BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/07/03 食こそ悦び

 

 

 

さて。

あれ以来巴さんのシフトの日を選んで足を運んでいるこの店だが。ああいや、語弊の無いように言っておくと、別に彼女と時間を過ごしたいがためにそうしている訳じゃない。彼女の方から、どうせ来るなら自分が居る時にと釘を刺されているのだ。

傍から見れば女子目的で飯屋へ通っているようにも見えなくはないが、俺自身毎度頂ける"おまけ"が嬉しくもあり、ついつい言うとおりにしてしまっている訳だ。

ところが今日はどうだ。

 

 

 

「シフトじゃないってのに何でまた…」

 

 

 

独り言ちりながら年季の入った店のドアを開ける。

適度に冷房の利いた店内には…成程相変わらず人は居ない、か。

最近巴さんの意見によりSNS…ソイッターの公式アカウントを開設したらしいこの店だが、あまり効果は上がって居なさそうだ。

 

 

 

「おっ。」

 

「……成程、お客としても来るんだね。君は。」

 

 

 

いつもの自分の定位置を空け、相変わらず目に映える赤髪を翻し振り返る。見知った顔というか見飽きた顔というか、人の顔を見るなりニンマリと口を曲げる。

挨拶の言葉の代わりに右手を軽く挙げ、巴さんの隣に腰を下ろした。

 

 

 

「悪かったなー。忙しくなかったか?」

 

「忙しいっちゃ忙しいけど…ね。大事な要件だったんだろう?」

 

「へへ…まあ、その、なんだ…別に大した用事じゃないっつーか…」

 

「…なら帰る。」

 

「あぁ嘘!ウソウソ!真っ赤な嘘だ!!ほら見ろ!アタシの髪も真っ赤だ!!」

 

 

 

全く。何を取り繕ったのか、ヘラヘラしている彼女も俺の帰る素振りに態度を一変。最初から素直になればいいものを。

冗談はさて置き、鞄と上着を丸スツールの脇に置き、折角だからとメニューを開く。

隣ではバツの悪そうな顔の巴さんが小さくなっていた。

 

 

 

「…それで?大事な要件ってのは?」

 

「ああ…。実は――」

 

 

 

彼女曰く今日は彼女の妹さんの誕生日らしかった。夜に幼馴染達を集めた誕生会をやるのだが、どうにもプレゼントが決まらない、と。

そんな話をしながらどんどん小さくなっていく巴さんを見ながら、姉というのも大変な役職だとつくづく感じた。

一人っ子の俺には一生縁のない悩みだが。

 

 

 

「なるほどね。話は分かった。」

 

「……協力、してくれるか?」

 

「…俺が断ったとしても、君はこの後探し回ることに変わりないだろう?」

 

「そりゃまあ。」

 

「………はぁぁぁ。ちょっと待っててくれ。」

 

 

 

確か今日の午後はそう重要なタスクも残っていなかったはずだ。午前中の内にある程度の業務は終わらせたし、残る退屈な事務作業の事を考えると人の為に時間を割く方が幾分かマシだろう。

毎度お馴染みの店主に昼食分のオーダーを伝え、一旦店の前へ。ポケットから業務連絡用に使っている携帯電話を取り出した。

 

 

 

**

 

 

 

「ただいま、巴さん。」

 

「うん…。」

 

 

 

戻ってみると巴さんの前には料理が出ていたが、彼女はそれに手を付けることもなく俯きがちに座っていた。成程、御膳から立ち上る湯気を見るに出来立てからそう時間は経っていないのだろう。

 

 

 

「食っちまおう、昼飯。」

 

「………あの、さ、○○。」

 

「ん。」

 

「急にあんな事言っちゃってごめん…な?妹の誕生日とか、○○にはあまり関係ないもんだもんな…。」

 

「ああ、何かと思えばそのことか。」

 

 

 

あまり深く考え込むようなイメージが無かった。

彼女は何と言うか、いい意味で男勝りというか、歯切れの良い印象があったから。頼みごとをした後で申し訳なさに苛まれるなど、実に彼女らしくないと思い、不意に笑いだしそうになってしまった。

会話の邪魔にならないように小声で「はいお待ち…」と、サバの味噌煮を置いて行く店主を横目に、努めてまともな声のトーンで食事を促した。

 

 

 

「回る店とか、探すものとか。目星はついてるんだろうな?」

 

「…一応。」

 

「さすが巴さん。ならまずは腹ごしらえといこうじゃあないか。」

 

「…。」

 

「午後、丁度暇してたし手伝える限り手伝うからさ。妹さん、喜ばせてやろう。」

 

 

 

信じられないものでも見るように、大きく見開いた目を勢いよく向けてくる。驚かせてしまうようなことは言っていないと思うが…まさか冗談のつもりだったのだろうか?

