BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「はぁ、はぁっ…はぁ、…はぁっ!」
走っていた。
すっかり暗くなった市街地。
やっとのことで二人の姉を説得した僕は、約束の時間を大幅に遅れてしまっていることを悔やみながらも、呼吸を忘れるくらい全力で走っていた。
「……はぁっはぁっ…み、見えたっ!!」
目的の建物へたどり着くための、いつも目印にしている看板が見えてくる。
無駄にカラフルな美容室の看板が目印なんだ。
…この角さえ曲がれば、あとはまっすぐ…っ!
「リサねぇ!!」
案の定鍵は開いていた…が、中は真っ暗だった。
呼びかけにも返事が無いし、何よりいつも玄関まで迎えに来てくれるあの悪戯っぽい笑顔が見当たらない。
…靴は、あるんだけどな…?
胸騒ぎがした僕は、脱いだ靴もそのままにリビングを目指す。
「リサねぇ…?」
戸を開けて室内を見渡すも、人の気配はない。…誰もいないのだろうか。
でも、鍵を開けたまま、靴も履かずに出かけたりするかな…?
「リサね」
「しーっ…。…そのまま動かないで?」
後ろからがっしりと羽交い締めにされる。
直後に手のひらで抑えられる口と、続けて耳元に当たる吐息。
「…呼び方も違うぞぉ?」
「……ぉ、おねーちゃん。…遅れてごめん。」
「…………。」
口は開放してもらえたが、相変わらず体の自由は奪われたままだ。
正直、男女の差もあるし僕がその気になったら振りほどくのは簡単だ。でも、そうさせない、そうできなくなってしまうような魅力が、この体勢には多すぎる。
「…………ぐすっ。」
「!?…お、おねーちゃんっ!?」
「…もぅ……弟くん、来てくれないかと…思ったよぉ……。」
「……ぁ…ぅ、……ご、ごめん……」
「…どーして、こんなに遅く、なっちゃったの?」
「……日菜ね…日菜ちゃんと、紗夜ちゃんが……行っちゃダメだって。」
「………それで?」
「……日菜ちゃんは、誕生日祝いに行くだけって言ったらすぐ引き下がってくれたけど、」
「…紗夜には、何をして許してもらったの?」
「………今度、一緒に遊びに行く約束。」
丸一日デートするって約束で開放してもらったんだ。
……3回。
「じゃ、じゃぁ……アタシのこと、嫌いになったわけじゃ、ない…?」
「も、もちろん!おねーちゃん、大好きだよ??」
「………うぅぅぅ…。」
「わ、わーっ!泣かないで??泣かないで?ね??」
リサねぇの流す涙が僕の後頭部を、首筋を、シャツの襟首を濡らしていく。
遅くなってしまった――言葉で言ってしまえば簡単なものにしかならないけど、今日という日に関しては、彼女に大きな傷を…痛みを与えてしまったのかもしれない。
この罪に対して、僕はどう向き合えるだろうか?
「おねーちゃん……ええと、本当にごめん。
…でも、おねーちゃんのこと嫌いになったとか、誕生日を忘れたとか、全然そういうのじゃないから!!」
「……ぅん…。」
力なく僕の体は解放される。
振り返り、リサねぇの目を正面から見つめる。…そして、本当はお祝いのためと用意しておいた秘策を、せめてもの償いとして行使する。
「…ぇ?」
「……いつも、ハグはおねーちゃんの方からだったもんね。
僕ね、おねーちゃんにぎゅってされると、どんなに嫌なことがあった時でも落ち込んでる時でも、あったかい気持ちになれるんだ。
すーって感じで、体が楽になるんだよ。」
「……ぅん。」
「だから今日は、いつも色々優しくしてくれたり甘やかしてくれるおねーちゃんにお返しって思ってたんだけど…。
…流石にこれじゃあ、おねーちゃんの悲しい気分は無くならないよね…?」
「………っ。」
一方的に抱きしめる形で暫しの時を過ごし、リサねぇの震えが収まってきたことを感じる。
あぁ、そうだったんだ。リサねぇってこんなに体温が高かったんだ。
それに、抱く側になって初めて気づいたかもしれない。…おねーちゃんおねーちゃんって、年上のお姉さんだと思って当たり前に包まれていたけど、こんなにか弱くて小さな体だったんだ。
その華奢で儚いおねーちゃんを、僕は…僕は…ッ!
