BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
紗夜から、唐突な贈り物を受けた。
以前より俺が密かに欲しがっていた、カプセル型のコーヒーマシンである。
最近中々タイミングが合わずチャットだけのやり取りとなってしまっている紗夜曰く、"誕生日プレゼント"らしいが……それが俺の元に配達されたのは今朝、つまり誕生日の二日後だったって訳だ。
…それに、誕生日のプレゼントは例の如く合同でやった一昨日のパーティで既に貰っている筈なんだが。
「…とまあ、そういうわけで。」
「ん。」
「今日の放課後、空いてるだろ?体験会と洒落込もうじゃねえか。」
「わかった。…お家デート、ってやつだね。」
「……態々言葉にすんな。」
「あは、照れてる?」
「うっせぇ。」
丁寧にもマシン用のカプセルも数種類同梱されていて、俺好みのフレーバーもチラと確認できた。折角の贈り物だし、今日は美咲も招いてお茶会を楽しもうと思ったのだ。
お袋の許可は貰っているし、妙に美咲を気に入っているお袋も参加したげでちょっとウザかった。
「でも、紗夜先輩からのプレゼントなんでしょ?…悪くないかな。」
「悪い?」
楽しみではあるが申し訳ない、そんな心が彼女の表情を通して見える気がする。未だ紗夜との関係はバレていないとはいえ、幼馴染という関係性には入り込めない壁を感じているのだろうか。
もそもそと弁当を突きながら続ける。
「ん…。誕生日のプレゼントは別に貰ってるんでしょ?」
「ああ。…まぁそこが最大の謎でもあるんだが。」
誕生会の中で、日菜からはよく分からない龍の装飾がついた剣と鞘のストラップ。…よく温泉や道の駅なんかのお土産コーナーに売ってるアレだ。
そして紗夜には、スケジュール帳と万年筆をプレゼントされた。俺がそういったものと無縁なのを分かっている癖に、「大人に成るにはそれ相応の嗜みが無いと」だのと抜かしおって。
…スケジュール帳って、何書けばいいんだよ。
「…大事に、想われてるんだと思うよ。」
「そうかぁ?」
「うん。」
「……来るの、やめるか?」
乗り気じゃない彼女を無理に引っ張って来るのも問題だろう。マシンを使うのは今日でなくても良いと、別行程のデートを提案してみる。
俺の言葉に暫し固まって視線を動かしていた美咲だが、やがて狡さすら覚える上目遣いで、
「…ごめんね?…どこか寄って帰ろうよ。喫茶店とか。」
紗夜との関りを拒む、確かな言葉を告げた。
…俺が彼女に対して抱く好意の、理由の一つがこれだ。
ハッキリとした意思表示。俺にも、そして且つての紗夜にも足りなかったもので、人間同士のコミュニケーションの上で非常に重要な役割を持つもの。
どうしたいか、何が嫌なのか、どう思っているのか、どんな気分なのか。相手を気遣い過ぎて言葉にできず仕舞いでは、結局のところ上手くいかないのだから。
それが気負いもなく自然と出来る彼女に、俺は笑顔を以て応えた。
「おっけ。…それじゃ放課後はシャレオツデートだな。」
「ふふっ、喫茶店に行くだけだよ?」
「充分シャレオツじゃないか。…「マスター、いつもの。」…なんつってな。」
「○○さん、いっつも違うもの頼む派じゃん。コンプリート目指すんだーとか言って。」
「確かに…!」
「"いつもの"って、何が出てくるの?」
「………皿?」
「あはは、お皿だけじゃシャレオツじゃないねぇ。」
美咲と過ごす時間は、心の中の港が凪いでいるようで。
不思議と救われるような感覚が愛おしかった。
**
「ん~~~っ……!」
夕日の中、隣で凝り固まった背を伸ばす恋人へ視線をやる。生徒会の手伝いが入ったとかで予定より二時間程遅れての下校だ。
待つことにはさして抵抗は無いが、実務に明け暮れていた彼女からは流石に疲労の色が見て取れた。
「おつかれ。…どんな手伝いだったん?」
「…ふぅ。ありがと。…書類整理したり、ハンコ押したり…お役所の仕事みたいな感じ。」
「役所がよくわからんが…肩凝りそうな仕事だ。」
「うん。○○さんには向いてないなーって思ったよ。」
「よく分かってるじゃないか…こいつめ!」
くしゃくしゃと髪を搔き乱すように頭を撫でる。少々強引だが、さらっと俺を無能扱いした仕返しである。それくらいできるっつーの。
いつも通り髪が崩れることを嫌がりつつも身は委ねてくれているようで。一頻り手櫛を通し終えた後に手を取り、校門を出るよう促してきた。
「結構、その…遅くなっちゃってごめんね。」
「いや、いいさ。喫茶店は逃げない。」
「はは、ありがと。」
「……あでも、疲れてたら無理に今日行かなくてもいいんだぞ。明日も明後日も、来週もその次も、放課後なんてのは毎日来るんだから。」
