裕の目の前に黒いコートを着た人間が現れる。裕は目の前の人物に目線をめ移しながら姿勢を正し立ち上がり、そして彼を見て真っ先に裕の頭を掠めた印象がある。
「現代人…?」
「そうだね。僕はそこらへんの英雄とは違う。言うなら、英雄の成り損ない、かな」
黒いコートの人物は悲しそうな笑みを浮かべ裕の疑問に答えた。裕が現代人と思えたのは無理もない。それは、彼が現代風の黒いコートを着こみ、その手には拳銃を持っていたからである。歴史で語られる英雄であるならば、剣や弓を持っていて然りである。しかし、この男は、さも当然のように拳銃を握り締めている。
「そういえば、僕の自己紹介がまだだったね。真名はまだ言えない。今回の聖杯戦争ではアサシンのクラスで現界した」
アサシン。このクラスは、キャスターと呼ばれる魔術師のサーヴァントと並び最弱のサーヴァントと呼ばれている。何故か?それは『隠れるしか能がない』からである。元来、暗殺者の意味を持つアサシンは、決定打が致命的に足りない。しかし、そんなアサシンとは思えない言葉を次の瞬間に彼は発する。
「心配しなくてもいい。僕が来たからには確実に聖杯にありつける」
その絶対的な自信がどこからくるか裕には分からなかったが、アサシンの顔を見て嘘にも見えないように感じた。
「…その言葉を信頼するよ、アサシン。俺の名前は藤原裕。これから頼むよ」
死という絶望の回避と安堵から裕は自然と体が緩む。こうして藤原裕はアサシンのマスターとして正式に聖杯戦争に参加を果たす。
「マスター、とりあえず拠点を構えたい。住んでいる家に案内して欲しい」
「あ、あぁ、わかった。でも少し時間がかかるからその間に方針を決めたいんだけど…」
マスターと呼ばれ慣れていない裕は、アサシンからの問いに戸惑いを感じながら返答を返す。
「そうだね、これからの方針というのは大切だ。それに我々は何の情報を持っていない。前の聖杯戦争ならこうもいかなかったんだけど…」
このアサシンという男、裕から見れば戦争に慣れているように見えた。もっと言えば、『聖杯戦争』に慣れているように見えた。そして、聖杯戦争の情報を欲する裕にとってとんでもないキーワードが飛び出した。
「前の聖杯戦争…?」
「…、それについては落ち着いてから話そうと思う。後その時に僕の真名を言うとしよう」
少しの沈黙。それはどのような意味をしているのか、まだ裕には分からない。しかし、沈黙の間に少し見せた表情で、きっとそれはとんでもない過去なんだろうと察してしまった。
こうして、アサシン陣営は先刻の戦闘の名残に背を向け歩き出す。そこには、聖杯を求める男の覚悟があった。
lancer side
冬木郊外にそびえる少しばかり大きな洋館にて、怒りを全面に押し出すような声か響き渡る。
「ランサー…、何故見逃した…?あの時ヤツを排除していればこの先少しは有意に進めたというのに…!」
長机に備え付けられた椅子に座る、青いコートを着た30代半ばだろう人物が目の前のサーヴァントにそう声を浴びせる。
「そうは言うがのう…。あの時お主が言ったではないか。
『聖杯戦争のルールに則り神秘の秘匿を行え』
とな。それにあやつはマスターじゃった。あの時は引くしかなかったんじゃ。そもそも相手の正体も分からんというのに戦闘なんぞ続けられん」
緑の鎧に身を包む男、ランサーは苦笑しながら目の前の男に答える。
「そもそも貴様というヤツは私への忠義がなっていない!全く…」
そう吐き散らす男、名をエイルマー・ウィットソン。彼の家系はイギリスに根を下ろし、長く魔術師という奇妙な職業を生業とする家系である。そして同時に魔術師の誇りというものも持ち合わせていた。それ故、使い魔であるサーヴァントがヒト型である事に違和感を抱いていた。
時に聖杯戦争に参加する魔術師には二種類の人種がいる。召喚したサーヴァントを人と認め共闘していくタイプと、ヒト型にしてもサーヴァントなのだから道具として扱うべきだ、という人種だ。このエイルマーという魔術師はどちらかというと後者と言える。
「ランサー、お前、今日は私の工房の見張りをしておけ。今日はここで終いだ」
工房、それは魔術師の最重要拠点。自らの拠点を改造しもっとも戦いやすい陣地を形成、敵を迎え撃つ砦でもある。キャスターなどがこのような陣地を作成するように、魔術師が自ら打ってくるのはこの聖杯戦争では少ない。
「最も?この工房が突破されるようなことがあるとすれば?私以上の魔術師しかいないだろう。まぁ、そんな魔術師は今回の聖杯戦争に参加してないだろうな」
「へいへい、主殿。とりあえず見張っとけばいいんじゃろ?」
こうしてエイルマーとランサーの夜は更けていく。
??? side
「満たせ、満たせ、満たせ、満たせ、満たせ」
透き通るような美しい女性の声が響く。それは城。名も知らない誰かが作り上げた冬木にそびえ立つ立派な城だった。こうして、また新しい
時はめぐる。そこに個人の意思なんてものは微塵も関係がない。こうして時はめぐりサーヴァントが着々と姿を現していく。
「抑止の輪より来たれ…!天秤の守り手よ!」
そして新しいサーヴァントがこの世界に零れ落ちる。その瞬間に、子供のような笑い声を誰も聞いていなかった。
To be continued
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