BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/02/25 もう、いっか

 

 

ヴヴッ

『お部屋にお邪魔しても?』

 

 

 

紗夜からのメッセージは唐突だった。それもどうやら、NOと言えない段階になってからの言葉のようで。

つまるところ、一階――リビングの母親の元にまで彼女()は来ていると言うのだ。幸いにも二階にある自室で寝ていることになっている俺は、スマホの通知機能により読み取ったそれを返信できずにいる。

何も来て欲しくないと言う訳では無い。ああいや、この言葉では語弊がある。噛み砕いて言うなれば、()()()()()()()来てほしくないと言う事も無い、か。

 

 

 

ヴヴッ

『お寝坊さん』

 

 

 

何とでも言い給え。俺は二人居る幼馴染それぞれに対しての評価が両極端なのだ。幼馴染の彼女は双子…似たような顔の妹が一人いて、そっちの方がもう手に負えない勢いで俺の平穏を掻き乱していく。

姉が理解のある幼馴染であれば、妹は「全てを理解した上で蹂躙する天災」とでも言えようか。生憎と俺には災いと踊る趣味は無いのである。

 

 

ヴヴッ

『日菜も会いたがっています』

 

 

 

俺は会いたくないっての。だんまりを決め込む手段として、煩い幼馴染がこの聖域を脱するまでは狸寝入りを決め込むことにしよう。そうだ、それがいい。

脳内会議の末、思考し続けることと瞼を持ち上げることを辞めた。視界を閉ざしたことにより研ぎ澄まされた聴覚は階下で響く大きめの「普通の声」をしかと拾い、より頭を痛めることとなったが。

 

 

 

ヴヴッ

 

 

 

哀しきかな紗夜よ。遂にバイブレーションだけの存在となり果ててしまったのか。哀れなり。

ほんの少しだけ紗夜の顔も見たかったと思いつつ、壁に体を向ける…と、扉より静かに聴こえるノックの音。

 

 

 

コン…コン

 

 

 

一音目と間を空けもう一音。昔からの紗夜の癖というか、控えめな性格故の叩き方というか。ここまでされては逃げようもない訳で、仕方なく声だけでの対応とする。

 

 

 

「寝てるよ。」

 

 

「……ごめんなさい、顔が見たくて。」

 

 

 

はて。紗夜はこんな恋する女の子の様な言葉を使う女性だっただろうか。何かの企みがあるに違いない。そう、例えば…日菜に脅されて、背中に物々しい鉄の銃型を突き付けられ…!

阿呆な妄想は退屈の産物。動きたくないといった姿勢はそのままに、紗夜であれば拾ってくれるだけの意味を込めて言葉をぶつけてみる。

 

 

 

「…あぁ、そういえば鍵をかけ忘れて寝ちまったな。参ったぞこりゃぁ…」

 

 

「…………。」

 

 

カチャァ

 

 

「……やっほ。」

 

 

「ぶふっ」

 

 

 

不意打ちだった。ここまでカジュアルでコミカルな氷川紗夜を誰が想像したろうか。恐らく無表情で言い放ったと思われる小さな言の矢は、俺の精一杯のクールっぷりを吹き飛ばすには充分だった。

 

 

 

「…今日はやけにご機嫌じゃないか。」

 

「ええ、まあ。」

 

「学校が休みでそんなに嬉しいのか?風紀はどうした。」

 

「乙女には色々あるんですよ。」

 

 

 

成程。紗夜は乙女らしい。年号が変わってからというもの、衝撃の新事実が多くて参ってしまう。

 

 

 

「失礼な事考えたでしょう。」

 

「おっといけねえ顔に出ちまった。」

 

「……お寝坊さんはダメですよ。」

 

「少し多めに体を休めているだけさ。日頃頑張ってくれてる身体だしよ。」

 

「そうですね。えらいえらい。」

 

「日菜は帰ったのか?」

 

「いえ、下で…おばさんと蜜柑を食べていました。」

 

「道理で静かな訳だ。」

 

 

 

お袋は日菜の扱いを心得ている。ウチのお袋と美味しい食べ物があれば、日菜は暫く無力化できるであろう。

時に幼馴染と言えど、父親同士は特に親交が無い。互いの母親が幼少のころからの付き合いらしく、子供たちも生まれた直後からの仲と運命づけられた。誕生日が一日違いな事や母親たちの駆け込んだ病院が同じだったことも含め、きっと何かに呪われているのだろう。

