BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「いざ身体を壊してからじゃ遅いのよ、いい?」
「……わかってるよ。」
学校から帰ってきたらこれだもんな。
家について早々、玄関で僕を迎えたのはご立腹の紗夜ねぇだった。どうやら、部屋から大量のエナジードリンクの空き缶が出てきたことに怒っているようで、部屋着に着替えてすぐ紗夜ねぇの部屋に呼び出されていた。
「○○もいつまでも子供じゃないのだから…今はわからないだろうけど、こういう不摂生の"ツケ"は大人になってから回ってくるのよ?」
「…あそ。」
「ちゃんと聞いてるの?お姉ちゃん心配でこうやってあなたに…」
「紗夜ねぇ。…僕がこれでいいんならいいと思わない?」
僕としても思うところはあった。最近の紗夜ねぇはずっとよそよそしく、こうして怒っている時か小さな注意をしてくる時しか会話もまともにしてくれない。
そんな状態の紗夜ねぇが今更「心配」だって?素直に納得できると思う?…ねえ、紗夜ねぇ?
「あのね、紗夜ねぇ。」
だから、少しピリピリしていたせいもあったのかもしれないけれど。
「……心配しているフリとかもういいからさ。…結局は紗夜ねぇだって、僕とリサねぇが仲良くしているのが気に入らないだけなんでしょ?」
僕は、人生で初めて…紗夜ねぇに
**
『……もういいわ。出て行きなさい。』
すごく怒ったような、それでいて悲しそうな震える声に自室へと戻った僕。…只今絶賛後悔中だ。
母親から晩ご飯の完成を伝える声が聞こえても、ベッドに突っ伏したまま動くことができなかった。
紗夜ねぇは僕のことをどう思っているんだろう。…僕の気づかないところで怒らせるようなことをしてしまったんだろうか。…それとも僕のことが、単純に嫌いになってしまったんだろうか。
「……わかるわけないじゃんか。」
家族の…取分け血の繋がった姉弟の話ともなると、友達にも誰にも相談しづらいもので。
考えれば考えるほど僕の頭は鈍り心は曇っていく。目頭を押し付けた枕はとうにひたひたに濡れてしまっているし、もうどうしていいんだか皆目検討もつかない、負のスパイラルに突入していた。
「……紗夜ねぇ。」
思わず口から出たその声は酷く弱々しく震えていた。
…何程そうしていたかな。
恐らく夜はとっくに更けていて、冷えた部屋に頭はすっと冷静になっていたらしい。自分が空腹であることに気づき起き上がる。
スマホの画面に表示される時間は夜の十時を少し過ぎたところで、画面に映る通知の数は二十ほど。そのうち全てないし殆どはリサねぇからのものだろう…。
「……日菜ねぇ?」
予想に反し、通知の半数ほどはもう一人の姉さんからのメッセージを示していた。
…紗夜ねぇがガラッと態度を変える傍ら、日菜ねぇも少しずつ変化しているように思えた今日この頃。このメッセージにしたってそうだ。今までの日菜ねぇであればメッセージのやりとりなど面倒な工程はすっとばして、ついでに僕の部屋の扉もすっ飛ばすような人だったのに。
「……誰?」
丁度そのメッセージを読み終えたところで、部屋の扉を控えめに叩く音が響く。
「あたし。日菜だよ。」
「……日菜ねぇ?」
さっきのメッセージといいノックといい、どうしたんだろう。
訝しみながらも声の主を部屋に引き入れる。…ついでに電気も点けた。
「あはっ、○○くんだ。」
「そりゃそうでしょ、僕の部屋なんだから。」
「うんうん、そーだね。……おねーちゃんと、喧嘩したんだ?」
「…喧嘩って程じゃないよ。」
ただ怒られて、それが納得できなかっただけ。
「…おねーちゃん、今大変な時期なんだよ。」
「……そーなの?」
「うん。…きっとね。」
「じゃあ、僕のこと嫌いになったわけじゃないの?」
「…きっと、ね。流石にあたしはおねーちゃんの考えていることまではわからないけど…それでも、おねーちゃんが今までと変わらず○○くんを愛していることはわかるよ。」
「………ふーん。」
愛…ね。紗夜ねぇが一体どのような状況に置かれていて、どう大変な時期を迎えているのかはさっぱりわからないけど、少なくとも今の接し方に愛は感じられないけど。
「ね。だからあんまりおねーちゃんを責めないであげて欲しいんだ。どうしても辛かったり、納得できなかったらあたしに話してくれていいから…ね?」
「日菜ねぇ…何か悪いものでも食べたの?」
日菜ねぇの方がお姉ちゃんな気がして。まるで悪い夢でも見ているかのように、目の前の
紗夜ねぇもおかしいし、日菜ねぇも何か…
「あはは……実は、さ。」
「??」
「これは、おねーちゃんと話したことなんだけどね。」
伏し目がちな日菜ねぇはそのまま低いトーンの声で続ける。
「おねーちゃんもあたしも、
「ちゃんと…って?」
「○○くん、今はリサちーに夢中でしょ?」
「………でも別に、それは関係ないんじゃ」
「おねーちゃんはね…異性として、男の子として○○くんが好きだったんだ。」
それって…血のつながりを超えて、付き合いたいとか結婚したいっていう好き?そんな馬鹿な、あの紗夜ねぇが?
