BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/03/10 #F4A466「紗夜」#ECE038「日菜」

 

 

 

「○○さーん。準備できたよー。」

 

「ん、了解だ。」

 

 

 

いつもの様にニコニコと生地を運んでくる沙綾と、目一杯の想像力を膨らませ【魔法】の準備に入る僕。

今日までも数え切れないほどの依頼を熟してきたが、恐らくそれはこれからも続く事だろう。

 

 

 

「今回はええと…」

 

「はい、依頼書。さっきも読んでなかった?」

 

「ああ…何だか最近、記憶力がね。疲れてるのかな。」

 

「もー…依頼は依頼で、どうせ期日までは余裕あるんだから、休んでからにしたらいいのに。」

 

「……でもほら、待っている人が居るわけだからさ。…その人の為にも、僕は出来ることを一つでも多くやって行かなければいけないからね。」

 

 

 

正直なところ、のんびり休息を取っていられるほど余裕はない。依頼は次々と入って来るし、先の異変に伴ったあの大規模な戦以来、失った命を【代用】する技術を持つ僕らの需要は異常な程に高まっている。

沙綾はよく、「替わりが効く程の愛情に意味があるのか」と僕よりもよっぽど難しい事を考えたりするらしいが…僕にとっては罪滅ぼしの一つでしかない。

 

大異変――それは、人が踏み込んではいけない領域にまで科学力を発展させてしまったが為に起きた、謂わば人間界に於ける大災害だ。

ある時、一人の優秀な女性科学者が無から生命を創造するという一見馬鹿げた空想を現実の事としてしまったことからこの異変は始まる。勿論当時の学会も世論も、彼女に対してバッシングの限りを浴びせた。人間史における禁忌に手を染めたのだから当然と言えば当然なのだが。

そして住処や地位を失った彼女は、ある小さな街へとその身を隠し、自らの創造した生命達と研究に没頭するささやかな幸せの日々を送って居たそうだが…その幸せは、悪用されるといった形で終わりを迎える。

大きくなり過ぎた彼女の研究所はほんの軽い気持ちの…何なら悪意にも届かない程度の悪ふざけ半分の好意により狙われた。

 

――「謎の施設襲ってみた」

今も尚情報通信媒体として広く利用されているインターネットだが、当時は「○○してみた」と銘打った動画を投稿し、如何に民衆の注目を引けるかを競う事が若者の間でブームとなっていたようで。

彼女の研究所は外面上都市で管理する環境保全施設として運営されていた為に、民間人にとっては素性の知れない謎の施設として認知されていたのだ。そこを自らの名声以外眼中にない若者集団に襲われたと言う訳だ。

彼女の阻止も虚しく内情もテクノロジーも全てが世界に晒上げられてしまった。待っていたのは彼女への糾弾等と言った生易しいものではなく、世界の根幹を揺るがす可能性さえ秘めたその技術に文字通り世界が牙を剥いたのだ。

個人の力ではどうしようもなく、迫りくる民間・官界を問わない攻撃と略奪に成す術なく全てを剥ぎ取られた彼女は命からがら、最低限の機材と数体の創造生命と共に行方を眩ませたらしい。

 

その結果引き起こされたのが件の大異変。正式な呼称が存在しない為こう呼ばれているが、まさに異変だったのだ。

人の手に余る力は常識を持たない人間の手によって無限の可能性を秘める兵器となり世界を歪ませた。つまりは、生命を創造できることにより非生命体の生産も容易かつ無限となり、存在の概念自体が覆った。

やがてそれは人の命とて例外ではなくなり…事態の収束は、テクノロジーの消失と世界の改変を以てして訪れた。純粋な生命の殆どを失い、人間という存在の定義を曖昧にした時点で意味を為さなくなったのだ。かつて我先にと奪い合った英知は互いの欲望を具現化し合う中で失われ、最後には滅ぼし合った目的さえも見失うといった、あまりにも大きすぎる代償を以て支払われたのである。

 

僕は元凶となった彼女の尻拭いをすべく、せめてもの償いとしてこの【仕事】を続けているのだ。

彼女からこの【魔法】を引き継いだ一つの生命体として。

 

 

 

「…○○、さん?」

 

「ん。大丈夫、大丈夫だよ沙綾。」

 

 

 

今回の依頼者は氷川(ひかわ)さんとか言ったか。実際に受け付けた沙綾曰く、とても真面目そうな青年だったそうだが。

改めて注文書に目を通す。

 

 

 

「…お姉さん、か。」

 

 

 

