そして全てを覚えた時、辿り着く境地━それが『
山籠りを初めて、四十五日が過ぎた。
「…っはぁ!!ニ虎さん、今どのくらい潜ってました!?」
「4分24秒、まだまだ短い」
「もう一回!…すぅぅ~!ん!!」
悔しそうに首を降って、呼吸を調えつつ再度潜水する。
最初こそ一分と潜って入られなかった照だが、水中での修行に適応し、今では一回の潜水で4~5分は潜れるようになった。
《この一ヶ月半、照の身体付きは大分良くなっている。肺活量、筋力、以前に比べれば、見違えるレベルになった。その上…》
水中に潜り、拳の連打を打つ照を見、ニ虎は心中で呟く。
《まだまだ粗削りだが、ニ虎流の『
だが…》
透き通る水の中、重りによる拘束を感じさせない、凄まじい連擊を続ける照。
水面が衝撃に揺らぐ…自分の心と同じように。
《奥義体得は『命懸け』だ。照に、あいつに…其れが出来るのか…》
* * * * * * * * * * * * * * * *
「照。お前に話がある」
焚き火で暖を取り、焼き魚を頬張る照にニ虎が話し掛けてきた。いつになく真剣な表情から、照も何かを察して食事の手を止め、ニ虎と真正面に座り直し、向き合う。
「何ですか、ニ虎さん。物凄く改まった感じですけれど…」
「…………………」
静寂が空気に溶け、異様な緊張感を帯びる。
数十秒、そんな空気が続く。
「照。お前はニ虎流の四大系統の『
ニ虎が口を開き、照に問う。
「四大系統の極とニ虎流の奥義ですよね?憶えています。三ヶ月前、組手が終わった時にニ虎さんが教えてくれたのを」
そして『
「じゃ、それぞれの説明は出来るか?照」
「はい。先ず操流ノ型の極は『
次に金剛ノ型、極の名前は『
『
最後は水天ノ型、極は『
此処まで教えられた極について一通り話終えた照は、息を調えた後、最後の一つである『奥義』の説明を行った。
「最後、ニ虎流の奥義は『唯一』四大系統全てが当てはまり、名前の由来が『鬼をも殺す』とされている『
相手の一撃に対して、操流で衝撃を流し、水天の脱力で通過させ、火天で足場を確保し、金剛の攻撃で威力を何倍にも乗せ、相手へ返す『無形の返し手』とされます。
中でも操流と水天が重要で、失敗すると体内に痛手を負ってしまう上に、瞬間を見極めなければならないので、とても難しい技です
…でも、何で『説明』させたんですか?ニ虎さん」
理由が無い、無意味な事を言わせたり、させたりする訳じゃ無い事を、七ヶ月共に組手と修行でニ虎と共に過ごし、学んだ照は知っている。
ニ虎は静かに。そして重い口を開き、言葉を発した。
「…三ヶ月前だ。雨が降った日の組手で俺が『
其の導水の原理が…ニ虎流奥義の鬼鏖の『流しと脱力』の動作と『同じ』なんだ。此処まで言えば分かるか?」
また応用として、体内に蓄積したダメージを水天の脱力と操流で操作して取り除き、早期回復を促す事も出来るという二面性を併せ持っている。
照はハッとなった。ニ虎が以前、自分に向けて『其の領域に足を踏み入れてる』と言った言葉の意味を理解したのだ。
「こうして話したのは他でもない。照…お前はニ虎流奥義・鬼鏖を継承出来るだけの素質と力を既に身に付けているからだ。
だが、奥義体得は『命懸け』だ。失敗し、最悪命を落とす事さえある。俺と同じ道を志した多くの友も、鬼鏖継承の中で倒れ、死んだ。
やるか、やらないか。それは『お前自身』が決めろ。ニ虎流は鬼鏖を体得せずとも、一つ一つの技を磨けば強くなれる」
ニ虎の目には、体験者だからこそ話せる嘘偽りのない『覚悟』があった。
一方で、生半可な覚悟や決意では望んで欲しくはない、奥義が無くともニ虎流の道はあるとした、彼なりの『優しさ』があった。
「もしも、お前が奥義体得を決意しているのなら。四肢に付けた重りを外せ。
俺も重りを外して、『本気でお前を殺しに行く』。
鬼鏖は極限状態で『感覚』を研ぎ澄まし、
其の時、お前は奥義を『継承』した事になる」
ゴクリ…と唾を飲み込んだ。ニ虎はいつも以上に真剣で、自分の行動に覚悟を決めている。
例え其れで弟子の人生を潰し、殺す事になったとしても。
「…答えなんて、最初から決まってますよ。ニ虎さん」
照は立ち上がり、右手首の重りへ手を伸ばし、取り外す。ドスンと鈍く重い音が、暗闇の中で鳴る。
「俺の夢は『最強』を目指すこと。最強に成るには幾つもの『試練』を超えなければいけない」
左手首、右足首の重りも外れ、地面に落ちる。
「試練に負け、死んだのなら、俺は『其の程度』までしか成れなかった…それだけです。だから。
超えていきます。ニ虎さんの…鬼鏖継承の試練を」
最後の左足首の重りを外し、照は一ヶ月半振りに拘束を解く。同時に左足左手の左構えの姿勢を取り、ニ虎へ向き合う。
「…お前の覚悟は決まっていたか」
ニ虎も重りを外し、ゆっくりと立ち上がる。同時に彼の気迫と殺気が爆発的に増大。
其のエネルギーに当てられたのか、木々に泊まり、眠っていたであろう鳥達が一斉に逃げ惑い、夜の空へ散ってゆく。
「照。鬼鏖は、お前自身が『死』の領域を超えた先に在る」
━━『生』を、其の手で掴み取れ。
其の言葉と共に、ニ虎は照への攻撃を始めたのだった。