BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/05/25 不定形の追求

 

俺がプロデューサー業に就いてから早いもので三カ月余りが経過した。その間俺はただ只管に己の力不足を痛感する日々を送ってきた。

叶さんとも相談や意見交換を重ねてこそいるが、未だグループの展望は兆しすら見えず、結束も緩いまま。それでも各自自力だけは伸びつつある…と言ったところだろうか。

この現状に流石の糞馬鹿社長も焦りを感じたのか、未知のコネの力でライブ開催の話を持ち出して来やがった。本当に余計な事しかしない男である。

 

 

 

「おい、ふざけんじゃねえですよ。」

 

「アイドルと言えばライブ、ライブと言えばバンドじゃないか。」

 

「お前その思考回路で今までよく生きて来れたな!」

 

 

 

ただそのライブというのがまた問題で、「歌って踊る」だけでも精一杯な彼女らにバンドの真似事をさせるというのだ。普段何を考えているんだかなどと肩を竦めていた俺も麻弥ちゃんもこの暴挙には反抗した。が…

当初より準備期間として一年余りの猶予を抑えていた事と、アイドルとしての活動方針が定まっていない事…且つ殆どが舞台経験など無いという事も踏まえて考慮すれば、舵を切るのは今という意見も無くはない。無くは無いのだが。

 

 

 

「流石に頷けないっすよ、社長。」

 

「えぇー??麻弥ちゃんも楽器やろうぜぇー??流行ってるんでしょ?ガールズハント。」

 

「頭湧いてんのかお前。」

 

「いやー…それに、アイドルとバンド組み合わせるって中々ハードだと思うっすよ…。どっちかは潰れちゃう気が…」

 

「俺は見たいなぁ、五人の美少女が舞台で派手にぶちかます姿をさぁ!…どうよ麻弥ちゃん、尺八とか吹かない?」

 

「お前、いい加減にせえよ。」

 

「なんだよーぅ怖い顔すんなよぅ○○!!」

 

「ええい、いい歳こいたオッサンがじゃれ付くな鬱陶しい!!」

 

 

 

コイツ、奇抜さとか意外性だけで売り込もうと思ってないか?確かに勢いのあるガールズバンドだが、以前ライブハウスで見たような技術と熱量の結晶にアイドル要素をプラスして…いや、やはり安易にゴーサインを出せる程明るい未来は想像できそうにない。

そもそも彼女等がその話を飲むだろうか。麻弥ちゃんは周りに合わせようと意見する癖があるから置いておくとして、問題なのは喫茶店の天使(つぐみ)自由(日菜)、それにラスボスはあの白鷺千聖だろう。

つぐみはあまり要領の良い方ではないらしく、これまでの基礎レッスンに於いても努力と練習量でカバーする節があると叶さんから聞いている。楽器経験の有無についてはあまり深く訊いたことは無いが、どうにも頑張り屋さんすぎる傾向もある為あまり新しい要素を背負い込ませたくはない。

一方の日菜はあんな様子だし、案外あっさり受け入れ食いつくかもしれない。が、如何せん予想だにしない面が多すぎるのがネックか。未知数とは好意的に捉えれば伸びしろだが先行きの見えない不安も孕んでいることを忘れてはいけないのだ。

 

 

 

「……白鷺千聖は…ううむ。」

 

「…まさか、本気にしてるっすか?」

 

「あん?……方向性の一案としては、ね。勿論そのミスマッチをやらかそうとは思っちゃいないがうまく転がればひょっとするかもしれないだろう?」

 

「うへぇ…ジブン、ドラムくらいしかできないっすよ?」

 

「なっ……。」

 

 

 

驚いたな。入社当初から謎も多く、無駄に要領よく何でも熟す子だとは思っていたが…まさかのドラム。技量については見てみない事には何とも言えないが、現状経験者というだけでも有難い。方針としては麻弥ちゃんをドラムに据え、リズム隊から固めていく方向で進めるべきか。

 

 

 

「…うっわぁ、○○さんってホンット分かり易いっすね。ヤバい事企んでそうな顔してるっす…。」

 

