BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/03/20 湛え溢れ、穢さんばかりに

 

 

「あ、幼馴染なんだ。」

 

「言ってなかったっけ。」

 

「言ってなかったね。」

 

「そうか…うん、幼馴染なんだ。」

 

「そっか。」

 

 

 

俺と彼女は案外似たところがあるのかもしれない。お陰で二人きりの会話なんか大体こんな感じだ。

傍から見たら只の確認作業に成り果てている感すらあるが、俺達はこれで良い。二人で過ごす時間を俺たちなりに楽しめているんだ。

 

 

 

「よく一緒に居るなーとは思ってたけどさ。」

 

「やっぱ…気になる?」

 

「んー……紗夜先輩は素直に尊敬できる人だし、○○さん相手でそう間違いは起きないでしょ。それに…」

 

 

 

俺をどういう人間だと思っているのか、よくわかる話だった。事も無げに吃る事無く話している様を見ていると、本当に気にしてなさそうだし。

少し間を置いて、そっと腕を絡ませ続ける。

 

 

 

「○○さんのこと、信じてるから。一応…。」

 

「……………。」

 

 

 

放課後の教室。幼馴染の双子と交わした約束の時間まで、まだ二時間程あった。

俺なんかに懐いて来る数少ない可愛い後輩であり、"恋人"という絶対的なポジションを確立する少女との、二人きりの静寂。暫し身を委ねるこの一時は、味方によっては逃避のようであった。

 

 

 

「ミサ。」

 

「ん?………んっ、ふ…ぅ。」

 

 

 

静かな教室には、外から飛び込んでくる部活動の声が聞こえて居た。

 

 

 

「……んぁ……不意打ち。」

 

「ミサがあまりにも可愛い事言うから、つい。」

 

 

 

唇を細い指先で拭う仕草をぼんやりと眺める。気付けばもう、キスは「粘膜の接触」と「性的興奮の増長」を促す為だけの行為にしかなっていなくて…あの日以来、俺の中の風紀も乱れに乱れてしまったようだ。

 

 

 

「…ここで、するの?」

 

「……いや、今日はほら、」

 

「誕生日パーティ…だったね。わかってる。」

 

「………ごめん。」

 

 

 

倫理観も貞操観念も、常識も誠意も愛情も…全て似たようなものだ。一度枠をはみ出してしまえば、まるでイリーガルなパッチファイルでも充ててしまったかのように、意思や信条とは関係なく書き換わってしまう。

美咲には悪いが、俺は転がる様に堕ちていく一方。人として、男として、屑に成り果てる未来のために仮面を被ろうと。

 

 

 

「んーん。……三人で、するんだよね?」

 

「三人?」

 

「二人きりじゃ…ないんだよね?紗夜先輩と、○○さん。」

 

「…あ、あぁ。…日菜もいるし、何なら親もいる。」

 

 

 

昔からの恒例行事となっている誕生会。互いの母親がイベントを盛り上げたがる性分の為か、誕生日はいつも三人一緒だった。俺の時も例外ではなく、"三人"で。

 

 

 

「そ…っか。」

 

「なぁミサ、俺…」

 

「じゃああたし、寄り道して帰るからもう行くね。……ばいばい。」

 

「………。」

 

 

 

鞄を引っ掴み早足で廊下へ――出る扉を開けたところで、寂しげな笑顔を向けてくる。

 

 

 

「…元カノさんも、こんな気持ちだったのかな。」

 

「………ぇ。」

 

「ごめんなさい、なんでもない。…またね。」

 

 

 

駆け出していく彼女の足音を聴きながら、静かに目を閉じ息を吐いた。

俺はまだ、紗夜を"ただの幼馴染"としてしか紹介していないのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「んもー!○○おそーい!」

 

「仕方ねぇだろ、買い物行ってたんだから。」

 

「何買ったの?おにぎり?」

 

「どんな発想してんだお前。」

 

 

 

自宅に着くなり仁王立ちの日菜に迎えられる。俺に課せられている買い出しは紛うこと無き今日の誕生会関連なのだが、どう勘違いしたのか目前のバカは、俺が小腹を空かせたとでも思ったようだ。

これからたんまり食わねばならんのにおにぎり何か買うか馬鹿。

 