「まぁ、急に言われても驚いちゃうよね…。でもさ、結局のところあたし達ってお姉ちゃんな訳じゃん。リサちーみたいに、これから発展していく…ってことにはならないんだよね。」
「…………。」
「だから、諦めることにしたの。諦めて応援してあげようって。今はその、一生懸命○○くんを弟として見ようと頑張っている期間なんだよ。」
「…だから、あんまり話してくれないの?だから冷たく当たるの?」
「い、いや、その。そう感じるかもしれないけど、おねーちゃんは一生懸命…」
そんなの間違ってる。家族としても、姉弟としてもそんな絶対おかしいよ。そんなことならいっそ……
「そんな風になっちゃうならいっそ、…僕は家族を辞めたいよ。」
「………○○くん、今自分が何言ってるかわかってるの?」
「だってそうでしょ。僕が紗夜ねぇの弟だから悪いんだ。僕がこの家の一員じゃなかったら、紗夜ねぇだって今まで通り優しい紗夜ねぇのままでいてくれるって…」
「バカぁ!!」
日菜ねぇの劈く様な大声に思わず二の句が継げなくなる僕。…怒ってる?
「○○くんはあたしたちの弟だから家族でいられるんでしょ!?それを、おねーちゃんと
「日菜ねぇ…。」
「…今○○くんが言っていることは逃げだよ。おねーちゃんは今頑張って乗り越えなくちゃいけないんだ……乗り越えて、正しい姉弟の形に戻らなきゃいけないんだよ!!」
「……でも…でも、辛いよ。辛すぎるよこんなの!!日菜ねぇはわからないんだろうけどさぁ!!」
話を聞く限り、この件の当事者は僕と紗夜ねぇ、それにリサねぇの筈だ。そりゃ自分の感情や気持ちが動いていない日菜ねぇは傷つかなくていいよね。どんな事だって言えるだろうし、全部をわかったような顔だってしていられるよ。
「…わかるよ。」
「……は?」
「あたしだってわかるよ…おねーちゃんの気持ち。…○○くんの辛さ。」
「いいよ、そういうのは…。」
「あたしだって…あたしだって!!」
再度放たれた日菜ねぇの大声に胸が締まる。…実はさっきからずっと気になっていたことがひとつある。
どうして日菜ねぇがそんなに辛そうな表情をするの?どうして、そんなに辛そうに声を絞り出すの?
「…あたしだって…頑張って諦めたん、だからぁ……!」
「……!!」
まるで殿を務める要石を引き抜いてしまったかのように、日菜ねぇの顔がその一言で崩れ出す。決壊した涙腺からは大粒の涙が滝の様に下り、閉じなくなった口からは嗚咽が溢れている。
その光景にまるで他人事の様に動けないでいる僕。
「日菜ねぇ…僕…」
「へ、変だよねぇ……あたしもおねーちゃんも、○○くんも姉弟なのにぃ……う、うぁああああ…!」
「……日菜ねぇ!!」
目の前で泣きじゃくる日菜ねぇの姿に、ふと硬直が解けた僕は無意識のうちに日菜ねぇの細い体を強く抱きしめていた。
「……だ、だめだよ……○○くん、そんなことしちゃ、だめなんだよぉ……!!」
「…………日菜ねぇ、僕。…いいよ。」
「………ぇ?」
「姉弟でも、そういう気持ちになったっていいと思う。…それに、そこまで強く日菜ねぇが想ってくれているんなら、僕もひとりの男として受け止めてあげるべき…なんだと思う。」
血の繋がりなんて関係あるもんか。姉弟だからなんだって言うんだ。
目の前で女の子が辛い運命にぶつかり涙を零している…それをどうにかしてやれなくて何が男なんだ。
僕はただの弟じゃない。日菜ねぇの弟である前にれっきとした一人の男なんだから。
「日菜ねぇ……我慢、しないでいいから。」
「………○○くん…。」
愛情の表し方に決まりなんてあってたまるか。
仲が壊れるくらいなら、関係性を僕ら独自のものにしちゃう方がよっぽど……。
僕は、この姉さんと一生離れずに居るんだろう。
腕の中で、目を真っ赤に腫らして見上げる、日菜ねぇと。
「○○くん?」
「……なに、日菜ねぇ。」
「………大好きなんだよ。」
「……うん。」
「………ごめんね。」
日菜ルートですよ。
<今回の設定更新>
○○:変な方向にスイッチが入ってしまった模様。
この選択が、波乱を呼ぶかもしれないっていう夢を見た気がするような。
日菜:辛かった。苦しかった。
でも、やっと受け入れてもらえた。…波長的に、弟は似た生物なのかもしれない。
紗夜:このルートだと救われない子。
日菜に説得されて必死に想いを封印したはずなのに。