其の名は
「
掴み取れ、生を」
其の言葉を皮切りに、ニ虎が攻撃を仕掛ける。
『真っ直ぐ』、其れも『直線』で。だが、速度はとてつもなく『速い』。
《ニ虎流・火天ノ型
照もニ虎の接近に、
烈火は『逃走』や『接近』の為に『最短』を通る。故に回り込まれたり、急激な方向転換を苦手としている…それが『普通』なのだ。
だが、蛇縫を見たニ虎の移動がいきなり『左』へと『急激』に変更されたのである。
「んな!?」
技の名は『
無論、急激な重心移動は脚に負担を掛ける。しかしニ虎の表情は崩れない。積み重ね、積み上げてきた経験が、畝焔に耐えるだけの脚を作ったのだ。
路線変更に驚く照を他所に、襲い掛かるニ虎の瞬鉄・爆。返し手で本来の威力を発揮する瞬鉄だが、速度を乗せた状態で放てば、遜色無い破壊力へと昇華される、強力無類の一撃。
当たる。回避は間に合わない。
受け止める?そうすれば隙が生まれてしまう。
ならば━━━━━どうする?
「こうだッ━━!」
『直感的』に身体が動いていた。
ガッ!!!!
「…良い判断だ」
ニ虎の身体が照の横を通り過ぎていた。
走った跡は、三日月を描くように曲がっている。
「操流ノ型『
「本当に殺す気ですねニ虎さん。導水の後に柳で崩して、水龍脈で首を折るつもりでしたか」
伊達に半年間以上、彼と組手を続けてきた訳ではない。
再び、ニ虎が攻める。
握る拳は弛く、両腕が不規則な軌道を描きながら、無数の礫となり、照を襲う。
「今度は『
操流・水天ノ型 水燕。不規則な軌道を描く連打は、攻撃を見切る事が非常に困難な技で、対処方法は幾つか在れど、至難を極める。
《速い!気を抜いたら確実に押し込まれて、殺される!!》
本能と直感が照に『回避』の選択を授け、彼も全神経を研ぎ澄まし、ニ虎の連打を捌く。
《そう。お前なら
━━━━アレを使う。
「はぁっ!!」
連打の速度は変わらない。しかし当てに来る打撃の『数』が一秒毎に上がっている。
必死に捌く照。だが、何かが違う。今までの打撃とは何かが。
━ズグン!!
「い"ッ"~~~~~~~!?!」
突如、捌き受けていた両腕に『内側から』鈍く、重い、痛みの感覚が走った。何より、自分はこの痛みの『正体』を知っている。
《ま、さか…この痛みは!!!!》
ニ虎の弛く握った筈の拳が『固く』なっていた。
見間違う事など有り得ない。
「
覇堺流の基本技、釘擊。ニ虎が使ったそれは、浸透性と鋭さこそ無いが、子供の腕を挙げられなくするには十分過ぎる威力だった。
「これで打撃を捌くのは困難になったぞ」
尚も拳速が上がってゆく。全身をバネのように使い、回転率を上昇させ、威力よりも手数を増やし続ける。
「う…ぉお、おおおおお!!!?!!」
水燕と釘擊。此程迄に相性が良い攻撃が有ったのかと照は思った。水燕で回避する隙が無い。かといって弾き、其れが釘擊なら体内に衝撃を負う。
照の脳は命の危険を全身へ警鐘を鳴らし、神経と感覚は回避の為に全てを注ぐ。
ニ虎もまた、更に回転率を上げる。只でさえ多い水燕はまるで夕立のように降り注ぐ。
照の皮膚を掠め、其の度に裂傷で出血が起こる。
《…紙一重。それでいい、照。
見極めろ。全神経と感覚を研ぎ澄まし、俺の攻撃から『打ち返すべき一撃』を》
嘗ての自分も同じ思いで奥義を継承した。
志同じくした同門の友の死も見てきた。
もっと効率良く、痛みを伴わない…そんな奥義継承の方法は探せば見付かるかもしれないと、いつも考えていた。
だが、自分は秀才ではない。
やり方も、この方法でしか継承出来ない。
血塗れに濡れる小さな少年へ、ニ虎は渾身の鉄砕を放つ。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
全身から血が流れる。
数えきれない打撃が襲う。
捌き、回避するのに精一杯。
腕は釘擊を貰った為に、傀儡を掛け続けなければ動かない。
照にとって現在の状況は、とても芳しくなかった。
だが何故だろうか?
