世界を征する覇堺の拳   作:ガリアムス

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『中』を飛び出し、ニ虎流修行


第五話 水中(すいちゅう)

(なか)』…東京程の面積を持つ無法地帯。其の地域の一つ、ニ虎と呼ばれる地域に一人の男と一人の少年が組手をしていた。

 

「ぐげぎがががが…!参った!参ったからばばばばば!!折れる!?背骨折れちゃう!!?」

 

少年が悲鳴を上げ、腕をペチペチ叩く。少年は現在、『頚部と足首を掴まれ、山折の状態に背骨を極められていた』。

 

「はい、今回も俺の勝ち~♪」

 

呑気に極めを解除して、男は笑う。名を十鬼蛇(ときた) ニ虎(にこ)と言い、この物語の主人公たる少年…鬼灯(ほおずき) (てる)の師である。

 

「あぁもぉ!!瞬鉄決まった時は上手くいったのにぃ!其処から本気で『海月固(くらげがた)め』と『水龍脈(すいりゅうみゃく)』の連続技繰り出すなんて反則ですよ!」

 

阿保(アホ)ォ。瞬鉄(しゅんてつ)(ばく)槍擊(そうげき)を組み合わせた、『瞬鉄(しゅんてつ)(とどろき)』なんちゅう殺意増々なカウンターの一撃食らえば、スイッチ入るに決まってんだよ。

滅茶苦茶痛かったかんな、アレ」

 

ワーワーギャーギャーと喧嘩口調で今回の組手を振り替える両者。

 

ニ虎が繰り出した『海月固(くらげがた)め』は、ラリアットの要領で相手の首に腕を掛け、もう片方の腕で髪を掴み、絞めたり後ろに倒す水天ノ型の技。

 

そして海月固めと相性が良く、相手を後ろに倒した勢いで頚椎を手で、背骨を膝で極める水天の技『水龍脈(すいりゅうみゃく)』。

 

一方の照は、自身の流派である覇堺流(はかいりゅう)の技の一つであり、衝撃で体内を貫く打撃『槍擊』と、ニ虎流の混合技にして、カウンターで繰り出す事により真価を発揮する『瞬鉄・爆』を合わせ、威力を外に逃がさずに相手へ徹すという『瞬鉄(しゅんてつ)(とどろき)』。

 

圧倒的なキレと、状況に応じた最善の技を繰り出し、勝利するニ虎。片や覇堺流とニ虎流の二つの流派を合わせ、奇想天外な技に変える照。

 

この二人の師弟関係は既に『半年』続いている。

 

「…さて、今日の組手は此処までだ照。明日から二ヶ月、俺達は『外』で修行をする。しっかり休んでおけ」

 

* * * * * * * * * * * * * * * *

 

日本某所、山岳地域。澄んだ空気と綺麗な川が流れる山間を二人は、川の遡り、徒歩で進んでいる。

 

「ニ虎さん、目的地はまだですか?」

 

「まだだな。ま、着いてくりゃ分かる」

 

手頃な岩が転がっており、照は覇堺流の修行で石を持っていけないだろうかと考える。

川沿いから森林の間を縫い、草木を掻き分け歩き。

 

歩いて、歩いて、ひたすら歩き続る。

終わりが見えない…それほどにまで長い時間、二人は歩いていた。

 

そして日が傾き、夕暮れが空を染める頃…。

 

「此処だ」

 

二人は目的地に辿り着いた。

 

場所は山頂付近で、轟々と音を立てて落ちる大きな滝とそれによって出来上がった池がある、謂わば隠れた秘境。

 

「すごい…」

 

「此処は俺がニ虎流の修行をする時に使っていた場所だ。明日から本格的に身体作りと肺活量を鍛えていく」

 

ニ虎は背負っていた荷物を下ろし、中から腕輪と足輪を取り出し、照へ差し出す。

 

「お前には、重りを身に付けて修行してもらう。重りは一個に付き2.5か3…いや、4kgかな。朝だろうが夜だろうが、俺が良いと言うまで『外すのを許さん』。

 

因みに俺は、お前の『倍以上』の重りを付けて修行するからな」

 

全身が普段より重くなる中での修行…きっと有意義になるだろう。しかし、倍以上の重りを付けるって、とんでもないなニ虎さんは。

 

* * * * * * * * * * * * * * * *

 

翌朝、俺はニ虎に叩き起こされる。普段以上に重くなった身体で何とか立ち上がり向かうと、ニ虎は池の畔に立ち、重りを着けているにも関わらず、軽々と準備運動を行っていた。

 

「まだ何も始まってもねぇのに、随分苦しそうな顔してるなぁ照」

 

悪い顔でニタニタ笑うニ虎。嗚呼、これは瞬鉄・轟の件を根にもってるな…。

 

「環境の変化に馴れるのって大変なんですよ。…それで、これから何をするんですか?」

 

照の問いに対して、ニ虎は指先で池の方を指し言った。

 