 

 

 

「そんなに毛嫌いしなくても。」

 

「…紗夜と似てるからな。」

 

「髪は伸ばしましたが…似ていると何か不都合があるのですか?」

 

「お前と似た顔しやがって、お前よりも距離の詰め方がヘタクソだ。…また惚れそうになるんだよ。」

 

 

 

アレは他人を人間として認識していない節がある。時には何の躊躇いも無く至近距離で見詰めてみたり、ごく自然な流れで腕に絡みついてみたり。

勘違いさせられた哀れな男の数はいざ知らず。皆俺とは違う理由で絆されていくのだから。

 

 

 

「もうちょっと人との接し方を教えてやってくれ、お姉ちゃん。」

 

「私を前にしても惚れるような素振りは見せないのに。…不思議なものですね。」

 

「お前は変わったからさ。」

 

「へえ。実はずっと日菜の方を追いかけていたのでは?」

 

「あのなあ、俺は…」

 

「冗談ですよ。あなたに愛されていた実感はありましたから。…ただ、私が少し臆病だっただけです。」

 

 

 

ベッドの端に座り、癖になっているであろう枕の脇にある虎のぬいぐるみを抱き締める紗夜。その目はどこか遠くを見ているようで、吸い込まれそうな程綺麗な横顔だと思った。

…この美しい横顔を、嘗ては好き放題眺められる関係性にあったのだと思うと不思議な気持ちだ。果たして、臆病だったのはどちらか。

階段を駆け上がる喧しい足音がもう少し遅ければ、思わず抱き締めていたかもしれない程の雰囲気と美しさに、どこまでも人を惑わす姉妹だと改めて恐怖した。

 

 

 

「やっほおぅ!」

 

「…日菜!人様のお家でそんなに騒いで…」

 

「あははっ!人様って!」

 

「うるせーぞ白菜。」

 

「元気なんだもーん!」

 

 

 

紗夜とはまた違った「やっほ」で登場したのは紗夜と同じ毛色の髪を持つ双子の妹。性格もノリもテンションも何もかもが違っていて、恐らく初対面で良い印象を受けるのは此方の方だろうと思われる。

ただ、少しでも仲が深まってしまうと一巻の終わり。奴には一般常識やら気遣いやらが通じないのだから。そういった少しの人外感を演出すべく、俺は奴の名前に「'」を一つ付けて野菜として呼んでいる。

 

 

 

「○○、今起きたの?」

 

「だったら何だよ。」

 

「寝癖、凄いよ。切ったげようか。」

 

「おいやめろ。寝癖出る度切ってたら頭が荒れ地になっちまう。」

 

「あはははっ!試してみたーい!」

 

「…そんなに凄いかな、寝癖。」

 

 

 

余りにも酷い有様のように言われるので、余程客観視を信用して任せられる紗夜の方に振ってみる。俺の視線を受けた紗夜は頭の辺りをチラリと一瞥…何とも素っ気ない声で「別に」と返してきた。

そういえば…日菜も含め三人で居る時、心なしか紗夜は不機嫌な気がする。不機嫌と言うべきか一歩引いた姿勢を取ると言うべきか…発言量は減るし距離は離れるし…何なんだろうか。

 

 

 

「冷てぇ。」

 

「………。」

 

「もーしょうがないなー○○はぁー。お姉ちゃんがこの特製の手櫛で直してあげまちゅからねー。」

 

 

 

黙り込む紗夜を尻目に、「じょーん」と謎の擬音を発しながら近づいて来る。始まるのか、また無遠慮なスキンシップが。

大して広くない一般家庭の一室だ。近づくと言っても三歩程でベッドには辿り着くし、ギシリと音を立てて撓るベッドの上も然程広くない。紗夜も座ったままこちらを見下ろしている為大した抵抗も出来ないまま、組み伏せられる形になってしまった。

仰向けの俺に馬乗りになる形で文字通りマウントを取る日菜。そのまま抱きつく様に背中に腕を回され、強引に抱き起された。

 

 

 

「…しょっと。うっはぁ!直し甲斐のある後髪だぁ!見て見ておねーちゃん!」

 

「……あなたも、気付けば伸びたのね。」

 

