BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/03/21 食の繋がり

 

 

 

「結局のところどっちが至高かって話なんだよー。」

 

「へぇ。」

 

「アタシは断然尻派なんだよ。けどモカがさぁ…」

 

「へぇ。」

 

「…っておい、聞いてんのかよ○○。」

 

 

 

目の前、カウンター越しに威勢よく話しかけて…もとい、雑談の濁流を垂れ流してくるエプロン姿の少女。…いや、少女と形容するには些か身長(タッパ)があり過ぎる彼女は、以前この「食堂 すゞや」で遭遇した巴さん。

話を聞くにどう考えても年下なんだが、一見年齢的な立場が逆転して見えるそうだ。ここの店主にも言われたが、俺チビだからなぁ…。で、その巴さんだが、暫く俺が来ないうちにここのアルバイトになっていたらしい。

「お陰でだいぶ楽になってさー」と話す店主も、活きの良いのが入って満更でもないようだ。

 

 

 

「聞いちゃいるが…俺は別に、そんな尻だの胸だのに興味はないんだが。」

 

「はぁ!?おいおい、そんなだからずっと独身なんだぞー。…あ、注文決まった?」

 

 

 

が、如何せん元気が過ぎる。

 

 

 

「まだ。」

 

「はやくしてくれないとさー、アタシ休憩入っちゃうぞ??」

 

「入ればよかろ?」

 

「ばっか…あのさ、ここで働き始めて思ったんだけどさ。自分の作った料理を食べた人が喜んでくれるってすげえ嬉しい事なんだよ。」

 

「で?」

 

「だからぁ…お前の分も作ってやりたいんだってば。」

 

 

 

言いたいことは分からんでもない。が。

それとこれとは話が別で、どう足搔いても越えられない現実があった筈だ。

 

 

 

「…巴さんが作る訳じゃないだろ?」

 

「…………なんで?」

 

「いやその、立場上…店長も居るんだし。」

 

 

 

寂れた田舎の一店舗…とは言え、料理を客に提供する為にはそれ相応の資格が必要である。具体的に言えば免許や許可証と言ったものだ。

店主については今更疑うまでも無いが、目の前の赤髪はただの高校生バイト。資格が無ければ料理で金をとることは…

 

 

 

「あぁそれね。」

 

 

 

店と厨房を隔てる簡易的な暖簾をくぐり店主が顔を出す。相変わらず俺のほかには客のいない店内だし、話し声が聞こえたんだろう。

 

 

 

「宇田川ちゃんには調理もやってもらってるんだよ。」

 

「え。…免許とか、いらないの?」

 

「うん。あのね、お店で調理業務に携わるだけなら、免許とか資格とかそういうのって要らないみたいなんだよね。…勿論、開業するなら話は別だけども。」

 

 

 

なんと。店主の話によれば、開業に当たって章句品衛生管理責任者とかいう資格は取得する必要があるが、調理に関しては特に要求されるものはないとの事。…つまり。

 

 

 

「…じゃあやっぱり、俺は巴さんの料理を?」

 

「宇田川ちゃん、こう見えて案外器用なんだからー。最近お客さんにも人気だし。」

 

「ちょ、てんちょー!こう見えてって何すかもぉー!」

 

 

 

…腹を括るしかないのか。じゃれ付くだけじゃれ付いて奥へ引っ込んで行ってしまった店主に助けを求めることも出来なかった。仲いいなぁ。

「で?」と再び訊いて来る巴さんは、事実上の後ろ盾も手に入れたせいで少し威張り気味だ。

 

 

 

「……今日もいつも通り味噌煮定食で…」

 

「えぇ?またぁ?」

 

「…君と会うのは久しぶりだと思ったけど。」

 

「てんちょーから聞いてんの。○○はどうせ味噌煮定食だからってさ。」

 

「……。」

 

 

 

確かに社会人になってからはこれ一筋だ。たまに一品、サラダを付けたり煮卵を付けたり、その程度のバリエーションこそあったがメインはすっかり「いつもの」と化していたし。

そもそもその情報を握っておきながら何故この子はメニューを問うてくるんだろう。

 

 

 

「はぁーあ。じゃあ味噌煮定食な?作って来るから、少し待ってろ。」

 

「…不満かね。」

 

 

 

袖を捲る姿は中々に勇ましかったが、妙に納得のいっていない感じで厨房へ消えていく。ボソリと思わず呟くもそれを聞く人間はおらず。

することも無いのでメニューを仕舞い、カウンターの胡椒瓶を読む作業に入った。

 