俺としては、彼女の目の前で揺れている味噌汁が零れて仕舞わないかだけが心配だったが。

 

 

 

「…ま、マジか!?」

 

「…もしかして冗句――」

 

「ち、ちがうよ!本気だ!!…でも、本当に、いいのか?」

 

「…おじさんのセンスでよければ、だが。」

 

 

 

何せ十近く離れた女の子に贈るものだ、サラリーマン風情の感性が役立つかどうかは正直微妙である。

それでも、巴さんに選択肢の一つでも提供できれば、とは思う。

 

 

 

「それよりさ、美味い飯を冷ましてしまう方が俺的には不安だよ。…食べよ?」

 

「……へへ。○○、思ったよりいい奴だな。」

 

「何だと思ってたんだ。」

 

「しょぼくれた、寂しそうな大人?」

 

「言葉はもっと選ぶべきだぞ。」

 

 

 

結構刺さった。

が、多少なりとも元気を取り戻してくれたようで一安心だ。まだまだ子供なんだから、俺にくらいは気を遣わず申し訳も考えずにぶつかってくれていいのだから。

 

 

 

「いっただきまぁす!」

 

 

 

元気よくサラダから掻きこみ始める彼女を見ながら、安定の味に舌鼓を打った。

 

 

 

**

 

 

 

「さて。」

 

 

 

思えば、二人で店を出るのは初めてかもしれない。飽く迄この店の中での付き合いだと思っていたこともあるし、プライベートな部分にまで浸食が及ぶような間柄になるとは予想していなかったからだ。

 

 

 

「今日も美味かった…よな!?」

 

「ああ。確かにそうだが…話題の振り方が雑すぎやしないか?」

 

 

 

今更確認するまでもなくあの店の料理は絶品だ。

他の客で賑わっている様子は見たことが無いし想像も出来ないが、売り込みようによっては繁盛もするだろう。いやいやそんな事を考えたいわけではない。

 

 

 

「プレゼント、だったか。」

 

「お、おう!」

 

「声がデカいよ、緊張してんの?」

 

「う、うるさいな!」

 

 

 

そんなに気負う事もないだろうに。何故かガチガチに凝り固まっている巴さんと、「取り敢えず行ってみたら何かあるんじゃないか」程度のノリで近場のモールへ遣って来た。

多種多様なテナントも入っているし、今時の子としてそれなりの感性を持っているであろう彼女が練り歩けば何かしら目に付くだろうとの浅い計画だったが。

相変わらずよく通る声をバンバンと連射する巴さんを連れてまず入ったのは二階に上がってすぐのアクセサリーショップ。妹さんという事で余程の事でもない限り女の子だろうと踏んでの提案だ。…まぁ、最近は色んな子が居るからね。

店員の視線が刺さるような感覚を覚えたが、こんな平日の昼下がりだ…制服姿の少女とスーツ姿の男性の組合せが不審なのだろう。

 

 

 

「……おっ。」

 

「?」

 

 

 

目に眩しいばかりの装飾の中を進み、巴さんが足を止めた場所を見やれば…。

 

 

 

「………ふむ。」

 

「…まさか、それを妹さんに?」

 

「…好きなんだよ、アイツこういうの。」

 

 

 

手に取りまじまじと観察しているのは透明な硝子玉が七つ埋め込まれ禍々しく金に光る龍の装飾が成された手のひらサイズの鏡。

それを好きという女の子があまり想像できたもんじゃないが、所謂アレだろう。()()()とか何とかいう、そういう子達。

そもそも鏡として使うには装飾が邪魔すぎるし、硝子玉も妙に安っぽい。値札を見れば硬貨だけで買える金額が記されているし。

 

 

 

「……じゃあ、一個目はそれで決まり?」

 

「ああ。…まずい、かな。」

 

「いや、お姉さんである君が良いと思えばいいんじゃないかな。」

 

「…○○だったら、嬉しい?これ。」

 

「全然。」

 

「うぅ…む。」

 

 

 

鏡なら洗面所で十分だし、何よりもその…意匠の部分がどうにも使い辛い。一応社会に身を置く大人としては。

即答してしまったが、この様子ではいつまで経ってもプレゼント選びに終わりが来ないと危惧し、慌ててフォローに入る。

 

 

 

「あぁいや、その、なんだ…妹さんは、どんな子なのかね?」

 

「ええっと…すげー元気で、好奇心が強くて、アタシの真似ばっかしようとする感じ…かな。」

 

「ほうほう。」

 

「あと、いんたーねっと?のゲームに嵌ってて、すげー難しい言葉使って話すんだよ。」

 

「…難しい?」

 

「おう。漆黒の~とか、深淵が~とか…ま、アタシにはよく分かんないんだけどさ。」

 

 

 

ああ。何となく理解した。

それならこういったアクセサリーも好きだろう。

間違いない、まだ見ぬ彼女は正真正銘の中二っ子だ。

 

…恥ずかしながら、そのイメージは昔の自分に重なる。俺も高校生くらいまでは、口に出すのも悍ましいほど痛い奴だったのだから。

某ゲームの素早さ上昇呪文を唱えながら徐に走り出したり、自分で考えた強そうな漢字の羅列に過ぎない技名を叫びつつ窓ガラスを破壊したり、やり放題だった。

 

 

 

