(なんだよ…!まさかこれ聖杯戦争!?なんか戦ってる相手現代人っぽくないし…。いやいや、でも聖杯戦争は秘匿されるべきものなんじゃ…)
人外じみた「現象」を目の前に裕は思考の荒波にもまれる。それもそうだ。どこかの英雄譚に書かれているような騎士の一騎打ちのようなものが人を超えた範囲で行われているのだ。そして誰もが考える。ここに居たらヤバい。そういう動物の「本能」が裕を 突き動かした。
ジャリッ!
金属音のような音しか響かない夜の空間に石が擦れる音が響く。瞬間、金属音が止み何事も無かったような静寂が訪れる。
(ヤバい!足の踏み場を間違えた!...あの音が止んだという事は…!)
静寂。それは現時点の裕にとって死を意味していた。何故か?それは『聖杯戦争においてこれは秘匿されるべき戦争である』ということを裕が理解していたためである。
「どうやら我らの戦いに見物人が居たようだな」
上顎に黒い髯を蓄え、緑の鎧を着こんだ人物が槍の猛攻を止め一瞬こちらに目線を落とした。裕にはそれが一瞬笑ったように見えた。
「…興が削がれた。この戦いはここで終いだ」
赤いロングコートのような衣服を纏った人物も、こちらに視線を移す。ただ、先程の人物と違う事といえば、その目線は氷をアイスピックで刺すような、そんな冷たい目線だった。そのまま赤い衣服の人物は裕から見える視界の外へと消えて行った。
裕には、先ほどの会話は聞こえなかった。しかし、とりあえずの死の回避が出来たと理解していた。その間、緑の鎧の人物は口をもごもごと動かしていた。それは、一人で誰かと会話しているような、そんな印象だった。
少しの静寂の後、鎧の人物はこちらに振り返りゆっくりと近づいてきた。常人なら怪我しそうな高さだったが、今の裕にそんな事を構っている余裕はない。
(ヤバい…、殺される…!)
人間、真の恐怖に遭遇すると動けなくなるものである。まして、何の訓練も受けていない一般人ならなおさら。
「クソ…、タレが…!」
裕はそんな悪態をつきながら動かない体を無理やり動かし、目の前の殺気から背を向け足を動かす。しかし…。
「グッ!」
右足に熱いんだか痛いんだかよく分からない感覚が突き抜ける。急な感覚によりバランスを崩した裕は、右手を擦り剥きながらも受け身を取った。
「さらばだ少年。残念ながらこの戦いのルールでな。それにマスターの命令でな。見逃す訳にはいかんのだ」
運命というものは時に残酷な決断を下す。ただ『この戦いを見てしまった』というだけで、その首が消えることになる。しかし、同じように運命は気まぐれな決断をすることになる。先程擦り剥いた右手。そこには異様なものが刻まれていた。流れ出た血が絵を描くように『呪印』のようなものを描いていた。
「ほぉ、貴様マスターだったのか。しかし察するに未だサーヴァントと契約していない様子。ならなおの事、ここで消えるしかあるまい」
この時、この瞬間を以て、裕は念願の聖杯戦争に参加を果たす。しかし、皮肉なことに裕の死は目の前の人物の槍の先に存在した。
「俺が…、俺がマスターだってんなら…、戦う力をくれよぉ!クソッタレがあぁぁぁぁ!」
裕の唸り声のような叫びが、泣くような願いが辺りに響く。マスターとして参加を果たしたのならば、当然勝ち残りたい。そんな当たり前の願いも、今の裕にはなしえないものだった。
「さらばだ、少年。あの世で達者に暮らせ…」
鎧を着こんだ人物が、裕の頭上に槍を振り上げた。裕は手を握り締め、下を向く。もはやどうにもできない。そんな時だった。
キィン!
槍の矛先に何かが当たるような音がした。例えるなら、銃弾が固い金属に当たったような、そんな音だった。
「これは…?」
槍の先の傷を見ながら裕は疑問を口にした刹那、緑の人物は槍を身を守るように動かす。動かすたびに甲高い金属音が響く。これはまさしく銃弾の音と言えた。
「お主、なかなか策士よな。ここは退かねばワシがやられてしまう…。また会おうぞ少年」
そう言いながら緑の人物は一度バックステップを踏み、空中に姿を消した。そのタイミングと同じように、裕の倒れた先で足音が聞こえ、静かに問いかけられた。
「君が…、僕のマスターかい?」
To be continued
感想お待ちしております。