「………う。」
「…………?」
「……ぅう、うぅぅぅ……。」
「お、弟くん?」
なんてことをしてしまったんだと、後悔の念と重い自責の気持ちが込上がってくる。
それは不覚にも涙となって溢れてしまった。……だめだ、止めないと。傷つけたのは僕の方なのに、このままじゃ、腕の中から見上げてくる笑顔のリサねぇに……笑顔?
「……弟くん?…今、凄く可愛い顔してるよ?」
えっ。
あれ?
「ねぇ、弟くん…?もっとよくお顔見せて…?」
「ちょ、ちょっと?…おねーちゃん??」
今のって、もうちょっと感動だったりとかそういう雰囲気になる流れだったんじゃないの??
「ふふ、ふふふふ。あのね、弟くんの可愛い泣き顔見てたら、悲しい気分とかどうでもよくなっちゃったぁ。」
「…えぇ?」
そこから体勢も逆転。
泣きながら困惑する僕を抱きしめ、体中の匂いを嗅がれる。…すっかりいつもの状態に。
「…え、うそ?…これでいいの??」
「あぁ…っ。……弟くんと一緒にいられて、お姉ちゃん幸せだよぉ…あはっ。」
**
「え…っと。…ほんと、ごめんね?弟くん。」
「……本当に心配したし、申し訳なかったんだけど。」
「…うぅ……だって、弟くんが可愛すぎるから悪いんだよ…。」
1時間後。少々怒り気味の僕にひたすら謝り倒すリサねぇの姿があった。
なんでも、うちの姉事情も当然理解しているため、言うほど傷ついていなかったとのこと。
外を走る僕の姿が見えたため、部屋中の電気を消し、息を潜めて脅かそうとしたらしい。
ところが、来ていきなり謝りだした僕が…その、い、愛おしく、なったらしくってそこからは興奮が抑えられなかったそう。
途中泣いたのも、悲しかったわけではなく愛されすぎて嬉しかったとかなんとか。なんだそりゃ。
さっすがリサねぇ。日菜ねぇとは別方向で理解が追いつかないや。
「もう、プレゼントあげないよ??」
「えっ!?やだやだやだやだやだ!!やだ~!!」
「なんか、僕が心配したの、無駄みたいじゃん…。」
「そ、そんなことないよっ!…すっごい、すっっっっごい嬉しかったんだからぁ!!」
「じゃーそれがプレゼントってことでいーんじゃないですかー?」
「うぅ……弟くんのばかぁ。」
とはいえ。
渡さずに持っていても使い道もないため、物自体は渡しちゃおうかな。
「…反省してる?」
「し、してるしてる!」
「ほんと?」
「ほんとにほんと!紗夜に誓うよっ!」
「…実の姉に誓われてもなぁ…。」
「もー!!!」
駄々を捏ねるリサねぇも正直可愛いけどね。他じゃ絶対見られないだろうし。
「……はぁ。…はいこれ。」
「えっ?えっ!?……こ、この箱?」
「うん。…要らないならあげないよ?」
「い、要るよ要る!あ、あけけk、開けるね?」
「落ち着いてどうぞ。」
あれ、おかしいな。
僕はあげる側だってのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。
箱にしなきゃよかったな。…開けたあとのリアクションとか考えて、ドキドキしちゃう。「なにこれー」とか言われたらどうしよう…
「……っっっ!?」
「………………どう?」
「けっけけけっ、けけけ」
「…け?」
そんな笑い方だっけ?
…ゴーストタイプみたいだなぁ…。
「け、結婚、しようってこと?これ…」
「はぁ!?…ちち、違うよ!これ、みて!」
左手の小指を見せる。
そこには小さなリング、ピンキーリングってやつらしい。
「…ね。お揃いなんだ。」
「……弟、くん。」
「今日みたいに、うちの二人に捕まったりとか、普段だって会えない日もあるわけだし…。
そんな時にね、お揃いのこれがあれば、心は一緒にいられるかなーって……。へ、変だよね。かっこつけみたいで」
「弟くん…ッ!」
「ウワァー」
感極まった様子のリサねぇにソファに押し倒される。
体重を僕に預けたまま、リサねぇのくぐもった声が、「ありがとう」と「大好き」を繰り返す時間は小一時間続いた。
僕はただ「うん、うん」と相槌を打つだけだったけど、それは凄く満たされた、幸せな時間になった。
この贈り物が、二人で過ごす時間が、ずっとずっと忘れられない思い出になってくれたら、いいなぁ。
リサねぇ大好き。
<今回の設定更新>
○○:指輪はオーダーメイド。一年分のお小遣いを前借りして買ったらしい。
ウワァー(棒)
リサ:誕生日おめでとう。
外でのリサと愛の巣でのリサ。人格が乖離しつつある。