「…喜ぶんじゃないか?その鏡。」

 

「ほんとか!?」

 

「ああ。…その方向で、色々攻めてみようか。」

 

「やっぱ大人が居ると違うな!○○が来てくれると捗る!」

 

 

 

…複雑だ。

 

 

 

**

 

 

 

その後も幾つかのテナントを周り、四時間程経った頃には彼女の両手が一杯になる程の紙袋が。その数は美しき姉妹愛の表れであると言えよう。

少し持とうかと提案するも断られる一方で、何とも手持無沙汰が落ち着かない。…と。

 

 

 

「ほう…!」

 

 

 

玄関近くにある食料品売り場。…その青果コーナーで、少々立派に育ち過ぎた感のあるドデカい西瓜を見つけた。自分の頭よりも大きそうな、はち切れんばかりの果実。

思わず声が出てしまうほど俺の視線を引寄せて離さない一玉に、つい歩み寄ってしまった。

 

 

 

「どした?………おぉ、何だそれデッケェ!!西瓜!?」

 

「立派だよなぁ。…ま今の時期にピッタリっちゃピッタリか。」

 

 

 

そういえば俺から妹さんへのプレゼントはまだ買っていなかった。…いや、そもそも面識もない上に下手したら存在も知られていないであろう。そんな見ず知らずの男からプレゼントだと物を贈られても、気味悪く感じるだけだろうが。

少々悩んだが、これは誕生会への差し入れという事にしよう。行き当たりばったり的で計画性も何もあったものじゃないが、それはそれ。夏の風物詩とも言えるコイツがあれば、多少なりとも盛り上がりに一役買えるかもしれないじゃないか。

 

 

 

「…おっ、えっ、買うのか?それ。」

 

「うん。…まずいかな?」

 

「いや、凄く美味そう…。」

 

 

 

そう言う意味じゃないが。

 

 

 

「上手く言えないが凄く惹かれてね。…買ってくるから、ちょっと待っててくれないか。」

 

「おう……○○って、フルーツだと大食いなのか…?」

 

「ははっ。」

 

 

 

レジの店員もかなり驚いた顔をしていた。が、その価格もあってかなりお買い得な買い物だった。

待たせても悪いので袋詰めはせず、ネットにフックを付ける形で担ぎ上げて巴さんの元へ。すぐに帰路へと就いたのだがやはり彼女はこれが気になるようで。

 

 

 

「……なぁ、その西瓜…」

 

「すごいよなぁ。こんな大きいの初めて見たよ。」

 

「お、おう。………。」

 

 

 

チラチラと視線を寄越しては俺の顔と見比べている。何を考えているのやら。

 

 

 

「今日の誕生会、何人くらい来るんだね?」

 

「えっ。……ええと、アタシに、ひまり、蘭、つぐ、モカ…あとはあこの友達も二、三人だから…。」

 

「……まぁ、充分事足りるだろうな。」

 

「何の話だ?」

 

 

 

十人少々でも十分満足できる量だろうこれは。どうにも話を掴みあぐねている表情の巴さんだが、あれだけチラ見していた西瓜も今は意識外にあるようだ。

 

 

 

「最初は俺からも何かプレゼントを用意しようとしていたんだがな。」

 

「…?うん。」

 

「知り合いでもないのに不気味だろう?…だからこれは、せめてもの気持ちって事で――」

 

「………??」

 

 

 

遠回し過ぎたのか、はたまた彼女が馬鹿なのか。まるで思考が追い付いていない様子の彼女に、下手に取り繕った言葉は不向きだと判断した。

 

 

 

「この西瓜、今日の誕生会で食ってくれないか。」

 

「……!!…○○、食わない…の?」

 

「俺一人暮らしだしさ。…あの店以外じゃ碌に食事も摂らないから、持って帰っても困るんだよ。」

 

「…じゃあどうして買ったんだ?」

 

 

 

確かにそうなるわな。

素朴すぎる質問に、俺も笑ってしまいそうになる。

 

 

 

「妹さんおめでとうってことで、差し入れ。」

 

「ぉあぁ…!い、いいのか!?」

 

「……ああ。…巴さん、好きだろう?西瓜。」

 

「好き!!」

 

 

 

いい返事がもらえたところで、今日の残り任務は宇田川家への西瓜搬入となった。とは言え、彼女曰くもうすぐ着く距離だという。

左手の鞄と時たま持ち替えつつ、ズシリと肩に来る西瓜の重みにどこか幸福感を覚えていた。

美味いものは人を笑顔にする。例えばそれが、行きつけの店の外であったとしても。

 

 

 

「さんきゅー○○!!」

 

「ん。…おめでとうって伝えといて。」

 

 

 

そう、俺は信じている。

 

 

 




一応あこちゃん誕生日回。
本人は出ないという初の試み。




<今回の設定更新>

○○:美味いものがあれば世界は平和になると思っている。
   西瓜、デカかったです。

巴:中二病がイマイチ分からない…が、元病人の協力の元素敵なプレゼントが用意できた
  ようだ。
  西瓜、すき。わーい。

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