BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

180 / 278
2020/01/21 ただいま、お姉ちゃん(終)

 

 

 

もうあれから何日経ったろう。たった二人の姉さんとでさえ、まともに意思の疎通が図れない家庭。何故か僕達姉弟を避けるようによそよそしくなった両親。

それでいて「アプローチアプローチ!」と積極的に性的な接触を図ろうとする日菜ねぇ……僕にはもう、分からないよ。

 

気付けばその胸の内を、()()()の姉、リサねぇに電話で吐き出していた。

リサねぇは静かに聞いてくれていたが、全てを話し終えた後「今から行くからね」と言ってくれた。…正直なところ、素直に心配されるのは久しぶりで、嬉しかった。

 

 

 

**

 

 

 

「○○くーん!」

 

「……なに?日菜ねぇ。」

 

「リサちーがきたよぉ!○○くんに用事だってぇ~!」

 

「ん。部屋に居るって伝えてもらっていい??」

 

「るんっ♪…ねね、あたしも一緒に遊んでいい?」

 

「んー…今日はちょっと、真剣な相談だからさ。リサねぇが帰ったらまた遊ぼ?」

 

「ちぇー、わかったよぉ。」

 

 

 

当事者が居ちゃ困る。何せ、僕が吐き出したく悩みの種になっているのは日菜ねぇも含めての話なんだから。

日菜ねぇが部屋のドアから見えなくなり、代わりに顔を出したリサねぇはどこか困惑した様子だったが…僕の顔を見るといつものように笑いかけてくれた。

 

 

 

「あはは、疲れ切った顔だね…弟くん。」

 

「……うん。来てくれて、ありがとう…。」

 

 

 

僕のベッドに腰掛け、どう言葉を掛けたものかと挙動不審気味なリサねぇだったが、やがて「おいで」と両手を広げて見せてくれた。

勉強机に備え付けてあるキャスター付きの椅子から降り、吸い寄せられるようにその胸へと倒れ込んだ。抱き留められ、背中と頭を摩られる…ただそれだけの事だったけど、凝り固まってしまっていた心と体が少し解れて行くような気がした。

気付けば僕はリサねぇと一緒に横になり、寝かしつけられるような体勢を取っていた。とんとんとゆったりしたリズムで胸のあたりで拍を刻まれ、気持ちが落ち着くと共に瞼が重くなっていく。

最近あまりゆっくり寝られていない話から、まずは体を休めた方がいいとのリサねぇの提案に従ったまでだったけど…あぁ、何て心地いいんだ。昔母さんにも同じようにされたっけ。

 

 

 

「ふふ、やっと眉から力が抜けたねぇ。…今は、ゆっくりお休み…。」

 

「……ん……リサねぇ……」

 

「……んー?」

 

「…ありがと………」

 

 

 

そういえば最近全くと言っていい程紗夜ねぇを見ないだとか、日菜ねぇの積極性が最早肉食レベルで怖いだとか、そういった日常の中に潜む異常も考えずに居られるこの空間…嗚呼、リサねぇが本当のお姉ちゃんだったらよかったのに。

 

 

 

**

 

 

 

「ん……。」

 

 

 

嗅ぎ慣れた甘い香りに鼻がむずむずし、ふと目が覚める。入眠前に僕を包み込んでくれていた筈のリサねぇの姿はなく、代わりに視界を埋めるのは水色がかった髪と無駄に整った寝顔。

…日菜ねぇが、どうしてここに。寝起きだというのに、悪夢を見ているようだった。…もう僕を混乱させるのは、やめてくれないか。

 

 

 

「昔みたいに、ただ二人一緒に寝たりはできないのかな…。」

 

 

 

今の日菜ねぇには恐らく何を言っても届かない。全力で欲求をぶつけてくる姉の姿に違和感と疑問は拭えないが、これが紛れもなく僕の姉の姿なんだ。…いつからか変わってしまった、実の姉の。