「俺はわざと伸ばしてるわけじゃないがな。…あと白菜、あんまりくっつくんじゃねえよ。」

 

「うぇー?いいじゃんいいじゃん、仲良しって感じでー。るんっ!て来ない?」

 

「…むにっとしてる、かな。」

 

「………あたしそんなに太ったかな。」

 

 

 

天然なのかボケているのか。確かに言えることと言えばその柔らかさが脂肪であることだが、彼女が肥えたのかどうか俺には判断できない。現状把握できていることと言えば、只でさえ素っ気ない紗夜がさらに不機嫌になっている事…だが。

 

 

 

「おうこら何時まで乗っとんだお前は。」

 

「髪の毛直すまでぇ~。」

 

「重いんじゃボケ…。」

 

「なっ!…女の子にそう言う事言っちゃいけないんだぁ!」

 

「白菜、お前は、女の子じゃ、ない。」

 

「なにそれぇ!?」

 

「少なくとも俺はそう見てない。」

 

「えぇぇぇ!?」

 

 

 

ああもう、どうしたら退けてくれるのか。一刻も早く紗夜のフォローに回りたい俺だったが、一人分の重しが載っているせいで如何ともし難い。

思案の末に正解が何処にも無いという、彼女を前にした際当たり前とも言える解に辿り着いた俺は紗夜に救援要請の視線を向けることに。

…するとどうだろう。ここに来て初めて、紗夜がいつもの様な薄い笑みを浮かべたような気がした。

 

 

 

「日菜、いい加減になさい…。それにあなた、お母さんから言伝を預かっていたでしょう?おばさんに言わなきゃいけない…」

 

「あっっっ!!!……どうしようおねーちゃん、忘れちゃってたよぅ…。」

 

「どうしようも何も、今すぐ伝えに行くべきでしょう?」

 

「そ、そうだね。…それじゃあ○○、髪は後で直してあげるねっ!」

 

「いらねぇ。」

 

 

 

流石と言わざるを得ない姉力。俺があれほど梃子摺っていた天災を、いとも容易く操作して見せたではないか。

時間と精神的な余裕さえあればその「日菜回し」の手法を是非とも教授頂きたいものだが、今は一先ず訪れた安寧に身を委ねるとしよう。紗夜と二人、まったりと流れる時間を味わうのだ。

 

 

 

「助かった。」

 

「…私も、面白くなかったので。」

 

「……くっつきすぎたか。いやでもアレは日菜が」

 

「ズルいじゃ…ないですか。私は、結局抱き合う事さえできなかったというのに。」

 

 

 

紗夜と付き合っていた頃。付き合っているとはいえ飽く迄幼馴染でしかなかった俺達は、恋人らしいことの一つも出来なかった。毎日当たり前の様に、それこそ家族の様に近くに居た存在。…今更真剣に愛など囁けようものか。

結果まともに到達できたのは手を繋ぐことくらい。若さと言えば若さなのだろうが、何とも歯がゆい思い出である。

紗夜の言葉に在りし日を思い返しているとスマホが短く震えた。……メッセージを見やれば母親からで、どうやら日菜と遊びに出かけるらしい。心の中で小さくサムズアップを返した。

 

 

 

「その後すぐに、あなたはまた恋人を作ってしまうし。」

 

「それはまぁその……告白受けちゃった時に、丁度フリーだったし…さ。」

 

「ばか。」

 

「え」

 

「…馬鹿です。私は。」

 

 

 

この手の話になるといつも、必ずと言っていい程俺がすぐ美咲と付き合い始めたことを責める。もしそのまま一人落ち込んでいたら何かが変わったのだろうか。やり直すことができたのだろうか。もう一度二人で、少しずつ…

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

着信?画面には非通知の文字が。誰からなのかサッパリだが、緊急時の事なども考慮しつつ対応することに。

 

 

 

「…もしもし?」

 

『あっ○○さんー。あたし。』

 

「……あたし、さん?」

 

『もー声でわかんないかなぁ。』

 

 

 

はて。非通知でかけてきた挙句名乗らずに声で分かれと。そんな無礼な知り合いが居ただろうか。

本気で困惑していると、本日何度目かの紗夜からの助け舟が。

 

 

 

「…彼女さん、ですか?」

 

