BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/06/27 真に啜るは白の賑

 

 

 

「……………。」

 

「………………。」

 

 

 

自室。立ち込める熱気。目の前には鍋。隣には彼女。反対側には彼女の友人。

 

 

 

「…………つくしちゃんも○○さんも、食べないの?」

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

 

**

 

 

 

"恋人のふりをする"というのは、実に難しい。そもそも意味が解らない。

今更になって…とは思うのだが、未だに周囲へ言い出せないのもまた事実で。

先日もあの透子さんと出くわした時に、『透子ちゃんは恋人居ないんだよね?じゃあ私の方がひとつ先輩さんだね!』と自慢げに胸を張っていた時は思わず頭を抱えたものだ。

そんな彼女もまた、愛らしいのだ、が。

 

それはそうとこの珍妙な状況には理由がある。

付き合っているふり…ええい、いちいち書くのも面倒だ。便宜上付き合っているという事にしようではないか。

付き合っていてわかった事だが、彼女はその…やや見栄っ張りなところがある様で。先述の透子さんの件もそうだが、今日はまた別の友人に出逢ってしまい…回想形式でお伝えしよう。

 

あれはそう、休日を共に過ごそうというつくしさんからの提案で待ち合わせ場所であるモールへ行った時の事。

 

 

 

『や、やあつくしさん。』

 

『ごきげんよう!……まだ緊張してるの??』

 

『エフゥッ、やはりその、君の様な愛らしい子と向き合っては…だねぇ。』

 

『…また()()()()()が出ちゃってるよ?』

 

 

 

――ジェントル。

僕が切羽詰まった時に現れる、ちょっぴり癖の強い外行きの"ボク"。自分の中では単なる別人格として処理していたが、客観視できるつくしさんにとって見たら"ジェントルぶっている"ようにしか見えないらしく。

畏れ多い事に、ボクの方の人格に名称を頂戴したと言う訳だ。

不本意ながら、嫌いじゃない。彼女が認識してくれたという事だから。

 

 

 

『う!…ごめん、まだ緊張すると出ちゃうんだよね。』

 

『あはは、それはそれで面白いからいいけど。…けど私的には、素の○○さんの方が好きかな?』

 

『す………エブフォォッ!』

 

『わ、わ、わ!ど、どうしたのかな○○さん!?』

 

 

 

胃が、限界だった。

いや、こんな本筋から外れた部分はいい。要するに僕の女性に対する耐性はまだまだ未熟なのだ。

そうこうしている内に、今日の予定をどうするかという話になり…

 

 

 

『そういえば、つくしさんと食事とか、したことないね?』

 

『……たしかに。食事って、大人のデートって感じだよね!?』

 

『…いや、そうは思わな―』

 

『ふんふん、それなら今日は、私がとっておきのお食事プランを考えてあげます!』

 

 

 

僕の一言にえらく食いついた様子のつくしさん。

そう、互いに学生の身…それも別の学校という事もあり、共に過ごすのはいつも放課後の僅かな時間。つくしさんが通っているのはええと…名前は忘れたがお嬢様達の花園とも謳われる女子校。勿論その校則の厳しさや品の良さも折り紙付きで、放課後の買い食いや飲食店での逢引が許されていないというのだ。

 

 

 

『ほ、本気?』

 

『なに?私が信用できない??』

 

『…滅相もございませんが。』

 

『ふふん。こんなこともあろうかと、いっぱい文献を読み漁ってきたんだから!』

 

『文献…?』

 

 

 

そう都合よくデート用の食事プランを学べる()()があってたまるか。きっと若者向けのハウツー本か何かであろう。

 

 

 

『うん!今日も一冊持って来てるんだよ。』

 

『……拝見しても?』

 

『はい!予習するのは当たり前だからね。その辺は抜かりないよ!』

 

『……つくしさん、これは…』

 

『この前書店でまとめ買いしたの。』

 

『漫…画…?』

 

『そ。』

 

 

 