そういえば周囲が暗い。リサねぇが来たときはまだ昼前だったはずなのに、僕は一体どれ程の時間を眠ってしまっていたのだろう。もそもそと起き抜け、階下の台所へ。

悩んで追い詰められていたとしてもお腹は空く…人間とは想像以上に単純で、物凄く馬鹿な生き方の方が似合っているのかもしれない。何か食べられそうな物はないかと冷蔵庫を漁っていると、真っ暗な玄関の辺りでガタンと音が聞こえた気がした。時計を見れば二十一時を過ぎた頃…そもそも平日とはいえこの時間で両親が居ないのもおかしなことなのだが、それよりもその物音の方が気になった。

 

 

 

「……誰かいるの?…父さん?母さん?」

 

 

 

声をかけてみると確かに動く人影。やがてその人影は壁伝いに近付いて来て、パチリ…と僕の傍の壁についていた電灯のスイッチを押した。途端に明るくなる玄関と、明らかになる人物。

 

 

 

「…リサねぇ?…どっか行ってたの?」

 

「ただいまー弟くん。ちょっと…ね。」

 

「おかえり。…ね、父さんと母さん見なかった?」

 

「………………いやぁ、見てないかなぁ。」

 

「ほんとに?」

 

「なぁにさー、アタシの言う事が信じられないのー?ショックだなぁ。」

 

「あいや、そう言う訳じゃないんだけど。」

 

 

 

一瞬間が開いたような気がしたけど、気のせいか。それよりも、こんな遅い時間なのに帰らなくていいんだろうか。てっきり帰ったものだと思ってたんだけど…

 

 

 

「ありゃ??冷蔵庫、戸が開きっぱなしだ…弟くんがやったの?」

 

「あっ……えと…おなか空いちゃって。」

 

「ぷっ…あっははははっ!少しは元気出て来たって事かにゃ~?そかそか、お腹空いたかぁ!」

 

 

 

そんなに笑う事は無い…と思ったけど、人の素直な笑い声を聞くのも何だか久しぶりな気がした。日菜ねぇの若干恐怖を感じるような高笑いばかり聞いてたから。

大きな口を開けて心底楽しそうに笑うリサねぇをみて、ちょっとだけ僕も元気になれた気がしたんだ。

 

 

 

「も、もう!そんなに笑わないでよー!暫くちゃんとご飯食べてなかったんだもん…」

 

「いやぁ、やっぱ弟くんは可愛いなってさ~!…あ、そうだ。」

 

 

 

笑いながらちょいちょいと僕の頬を突いていたリサねぇだったが、何かを思いついた様に柏手を打つ。

 

 

 

「あのさ、今からコンビニでも行かない?元気なうちに、美味しいもの食べといたほうがいいと思うんだ~」

 

「美味しいものといえばコンビニなの?レストランとかじゃなくて??」

 

「いーのいーの!こんな時間にジャンクな物とかお菓子とか、好きなだけ食べるのって罪深いと思わない??」

 

「…………それは……確かに…。」

 

 

 

インスタント食品だとか油分と塩分塗れのスナック菓子とか、合成着色料満載の炭酸飲料とか、いっぱい食べると鼻血が出ちゃうチョコレートなんてのもある。

…ずっと紗夜ねぇに「だめです」って言われて我慢してたけど、リサねぇならそれも許してくれるらしいし……紗夜ねぇ、今どこにいるのかな。

 

 

 

「ね?ねっ??…お姉ちゃんが奢ったげるからさ~…行こっ?」

 

「……うん。行こ、コンビニ。」

 

「マジ?やったね!」

 

 

 

家から最寄りのコンビニまではそう遠くない。歩いても四、五分程度だし、気軽に行って戻って来れる距離だろうな。

草臥れた少し短めのスニーカーを履いて、外へ…見上げれば満点の星空に、月明かりが幻想的に照らしている。今日こんな綺麗な空を見上げることができたのも全部リサねぇのお陰だ。

 

 

 

「さ、行こっか。」

 

「うん。」

 

 

 