共に過ごすなら安らぎの時間が良い。疲労を加速させるような真似はしたくなかった。
その心配を知ってか知らずしてか、眉を顰めて少し唸った後に腕を組んでくる。
「いーの。今日行こ?」
「…何だ、今日は随分距離が近いな?」
「嫌?」
「全然。…いい匂いするな。」
「だって、折角○○さんがデートしてくれるっていうんだもん。…独り占めできる時間、そうそうないし。」
「昼飯時なんて、独り占めし放題じゃないか。」
「学校とプライベートは別ー。」
「………わかったよ。そんじゃ、全力で独り占めしてくれぃ。」
「…ん、任せといて。」
いつもより少しだけ甘えたな彼女に引き摺られるようにして、商店街にある喫茶店へ向かった。
恋人と過ごすこんな放課後も、俺にとっては大切な日常の一部なのだ。
**
「それじゃ。」
「今日はありがと、○○さん。」
「こちらこそ。お嬢さんとのおデートは楽しゅうございましたぁ。」
「何それー。」
「……甘えたいとか、一緒に居たいとか…もう我慢するんじゃないぞ?」
「…ん。」
「俺はその、ミサの恋人なんだから。」
「…我慢しなくて、いいの?」
「ああ。」
「………えへへっ。わかった、憶えとくね。」
「おう。」
鱈腹食べた後、薄暗くなった道を彼女の家まで共に歩いた。その最中でぽつりぽつりと聞いたことは、心なしか距離を感じていた事や紗夜や元カノの存在からどの程度気持ちを曝け出して良いか分からなかったこと…等、俺に対する悩みの数々だった。
彼女を不安にさせたまま何もしない彼氏が居るだろうか?恋人を想って少しでも心配の種を取り除いてやることが、俺の使命ではなかろうか。
結果として彼女の笑顔が見られたのは良い事なんだろうが、一人家路に就いてからは充足感よりも後悔の念の方が強いように感じられた。
「我慢するんじゃない、か。」
どの口が言えたのだろうか。
寧ろ俺は、もう少し我慢すべきではなかろうか。
美咲に隠し続けていることも、紗夜を止めずにいることも――
ふと、前から走って来る見覚えのある顔に気付いた。
「おーい!!!○○ー!!」
「……日菜?」
「探したよぉ!…これから帰るとこ??」
「あ、あぁ。…お前、一体何の…いや待て、その手に持ってるのは何だ。」
はぁはぁとやや荒めの呼吸をする妹の方の幼馴染が持っているのはどうみてもマグカップ。…少なくとも、このような出先で、それも住宅街を通る道端で持つには尋常じゃない違和感を感じさせるものだが。
「機械!試す!いい!?」
「…落ち着け、単語で喋るのをやめろ。」
「…落ち着いた!」
「よし、で?」
「あのね!おねーちゃんがこーひーの機械プレゼントしたんでしょ!?」
「ああ。」
「今もう届いてるんだよね!?」
「ああ。」
「使ってみたい!」
「ああ。」
「…元気ない?」
「お前の声のデカさに引いてる。」
「もーっ!!引かないでっ!」
「じゃあもう少し抑えめにしてくれ。」
「う"…!……こ、コレクライ?」
「何故カタコトか気になるが…まぁそれくらいでいっか。取り敢えず帰ろ。」
「うん!あっ……ウン。」
律儀に言い直しつつ、マグカップを摩る日菜を従え残り五分程度の夜道を歩いた。
都心に近いとはいえ住宅が密集しているこの辺りは夜でも比較的静かだ。日菜の大声が響き渡るのは流石に申し訳なさすぎる。
「…あっ!」
「今度は何だ。」
「着けてくれたんだ!」
目線を追えば例のストラップ。貰っておいて放置するのも…と思い学校用の鞄にぶら提げてあるのだ。
何が嬉しいのかケラケラと笑いながら距離を詰めてくる日菜。
「えへへへへへ!」
「何だよ。」
「ううん!何でもない!」
「そうかよ。」
「似合ってるねぇ!!」
「これが似合う高校生ってのもどうなんだ…つかお前、ずっとそのカップ持って外に居たのか?」
「うん。」
「シュールすぎる…家で待ってりゃいいだろうが。」
「えぇ??だって、こーひーもそうだけど○○に会いたかったんだもん!」
「……そうかよ。」
阿呆なやり取りを続けている内に辿り着いた自宅へ、ただいまもそこそこに上がる。
台所ではお袋が晩飯の用意をしているところで、リビングにはまだ開封していない件のマシンの箱があった。
「あら、遅かったねぇ。…美咲ちゃんは?」
「色々あってな。来なくなった。」
「あらあらまあまあ。」
「おばさん!ただいま!」
「日菜ちゃんもおかえりぃ。あ、そうだ、日菜ちゃん晩御飯食べてく?」
「うん!」
「ふふ、じゃあ後でお母さんに電話しとくわねぇ。」
美咲が来ない事に少し寂しそうなお袋だったが、日菜の一声で元気を取り戻したようだ。このババア、若い娘が家に居りゃ誰でもいいのか…?