少女漫画…。

ま、まぁ、僕はこの類を一切読まない訳で。それが参考になるかどうかは見当もつかない、謂わば食わず嫌いの状態である。

初めて触れる文化だが、まずは己で確認してみるとしよう。百聞は一見に如かず、だ。

 

 

 

『もう、すっごい感動モノなの。』

 

『へえ。』

 

『主人公は王宮で侍女をやらされているものなんだけれど…。』

 

『待って待って、どこの王宮の話?』

 

『1840年代のイギリスだよ!お洒落だよね。』

 

『現代ですらなかった!』

 

 

 

開きかけていたそれを勢い良く閉じる。パァンッと乾いたいい音が鳴り、つくしさんは目を丸くしている。

一体ここからどんなプランが学べるというのか。

 

 

 

『い、イギリス式は嫌だった…?』

 

『なんだかもうツッコミどころが多すぎて……つくしさんって、天然なの?』

 

『……ま、まあ、養殖ではない…かな?』

 

 

 

最早花丸を挙げたくなるレベルの解答だった。

結局はあまり外食経験の無い二人が顔を突き合わせたところで、現代日本に於ける定番の食事プランなど欠片も出ない訳で。

取り敢えずぶらぶらと散策してみて、それっぽいところを見つけたら入ろう、という…ある意味では定番とも言える時間浪費プランに落ち着いたのだった。

そんなこんなで偶々通りかかった家電売り場のコーナー。事件はここで起きた。

 

 

 

『――でも、今のままじゃいけないと思って…』

 

『ふうん。色々考えてるんだね、つくしさんも。』

 

『そりゃね!私がしっかりしないと、○○さんだって――』

 

『あ!』

 

『――…??』

 

 

 

すれ違った少女が、ワンテンポ遅れて声を上げたのだ。不審に思ったのか振り返り、声の主を確認するつくしさん。

 

 

 

『やっぱり!つくしちゃんだ!!』

 

『ましろ…ちゃん??』

 

 

 

知人。

彼女が知人に遭遇した場合のリアクションは大体二種類。一瞬異常な程慌てた後に全力で取り繕う、若しくは元気よく「ごきげんよう」と声を上げるかだ。

今回は無情にも前者の方で、恐らくこの状況を見られたくなかったであろうことは手に取るようにわかった。

では何故出歩くのか、などと野暮なツッコミを入れてはいけない。

 

 

 

『あゃ、こっ、キョッ、ましっ…ご、ごきげんよう!!』

 

『うん?…ごきげんよう、つくしちゃん。』

 

『んん"ッ……ましろちゃんはお買い物?オヒッ、お一人?』

 

 

 

痛々しいほどの慌てようだった。

 

 

 

『???ひとりだよ??つくしちゃんには、何人に見えたの??』

 

『ふーん、そうなんだ。へぇー!』

 

『……私が一人でお買い物って、そんなに変かな…。』

 

『あっいやっ、そ、そういう意味じゃなくて…っ』

 

『確かに、今日一人でお買い物に行くって言ったら、透子ちゃんもるいさんも口を揃えて「知らない人に着いて行くな」って言うし、つくしちゃんみたいに子供っぽく見られちゃってるのかもしれないけど…うぅ。』

 

 

 

更に取り繕う姿勢は、友人の様である彼女を傷つけ、唐突な負の感情へと突き落とした。

改めて観察してみるとこの「ましろ」と呼ばれた少女、真っ白な髪に幼い顔つきがチラチラと覗いていて、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる美少女だ。

普段の僕であればまともに顔を見る事さえままならないだろうが、どうにか冷静に見ていられるのは自分とどこか似ている様な…そう、抱えている闇の様な物の一端が垣間見えた為かもしれない。

 

 

 

『ちっ、ちがうよ!だってましろちゃんはすっごく大人っぽいもん!私なんかと違って、子供と間違えられることもそんなに無さそうだし、いや、私も別に子供じゃないけど…!』

 

『うぅぅぅ…それに、結局目的だったイベントが始まる時間には間に合わないし、バスの中では小銭ばら撒いちゃうし……そうだよね、私には一人でお買い物なんて無謀すぎるよね…。』