依頼は、先の戦で失った二人の姉…ということだった。

何とも細かい印象が十数枚に渡り書き込まれているあたり、相当の思い入れを感じさせる。余程大切な人を失ったのだろう。それも二人も。

彼の悲しみは、僕の想像などでは到底及ばぬほど計り知れないものだろう。思わず熱いものが込み上げてきそうになる。

…しかし、沙綾はこれを瞬時に把握できたのか。僕の準備がまだだというのに、それぞれ分けて準備された生地は魂の定着を今か今かと待ち侘びている様にさえ見える。

 

 

 

「沙綾。」

 

「んー。」

 

「君はどう考える。」

 

「そうだね…。」

 

 

 

一人目、関係上は上の姉、ということになるが。

恐らく依頼者の青年は感覚で世界を認識するタイプなのだろう。細かくはあるが抽象的な印象が羅列されていた。

 

 

 

「いつもキリっとしているが弟には甘い、クールな時とデレデレしている時の差が激しい、真面目を極めたような正しさの奴隷、才能には恵まれないが努力でカバーする、決めた物事一筋で必ずやり遂げる…」

 

「いっぱいかいてあるねぇ。」

 

「弟から見てこの印象だろう?…相当仲のいい姉弟だったのだろうな。」

 

「そうだね。…私はきょうだいとかよくわからないけど、妹とか弟が居たらこう見えるのかな。」

 

 

 

チクリと胸が痛む。

沙綾のオリジナル――山吹沙綾には、弟と妹が居たのだ。彼女を複製したときはまだ確かに生きていたが、その後の事は分からない。その頃の僕は記憶の完璧なコピーは出来なかったし、あまり大規模な【魔法】は使えなかったために、生み出した沙綾にその記憶も感覚も植え付けることができなかった。

少しでも彼女を一個体として成熟させるため、そして彼女自身の幸福の為にも、せめて弟妹だけでも【複製】ることができたなら…と、後悔に歯噛みする他ないのだ。

 

 

 

「ああ。きっとそうだね。」

 

「……でもね、きっとすっごく優しい人だったと思うよ。いつだって自分の大切な家族の事を考えていて、自分のことを犠牲にしてでも愛情を注ぐような…」

 

「…そこまで分かるかね。」

 

「うん。お姉ちゃんだもん。」

 

 

 

その「お姉ちゃん」が依頼の人物だけを指すのか、自分の遺伝子に刻まれた過去の記憶をも踏まえているのか分からないが。

僕は、沙綾の閃きと洞察力には疑問も不安も抱かない。この思考こそが、僕が彼女に【書き込んだ】技能。彼女の持ち前の思いやりと合わさって、彼女の持つ一個性にまで昇華させたものである。

彼女の自信満々な表情に釣られるように僕も満ち足りた気分になった。僕の思考で欠けているピースは、いつも彼女が埋めてくれる。

 

 

 

「そうか。流石は我が娘だ。」

 

「えっへへ。大体固まった??」

 

「うん。もう一人の方も考えてみよっか。」

 

「ええと、妹の方のお姉ちゃんだったね。」

 

 

 

そう言えば双子の姉だったか。双子の依頼は初めてかもしれない。

外見や内面を同じように定着させるのは中々に難しいが…こちらも目を通しておこう。

 

 

 

「なになに…能天気、天才型、センスの塊、体力と気力が桁外れ、好奇心と閃きが振り切れている、面倒を見るより掛ける方、子供っぽい、無邪気、突拍子も無いことを言い出す、甘えん坊…ふむ??」

 

「これも、お姉ちゃんなんだよね?」

 

「そう…らしいねぇ。」

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃんかぁ。」

 

 

 

新手のペットか何かかと思った。印象が身内の…それも実姉に向けるそれとは違う気がするというか、ずれているというか。

沙綾も首を傾げているし、ここに似合う魂を集めるのは中々に骨が折れそうだ。

 

 

 

「どっちかというと妹みたいだよね。」

 

「…ああ、確かに妹ではあるんだけども…」

 

「お姉ちゃんにも、弟にも甘えてたって事かな?」

 

「甘えっこなお姉ちゃんか……どうなんだろう、弟妹に甘えたくなることもあるんだろうかね。」

 

「……うーん……ちょっと違うかもしれないけどさ?」

 

「ん?」

 

「…私も、たまに○○さんにいい子いい子するでしょ?」

 

 

 

…ああ、偶に繰り出してくるあのお姉さんタイムの事を言っているのだろうか。最近特に、休みを取らずに仕事を続けたりしていると無性に心細くなることがある。自分のしている行為に果たして意味があるのか、沙綾をも巻き込み酷使することは間違いなのではないだろうか、そもそも娘をこのような【命の現場】で働かせるのはどうなのだろうか、いつか報われる日が来るのだろうか…悩みは絶えず、元よりじわじわと攻められるような日々だったが、身体の疲労も合わさると抑えが効かなくなるらしく。