 

 

「…紗夜は?」

 

「ご飯作ってるー。」

 

「そか。……ほれ、日菜。」

 

「ほ?…ナニコレ。」

 

 

 

スーパーとコンビニとドラッグストア、たまたま近場に纏まっていて助かる三店舗を周り、依頼の品々はコンプ済みだ。袋からガサゴソと取り出し日菜に渡したのは、ド派手に紙吹雪が舞うタイプのクラッカー。

不思議そうな顔を見る限り本人は覚えちゃいないんだろうが、去年の誕生会で「ド派手なクラッカーがあれば完璧な誕生日だった」と呟いていたのを覚えていたのだ。何でも大きくて派手で騒がしいのが好きな日菜らしいといえばらしいが、たまたま見かけたので衝動的に買ってしまうのはどうにも俺らしい。

 

 

 

「えっ、えっ、これ、あたしが鳴らしていいの??」

 

「何だよ、不満か?」

 

「そ、そんなことないよっ!でも去年は買い忘れてたから無くって…あっ。」

 

 

 

自分でそこまで言いかけて漸く思い出したようで。

 

 

 

「覚えてて…くれたの?」

 

「…まあな。今日はお前を、「発砲手」に任命するから、ベストなタイミングでぶちかますように。」

 

「うっひゃぁ!……あれれ?」

 

「ん。」

 

「ハッポウシュ…ってなんだかお酒みたいだねぇ。」

 

「…年中酔っぱらったようなお前にぴったりじゃないか。」

 

「む!失礼な!…あ、そうだ。まさかこれで終わりじゃないよね??」

 

「何が。」

 

「プレゼント!」

 

「……そんなわけないだろ…。」

 

「ならいーんだけど。」

 

 

 

阿呆なやり取りは大概にして、そろそろ玄関へ上がらせてもらおう。何だかんだ言いつつも大事そうにクラッカーを抱え俺の部屋へ入っていく日菜を見送って、キッチンと繋がるリビングへ向かう。

 

 

 

「おや○○、おかえり。」

 

「ああ。……言われたもん買ってきたけど。」

 

「冷蔵庫入れといてくれるかい?」

 

「あぁ。」

 

 

 

紗夜と並んで作業中のお袋に言われるがまま、買ってきたものを収納していく。いつもはむさ苦しい一人息子と寡黙な旦那しかいないこの家も、この日だけは花が咲いた様に賑やかになるということで、お袋もご機嫌だ。自分に娘が出来た気分でも味わっているのだろう。

 

 

 

「……随分遅かったですね、○○。」

 

「あん?…ああ、まあな。」

 

「紗夜ちゃんもずっと心配してたんだからー。そんなに大きな買い物じゃなかったでしょうに。」

 

「へぇへぇ、どうせ鈍臭ぇっすよ俺は。」

 

「…あんまり心配かけちゃ駄目でしょ?アンタみたいなバカ息子、心配してくれる子なんてそうはいないんだからー。」

 

 

 

上機嫌で饒舌なお袋はちょっとウザい。勿論、俺と紗夜の関係も知っているし、もう終わった事も知っている。その上で、"健全"に幼馴染を続けられている状態を良い事だというお袋だが、今の俺達を知ったら果たしてどうなるのだろうか。

…まぁ、目の前で日菜と抱き合おうが「仲良しねぇ」で片づけるようなお袋だ…全てが杞憂な気もするが。

 

 

 

「…っせーな…。おいこら紗夜、笑ってんじゃねえ。手が止まってんぞ。」

 

「ふふ、まだまだ子供なんですね。貴方は。」

 

「同い年だろうが。」

 

「…貴方よりお姉さんのつもりです。精神的には、ですが。」

 

 

 

マスクをしている為表情が読み取りにくいが、ありゃきっと得意げな顔で微笑んでいるに違いない。

くそ…何か切れ味のいい仕返しを…

 

 

 

「………何か、紗夜のエプロン姿、久しぶりに見たな。」

 

「そうですね。貴方の前で料理はしませんから。」

 

「似合うじゃん。」

 

「…………………そういう言葉は彼女さんに言ってあげたらいいと思います。…一つ味見、します?」

 

 

 

紗夜は、案外チョロい奴だった。

 