 

『あ、えと、あの、あう…………。』

 

 

 

一人でどんどんと深淵への階段を下っていくましろさんを励まそうと、必死になって言葉を探すつくしさん。

やがて思考力の限界を超えたのか、振り返ったその顔は弱り切っていた。

 

 

 

『どうしよう、○○さん。』

 

『ここで、僕に訊く…?』

 

『ましろちゃんはね、たまーにこうして馬鹿みたいに落ち込んじゃうことがあるんだけど。…未だにどうしてあげたらいいのか分からないんだ。いつもは、透子ちゃんとかるいさんが何とかしてくれるんだけど…!』

 

『るいさん?』

 

 

 

さっきましろさんの口からも聞いた様な。恐らくまだ見ぬ彼女の友人の一人であろう。

さん付けで呼称しているあたり、歳上か、立場が上か…何にせよ頼りになる人間なのは間違いなさそうだ。

 

 

 

『あえっと、るいさんっていうのは――』

 

『つくしちゃん??…その人、だれ??』

 

 

 

だがその答えを聞く前に、白髪の美少女はある程度気を持ち直したようで。しゃがみ込んだような体勢から顔だけをこちらに向けて純粋な疑問を投げかけてきた。

 

 

 

『……。』

 

『つくしちゃん??』

 

 

 

あ。

引き攣った様な顔で口をぱくぱくと金魚のように動かしている。キャパオーバーだ。

出逢った時にも質問は一つずつ…などと言っていたが、見かけのサイズから予想できるように彼女の思考し得る脳領域もそう大きくはない。

ましろさんをどう元気づけるか、るいさんをどう紹介するか、その二つの思考で手一杯なところに、僕との関係性を問われるというトドメが入った。

哀しいが、こうなると彼女のポンコツっぷりを隠すことはもう望めないだろう。

 

 

 

『ましろちゃん!』

 

『わ、びっくりした。その人はだれなの??弟さん??お兄さん??お友達??』

 

『こっ、この人はねっ!私の、わた、ボーイフレンドなんだよ!』

 

『……そんな…ぼーい、ふれんど…?』

 

 

 

お察しの通りである。

冷静さを失った彼女はまたしても僕をややこしい位置で紹介してくれた。それを聞いたましろさんも目を見開いて何とも言えない面持ち。

これ程までに居心地の悪い空間、そうは経験できないだろうね。

 

 

 

『じゃ、じゃあ…もう私達には…構ってくれない…ってことだよね。』

 

『そんなことないよ!ボーイフレンドとも勿論仲良くするし、みんなともずっと友達だもん!』

 

『うそだ…いちゃいちゃする相手が出来たら、もう私みたいな面倒臭い子邪魔なだけだもんね…ごめんね…。』

 

 

 

ああこの子、非常に面倒臭い。

 

 

 

『そ、そうだ!ましろちゃん!!』

 

 

 

あ。

また、焦ってる。

これは絶対碌な事言わな――

 

 

 

『私達これから一緒にご飯食べるんだけど、ましろちゃんも一緒に行こうよ!』

 

『……ぇ?』

 

『つくしさん、そもそもプランは何も――』

 

『今日はえっと……そう、鍋!!お鍋パーティってことで、私が腕を振るうって話でね!』

 

『つくしちゃん…お鍋作れるの!?』

 

『ま、まあ…ね!ほら、普段妹たちに作ってあげてるから…』

 

『お、お鍋を!?…さすがつくしちゃんだね!!』

 

『ふふん!』

 

 

 

妹が居たのか。それは初耳…いやいや、つくしさんから料理の話なんか聞いたことも無い。勿論、話題に挙がっていないだけで彼女が料理の達人である可能性も否定は出来ないのだが。

…いや、そもそも鍋の話題などどこから…ああ。

周囲を見渡してみて気づいた。ここは家電売り場のど真ん中。何故イベント目的のましろさんが迷い込んだのかは知らないが、ちょうどIHのホットプレートが並ぶ棚が近くに。

大きな吹き出しの様な見出しが目に付いてしまったのだろう。数種類の用途に対応できる鉄板と深めの鍋がセットになった大型のものが特売になっていたのだから。

 

