BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「いらっしゃいま……有咲。」
「おう…きたぞ。」
勤務中。手伝い先のレジにて。
いつもお互いの家でしか合わない二人が、よもや公共の場で顔を合わせることになろうとは。
**
「いやー、あれはびっくりしたよ。」
「そうかよ。」
「…まだ怒ってんのかよ。」
「別に。」
帰ってきてからずっとこうだ。
今日は職場にテナントとして入っている別店舗の手伝いをしていたんだが、そこに客として有咲が来たんだ。
今まで呼んだって職場には来なかったのに、『フードコートでお手伝いしてるよ』って言った途端にあれだもんな。何か食物でももらえると思ったんかな。
…もっかい回想入ります。
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「お前、職場に来るのは初めてだな。」
「まぁ…お前が働いてるとこ、滅多に見られるもんじゃないしな…。」
「…あんだって?」
「うっせぇ、なんも言ってねえ!」
何だよ、絶対今ボソボソ言ってたろ。
急にキレんなよ、可愛いな。
「で?ご注文は?」
「あっ…えっと、じゃあこのコロッケと、こっちのジェラートを…」
「結構食うんだな。」
「あ?文句あんの?
…ジェラートはお前が捏ねたって言ってたじゃんか。」
「あぁ、さっきまで担当してたよ。」
「…じゃあそれで。」
「おっけい。…えーっと、620円になります。」
「高。」
「そうでもねえだろ。」
「…ん。」
渋々小銭を差し出す。
「ん、じゃあこっちお釣りな~。」
「………。」
「なんだよ、じっと見つめやがって。見とれてんのか?」
「ば、ばかっ!うっせえ!早く商品準備しろ!」
「はいはい…。
コロッケ入りまーす!あと、ジェラートお願いしまーす!」
奥にある厨房兼受け渡しカウンターにオーダーを入れる。
揚げ物系は向こうから出るし、ジェラートはお手伝いの俺には盛り付けられない。今はレジでオーダーを取る以外何もできないのだ。
「なんだよ、全部人任せ?」
「言い方よ。」
「あっ、彩沙さん!…お願いしてもいいっすか?」
彩沙さんは俺が手伝いに来る度に何かと気にかけてくれる優しいお姉さんだ。
困った時は大体頼る。年が近くて接しやすいのもポイントだ。
「………チッ。」
あいつ今舌打ちしたか?
何とも態度の悪い客だな
「おい有咲…って、そんな睨むこと無いだろ。
味選ばないと盛ってもらえないぞ。」
「……お前、こういうのが好きなの。」
「あ??」
意味がわからない。
因みに、味の話かと思い、俺のおすすめフレーバーを教えてあげたらまたキレられた。なんなんだ。
食ってる最中は大人しかったのがまだ幸いか。ただ、フードコート特有の変な形の椅子に座ってのモグモグタイム中も、鋭い目つきでこちらを観察しているのが見えた。
それでいて仕事が終わるまでは待っててくれるんだもんな。ほんとなんなんだ。
「…変わった子ねぇ。…お友達ぃ?」
「んー。…もうちょっとで彼女、って感じですかね。」
「おぉ、やるじゃん○○くんー。」
「…いやもう嫁と言っても過言ではないような。」
「あらぁ!結婚式には呼んでね~」
**
「だからさぁ、彩沙さんとは何もないって言ってんじゃんか。」
「ふーん?別に私は何でもいいんですけど?大体何で名前で呼んでんの。」
「しょうがねえだろ。あの職場、"イトウさん"って四人も居るんだよ。
区別の為に全員名前呼びなんだ。真司さんとか、未来さんとか…。」
これって地味に職場あるあるだよな。
ありふれた苗字問題。マジ何とかしてくれ。
「へーそうですか。仕方ないんですか。へー。」
「もー埒あかねえな。」
「…別にもういいって言ってんじゃん。突っかかってきてるのそっちでしょ。」
「……だからさ、何に怒ってんだよ。」
「怒ってないし。」
「どこに一番怒ってるかは教えてくれよ。」
「だから怒ってないって。
怒ってるって思うんなら自分で考えてみたら?」
わかんねえから訊いてるってのに…。
「俺が彩沙さんに、お前のこと嫁って紹介したからか?」
「はぇ!?」
「あいや、丁度その話してるあたりだったんだよ。お前がこっちを睨みつけてるって気づいたの。」
「よ、よよよよっ、嫁っておままま」
「落ち着け。お前、バイブレーション機能搭載してねえだろ。」
「か、勘違いされたらどうすんだよ…」
「別に。いずれ嫁にもらうんだから今のうちから言ってても一緒だろ。」
「―――ッ!」
動揺してんな…。震えるやら赤くなるやら、忙しいやっちゃな君。
「……とう?」
「あん?」
「それ、ほんとう?」
「どれ」
「嫁って言ったのと、貰ってくれるって話…。」
「うん。本当だよん。」
「………。」
「??」
ぽたり、と。
所謂女の子座りで座り込んでいる床、有咲の膝の間に雫が落ちる。
え、え?そんな早まった?俺。
「お、おい…。」
「…ないで。」
「…なんだって?」
「ッ!」
俯いている顔を覗き込もうとした時に物凄い速さで抱きつかれた。というかそのまま押し倒される形になる。すげえ、ハンターみてえだ。
顔に落ちてくる涙の温度に若干の興奮を感じていると、しっかりと目を合わせた有咲が震える声で言う。
「もう、怒ってないから…。…嫁って言っていいから、あんまり、他の女の人となかよくしないで…っ!!」
えーっと…。
「別に仲良くした覚えはないけどな。
…ははぁ、彩沙さんと仲良さそうだったから怒ってたのか。」
「…ん。」
「…勘違いさせるような接し方でごめんな。でも、手伝いの身としては一人で仕事するわけにも行かなくてな…。
ただ、それだけだったんだ。プライベートで下の名前呼ぶのだって、有咲だけだろ?
ちゃんと嫁に貰う気でいるし、他の人と仲良くするなんてメリットの一つも感じられないことしないから。な?」
「……うん。私だけ、私のものでいて。」
「…ん。おいで。」
そのまま胸元に抱き寄せる。
といっても、床に組み敷かれているような状態だし、長くこの姿勢はキツいだろ。
ひとまず柔らかいベッドに移動し…
「あ、そうだ。」
「…?」
「心配しなくても、職場で女の人が態々構って来ることはないぞ?」
「なんで。」
「同僚も上司も、俺のこと既婚者だと思ってるから。」
「…は?」
「有咲との関係性を説明するのが面倒でな。いつも三人称を「嫁」で話してるんだよ。
だから、皆有咲のこと知ってる。俺の嫁として。」
「…なっ!?」
このあと、滅茶苦茶説教された。
んでもって、滅茶苦茶仲直りした。
Oh shit!(真剣)
<今回の設定更新>
○○:日常的に「俺の嫁」が口を衝いて出てしまう人。
周りから生暖かい目で見られていることにいつ気づくのか。
有咲:おばあちゃんにも許可もらってるんだから、早く結婚しろ。
末永く幸せになっちゃえ。
彩沙:主人公の2歳年上のお姉さん。姓は"イトウ"。
語尾が伸びる癖のある喋り方をする。いつも眠そう。