台所からいそいそと出て行くお袋を見送りつつ、二階の自室へ向かう。何をするにしても取り敢えず制服は着替えたい。
いざ部屋について着替えを始めてもニコニコ顔で居座る日菜にはもう慣れっこで。目の前で俺が着替えようと風呂に入って居ようと表情一つ変えない女だ。こちらだけ気にしすぎるのも馬鹿馬鹿しくなる。
「ねね、いつ開けるの??」
「……まぁ、着替えが終わるまで待ってくれ。」
「うん。」
「そもそもお前、コーヒー飲めないんじゃなかったか?」
「飲めないよ?」
「…そのマグカップは何だ。」
「コーヒー飲むの!マイカップ!」
「………。」
頭痛がしてくる。
着替えを終えて振り向けば俺のベッドに腰掛けた日菜が、隣に座るようにと布団を叩く。ぽふぽふ…俺を犬や猫と勘違いしちゃいないだろうか。
座るけど。
「なんだよ。」
「んとね、おねーちゃんだけ二回目のプレゼントあげてズルいなーって。」
「貰って、なら分かるがあげてってのはどうなんだ。」
何処で競ってるんだ。
とは言え彼女なりの価値観があるらしく、少しムッとした様子で言葉を返してきた。
「だってさ、あの機械貰って、○○すっごい嬉しかったでしょ。」
「まあな。」
「感謝するでしょ?おねーちゃんに。」
「…そりゃまあ。」
欲しがっていた事を知って居たとは言え、決して安価とは言えないものだというのに。最近まともに顔すら見られていないことも相まって、是非とも直接顔を突き合わせて礼を言いたい気分ではある。
「…あたしも、○○に感謝されたい。」
「はぁ?そりゃまた随分な…マウントでも取るつもりか?」
「むーっ!違うの!そーじゃなくて!」
「ははは、そう膨れるんじゃねえよ。いいじゃんか、一度は感謝されてんだから。」
「違うもん!…えと、えと…○○は、おねーちゃんのこと、好き?」
思いがけない会話の流れに、一瞬呼吸を忘れた。まさか知られている…と言う事は無いだろうけど、紗夜を好きかというのはどういう了見だろうか。
且つて俺達が恋仲だったことは日菜も知っている。勿論、それが終わりを迎えたことも。知っていて尚、その質問…意図するところは、一体何なのだろうか。
「…まぁ、幼馴染だしな。」
「あたしのことは?」
「……。」
正直に言おう。嫌いじゃない。
だって双子だぞ?細かい所に差異こそあれど、基本的な顔の造りはほぼ同様。嫌いになるはずがない。
「…プレゼントいっぱいしたら、○○はあたしのこと好きになってくれる?」
「……どうしてそんなに、好かれたいんだ。」
「……。」
「……?」
その思いつめたような横顔なんか、紗夜そっくりだ。
そのまま直視していても見惚れてしまいそうになる為慌てて目を逸らす。
日菜が隣に居るというのにこの静けさ。味わったことの無い感覚に手持無沙汰になりながら、壁と天井をぼんやり眺めていると音量調節の苦手な日菜から消え入りそうなか細い声が零れる。
「…あたし、○○が好き。」
「………。」
真剣、なのか。
「彼女さんがいるのは知ってるよ。…でも本当はあたしを彼女さんにしてほしかった。」
「…。」
「ずっと好きだったのに、おねーちゃんに先越されちゃうし。」
「…紗夜とはもう……終わってる…からさ。」
「でも、おねーちゃんのこと好きなんでしょ。彼女さんが居ても、好きなんでしょ。…見てて、わかるもん。」
「っ!」
関係性にまで迫った解は得られずとも、その独特の嗅覚で雰囲気は察していたわけか。
しかし、核心を突かれた様な心持の俺だが、まだ誰にも気づかれておらず、誰にも話していない事がある。
「……だから、ね。あたしも、いっぱいプレゼントしたり、いっぱい遊びに来たり、いっぱいお喋りすれば、好きになってもらえるかと思って。」