 

 

『…すごい!土から買っていくの!?』

 

『つち??』

 

『お鍋、つくるんでしょ??』

 

『あ!えっと…あの……。』

 

 

 

正気に戻ったようで。

微妙にずれた認識のましろさんに詰め寄られながら困ったようにこちらを見るつくしさん。

…正直、最高に可愛い。申し訳なさそうな顔がとってもキュートである。

ここは、僕の…いや、ボクの器量を以て、彼女へ助け舟を送るとしよう。

 

 

 

『…いいんじゃないかな?鍋ならウチにあるし、食材だけ買っていけば問題ないだろうねぇ。』

 

『○○さん……うぅ、ごめんな――』

 

『おっと、止し給えつくし嬢。ボクも鍋は好きだしね。』

 

『ぁ……ジェントルさんだ…。』

 

『ここはボクに任せ給えよ。…ましろさん、と言ったね?ボクは○○。つくしさんのポゥイフレンドゥさ。』

 

 

 

久々に出て来てくれたジェントルの本領発揮と言ったところか。活き活きと動き回る舌は、僕の物とは思えない滑りで言葉を紡ぐ。

つくしさんはやや落ち込んだ様子だが、こんな時こそ男の僕が何とかしなくてはね。

 

 

 

『えっ…苦手…。』

 

『ウッグッ……ま、まあ、どうかよろしく、お願いするよ。』

 

『はあ。…つくしちゃん、本当にこの変な人と付き合ってるの?』

 

『変…。』

 

『へ、変じゃないよ!…いや、今は確かにちょっと変だけど…。』

 

 

 

否定して。

 

 

 

『でも、凄く優しくて、凄く面白い人だから、ましろちゃんも仲良くなれると思うよ!』

 

『ふぅん…。…えっと、○○…さん?』

 

『……はい。』

 

『私、倉田(くらた)ましろです。つくしちゃんと、同じ学校の。』

 

『…よろしく。』

 

『はい。』

 

 

 

とまあそんな流れがあって。

 

 

 

**

 

 

 

「どうしよう、○○さん…。」

 

「??」

 

「い、今更ながら、ちょっとだけ緊張してきちゃった…。」

 

 

 

初めて僕の家に上がったからだろうか。でも大丈夫、僕だって女性を部屋に上げるのは初めてだ。

何かしらの発作に襲われて死んでもおかしくない状況なのだよ。

 

 

 

「……あまり可愛らしい事言わないでくれたまえ…。僕もその…意識しちゃうと危ないし。」

 

「あぅ……ご、ごめん…なさい。」

 

「わ、わ、すごいよ。もうぐつぐつしてる。…食べていいのかな??」

 

 

 

ましろさんだけがそこそこ楽しそうに湯気を立てる鍋を眺めている。空腹どころじゃない二人を差し置いて、何とも呑気な…。

因みに、やはりアレは咄嗟の出まかせだったようで、鍋を用意したのは僕だ。勿論経験なんて無いから、見様見真似だけども。

 

 

 

「…いいんじゃないかな?」

 

「やた…!…私、お鍋を友達と食べるの…初めてだよ。」

 

「そ、そうなんだ!私も!」

 

「僕も。」

 

 

 

この家には現状、お鍋に初めましての人間しかいないという事が分かって。

一先ずは緊張も何もかもを食事で誤魔化すことにした。気まずすぎて、黙っている方がおかしくなってしまうよ。

 

 

 

「……鍋って、どうやって食べたらいいの?」

 

「…え。」

 

「だって、こんなの食べたことないもん。…それぞれお皿があるってことは、一回取ってから食べるって事?」

 

 

 

そこからか。

僕を挟む様に二人が座っているせいで、ましろさんが質問をぶつけてくるのは必然的に僕になる。

取り皿の説明も面倒だし、適当に見繕って盛り付けてしまおうか。

 

 

 

「まぁ、そうなる…かな。」

 