「いやちが………いや、そうなのかな?」

 

『誰かいるの??』

 

「お前、ミサか?」

 

『そうだよー。もー…彼女の声忘れたりするー?』

 

 

 

声というのは空気の震えを鼓膜で感じ取って認識しているものだろう。機械を通すと変わるんだよ、お馬鹿さんめ。

 

 

 

「…何の用だ?」

 

『…用が無いとかけちゃ駄目なの?』

 

「そう言う訳じゃ…ないが。」

 

『今ね、○○さんの家の前まで来ててね。』

 

 

 

今、とんでもない発言を耳にした気がする。家の前?俺の?もう来てる?まさか。

漏れていたであろう音を聞いた紗夜がそっと部屋の窓を覗き込む。

 

 

 

『あっ、今カーテン揺れたよー。やっほー。』

 

 

 

マジだ。

 

 

 

「愛されてますね。」

 

「そういう問題じゃねえだろうどうすんだ。」

 

『上がっていーい?』

 

「それみろ!」

 

『……やっぱり、誰か来てる?あ、ひょっとして元カノさ』

 

「んな訳ないだろう。そういう…中途半端な関係じゃないんだから。」

 

 

 

これが、自分で自分の首を絞めていく哀れな男の姿なのだろう。何という愚行、何という下らなさ。

紗夜も開いた口が塞がらないといった顔だ。そのまま喜んで通話を終了させる彼女と、チャイムに引き続き開かれる玄関のドア。これはまずい。実にマズい。

 

 

 

「どうしてそう自分を追い詰めていくのですか。」

 

「どうしてかなぁ。俺も知りたいよ。」

 

「あと数秒でここまで来ちゃいますけど。…私が居ては都合が悪いんですよね?中途半端な関係じゃないんですもんね?」

 

「ええと、いやその……ええい、こっちこい紗夜!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 

驚くほど可愛らしい声を上げる元彼女を抱き寄せ俺と壁の間に配置。そのままベッドの中に押し込み、極力細く見えるように力いっぱい抱きつかせる。後はそこに掛け布団を掛けて、俺が胸から上だけを自然な感じで布団から出し、さも今まで寝ていたかのようなポーズを取れば準備は完了。

腰のあたりでまだもぞもぞと動く感覚があったがそこから僅か二秒ほどで部屋のドアが開けられた。

 

 

 

「やっほー。」

 

「……流行ってんのか?」

 

「何が?」

 

「別に。」

 

「…きちゃった。」

 

「暇人かね。」

 

 

 

心臓はバックバク。凡そ布団で寝ていたとは思えない量の冷や汗を流していたかもしれない。自然な動きで膝を立て、下半身あたりの不自然な盛り上がりにも対応。

後はポーカーフェイスを崩さずに、淡々とやり取りをしつつ早めに帰ってもらって…

 

 

 

「…前来た時と違う匂いするね。」

 

「えっ」

 

「芳香剤とか、変えた感じ?」

 

 

 

犬かお前は。

確かに匂いなどまるで気にしちゃいなかったが、さっきまで日菜がばたばた暴れまわっていた上現在進行形で紗夜が居るのだ。女の子特有の甘い香りを同じ女の子である美咲が感じ取れないはずがない。盲点だった。

 

 

 

「やっぱ元カノさん来てたんだ?」

 

「何故そう思う?」

 

「だってさ、元カノさんについて全然教えてくれないし、何か今日の○○さん変だし。」

 

 

 

鋭い。

 

 

 

「あ、ええと…いてててて!!!」

 

 

 

その時、布団の中の太腿を何者かに抓り上げられた。何者か、と言っても押し込んだ幼馴染以外に該当する人物はいないのだが。…話題を変えろという意味だろうか。不思議そうに首を傾げる美咲には悪いが、今は取り敢えずこの場をやり過ごす手段を最善として行動せねばなるまい。

 

 

 

「??」

 

「あ、あー……じ、実は今かなりの高熱なんだ。」

 

「え、そーなの?」

 

「ああ。三十八度以上が四日も続いてるんだ。風邪とかだったら伝染しても悪いし今日はその」

 

「何言ってんの。親御さんも居ないんでしょ?看病するよ。」

 

「あぁええと…ほら、伝染ったら」

 