「よし、じゃあ麻弥ちゃんはドラムでぇ…」

 

「あーん!○○さんも汚染されたっす!!」

 

 

 

新たに浮かび上がった活動形態も考慮しつつ、今は一人ずつ攻略していかないとな。

悲鳴を上げる麻弥ちゃんの隣で、頭では次の任務の事を考えていた。

 

 

 

**

 

 

 

「よっ。調子はどうだ、日菜。」

 

「むぅ…相変わらずだよー。」

 

 

 

休憩室…といっても人通りの少ない廊下の端に衝立を立てて簡易的なソファと机を並べただけのスペースで、オフにも関わらず呼び出しに応じたアイドルの一人が口を尖らせる。

叶さんとの会議の末、まずはグループの結束…といえば格好は良いが、要するに何かを目指す以前の基盤を作るべきという結論に至った。ひいては俺自身の手で、輪を乱そうとする連中をコミュニケーションによる軌道修正にて導いていかなければならないという事だ。

大きな目標は二人。地力とセンスが優れすぎている謂わば天才タイプの日菜と他メンバーを下に見ているように映る白鷺千聖。この部分―グループのささくれの様なものだが―を丸く収めることが先決だと思い、比較的会話の成り立つ日菜から口説き落とすことにした。

 

 

 

「そう膨れるんじゃない…。君の言いたいことも分かるが、今回はグループ活動だろう?」

 

「そう…だけどさぁ…。もっとこう、るるんっ!ってするような刺激が無いと、マンネリ?ってやつになっちゃうよ。」

 

 

 

レッスンや地道な広報活動の日々をマンネリと言うか。俺もどちらかと言えば要領の悪い方で、中々彼女の視点を理解してやることができずにいるが…そうか刺激か。

バンドの件を提案したとしたら、それはそれで"いい"刺激に成り得るのだろうか。…いやしかし、確定もしていない方針案なぞ担当アイドルに伝えたところでどうなるというのだ…ううむ…。

 

 

 

「もう!またそうやってムツカシイ顔する!」

 

「…んぁ、すまん、ちょっと考え込んでた。」

 

「そういうところもいい気はしないんだからね!」

 

「すまんって…。で、何の話だったか…」

 

「むむむむむぅ…!!!もうっ!!今はあたしとお喋りしてるんだからっ!あたしだけを見てよ!!」

 

「ッ…!」

 

 

 

遂に沸点に達したという事か。普段ヘラヘラと余裕を見せている彼女だが、このような怒りを露わにしたのは初めて見たかもしれない。

「あたしだけを見て」……そうだった、俺は一人一人ともっとコミュニケーションを図り、寄り添う事から始めて行こうと決めたじゃないか。だというのに目の前の一人の少女を蔑ろにして……。

 

 

 

「プロデューサーは、あたしのこと嫌い!?あたし、プロデューサーが何したいのか、全然わかんないよ!」

 

 

 

尚も、彼女の主張は続く。

 

 

 

「あたしは面白い事を求めてアイドルになろうって思ったの。なのに毎日毎日繰り返しの練習ばっかりで…おまけに「困ったことがあったら何でも言いなさい」なんて言ってくれたプロデューサーは他の子ばっかり構うし、トレーナーさんも出来ない子にばっかり付いてるし……面白くないのっ!!」

 

 

 

面白い事を求めて―とは彼女談だが、要するにつまらない日々、人生を脱却したかったのだろう。唯一のオーディション組と言うこともあって、その意志も特に強かった筈だ。

そこに気付いてやることも目を向けてやることも忘れ、ただ只管に「和を乱すな」「やる気を出せ」等と…プロデューサーの肩書きに酔い思いあがるにも甚だしい言動だった。

俺は一人の人間として、まず彼女を知り彼女を見つめ直すことが必要なのだ。

 

 

 

「日菜。」

 

「……なによぅ。」

 

「今日、この後予定あるか?」

 

「な、ないけど…。」

 

 

 