「むずかしそう……。」

 

「……取り分け…る?…その、僕が、代わりに。」

 

「…いいの?」

 

「…まあ。」

 

 

 

君に任せるととんでもないことになりそうだから…とは、面倒なことになりそうなので言わなかった。

さて、何をよそうか、だが…。

 

 

 

「ま、まって。…その葉っぱ…なに…?」

 

「…白菜のこと??」

 

「これが…はくさい…。」

 

「苦手…だった?」

 

「うん。……他のがいい。」

 

 

 

白菜は苦手…か。成程成程、まあ苦手なものの一つや二つ、どんな偉人にだってあるのだ。責める気も無いし、明確に意思表示してくれただけ有難いと言えよう。

掬いかけた具とつゆを鍋に戻し、再度覗き込む彼女の言葉を待つ。

 

 

 

「むむむ……あっ、この棒みたいな草はなに??」

 

「棒?」

 

「…うん、これっ…!?…あっつぅ!?」

 

 

 

示そうとしたのか掴もうとしたのか、煮えたぎる鍋になみなみと揺れるつゆの中へ突っ込んだ指を慌てて引き抜くましろさん。

涙目になりながら真っ赤な指先にふーふーと息を吹きかけている。熱かったろうに…自分の出汁でも取るつもりなのか。

 

 

 

「ちょ、なにやってんの!…大丈夫!?ましろちゃん!」

 

「うぅ…あついしいたいしジンジンしてるよぅ…。」

 

「○○さん、氷ある!?」

 

「…つくしさん…」

 

「○○さん、氷!」

 

「…わかったよ。」

 

 

 

緊急時という事もあり弾けるように声を上げ動いたのはつくしさん。…涙を零すましろさんをサポートしつつ食卓を片付け、テキパキと僕に指示迄出してくる。

あんなに小さいのに、まるでよくできた姉のようだ。

 

 

 

「○○さん!なにウンウン頷いてるの!?早く氷!」

 

「あはぃ。」

 

 

 

いけないいけない、つい見惚れてしまった。

慌てて台所へ行き、常備しているクラッシュアイスと水道水をビニール袋に詰める。このクラッシュアイスを炭酸飲料にぶち込むのがまた格別なのだ。

戻れば涙でボロボロになったましろさんを抱きすくめるようにして宥めているつくしさん。ああ、非常時だというのに癒される。

 

 

 

「持ってきたよ。」

 

「ありがとう!…ましろちゃん、指、出して…。」

 

「う、うんぅ…。」

 

「ん。…ちょーっと冷たいけど、しっかり冷やさなきゃだから我慢してね!」

 

「うん…。…ひゃぁ、つめたっ…」

 

「そりゃ氷だもん。」

 

「そ、そうだよね…あうぅ…」

 

「○○さん、余計な事言わない!」

 

「………。…ところでましろさん、どうして指突っ込んだりなんて、馬鹿な真似したんだい。」

 

 

 

つくしさんに背を預けるようにして脱力し、突き出した右手を氷水で弄ばれる。痛みに涙する姿は痛々しいが、少し羨ましいと思ってしまうのは僕の浅ましさだろうか。

その邪な気持ちを振り払うように、やや意地悪な質問をしてしまう自分にまた自己嫌悪を抱いたり。

 

 

 

「…う??ばか???」

 

「ああいや、あまりにも突拍子もない行動すぎてね。…まさか"棒のような草"とやらを掴もうとしたわけではあるまいね?」

 

 

 

こういった時の攻撃的な姿勢も、ボクの得意とするところらしい。

意識するまでもなくごくごく自然な入れ替わりが出来たような気さえする。

 

 

 

「あつかった。」

 

「そうだろうね。」

 

「…なべ、あついと思わなかったから…。」

 

「………………んん?」

 

 

 

聞き間違いだろうか。

 

 

 

「火にかけていた鍋だというのは理解しているかね?」

 

「うん。」

 

「…熱せば水…ああいや、勿論固体・気体もだが、加熱により温度が上昇するのは当たり前の事だと思っていたがね?君は違う様だ。」

 