 

 

「てんちょー!アタシ休憩入りますー!」

 

「あいよー」

 

 

 

少ししてそんなやり取りが聞こえてきた。いや君が作るんじゃなかったんかい、と心の中で小さくツッコミつつ、店主のいつもの味が堪能できることに安堵も覚えていた。

また少しの時間を置いて、盆に料理を乗せた巴さんが戻って来る。エプロンは外しており、ポケットからスマートフォンがはみ出している。成程休憩をこちらで過ごす気らしい。

 

 

 

「あい、おまちどー。」

 

「へ?」

 

「…へ、じゃねえよ。サバの味噌煮定食。」

 

「…巴さんが、これを?」

 

「あたりきよ。アタシが作るって言ったろ??」

 

 

 

ふむ。目の前に置かれたそれは、見た目に関しては店主の逸品とそう相違が無いように見える。香って来る程よく甘い香りも食欲をそそり、ふわりと盛られた白米もてらてら輝いている。

そのまま隣の椅子に腰を下ろした巴さんは、続いて自分用と思われる料理を並べていく。緑だけでなく紫や橙もちらほら見えるバランスのよさそうなサラダに何かの肉を…これは素揚げしたものだろうか。そしてメインとなるのは存在感も香りも主張たっぷりなカレーうどん。「店長がカレー食べたいって言うからついでに」との談だ。

 

 

 

「まかないもやっぱり、自分で?」

 

「おう。中々のもんだろー?」

 

「ああ。時間もそんなにかかっちゃいないし、本当に料理できるんだな。」

 

 

 

おしぼりを広げて手を拭く巴さんから目を切り、手を合わせていざ実食へ。…ここはまず汁物、日によって具が違う味噌汁から行こう。

一口啜り、少し磯の香りが強い事に気付いた俺は思わず深い息を吐く。成程、今日の編成は「ふのり・小エビ・ネギ・わかめ」のコンビネーション。ふのりの優しくも控えめな磯の香りにネギの食感・小エビの塩気がいいアクセントになっていて中々にベターマッチだ。飽く迄添え物の味噌汁だが、まだ肌寒いこの時期には嬉しく染み渡る逸品だ。

さて次は肝心の鯖 。箸を入れればすんなりと沈み込む柔らかさ、解せば中のホロホロとした身が顔を出す。しっかり味の染みも感じさせる、錆色に染まった皮下の肉厚な身を一口頬張れば、実家で昔味わったような深みのある甘塩っぱさが広がる。引寄せられるようにして白米を口へ放り込めば、ふかふかと質のいい毛布にくるまれた様な安心感。店主の教えがあったとはいえ、この元気過ぎる少女にこの味が出せるとは。

 

 

 

「……○○ってさ。」

 

「んむ?」

 

「…ほんと、美味そうに食うよな。」

 

「……んぐ。…あぁ、実際美味いからな。いや人は見かけによらないな。」

 

「……へへっ、頑張った甲斐があったよ。」

 

 

 

人は見かけによらない、というのはスルーしてもらえたようで、頬を掻きながら笑う巴さん。確かにこれ程の腕前なら調理も任されるだろ。

 

 

 

「…まぁ、これ以外のメニューはまだまだだけど…」

 

「何か言ったか?」

 

「ん!ううん!!なんも言ってないぞ!」

 

「??」

 

「それより、これ。少し多めに作ったから○○にもやるよ。」

 

 

 

何やらボソリと聞こえた気がしたが、こちらの皿の空きスペースにボトボトと乗せられる狐色の物体に話を切られた。多いからと言っても、メニューにはない賄い料理など貰っても良いのだろうか。

特に何も言わないまま眺めていると、例の物体を移し終えた巴さんが少し怒ったような声で、

 

 

 

「食事はバランスだかんな。サバばっか食ってると、○○もサバになっちまうぞ。」

 

 

 

と付け足した。

 

 

 

「ははっ、何だそりゃ。いやでも有難いな…これは何だ?」

 

「ササミ。」

 

「…鶏?」

 

「ん。ちょいと下味をつけてだな、衣とかは無しにさっと揚げたものなんだけど…まぁ食ってみろよ。」

 

「……なるほど。」

 

 

 

物体の正体はササミ肉の素揚げだったらしい。謎が解けたところで、実食。

…ほほう、程よい加熱だったのか肉が硬くなっておらず繊維質も筋味を感じさせない。下味と言っていたのはこの少し大蒜の利いた和風テイストの塩気の事か。唐揚げの下味のような要領で漬けたのだろうか。