「○○さんになら伝染されてもいいもん。…何なら、伝染してもらって共有するのだって、お揃いな感じでちょっと幸せ。」

 

 

 

何という純真な子だ。相変わらず太腿は抓り上げられているがそんなことが気にならない程感動している。真っ直ぐな瞳でただただ心配な気持ちだけをぶつけてくる彼女。

俺は今途轍もなく悪い事をしているんじゃなかろうか。こんなに良い彼女を、悲しませ裏切る様な真似を…しかし紗夜も紗夜で傷つけられない。…まぁこの場合はバレたところで紗夜に何のダメージもないんだろうけど。

 

 

 

「……ミサ。ちょっとこっちに。」

 

「うん。」

 

「……頭出して。」

 

「ん。」

 

「………よぉしよしよし…。」

 

 

 

今は下手に体勢を変えられない為、頭を撫でるのが精いっぱいだ。それでも何かしてやりたかった。俺の付いた嘘とは言え、安心させたかったのだ。

始めこそ何事かと体を強張らせていた美咲だったが、次第に笑みに変わり…高熱にしては元気そうな俺の姿にある程度の安堵を抱いたようである。

 

 

 

「…不覚にもときめいたよ。」

 

「えへ、本心だからだね。」

 

「あぁ、また一つ好きになった。」

 

「……もっとなってくれてもいいんだけどな。」

 

 

 

自然だなぁ美咲は。

 

 

 

「でも、だからこそ、今日は帰れ。」

 

「…………んー…。」

 

「大丈夫。本当にきつくなったら頼らせてもらうから。本当に心細い時に傍に居て欲しいから、今は伝染らないように帰って欲しいんだ。」

 

 

 

ある意味で筋を通せた感のある言葉に多少なりとも納得が行ったのか、真剣な表情で頷く美咲。そろそろ太腿が引き千切れそうなので、勝利を確信した俺は布団の中の紗夜をそっと抱き寄せた。途端に解放される太腿。

…あぁ、面と向かっては触れる事すら難しいというのに、まるで存在を感じない状態であればこうも容易いのか。

 

 

 

「……無理しちゃ、だめだよ?」

 

「ああ、ありがとうな。ミサ。」

 

「ん。…またね。」

 

 

 

静かに扉を閉め、玄関もまた静かに通過。完全に気配が外へと抜け出たのを確認して布団を捲った。

 

 

 

「……。」

 

「紗夜?…もう、終わったぞ。」

 

「………。」

 

「…悪かったって。急に押し込んだことは謝るが、仕方が無くて」

 

「デレデレしてた。」

 

「………はい?」

 

「すっごい、デレデレしてて、恋人みたいだった。」

 

「……いや、恋人だからね?」

 

「私のときはそんなことなかったのに。」

 

 

 

ああ。話題云々関係なしにずっと抓り上げていると思えば単純だ。嫉妬していたわけか。とは言え今の俺の状況はあの頃の俺とは違う訳で…何せ早々に追い返さなければいけなかったのだから。

だがそんな事情なぞお構いなしにぷりぷり怒る紗夜。

 

 

 

「どこまでしてるんです。」

 

「どこまで、とは。」

 

「奥沢さんと、どこまでしたんですか。」

 

「え聞きたい?」

 

 

 

俺なら嫌だ。嘗ての恋人…丁度今の状況であれば紗夜に当たる訳だが、今の恋人と何処まで行っているかなど、考えただけでも虫唾が走る。

だが彼女は違う人間。考え方も違うようで…。

 

 

 

「はい。」

 

「………手は、繋いだよ?」

 

「知ってます。」

 

 

 

知ってんだ。

 

 

 

「ハグとかも…するかな。」

 

「……クッ」

 

「…紗夜?」

 

「続けて…ください」

 

「キスもしたかなぁ。」

 

「あう……」

 

「そんな沢山じゃないけどな?」

 

「うぅ…………」

 

 

 

こんな情報、聞いて何になるというんだ。滅茶苦茶苦しそうな顔をしているが。

 

 

 

「…紗夜?」

 

「…うぅぅぅぅぅぅううううう!!!」

 

「!?」

 

「ううううううううぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

唸り声かと思ったが、体を抱き起し正面から顔を見据えると何と言う事だ。ボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。あの、氷川紗夜が泣いていたのだ。