そうだと決まれば後は簡単。人間関係なんてアレコレ考えたところで何も進展しない。要は行動あるのみって訳なのだ。

これくらいの年頃の女の子が何を求めているかはまるで分らんが…。

 

 

 

「一緒に…るんって来るもの、探しに行かないか?」

 

 

 

**

 

 

 

「…ねね、プロデューサー、あれなに?」

 

「ん。……ああ、プリントクラブか。」

 

「ぷりんと…何それ?」

 

「君くらいの年頃なら友達と~とでもなりそうだが…ま写真が撮れる機械だな。」

 

「ほぇー。」

 

 

 

外回り行ってきます、とだけ麻弥ちゃんに伝え平日の繁華街を日菜と歩く。社長があんなせいもあって、スーツさえ着用していれば外出も容易いのだ。無論遊びに来ている訳では無いが、この後の予定は完全に未定だ。

日菜の行きたい方向に只管歩くという趣旨の散策だが、交流が深まるならば悪くない。何なら移動手段も徒歩という事で経費にも優しいだろう。

日菜が興味を持ったのはゲームセンター玄関脇に設置されたプリクラ。確かに知らない人が見れば得体の知れない箱が喋っているという如何にも珍妙な装置に見えるだろうが…。

 

 

 

「…知らない…のか。」

 

「うん。あたし、こっちの方には一人じゃ来ないし、行動する時はいつもおねーちゃんが一緒だからさー。あんまり騒がしいとこには来ないんだ。」

 

「お姉さん?」

 

「うん!あのねあのね、すっごくカッコよくて、何でもできるんだ!同い年には見えないーって色んな人から言われるけど、あたしとは違って余裕があるって感じ!」

 

「ほほー。」

 

 

 

日菜はお姉ちゃんっ子らしい。同い年…ということは双子なのだろう。話を聞くに日菜とは正反対の…日菜を陽とするならお姉さんは陰、クールそうな印象を思い浮かべた。

それはそうと、未だ「なるほどー」だの「これが噂の…」だのと呟きながら遠巻きにゲームセンターを眺めている日菜。

 

 

 

「…やってみるか?」

 

「いいの!?」

 

「……つっても、写真撮るだけの機械だからな…?」

 

「うんっ!!」

 

 

 

そういってヒシと俺の右腕にしがみ付く彼女。暫しの沈黙の後、るんるん顔の日菜と視線を交わす。

 

 

 

「…どうした?やらないのか?」

 

「……あ、あれっ??あた、あたし一人で??」

 

「…そりゃ、こんなおじさんと写真撮っても仕方ないだろう?」

 

「……………え?」

 

 

 

不思議そうな表情。疑問符でいっぱいなのはこちらなのだが。

何せプリクラの経験くらいはある俺だ。今更体験してみよう、となるのであれば同伴は必要ないだろう。

 

 

 

「……あ、あのな日菜。撮った写真はプリントされて出てくるんだ。それを誰かに見られたとして…それこそ君のお姉さんでもいいや。あなたと写ってる知らないオジサンは誰?となるだろうが。それはそれで――」

 

「プロデューサーは、あたしと写真撮るの…嫌?」

 

「う…………。そ、そんなことは無いが…。」

 

「………あたし、プロデューサーと一緒がいいなぁ。」

 

「くっ……。」

 

 

 

何だその急な可愛らしさは。アイドルっぽさを悪用するんじゃない。

射貫く様な上目遣いと庇護欲をそそる落ち込んだ仕草。たかがプロデューサー程度の俺に向けられた態度がこれなら…恐ろしい子だ。

もう逃げられない、腹を括るしかなかった。

 

 

 

「……皆には内緒な?」

 

「うわーい!やったぁ!!」

 

 

 

すごいすごいと燥ぎ続ける日菜と共に狭い箱の中で十数分。無事落書きまで終わらせてあとは印刷を待つのみとなった今。うっすら汗を掻く程エンジョイしている日菜だが、その目は爛々と輝いている。

初めてのプリクラが楽しい思い出になってくれているならばいいのだが…。

 

 

 

「日菜は普段、休みの日なんかは何やってるんだ?」

 