今まで以上に、感覚が研ぎ澄まされている。
今まで以上に、動きが洗練されている。
今まで以上に、見えなかった物が見えている。
《これなのか…?ニ虎さんが言っていた、感覚って言うのは…》
限界に追い込まれた脳は、照が思う以上の集中力を発揮。身体は既に、思考で避けるのでは無く、反射で避けるという、ある種の答えを導いていた。
《…分かる。ニ虎さんの水燕が、何処を狙っているのか。どの打撃に釘擊が仕込まれているのかも…》
尋常成らざる状態の中で、感覚を研ぎ澄ます。
その時、照の脳内に想像で浮かんだ泉に一滴の雫が落ちる。刹那、照の視界が大きく変わった。
『あらゆる力の流れが矢印として、自身の視界に写ったのである』
《これか…!?感覚は!!!!》
連打の中、ニ虎の右腕が硬直し、筋肉が隆起する。
照は思う。右中段突きの鉄砕が飛んで来ると。
《やるなら…今しかない!!!!!!》
飛来する鉄砕。同時に照も動いていた。
左手でニ虎の鉄砕を受け止め、威力と衝撃の矢印を操流で操り。
平行して水天の脱力を用いて腕から肩、肩から胴体、腰へと流して、威力を加速させてゆく。
左足を前へ出し、足場と攻撃の届く間合いを確保し。
残された右足の前蹴りが、真刀の斬り上げのように放たれた。
衝撃はニ虎の左足を貫くと、鮫の背鰭のように地面を這い、池の水面を切り裂いて、滝を一瞬だったが真っ二つに割っていた。
だが、右足を大きく振り抜いた反動で、照は綺麗に転び、後頭部を強打。出血も相まって、照はそのまま気絶した。
「……………………………」
ニ虎は自分の左足を見る。ズボンはビリビリに千切れ飛んで、脛より上は
「…『よくやった』、照」
血塗れで気絶し、動かぬ弟子を見下ろしながら。ニ虎は小さく、だが健闘を称えるように優しい声で言う。
「ニ虎流奥義・鬼鏖。今この瞬間、お前に『継承』された」
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「………………う、うん……?」
「目、覚めたみてぇだな」
見慣れた光景だった。自分が組手で負け、気絶した時に、ニ虎さんが焚き火を焚く姿だ。
空は暗闇の帳を下ろし、火に照らされる身体には包帯が巻き付いている。
「…俺は、死んでるんですか?奥義体得に失敗して…」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
落ち込む照に空手チョップを頭に叩き入れ、ニ虎は包帯を巻き付けた左足大腿を照に見せる。
「俺の鉄砕に対し、威力を前蹴りで返して、一撃を入れた。つまり、お前は鬼鏖を継承出来たんだよ。照」
ニ虎の傷を見、鬼鏖の強さを改めて実感する。
形を持たず、威力を何倍にも引き上げ、敵へと打ち返す其の技は、ニ虎でさえも此処まで傷を負う事実と、使い所は見誤れば、自分がこうなるだろう戒めを孕み、照に突き付けられたのだ。
「ま…奥義継承しても戦闘面で生かせなきゃ、なーんも意味がねーからなー♪照は組手で、俺に勝った事も無いし~」
「むぅ…!だったら俺はニ虎さんを超えますよ!絶対に!!」
奥義継承後にも関わらず、其処には組手の後に見る、何時もの光景があった。
ニ虎流の奥義を継承した照。しかし、彼の大いなる野望への道はまだまだ険しく、果てしなく遠い…。