「悪いが日菜、お前を彼女にすることは――」
「いいよ。」
「――え?」
だからこそ、こんな関係持つべきじゃなかったんだ。紗夜とも、ずっと幼馴染のまま居るべきだったんだ。
そして美咲一人だけとそう呼べる関係を築くべきで、一人だけを…。
だというのに。
日菜、君も同じ顔をするんだな。
そんなところまで、双子じゃなくてもよかったのに。
「…あたしね。…彼女さんじゃなくても、二番手でも三番手でも、何ならただ
いつかの夕日の中、姉が浮かべた表情と同じような、苦悶の末に得た諦めとも取れる笑顔で涙を流す日菜。
そんなことを言ってはいけない。そんな感情を抱いてはいけないのだ。
「日菜。」
「うん。」
「……悪いが俺には、お前をそんな風に都合よく使う事は出来ない。」
「……嫌い?」
「違う。………好きだからこそ、大事な幼馴染だからこそ、しちゃいけないんだよ。」
「………。」
大好きなんだ。
物心ついた時から一番傍に居て、それが当たり前だった関係。俺達はきっと、進んじゃいけない間柄に居る。
その先には壊れる物しかないから。崩壊が待っているだけだから。
「…○○。」
「……うん。」
「……じゃあ、キスだけ。」
「…ダメだよ、日菜。」
「これで、諦めるから。一回だけ、キス…して?」
「………。」
「本当はそれだけじゃなくて、あたしの色んな初めては一番大好きな○○にあげたかったけど。」
「…。」
「……おねがい。」
やめろ。
泣いてるじゃないか。止め処なく、流れているじゃないか。
何だって、声まで震えているその気持ちで、笑顔で居られるんだ。
やめてくれ。
俺はお前を悲しませたいわけじゃないのに。このまま進んでしまう事こそが、最も愚かな関係の始まりだと分かっているのに。
「………目、閉じてくれないか。」
「ん………。」
「………んっ。」
「!!……………んふぅ…。」
どんどん、分からなくなるじゃないか。
**
キスの一つで終わる筈がなく。
晩飯が出来たと階下から聞こえるお袋の声を無視し続け、体中が痛くなるほど激しく重ねた後、散らばった衣服を拾い集めながら日菜は「ありがとう」と言った。
表情は見えなかったが、俺がまた一つ罪を重ねたことは確かだった。
ヴーッ、ヴーッ
呆然と壁を見詰めている俺のスマホを誰かが鳴らしている。色んな感情が掻き乱れている頭のままで、相手が誰かも確認せずに通話ボタンを押す。
「…はい。」
『ぁ……大丈夫?』
心配そうな声。
恐らく今一番聞きたくない、この安らぎすら覚える声は。
「…ミサ、か。」
『ごめん、特に用事は無かったんだけど…何かあったの?』
「………。」
『……○○さん?』
彼女が心配すればするほど、彼女が言葉を掛ければ掛ける程。今自分の置かれた立場が沼の様に沈み込んでいく様を痛いほど分からせられる。
「……ミサ。」
『…ん。』
「……………申し訳ない。」
『…どうしたの。』
「信じて欲しい…とももう言えたもんじゃないが…」
『………。』
「…俺は君の事を、とても好ましく思ってるよ。」
『…好き…ってことで合ってる?』
「……多分。」
『そっか。…悩み、とか、聞くから、抱え込まないでね?』
「………すまない。」
通話を終えて。窓の外はもう星空が広がっていた。
俺は、"好き"という事が一体どういうものなのか…未だに理解できずにいる。
ここまでやっておいて飽く迄ヒロインは紗夜と美咲っていう。
<今回の設定更新>
○○:単純でありながら難解な問題に直面している。
好きとは何か。
愛するとはどういうことか。
愛しいと思う気持ちは、複数存在してはいけないのか。
わからない。
紗夜:なんかいそがしいみたい。
日菜:なんも言えねえ。
美咲:天使。