「休み?…んとねぇ、勉強したりお出かけしたり、かなぁ。」

 

「こういうところは来ないんだろう?…お姉さんと一緒だと、どういうお出かけルートになるんだ?」

 

「大体はおねーちゃん任せだけど、楽器屋さんとか本屋さんとか。あとはおうちの買い物くらい…だね。」

 

「……ふむ。……楽器屋?」

 

「うん。おねーちゃんね、ギター弾いてるの。」

 

 

 

成程。ギターという単語に引っ掛かりを覚えたが、少々バテていたこともあってバンド云々の件は忘れ去っていた。

丁度そんな話をしていた折に、コトンと音をたててプリントされた写真が吐き出されたのも関係しているだろうが。

 

 

 

「あっ!」

 

「お。」

 

「出た!プロデューサー!」

 

「ん。」

 

「…こ、これ、持って帰っていいの??」

 

 

 

寧ろ置いて行った方が困るだろう。

 

 

 

「ああ。さっき好きな分割タイプをそれぞれ選んだろう?こっちの星が散りばめられているのが日菜のやつだな。」

 

「…………。」

 

「どした?」

 

「……………えへへ。」

 

 

 

それぞれ選んだデザインの台紙を持ち、筐体の前から退ける。近くのベンチに腰掛け顔を覗き込むまでぼーっとしたような表情でいるのが気になるが…。

 

 

 

「…あたし、ね。初めてなんだ。」

 

「ああ。お姉さんとは来たこと無いんだもんな。」

 

「…プリクラも、そうだけど…。」

 

「??」

 

 

 

それ以外に何が初めてだというのか。まぁ元より独特な感性を持っているらしい子だ。俺が全て理解できるとも限らないんだろう。

やがて食い入るように見つめていたプリントシールから顔を上げ満足そうに深い息を吐く。持っていた長財布に仕舞い込む動作はとても丁寧で、大切そうに口を閉じる姿はまさに歳相応の女の子と言ったところだ。

 

 

 

「このお店の中に入れば、この、プリクラみたいのがいっぱいあるの??」

 

「あ、ああ。流石に、プリクラばっかりってことはないけど。」

 

「他にもあるの!?」

 

「ははは!なんだ、外に出ると知らない事ばかりだなぁ。」

 

 

 

普段が普段だからか、純粋にキラキラと目を輝かせる様は実に活き活きしていていいと思った。何でもできるとしても、まだ心ときめかせるものが世の中に転がっているという、希望の証明の様な気がして。

 

 

 

「うんっ!新しいことばっかりで、すっごく楽しい!」

 

「そりゃあよかった。」

 

 

 

新しい事…新しい事か。彼女とは大分打ち解けてきたような気もするが、肝心の活動についての話は未だ出来ていない。

何処かのタイミングできちんと向き合った上で気持ちや意気込みを引き出さなければ…。

…と、またしても"難しい顔"をしてしまったろうか。やや不安そうな顔で、先刻とは逆に顔を覗き込まれている事に気付き、慌てて笑顔を作る。

 

 

 

「プロデューサー…楽しくない、よね。」

 

「ん??…いやぁ、そんなことはないぞ。日菜が楽しそうで、俺も嬉しい。」

 

「……ほんと?」

 

「ああ、本当だよ。」

 

「…………………。」

 

 

 

暫し何かを思案するように視線を彷徨わせたかと思うと、意を決したように真っ直ぐとこちらを見据えて言う。

 

 

 

「ね、プロデューサー。……あたし、我儘言ってもいい??」

 

「……お手柔らかに頼むぞ。」

 

「へへっ。…このげーむせんたーってお店、入ってみたい!」

 

「…それは別に、構わないが…」

 

「………プロデューサーも一緒に…だよ??」

 

「…流石に初めての場所に一人で放り込んだりはしないさ。…お供しますとも。」

 

「!!………絶対、離れちゃ嫌だよ?」

 

 

 