「水中でジャブ」

 

「…もう一度、お願いします」

 

「水中でジャブ」

 

「……………本気ですか?」

 

「マジだ。言ったろ、肺活量と全身の筋肉を鍛えるって」

 

言葉を失った。重りを四肢に着け、水に潜るに飽きたらず、其処で拳を打つ事になるとは、照自身も予想すら出来ない。

 

「ほれ、始めるぞ。息調えて潜水しな。息が苦しくなったら、水面に押し上げてやるからよ」

 

そう言い、ニ虎は池の中へと飛び込んでいく。四の五の言ってはいられない。

照もまた覚悟を決め、池へ入っていった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 

水の流れが身体を耳を伝い、すり抜けてゆく。前世で修行と体力増強の一環として水泳をしてはいたのだが、水の中を歩くのは初めてだ。

池の底に足を着き、歩く感覚を感じ取りながらニ虎の元へ向かう。

 

ニ虎が平然とした様子を見せつつ、掌で『来い』とサインを出す。照は小さく頷き、『普段通り』に拳を繰り出す。だが…

 

《あれ、軽い…!?けど、ぜ…全然…遅ッ!?》

 

水中は『無重力』とほぼ同じだが、地上とは違い空気圧よりも重い水圧がある。そして重り+無呼吸での運動…必然、体力と息の持続が削られる。

 

《不味い…!息が、苦しい!!》

 

必死に指と腕を上に向け、限界が近いことを伝えると、ニ虎はやれやれと言った表情で照の身体を持ち上げ、池の畔まで運んで行ってくれた。

 

「ぶはぁ!?ハー…ハー…ハー…ハー…!!!!」

 

半身を地面に乗り出し、照は荒い呼吸で新鮮な外環の空気を贅沢に取り込む。そして自身の『異変』に気付く。

 

《…重い…!!!》

 

体力を消耗した事で、四肢に付けた重りが通常よりも更に『重さ』を増した。腕が地面から動かない。持ち上がらない。

 

「分かったか照。そいつが重りを着けて修行する感覚だ」

 

池から上がり、ニ虎が照の前に立つ。

 

「水中で訓練をするのは全身を鍛え、肺活量を高める為だけじゃねぇ。極限に到るほど体力の消耗し、底まで磨り減らした時の『感覚』を擬似体験させる事も、修行の中に含まれている。

 

お前は今まで体力に『余力』を残していた。此の際だ、体力を全部『使い切り』、自らを『死の淵まで追い込め』。

 

そうすれば見えるハズだ…。既に其の領域に『足を踏み入れてる』んだしな」

 

続けるぞとニ虎はまた池の中へと潜っていった。

 

《足を踏み入れてる…何の事?》

 

疑問を抱え、照もまた畝る水中へ身を投じたのであった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 

「ぜぇ…はぁ…!!くっそ…全然、上手くいかない…!」

 

「水中と地上じゃ勝手が違う。感覚として感じ取れ。そうじゃなきゃ、何時までも先には進まないぞ」

 

「はー!はー!畜生、もう一回!」

 

山に籠り、二十日が過ぎる。毎日毎日、来日も来日も朝から晩まで、水中でのジャブを繰り返す。

疲労で息が続かず溺れかけ、水から上がった瞬間に目眩を起こして倒れる…そんな日々。

 

「…そろそろ昼飯だな。一旦休憩にする、しっかり休めよ照」

 

一足早く上がり、ニ虎は衣服が吸い込み含んだ水を絞り出し、焚き火の用意を始めた。

 

「つ…かれ、た…」

 

ノロノロと、今にも死にそうな身体で水から這い上がり、地面にとっ伏した照。

 

身体が重い…一歩も動ける気がしない。連日の修行で、体力は限界寸前。正直、この状態で食べ物を口にするだけの余力は無い。

 

視界が朧気になり、意識が揺らぐ。

 

『死』がはっきりと感じ取れた、その瞬間(とき)

 

「…あ、れ…………?」

 

重く、動けなかった筈の身体が動いた。

 

「何だ…何が、起きた…?」

 

「そいつはお前が、自分自身を死の淵まで追い込んだ事で発動した。分かりやすく言えば『予備燃料』っう奴だな。

 

無駄に体力を残すくらいなら、一回底まで使いきる事。身体から淀みが無くなり、動きが精細になる」

 

焼いた魚を食らい、ニ虎は照に起きた異変を伝えた。

 

「ただし、其の予備燃料は長く戦える程あるわけじゃねぇ。過信はするなよ?」

 

食いなと焼き魚を手渡され、思い切りがっつく。ニ虎が何を狙っているのかは分からないが、この時間は必ず自分にとって有意義な時間になるだろう。

 

《照。もしかしたら、お前にこのまま教える事になるかもしれねぇな。俺のニ虎流…其の『奥義(おうぎ)』を》

 

照の姿を見ながら、ニ虎もまた、静かに決意を固めたのだった。


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