修行を重ねる照達と、照に目を付けた呉一族が派閥を越えて里に集う
氷室 涼が野良仕合の最中、新たな技を産み出した日から、三日が過ぎた夕暮れ刻。
無法地帯・中、十鬼蛇区の一角にある小屋の前で、師匠である十鬼蛇 二虎が審判を勤める状態で、鬼灯 照との一本先取の組手に挑んでいた。
「━━━せいっ!」
十鬼蛇 王馬、桐生 刹那が見守る中、涼があの日の仕合で編み出した技を使い、一本を取るべく仕掛けに行った。
(ッ!『速い』━━!)
突進してくる彼の姿勢を見た照と二虎は、心中でほぼ同時に声を上げた。涼が使用したのは、
二虎本人から適性と見込まれて以降、彼は時間の隙間を縫っては人知れず、火天ノ型の修練を続けてきた。
重ねた努力が実るように、一瞬で枯草を焼き払う火焔が如く、僅か一秒の内に二人の間に在った十数メートルは、たったの3メートルにまで縮小する。
(涼君…!火天ノ型を此処まで昇華させたか!)
(こりゃ、俺の全盛期の火天を超えるか?)
涼の成長を肌身で犇々と感じつつも、今此の瞬間も戦いは続いている。
「覇ァッ!」
沖縄の地にて圧倒的な実力を見せ付けた
拳を
しかし、涼が其処で仕掛けた!
「うおおおおお!りっっっ……!」
涼の身体が一気に『沈み』、照の左正拳突きが空を切る。火天・水天の混合によって形成される其の技は、直進の特性を持った火天ノ型の弱点である、『至近距離でのカウンター』から身を守り。
同時に、
しかし彼が狙ったのは、照の攻撃を回避しカウンターとして用いる事で、最大の威力を叩き出す金剛・火天ノ型
己が産み出した新たな技。
「やぁぁぁぁ!」
左正拳突きで放ち、空を切った左手首を右手で取り、自身の手首を、腕を、胴を、ゴムの様に捻り。
利き脚の右で摺り足を行いつつ、左足を組み入れて捻りを増幅。
そして━━━空いた左腕を照の身体に差し込んで、技を解き放つ。
身体の捻りにより産み出される力を、『操流』で満遍なく操り。
『火天』のポジショニングによって、其の威力が最大まで伸ばせる、理想的な位置取りを行い。
筋肉全体から動こうとする流れを、『金剛』の筋肉硬化で固定し。
『水天』の脱力で、高まりに高められた奔流を、唯『一投』に乗せて、決める。
操・火・金・水。
其の技の名は、二虎流━━━━━「っあ?!ぶべっ!」
が、最後の『投げ』の段階で事件は起きる。
捻りを用い増幅された力の流れが、投げる瞬間の涼の軸足から多重に漏れ出し、身体のバランスが崩れてしまったのだ。
一瞬、投げに全神経を注いだ時に生まれた『緩み』により、慎重に積み上げたジェンガの塔が崩落するのと同じように、涼の足が縺れで地面に顔面から落ちる。
「せいっ!」
「みっ!?」
そして、其の隙を見逃す照ではなく。後頭部を軽く拳を当てて、一撃を加えた。
「照の一本、組手は其処まで」
二虎の声が聞こえ、戦いは終わりを告げる。
「だああああああああああ!くっそ、もう少しだったのに…!」
地面に伏したまま、じたばたと悔しさを顕にする涼。
「涼君。さっきの技━━決められたら、俺は『確実』に負けてた」
そんな彼に照は、組手の中で決め損ねた技の事を涼へと告げる。事実、照は涼の技に対して、投げ技の返し手たる
しかし、もしも。其の振り子投げを使って、彼の技を返していたならば。
『自分の顔面が地面に叩き付けられ、鼻骨の骨折と額から大量出血し、敗北する』━━━そんな気がしたのである。
「…だけど『決められなかった』。其れだけだ…やっぱ、修行が足りねぇや」
「でも、さっきの技の流れは殆ど出来てたよ。大丈夫、涼君なら絶対に其の技を完成させる事が出来る」
「……褒め言葉として受け取っとく」
両腕で地面を叩いて跳ね、同時に伸びた脚を胸に寄せて、立ち上がった。此の数年で、涼のフットワークや力の使い方は、格段にレベルアップしている。
「涼君は、凄いね。照さんと互角に組手が出来るなんて」
「……負けねぇ」
「ん、王馬なんか言ったか?」
「………別に」
(今の技…もしかしたら涼君が『振り子投げ』を覚えれば、完成するか?二虎流の『
(あぁ……こりゃあ本格的に、涼には二虎流の技を教えていく必要があるな。アレは…『奥義』に成り得るかも知れん)
先程まで組手をした照と、戦いを見届けた二虎は各々、涼の繰り出した技について考える。二虎流の新たな進化へ至る可能性が、着実に拓かれつつあった………。
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同時刻、呉の里・当主屋敷内大広間。
「皆の衆。遠路遥々集った事、ご苦労だったな」
惠利央が静かな口調で、目の前に揃った一族の面々に礼を述べる。