何かと思えばそんな事か。これだけ狭い閉鎖空間で共に過ごしたんだ。今更ゲームセンターに足を踏み入れることなど造作もない。

重ねて思うならば今の幸せ。俺達企業としては彼女達を売り出し、大きな波に乗せ収益を得ることが最終目標だ。そうなってしまえば皆時の人、こんな風に遊び歩くことも、何なら一緒に写真を撮ることも難しくなるのかもしれない。

皮算用と嗤われたらそれまでではあるが、この国で芸能の道を進むというのは斯くも無情な物なのだろう。

表舞台だって、裏方だって――

 

 

 

「ああ、行こう。日菜。」

 

 

 

**

 

 

 

「えへへへ、えへへへへへへへへ……。」

 

 

 

日が傾き、全身に心地よい疲労を感じ始めた頃。騒がしい空間を後にした俺達二人は心身共に火照りを冷ます為事務所近くの喫茶店にいた。

どよどよと周囲が目を向けるのは日菜が終始だらしのない笑みを浮かべているとか不気味な笑い声を発しているとか、況してや有名人に対しての好奇の目であるとかでは断じてない。

ソファ席に通された日菜の周りに置かれた大小様々なぬいぐるみと俺の隣で一人分の席を占領しているバカでかいアリクイのぬいぐるみ。

あの後次から次へと興味を惹かれては挑む日菜を眺めて過ごしたが、クレーンゲームをやれば5クレジット2ゲット程のハイペースで獲得するし、小さいドーム型のクレーゲームと連動するくじ引きでは特等の馬鹿デカい目玉賞品を当てるし…。最早天才という言葉では処理しきれない量の運要素までをも引寄せていた気がする。

 

 

 

「……楽しかったようで何よりだが…。」

 

 

 

互いにくたくたになっている筈だが不思議と悪い気分じゃない。あとは適当に腹を満たして帰るだけなのだが。

果たして今日は何かが変わったのであろうか。どうにも確実な進捗が感じられない事に落ち着かない気分ではあるが、ここを割り切れるようになるまでもまだまだ時間はかかりそうだ。

 

 

 

「…あのね、プロデューサー。」

 

「ん。」

 

「あたし、すっごく楽しかったよ。」

 

「ああ、俺も楽しかったよ。」

 

「プリクラもクレーンゲームも、音楽のゲームも占いの機械もベンチでお喋りしたのも全部!……楽しかったんだぁ。」

 

「……。」

 

 

 

目を伏せ想いを馳せるように今日の出来事を数える。まるで昔の恋人を思い返すような、そんな愁いを帯びつつも満たされた様な表情に思わず息を呑む。

こんな顔も、できるのか。

 

 

 

「……プロデューサーが、はじめてだったから。」

 

「…プリクラか?」

 

「んーん。…あたし、昔から変な子だとか変わってるとか言われて…。ずっと、友達とか居なかったんだよね。」

 

 

 

個性。それは捉え方を一つ間違えるだけで差異として映ってしまう、美しくも寂しい物。

彼女は恐らく幼少期からずっとこの調子で、好奇心のままに全てを上手くやってのけ、予想もつかない何かを追い求め続けてきたのだろう。

それは凡庸な有象無象にはさぞ珍しく映った事だろう。さぞ、異様に見えたことだろう。「天才」という魅力的でありながらその実粗雑な括りを与えられた人間が、所謂「普通」に群れる事無く孤立していく様は想像に難くない。

故に理解者と言えば最も身近な「家族」と名の付く身内だけ。憧れも依存も遂には娯楽まで、似て非なる姉を追うしかできなかったのだろう。

 

 

 

「……日菜。」

 

「だからプロデューサーがあたしのはじめてなの。はじめて、あたしと一緒に居て楽しいって言ってくれた人。」

 

「…。」

 

「あたし、プロデューサーともっと一緒に居たい。もっと色んな所に行って、もっともっと色んな"新しい事"を見るんだ。だから……だから、ね。」

 

 

 

幾分か引き締まったように思える顔つきは、心を開いてくれた証…と受け取って良い物だろうか。

少なくとも、今日の自分が間違っていなかったと言葉に変わり教えてもらえる様な気がする。

 

 

 