 

 

**

 

 

 

クラッカー飛び交う誕生会のあと、酒に酔わされてどんちゃん騒ぎを続ける保護者連中を尻目に、紗夜と二人片づけを進める。日菜は俺が渡した誕生日プレゼントを早速使うと息巻いて、またしても俺の部屋へ閉じ籠っている。あいつは何故事ある毎に俺の部屋を使うのだろう。

 

 

 

「……楽しかったです。」

 

「賑やかだったなぁ…とんだ近所迷惑だ。あ、そっちの皿取って。」

 

「…はい。……貴方も、楽しめていましたか?」

 

「そりゃ勿論。紗夜とも一緒に居られたし。……ああ、置いといていいよ、纏めて仕舞うから。」

 

 

 

紗夜が流し担当…解体・収納・掃除面は俺が担っているいつものスタイル。キッチンからはカウンター越しにリビングが見えるが、正直親の尊厳など微塵も感じられない大人四人が今日の目的などまるで関係ないとでも言うように酔いを加速させている。

 

 

 

「…しっかし、呑気なモンだ。子供たちは頑張って働いてるというのに。」

 

「ふふっ、いいじゃありませんか。いつもはお世話になりっぱなしでしょう?」

 

「そうかもしれねえが…。」

 

「それよりも…私は、怒っているんですよ。」

 

「え"……。」

 

 

 

気付かないうちに何かしただろうか。思わず作業を止めてこれまでを振り返ってみるも、特にヘマをした記憶はない。

それでも確かに、目の前の幼馴染の眉は釣り気味だ。

 

 

 

「…貴方はすぐ私に意地悪するじゃないですか。」

 

「してねえ…と思うんだが?」

 

「日菜には、何をあげたんです?」

 

「ええと…」

 

 

 

日菜に渡したプレゼントの中身はジェルネイルのセット。最近ネイルアートが楽しくて~といった内容のクソ長い雑談を一方的に耳に注ぎ込まれていたこともあって、特に迷う事も無く用意できてしまったやつだ。

まず最初に俺に見せてくれるらしく、今作業の真っ最中と言う訳だ。

 

 

 

「…私には?」

 

「……お前にも渡したろ?…ネックレス。」

 

「ええ。」

 

 

 

ゴム手袋を脱いだ紗夜がふわりと髪をかき分ける。露わになった綺麗な鎖骨と白い肌に映える、シルバーの鎖。

丸い石が二つ連なったデザインになっており、大きさの違うアレキサンドライトとピンクトルマリンが埋め込まれている。

 

 

 

「事前に言われた通りの石だろ?…デザインも悪くないと思うんだが…。」

 

「…貴方はその意味を知らないでしょう。私が、どうしてその石のアクセサリーを強請ったか。」

 

「あー……ごめん。女の子だしアクセサリー欲しがるもんなんだろうなーくらいに考えてたよ…。」

 

 

 

女心とかそういう目に見えないものはよく分からない。考えたことも無い。だが、紗夜が珍しく細かい注文で物を欲しがったのが嬉しくて、他に何かを考える余地も無かった…と言えば聞こえは…いや、言うまい。

 

 

 

「はぁ。」

 

「で、でもさ。予想っつーか、勘っつーか…俺なりに考えはしたんだぜ。」

 

「それが私に見えなければ意味ないでしょう。」

 

「……ちょっと、待っててくれ。」

 

 

 

心底ガッカリした表情の紗夜を残し、へべれけ大人軍団の間を縫って玄関へ。靴箱の中、手入れ用品の辺りに隠しておいた箱を引っ張り出しキッチンへ戻る。

言葉通り待っていてくれた紗夜の前で箱を開ける。

 

 

 

「……!!…これは?」

 

「同じメーカーの…ネックレス。」

 

「…綺麗な、石ですね。」

 

 

 

同じくシルバーの鎖に一つだけ、妙に歪にカットされた石が埋め込まれているネックレス。紗夜へのプレゼントを見繕った店で同時に購入したものだ。

籠められた綺麗な水色の石の名は「アクアマリン」。

 

 

 

「…紗夜の、誕生石。」

 

「…………して、どういう意図で。」

 