「………だって…お鍋、はじめてなんだもん…。」

 

「……。」

 

「○○さん。」

 

「なんでしょう。」

 

「意地悪言っちゃだめだよ。ましろちゃんは…そう、純粋なんだから。」

 

「純粋でも鍋くらいは―」

 

「○○さん。」

 

「はい、もう意地悪言いません。」

 

「…よろしい。」

 

 

 

ましろさんは純粋…どうにも納得のいく答えでは無かったが、つくしさんがそう言うならそうなんだろう。

ややしばらくして、だだ甘のつくしさん効果か笑顔が戻ってきたましろさん。念の為にとぐるぐる巻きにされた包帯の為箸が持てなくなった彼女に、まるで親鳥の様に甲斐甲斐しく食べさせるという条件の下、鍋会はスタートを切った。

 

 

 

「○○さん。」

 

「はい。」

 

「わたし、つぎはあのお肉が食べたいな。」

 

「……何だって僕が…。」

 

 

 

食べさせるのは僕の役目らしい。

鍋から取り上げた豚肉をやり過ぎなくらいに冷まして、今日出逢ったばかりの彼女の口へと運ぶ。お陰で自分の食事は全くと言っていい程進んじゃいないが、ましろさんは幸せそうにソレを噛み締めている。

 

 

 

「……○○さん、おいしいね。」

 

「そうかい。」

 

「うん。……○○さん、思ってたよりいい人?」

 

「僕に訊かれてもね。」

 

「ちょっと変だけど。」

 

「ははっ、うるさいよ。」

 

「……つくしちゃんを、よろしくね。…あ、わ、私なんかが言えた立場じゃないけど。」

 

 

 

解けかけてきた右手の包帯を弄りつつ、尚且つ視線は出汁の中で泳いでいる豚肉を追いつつ、彼女は言った。

いずれ終わりが来る関係であることは、わざわざ言う事でもないだろうが…認められるというのも存外気分が良いものなのかもしれない。

 

 

 

「…ところでつくしさん…は、食べないの?」

 

「………え?あ。」

 

「……つくしさんにも、食べさせてあげた方が良いかな?」

 

「い、いいの!自分で、食べられるから!!……うわ!野菜ばっかり残ってる!!」

 

 

 

どこかぼーっとした様に僕らを眺めていたつくしさん。我に返ったように慌てて箸を割るも、悲惨なことになっている鍋の状態に思わず声を上げる。

それもそのはず。僕もまだほぼ食べていないが、このましろさんは好き嫌いが激しすぎるようで。何でも緑色の野菜は大体食べられないとか。

お陰で肉やら芋やら大根やら、彩りある物ばかりを口に運ぶことになった結果…ぐつぐつと煮え繰り返るのは葉物や青野菜のみ。…雨上がりの草原の様だった。

 

 

 

「だってましろさん、野菜は食べられないって言うから。」

 

「え!!…だ、だめだよ!少しでも食べないと、いつまでたっても克服できないよ!」

 

「○○さん、次あっちのお肉が食べたいな。」

 

「うん。」

 

「…ねね、お鍋って、しめ?に麺とかごはんをいれるんだよね?何を入れるの?」

 

「一応、うどんを買ったんだよね。…食べられそう?」

 

「うどん!……もう、しめちゃおっか?」

 

「そうしたい??」

 

「こら!!○○さん、甘やかしすぎ!!」

 

 

 

まるで何もできないましろさんと、小さいのにハートだけはお姉さんなつくしさん。

二人と食べたお鍋は、素材以外の味も混ざり込んでいた気がした。

 

 

 




作者鍋好きにより定期的に鍋話が来ます。




<今回の設定更新>

○○:相変わらず初対面の人間相手だとコミュ障全開。
   だが、つくしに対してはだいぶ慣れてきた模様。
   心にジェントルなる別人格を飼っている。

つくし:やたらお姉さんぶる。
    時たま厳しいがこの少女、甘えたい。

ましろ:敢えて言及はしない。

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