「もうちょっとだけ、頑張ってみる。」

 

「…そうか。」

 

「でも、あんまりつまんないのは嫌かなー。」

 

「…新しい事、か。」

 

「あ、違うよ!?今日はすっごい楽しかったんだよ!?すーっごくるるるんっってしたもん!つまんないのはレッスンの話で――」

 

「日菜。」

 

 

 

新しい事が全て面白いことだとは思っちゃいない。それが負担になる事もあれば、逆に作用してしまう事もあると思う。だが、今日の日菜との時間の中で少し気付いたことは有る。

だからこそ、改めて彼女に提案するのだ。

…とまあ格好つけてはいるが、ギター型のインターフェイスを使ってプレイするリズムゲームに興じる日菜を見てバンドの件を思い出しただけである。

 

 

 

「……バンドとか、興味ないかな。」

 

「…ばんど??」

 

「ああ。勿論、まだ決まったわけじゃないし、興味はって話で――」

 

「やりたい!!!」

 

 

 

まぁ、概ね予想通りのリアクションではある。目新しいものをちらつかせてこの子が飛びつかないわけないのだから。

となると日菜は何を担当することになるだろう…ドラムは麻弥ちゃんがいるし、何ならガールズバンドから引き抜いた友希那ちゃんも元々の担当で良さそうだ。

ならば残るポジションは…

 

 

 

「…即答か。」

 

「うん!ねね、あの五人でやるの??それともまた新しく募集??」

 

「新しくは募集しないさ。君達、方針もグループ名も決まってないだろう。」

 

「そっかぁ…!……うんうん、いいねぇバンド!あたしギターやりたい!!」

 

「おっ。……それは、お姉さんもやってるから…って感じで?」

 

「うん!おねーちゃんみたいに格好良くなりたいんだ!」

 

 

 

乗り気なのは非常に良い。ポジションを自ら名乗り出てくれるのも有難いし、まだ計画段階とはいえ心強い言葉だろう。

 

 

 

「それに、おねーちゃんが弾いてるの見てるからすぐ出来るようになると思うな。多分。」

 

「……いや、さすがの日菜も楽器は…」

 

「ピアノとかなら一日で弾けるようになったよ??」

 

「………ぉああ…。」

 

 

 

そこまでとは思っていなかったがね。

 

 

 

**

 

 

 

「戻りましたぁー。」

 

 

 

日菜を自宅まで送り届け帰社。馬鹿の姿は無く、俺を迎えてくれたのは麻弥ちゃんの気怠げな声のみだった。

 

 

 

「おかえりなさいっすぅ…。」

 

「お疲れ麻弥ちゃん。残業?」

 

「うー、ナチュラルにブラック出さないで欲しいっす…まぁ、残業っすけど…。」

 

 

 

あの無茶苦茶な社長の下だと尋常じゃない程の事務作業を熟さなければいけないらしい。俺としても手伝ってやりたい気持ちは山々だが、如何せん数字には弱いのだ。

その点この量の仕事を捌きつつアイドルとしてレッスンも熟せる麻弥ちゃんには全く以て頭が上がらない。廊下の自動販売機で買ってきた缶コーヒーを手渡し、隣のデスクに着く。

 

 

 

「ふへへ、さんくすっすぅ。」

 

「……ふぃぃ……疲れたぁ…。」

 

「どうでした?日菜さんとのデートは。」

 

「…ありゃ行動力の塊だな。久々に運動した気分だよ。」

 

「へへへっ、元気一杯っすからねぇ。若さっす。」

 

「麻弥ちゃんも大して変わらない歳だろう?」

 

「社会人ですからね。体力も気力も、○○さんと同レベルっすよ。」

 

 

 

それはそれは随分と枯れてるなぁ。

コーヒーを飲み干し一息ついたところで、土産を預かっていたことを思い出した。コーヒーを買いに行った時に廊下に置いて来てしまった。

 

 

 

「……ん、どこいくっすか?」

 

「ちょっとまってな…。」

 

「…………………………。」

 

 

 

