく。

 

涼が自ら考え、沖縄の修行の中で生み出した、二虎流の新たな体系。

其れは本来なら、複合する事が出来ないとされる、操流ノ型と金剛ノ型の一体形(ゆうごう)

通常は軟らかく、しなやかに。だが直撃(あた)る瞬間のみ硬化し、それにより肉を潰し、骨を砕く技。

 

変幻自在にして変則的。故に対処は困難を極める。

 

其の名を━━━━鋼打(はがねうち)

 

「ぐ…!が…!ご……!」

 

まるで鎖鎌の重しを連続で殴られ続け、男の意識は着実に、確実に失われ初めていた。何とか反撃しようとジャブを繰り出すも、先程と同じように目の前から消えられ、直後に頬をひっ叩かれ、縦拳が入った場所を殴られる。

 

「ご、この…ッ!糞野郎がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

怨嗟の声を上げた。まだ十代程度の、其れも名も知らぬ子供相手に、闘技者たる自分が一方的なまでにやられている事実を認めたくなかったのだ。

 

「これで終わりだぁぁぁぁ!!」

 

涼の血反吐を吐くような、切迫した叫びと共に放たれるは、左上段回し蹴り。頬と顎を蹴り抜かれ、男の意識はこの瞬間をもって途切れる。

 

涼は其処から、回転蹴りによって産み出された運動エネルギーを殺すことなく加速させ、蹴り終えた左足で地面を踏み込み、腰と共に捻った。

そうして生まれた回転を右足に伝導し、勢いそのまま、倒れゆく男の顔面を、自身の全体重を乗せて、踏み潰したのである。

 

この日、決め手となったのは操流と火天の二つの型を融合した、不知火(しらぬい)と呼ばれる足技だった。

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ………━━━━!!

 

うぉぉぉ…………!うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

渾身の不知火(フィニッシュムーブ)により、動かなくなった男を見て、少年は高らかに、誇るように、大きな声で叫ぶ。

 

強敵との戦いに勝利し、涼は今までに無い達成感や爽快感を得た。彼の勝利を謳う雄叫びは、十鬼蛇区中に響き渡る。

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

「お疲れ、涼」

 

激闘を終え、殴られた腹部を擦りながら歩く涼を、照と二虎が出迎える。

 

「んじゃ、感想を聞こうか?」

 

「…修行しないと駄目だって分かった。今よりもっと強くならないと、十鬼蛇区で生きていけないことも」

 

自分より遥かに、そしてずっと強い奴等が居た。己の見解が何れ程小さく、ちっぽけな物かを知った。照と同じ求道者になると決めた以上、今に満足してはいられない。

 

「…よし。じゃあ次戦、と言いたいトコだが…お前の様子じゃ大怪我しかねそうだ。

 

今日は切り上げる事にする。良いな?」

 

二虎の言葉に「はい」と、ほぼ同時に答え、三人は自分達の居場所へと帰る。

戦いの傷が痛み、少年達の足取りを重くするだろう。

 

だが、この痛みと経験が彼等の血肉となり、更なる飛躍を促してくれる。今よりも強く、さらなる高みへ。

求道者となった二人の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

* * * * * * * * * * * * *

 

 

十鬼蛇区某所………━━━━━━━

 

 

高さ50mは優に有ろう、五階建ての廃ビルが建っている。

 

嘗ては、とある組織が拠点として使用していた物だったが、十鬼蛇区内で別の組織との闘争に敗れ、夜逃げした結果、人一人として立ち寄らない閑散とした場所へと成り果てた。……ほんの『数ヵ月前』までは。

 

 

ガジュ…ガジュ…。モチャモチャ…。

 

 

逢魔が時…午後五時から六時の夕闇が濃くなる時間帯。此の廃ビルから、此の時間になると『何者』かの『咀嚼音』が微かに響くという。

 

 

ミチリ…ブチン!…モキュモキュ…。

 

 

ビルの四階…入口から北東の角で、布地の袋に入れた食物を漁り、噛り付く、一人の少年が居た。

 

袖無しの薄汚れた白シャツに、横に幾つか小さなポケットが付いた短パンを履き。後ろには留め具を外した、二本のナイフホルダーをぶら下げていた。

 

何よりも、其の少年の目付は野生の肉食動物の眼と同じ、鋭く獲物を見つめ、向ける視線(モノ)と同じであった。ボサボサでクセのある髪と合わさり、まるで子獅子のようにも見える。

 

「………………」

 

林檎を噛り、肉を千切り、水を流し込む。

今日を生きる為、少年は自分の定めたナワバリで、狩りをする。

 

彼には名前が無い。己を証明するものを持たない。

 

 

そんな彼が、照達と出逢い。そして己という存在を確立する事になるのだが………其れはまだ、少し先の話になる。

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