顔を真っ赤にして、悲しいというよりかは悔しさと遣り切れなさを露わにして。それでも泣き声()()()泣き声を上げず、堪え切れず漏れ出た声だけを上げているのは彼女のプライドの高さが窺い知れるところか。

 

 

 

「紗夜…」

 

「ぅぅ……どうして…っ、どうして私は……踏み出せなかった……のでしょう!」

 

「……。」

 

「こんな結末……っ、望んじゃ、……いなかった…のに…。壊れたく…なかっただけなの…に…。」

 

「紗夜。」

 

 

 

分かっていた。あの時の――別れの言葉を聞いた時、分かったつもりで居たのだ。

 

『私達は、もっと私達らしくあるべきです。幼馴染でもいいとは思いませんか?』

 

…俺はその言葉を一方的な別れの言葉だと思いこんでしまった。まぁフラれたと思い込んでいたわけだし、目の前の大好きな彼女が真剣な顔をして言った()()()な訳だし。

あれは紛れもなく俺への問いかけだったのだ。同意が欲しかったのか、或いは――

今となってはもう遅い。歩き出してしまったそれぞれの道は、もう交わることが無いと知ってしまった上での姿が、ここ数週間の行動だったのだろう。

そして今、図らずともこの場で、自分との差をも知ってしまったのだ。…あまりに残酷な現実であろう。

 

 

 

「俺があの時、もう少し子供らしく居られたら。」

 

「……。」

 

「変に大人ぶって、お前の事を理解したようなつもりになってさ。…それで、お前を放す選択なんかしなきゃよかったんだよな。」

 

「そんな……私の……私の、言葉…ですから…。」

 

「……いや、悪いのは俺なんだ。…だってさ、紗夜。」

 

 

 

少し顔が似ているだけの妹にさえ惚れそうになる男だぞ?すぐに次の彼女を作ったのだって、一生懸命、お前の事を忘れようとしたからだぞ?

必死になって、恋人だと自慢できた僅かばかりの日々を、無かったことにしようと俺なりに努力してしまったからなんだぞ。

お前はポーカーフェイスが得意だから。次の日の「おはよう」の時点で俺の気持ちは完全に打ち砕かれたんだ。全てが終わったと思ったんだ。…それでも、紗夜の方こそ、いっぱいいっぱいだったんだろ?

 

 

 

「俺……できることなら別れたくなかったよ。」

 

「…っ!!………そんな……今になって………遅いんです…よ……馬鹿…!」

 

「俺…今だって…!!」

 

 

 

気付けば抱き締めていた腕に力が入る。痛い位に自分の体に押し付ける彼女の体は酷く華奢で、まるでバラバラに砕いてしまう幻想さえ見てしまいそうな程にか弱く震えていた。

禁句を口にしかけたが慌てて飲み込み、胸の内へと仕舞う。これを言ってはいけない。今度こそ全てが壊れてしまうから。

 

 

 

「………なあ紗夜。あの時諦めた事、今全部やっちゃおうか。」

 

「……………………………うん。」

 

 

 

その代わり、人として、男として…最低な提案をした。

 

 

 

**

 

 

 

やはり俺は甘すぎる。人を、世界を嘗め腐っている。

隣ですやすやと寝息を立てる紗夜の頬を指で撫で、自分が踏み出してしまった転落の一途を今更ながらに後悔した。

最中に交わした言葉。無数の「愛してる」と「ごめん」。

つまるところ俺達は未完成で、どうしようもない程に幼馴染だったのだ。

 

涙と嬌声の中で結んだ契りは、「ずっと仲の良い幼馴染でいること」。

ずっと、()()()()()で居られること。

 

 

 

「賽は投げられた、か。」

 

 

 

朝から夕へ、夕闇から夜の帳へと。

 

―――暮レル。

 

 

 




性癖が




<今回の設定更新>

○○:明らかになってきた。
   ずっと紗夜が好きだった。忘れられない程に。
   美咲も純粋で眩しく見えて好き。

紗夜:ヒロイン1。
   正直ここから本編と言った感じなので、色んな紗夜さんに注目です。
   正統派幼馴染を目指していた、とだけ書いておきます。

美咲:ヒロイン2。
   何も知らない。無垢な頃。誰にでもある。
   染まるのか染まらないのか、正直何も考えていません。

日菜:ぷにぃ

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