廊下へ出てすぐのところに鎮座している目的の()()を担ぎ事務所へ戻る。

 

 

 

「これ、今日の獲物。」

 

「……おわぁ!?…どど、どーしたんっすかそれ…。」

 

「俺と麻弥ちゃんだけじゃ事務所も寂しいだろうって。日菜から。」

 

「…尋常じゃない存在感っすね…。」

 

 

 

空いていた丸椅子を合わせてスペースを作り、事務所の隅にセッティングしたそれは馬鹿デカいアリクイのぬいぐるみ。昼間日菜がくじ引きでゲットしたアイツだ。

他の戦利品は日菜が自宅に運び込んだが、こればっかりはどうにも手に余るという事で事務所のマスコットにしたのだ。

因みに名前は「ナギ」くんという。日菜が命名したのだが、見ていると今日の出来事を思い出しやる気が漲って来るから、らしい。

 

 

 

「……あぁ、でも絶妙な手触りっす…。」

 

 

 

モフモフと早速感触を楽しんでいる麻弥ちゃんの背中にもう一つ、進捗状況を報告する。

 

 

 

「あ、そうだ。バンドの割り当て、後二人な。」

 

「えぇ!?何やる気になってんすかぁ!」

 

「やる気になったのは日菜だよ。」

 

「……………ギター?」

 

「よくわかったな。」

 

「そりゃわかるっすよ!」

 

「お姉さんもギターをやってるかららしい。」

 

「……その言い方だと、お姉さんの事知らないみたいっすね。」

 

「しらん。」

 

「一回見に行ったじゃないっすか。」

 

「誰を。」

 

「お姉さん。」

 

「どこに。」

 

「ライブハウスっすよ。」

 

「そりゃいったけど……」

 

 

 

まさかあの日目にしていたというのか。そこそこの期間が空いてしまっているがために思い出すのも一苦労だが、ギターを弾いていて日菜に似た感じの…ううむ。

 

 

 

「ほら、湊さんの引き抜き交渉したバンド。」

 

「…ええと、なんつったっけ、ろぜ…ろす…ろし……」

 

「Roseliaっす。」

 

「そうそうそんな感じだ。……え、あそこのギター?」

 

「そっすよ。氷川紗夜(さよ)、日菜さんの双子のお姉さんっす。」

 

「……。」

 

 

 

あぁ、何だか無性に納得だ。確かに雰囲気も真逆って感じだし。

しかし、流石に情報通な麻弥ちゃん。この手の話題に関しては知らない事なんか無いんじゃないか?相変わらずモフモフと顔を突っ込んでいる彼女だが、仕事と活動の合間に何故そうも情報を集める余裕が……と彼女のデスクに視線をやれば、事務所に於いては異様な存在感を放つ木の棒のようなものが。

近付き手に取ってみればカラカラと小気味よい音がした。

 

 

 

「!?…っあぁあー!!駄目っす!!見ちゃ駄目っすぅ!!!」

 

 

 

…なるほど、これはつまり。

 

 

 

「…麻弥ちゃんってさ、何だかんだ言いつつすげぇやる気あるよね。」

 

「むぉぉおおおお!!!恥ずかしいっすぅぅうう!!!」

 

 

 

ガールズバンド…か。

 

 

 




日菜ちゃん陥落




<今回の設定更新>

○○:プロデューサー、始動――!
   プロデューサーってすげぇ打ちにくい。

麻弥:陰の功労者。この会社で一番死にかけてる。
   有能さが尋常じゃなく、ドラムスティックを持たせれば驚異のテクニックを
   目の当たりにできるらしい。
   最近は神が伸びて来たので専らポニーテール。

社長:下ネタだぁいすき(チュ)

日菜:少々闇を抱えているがその反動の様に明るく元気一杯。
   大丈夫、この世界線ではお姉ちゃんと拗れません。
   孤独故に意外なところで世間知らずっぷりを発揮したり半端じゃなく空気が
   読めなかったりするがとってもいい子。
   主人公に出逢い、主人公と共にもっと面白い物に出逢うためアイドル活動を
   頑張る気になったらしい。

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