「ネックレスってさ。流石に学校じゃアレだけど、身につけていられる物じゃん?俺達ってその…関係性自体が隠し事みたいな感じだけど、これを身につけていれば紗夜とずっと一緒に居られる気がして…さ。」

 

「………………おこです。」

 

「えぇ??」

 

 

 

不正解…か。

とは言え俺がこれを購入した動機に偽りはない。違うと言えばそれまでだが、悪い事ではない気がした。

 

 

 

「…どうしてそうやって、私に意地悪するんですか。」

 

「意地悪って…。」

 

「…私も同じ目的でリクエストしました。貴方を…ずっと想っていたいから。…どうして気付いたんです?」

 

 

 

…日菜に聞いたとは言えまい。俺が言わなくても後々発覚しそうではあるが、ここは体よく格好つけさせてもらうとしようか。

 

 

 

「……お前が考えていることくらいわかるさ。」

 

「…嘘つき。でも、格好つけたがる貴方も、好きです。」

 

「……そうか。」

 

 

 

不思議なもので、好きと言われて胸が痛むのは紗夜が相手の時だけなのだ。求めている言葉の一つであるはずなのに。

そうしてその言葉を皮切りに彼女を抱き寄せ、場所などお構いなしに今日も体を重ね―――ふと、うなじにキスを降らせていた中で、違和感を覚えた。何だろう、耳の辺りに…

 

 

 

「……うぉ」

 

「んっ……気づき、ましたか。」

 

「お前、穴なんか開けて…」

 

 

 

以前、風紀の鬼とまで揶揄されている彼女を更に揶揄ったことがある。

「制服改造とか持ち込み禁止物とか…増してやピアスなんか絶対しないだろう」と。だが今目の前にある紗夜の右耳たぶにはしっかりとピアスホールが開けられている。

あれ程までに毛嫌いしていたというのに。

 

 

 

「…次はピアスをおねだりしようと思ってまして。」

 

「どういう…心境の変化だ?」

 

「私はすっかり道を踏み外してしまいましたから…貴方に責任を取ってもらおうと思って。」

 

「責任なら普通指」

 

「指輪は、奥沢さんの為に譲ろうと思います。…そこは私じゃない、彼女さんが縛れる場所ですから。」

 

 

 

その声は少し悲しく、切なく響いた。彼女が堕ちたのは俺のせいなのだと、改めて痛感する。俺があんな提案をしたばかりに…

無意識の内に歯を食いしばる俺の手を、彼女は甘い香りの服の中へと誘導する。肌理細やかなゲレンデを滑り落ちるように、谷の中へと入り込んで行く感触に彼女の声は蕩けそうだ。

 

 

 

「……んっ…ピアスホールも、貴方の為に開けたんです。」

 

「…紗夜……。」

 

「ぁ…んぅ……これで、貴方が私の体に開けた孔は二つ。……んっ!?……これからも、一緒に堕ちて行きましょ……?」

 

 

 

俺は彼女の守っていた誇りも信念も、後先考えずに貫いてしまった。

一度開いた孔は、二度と埋まることは無い。心も、体も。

俺達はこうして、お互いの孔を埋め合いながら、どこまでも堕ちていくのだろう。

 

 

 

「……ハッピーバースデイ、紗夜。」

 

 

 

堕落の一年へと誘う呪詛は、虚空へ…篭もる嬌声とぶつかる肢体に飲み込まれて消えたが、幼馴染である筈の彼女と交わす口付けには確かに愛が感じられたのだ。

 

 

 




一応誕生日回でした




<今回の設定更新>

○○:二つの顔を使い分けるのが上手な様で。
   愛とは何か。

紗夜:まだ、紗夜のターン。
   欲しがったネックレスは"「ピンクトルマリン」とくっ付いた「アレキ
   サンドライト」があしらわれた物"だった。
   つまりは、【10月生まれの彼女】と関係を持つ【大好きな彼】を肌身
   離さず、一時も忘れずに居たいという願いから。
   愛欲は泥をも啜る。

美咲:紗夜=元カノ には辿り着いていない。
   が、純粋に幼馴染という近い距離感が羨ましい。
   「どうしたらもっと私を見てもらえるかな。」

日菜:わぁい!はっぴぃばぁすでぇっ!

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