確かにこれは、普段あまり肉を食べない俺でもついつい箸が進んでしまうような…うん、米ともよく合うし、酒のつまみにもいいかもしれない。

 

 

 

「…おぉぉ…。」

 

「へへっ、やっぱ嬉しいもんだね。…○○、すっげぇ顔に出んじゃん。」

 

「お?おお??」

 

 

 

ニヤケ面の巴さんに指摘され自分の頬に触れてみればどうしたことか、仏頂面だの愛想が無いだの叱られる俺が自然と笑みを浮かべているではないか。

成程、美味い料理には人を笑わせる効果もあるらしい。

 

 

 

「…参ったな、正直巴さんを舐めていたかもしれん。」

 

「あん?」

 

「いや、美味いよこれ。お世辞抜きに、何と言うか…うん、俺好みって感じだ。」

 

「……っ、あ、ありがとう。」

 

「家でも料理してるとか?」

 

「ま、最近は親に教わったりしてな…。このササミ揚げも、母さんに教わったんだ。」

 

「ほー。」

 

「…ここまで絶賛されるとは思ってなかったけど、所謂「家庭料理」ってやつだろ?」

 

「意味合い的にはそうなるな。」

 

 

 

他人と言葉を交わしながら摂る食事。それもその相手が作ってくれたもので…となると、何だか少し擽ったいが悪いものじゃない。

実家でもあまり家族と共に食事をしなかった俺も、この歳になってその良さを体感している。互いに少しずつ料理を突き合ったりしている内に、気付けば結構な時間が経っていたようで。

 

 

 

「んぁ、そろそろ休憩上がんなきゃな…」

 

「ああ、話し込んで悪かった。…すっかり満腹だ。」

 

「はははっ、アタシもお喋りは嫌いじゃないんだ。飯だって、ここに来たらいつでも作ってやるよ。」

 

「そりゃよかった。…いつでもって訳にはいかんだろ、シフト制だろう?」

 

 

 

店自体は休業日無く毎日営業しちゃいるが、流石にアルバイターの身で毎日出勤と言う訳にはならないだろう。となれば当然シフトに従って業務を担当になるはずだし、高校生の彼女相手に飯を作れと頻繁に押し掛けるのも気が引ける。

 

 

 

「…んー……あ、じゃあさ、連絡先教えとく。」

 

「連絡先?…別にここの電話番号くらい知ってるぞ。常連なめん」

 

「あ、アタシのだよ。…そしたら…シフトも教えられると思うし、その、暇な時とかに、今みたいにお喋りも…できるし…だから、その…」

 

 

 

何と言う事だ。生まれてこの方家族か仕事関係の人間しか登録されなかった俺のスマホにプライベートな繋がりの人間が並ぶのか?それも女の子…高校生だって?

正直犯罪臭が途轍もない事になっているが、目の間の巴さんもかつてない程にもじもじしている。揺れる赤毛を見ながら俺は、遠くサイレンの音を聞いた気がした。

 

 

 

「…ま、まあ、あれば確かに便利っちゃ便利で…」

 

「お、おう……じゃあ、これ、アタシの…」

 

 

 

もじもじもじもじもじもじもじもじ……他に人の目が無くて良かったと心底思う。きっとこの時の二人は、酷く不審だったと思うから。

登録してみれば彼女のアイコンは、何やらスタイルがいい女性の首から下の写真で、そういえば最初はそんな話をしていたと思いだす。

 

 

 

「何だねこのフシダラなアイコンは。」

 

「…あぁ、幼馴染。」

 

「幼馴染?…なに、君そっち系の人なの?」

 

「ち、ちが……もう、いいだろアイコンの話は!シフト後で教えるから!」

 

 

 

今日も収穫が沢山だった。巴さんは以外にも料理の腕が確かな事、巴さんはどちらかというと尻派なこと、ココに来たら巴さんとまた会える事。

…気付けば巴さん絡みのことばかりなのだが、この時は胃が満たされていたせいか全く気づけていなかった。

 

 

 

「……ご馳走様。また来るよ。」

 

「ああ。」

 

 

 

行きつけの店が、俺の中で更に大きくなっていく。

 

 

 




美味しさの追求




<今回の設定更新>

○○:あまり表情が無い方。
   和食好きだが、家では専ら手早さと手軽さを求めた加工品を選びがち。

巴:料理って楽しい。
  バイトの収入は家に入れる派。

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