彼の前には日本全土に散らばり、現代社会に溶け込みつつも、暗殺者一族としての使命を果たしながら、今日に至るまで己の武を磨き続けた、呉の猛者達が正座していた。
「惠利央殿、此度は我々分家の面々にも声を掛けていただいたのは有難い限りですが…。其れが『あの』覇堺流ともなれば、如何なる理由が有るのでしょうか?」
いの一番に声を上げたのは、潰れた左眼を刀の鍔を眼帯代わりに、青い着物と袴で着付ける男。名を『
「おいどん達も其処が疑問だった。覇堺流と言えば『戦国時代末期』に途絶えたとざれる、伝説の流派。まさが人知れず、技術ば紡がれどったんか」
鹿児島弁独特の訛りが混じった声で、力士の如く巨大な体格で捻り鉢巻を額に巻いた、Tシャツとジーンズを身に付ける男児が言う。
男の名は『
「商売敵の『
手の甲を使い、独特な方法で眼鏡をクイッと上げる女が、不気味かつ不敵な笑みを溢す。彼女の名は『
しかし彼女は其れに傲りはせず、其の類い稀なる才能を磨き続け、一族の中でも頭脳明晰として知られるようになった。そして、其の抜きん出た知略と策謀によって、此迄数多くの困難な暗殺依頼を成功へと導く程の知将となったのである。
集った呉の強者達が、少しずつざわめき始めた所で「少し━━━━昔の噺をしようかの」と、惠利央が口を開く。
「遡る事およそ400と20年以上前になる…。当時の呉の当主が病に倒れ、新たな当主を決めんとした一族じゃったが、当時は派閥による利権の対立が酷く、戦争が起きかけた事が在ったと聞く」
彼の口から語られ始めるは、呉の歴史の昔の噺。宗家に語り継がれていた、彼等の使う『ある武術』の根幹に関わる秘話。
「一触即発の気配が漂ったが、当主が一族同士の争いを血生臭い物にすまいと、『殺し合い』ではなく『戦闘』による戦いの場を設けた事があっての。其の戦いで頂点に立った者を、次期呉の当主とすると号令を出し、一族の強者達が我こそはと名乗りを上げ、当主の座を懸けた戦いに挑んだという」
呉一族は基本、同族同士の殺し合いを忌み嫌う。其れが不利益であることを知っているからだ。しかし、呉一族の中にも『過激な集団』も居れば、比較的『穏やかな集団』も存在する。
意見の食い違い、対立が深まれば、一族が一族同士で無益な争いを行い、無意味な血を流す事になる。其れを時の当主は防ぎたかったのだろう。
「宗家も分家も含め、性別は元より派閥さえも越えた、強者達による其の戦いの中、ある『呉』が並み居る猛者を倒して頂点に立ち、次期当主の座を勝ち取った。
…察しの良い者なら、既に誰か解るじゃろう」
呉の技を身に付けた者、一族として産まれた者、彼等彼女等は『必ず』一度は耳にする。そして其の名を、呉の強者達の中で知らぬ者は居ない。
「其の者の名は『
呉の1300年近い歴史上、今尚一族最強とは誰か?━━と問われれば、真っ先に名が上がる『女当主』。そして儂等一族が秘技とする『外し』を、初めて『
其の名に、名を知る者達以外がざわめいた。呉の女傑と呼ばれ、当時の裏社会に関わった人間に知らぬ者無しと言わしめた、最強の女当主。
「当主の座を賭けた戦いに備え、鈴戍は日本各地を巡り渡っては、行く先々で出逢った武芸者から技術を学び、自らに取り込み、力としていった。
そして━━━彼女は『ある者』と出逢い、技を学んだ。其の技と技術を十全に使いこなし、彼女は頂点を取ったのじゃ。
鈴戍が学び、其の者が使っていた技こそ『
皆も使っている『
呉一族と覇堺流の関係を語り終え、惠利央はふぅ…と一息付いた。聞いた者達は唖然とした表情で、幼い頃から御伽噺と聞かされた者は、改めて其の噺に息を飲む。
「今回の目的は、其の技術を持つ使い手を我等呉一族の陣営に『引き込む』為だ。
出来得る限り、血を流さずに生かして連れ帰れば理想じゃが、万が一抵抗したならば━━━半殺しにしてでも里に連行する。
じゃが、気を付けよ皆の衆。覇堺流の使い手は『子供』だが、其の実力は其処に居る英治を倒した程だ。細心かつ十二分に注意せよ。良いな?」
噺を聞いて動揺が残るにも関わらず、しかし一瞬の合間に心と思考を入れ換えるや、ハッ!と一糸乱れぬ声と共に、直ぐ様行動を開始した呉の面々。宗家も分家も派閥も越えた一族全体の兵達による、前代未聞の捕縛作戦が幕を開けた。
照達の運命が今、大きく動こうとしている。
集いし一族が、照に迫る
呉 鈴戍:420年前に一族として初めての女当主となった、呉一族の女性であり、呉の歴史上で初めて、秘技『外し』を100%解放にした存在。
一族には共通の通り名として『禁忌の末裔』があるが、彼女は其れとは別に『呉の女傑』と『もう一つ』の異名を持つ。
照が転生する前の前世の時代に、彼女は覇堺流の技と技術を学んで戦いに勝利。長の地位に就き、覇堺流の技術を元にして産み出したのが、呉一族の宗家秘伝の戦闘技『呉家伝』とされている。