元より純粋な人間ではないこの体ではどうしようも無く孤独に打ち震える時があるのだ。最近はそのタイミングを見計らったように沙綾が現れ、ただ静かに寄り添ってくれる。同じ出来事を共有し、僕の悩みさえも聞いた上で受け入れてくれる彼女にもう何度も救われているのだ。

気恥ずかしさもあり、「お姉さんタイム」等と茶化してしまうのだが。

 

 

 

「…あ、ああ、凄く助かっているよ。」

 

「ふふ、○○さんには私が付いてるからねー。…で、このお姉ちゃんもさ、そういう気持ちになることがあるんじゃないのかな。」

 

「……弟に、助けて欲しいって?」

 

「うーん、それよりは、落ち着くまで傍に居て欲しい、とか、無性に寂しくなるとか、そういうさ。」

 

 

 

成程。相も変わらず、我が娘の成長は著しい。このどこまでも人を思い遣り、立場を置き換えてさえ思考できる力は何処から来るのだろうか。

彼女の…オリジナルの山吹沙綾が持つ、魅力だったのだろうか。

 

 

 

「たしかに。そういう気持ちならわからんでもないね。」

 

「でしょ!……それじゃあ、○○さんに似てるところがある…ってことでぇ」

 

「う、うむ?君が言うならそれでいいが…」

 

 

 

僕はそういう父親に見えているんだね。

斯くして長考を乗り越えた僕達は、いよいよ最終段階…魂の定着に入る。生地はすっかり出来上がっている以上ここからは僕の仕事で、目一杯頭を使ってくれた沙綾には休んでもらおうと思ったのだが…

部屋を片付け、意識の集中に入ろうとしても尚僕の隣を動こうとしない沙綾。

 

 

 

「どうしたの?あとは僕の担当なんだから、ゆっくり休憩でもして」

 

「○○さん疲れてるから。」

 

「??」

 

「…手、繋いでてもいい?集中できなくなっちゃう?」

 

「……それは別に構わないが…」

 

「さっきも、またすっごい哀しそうな顔してたもん。…また昔の事、思い出していたんでしょ?」

 

 

 

全く他人の事が良く分かる子だ。顔を見ただけで考えていたことまで分かるのか。

工程を踏む前に、彼女の厚意に甘え手を繋ぐ。左手がほんわりと温まり安らぐ感覚に包まれ、不思議と神経も研ぎ澄まされるような気がした。

 

 

 

「…ありがとう、沙綾。」

 

「ん。」

 

 

 

今日もまた、命を造る。

 

 

 

**

 

 

 

意識を彼の境界の向こう側へ。次第に萃まるは哀しみの意識。

イメージするのは二人の強い姉の姿。

 

 

 

「…意識集約……魂格定着……規格統合……逸脱…反転…………沙綾ッ!」

 

「…うん!」

 

 

 

術は、為った。

沙綾の冠する名は―――

 

 

 

「戦に巻かれ、想いは夢想に。深い慈愛の置くところは…これだ!」

 

 

 

二つの生地にそれぞれ掌を翳す。

ゆっくりと、思い込めてその名前を。

 

 

 

「お姉ちゃんのお姉ちゃんは【(あんず)】!妹のお姉ちゃんは【金糸雀(カナリア)】!」

 

 

 

沙綾の連想した名前()は確かに生地へ染み入った。呼応する様に輝く様は、いつ見ても心躍るものだ。

それぞれ躍動を始める【第二次生命】の源を眺め、熱い息を吐いた。

 

 

 

**

 

 

 

依頼者の青年に引き渡した時、少し不思議なことが起きた。

出来上がった双子の女性は珍しくも黒髪で、酷く"無"を体現したようなぼーっとした個体だったのだが、彼と対面しそれぞれの名前を呼ばれた瞬間、スイッチが入るようにとでも表現すべきか、瞬時に変化が起こり始めたのだ。

髪色は鮮やかな薄浅葱色に染まり、人格が【宿った】かのように言葉を発し、彼を抱き締めたのだ。(なぎ)と呼ばれた彼は涙を流しながらも感謝の言葉を告げて帰って行った。

 

 

 

「これは……一体…」

 

「いつも、なんだよ?」

 

「そうなのか。」

 

「ん、○○さん初めてだもんね。引き渡しに立ち会うの。」

 

 

 

沙綾はこの光景すら何度も見て来たというのか。

この、まるで奇跡でも起こったらしい素敵な景色を。

 

 

 

「だから、○○さんのやってることは間違いなんかじゃない。…みんな、きっと救われてるよ。」

 

 

 

そして今日もまた、僕は娘に救われる。

 

 

 




そうです、あの世界と繋がってるんです




<今回の設定更新>

○○:異変のきっかけとなった科学者の彼女とは関係がありそう。
   疲労困憊。

沙綾:癒し。頑張り屋さん。
   彼女も結局人間じゃない。

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