僕達は手を繋いで歩き始める。目的地はすぐそこのコンビニだけど、いずれはもっと明るい未来へ――

 

 

 

「あ、やっば。」

 

「どしたの。」

 

「…えへへー、さっき台所行った時にお財布置いて来ちゃった…みたい。」

 

「…。」

 

 

 

リサねぇ、たまにこういうおっちょこポイント出すよね。

駆けて行くリサねぇの背中をぼんやりと見送りつつ、何を買ってもらおうか考えてみる。定番のポテチ一つ取ってもいろんな味があるし、飲み物との組み合わせによっても相性がある…斯くなる上は―――

 

 

 

パァンッ!!ドォンッ!!

 

 

 

突如鳴り響く破裂音と夜の住宅街を明るく照らす閃光。それは今まさにリサねぇが飛び込んで行った我が家からのもので、混乱する頭のまま凝視する家の窓…それも、ちょうど台所の辺りの窓から触手のように火柱が噴き出す。

それが我が家で起きた火災だと理解できるまでに十数秒、僕は焚火でも眺めるかのように動けずにいた。

 

 

 

「…サねぇ…リサねぇっ!!!」

 

 

 

駆け出した時にはもう色々なことが遅く、自宅の半分が炎に包まれていた。正直絶望が頭を埋め尽くしていたかもしれない。それほどにショッキングで、非現実的な光景だった。

数メートルを足を縺れさせつつ駆け寄り、玄関に体を滑りこませようとした時に飛び出してきた何かとぶつかった。そのまま押し倒されるようにコンクリートを転がり気付いてみればそれはリサねぇで。

…無事だった、と安心した僕はそのまま腰を抜かしてしまった。

 

 

 

「弟くんっ!?危ないよっ!?」

 

「だ、だってっリサねぇっ!火事!!家がっ!!」

 

「う、うんそうだけど、それよりもさぁ…」

 

 

 

いやに落ち着いた様子のリサねぇ。火事には慣れているんだろうか。

 

 

 

「アタシを心配してくれたのかもしれないけど、弟くんが火に巻かれちゃ意味無いから…さ。」

 

「それってどういう…」

 

 

 

言いかけて思い出した。先程迄見ていた景色と、そこから導きだされる恐ろしい現実に。

リサねぇより一足先に外に出た僕は、あまりにも当たり前すぎて気にも留めていなかった。現実の一部となっていたら不思議に思う人などいないだろう…ましてやあまり頭も回っていない中で。この時間に両親の姿が見えない事…には気づけていたのに、駐車スペースにはキチンと両親分の車が停まっていた事には何も思えなかった。この時間ならば何らおかしなことでは無いからだ。

そしてもう一つ、僕が目覚めて部屋を抜け出てきたとき、確かに部屋には日菜ねぇを置いてきた。その後玄関で動いたのはリサねぇだけだから、誰も外には出ていない…。

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

全身の毛が逆立つような感覚だった。止まらない鳥肌と震えに、自分の鼓動と…パチパチと炎が鳴く音が酷く大きく聞こえる。

何が起きている?今、あの家の中では、何が燃えている?…否、()()燃えている?

 

 

 

「…ぅわぁあああああああああ!!!!!!」

 

「ちょっ、弟くんっ!?」

 

 

 

リサねぇを突き飛ばし燃え盛る玄関へ飛び込む。少しくらいの火傷なんか気にするもんか。

…だがそこはもう酷い有様で、壁から天井から全てが黒と赤。充満する煙と縦横無尽に走り家具を食い尽くす炎、焼け焦げた有機物に鼻を衝くような生臭い匂い。

暫し呆然と佇むが、左前方…階段の方から視線を感じて見れば。

 

 

 

「………あったかい、ね。」

 

 

 

燃える手摺と階段を意にも介さずゆっくりと下って来る日菜ねぇの姿が。こんな状況だというのにその姿は綺麗で、まるで炎の翼を纏った聖人のようにさえ見えた。

 

 

 

「だ、だめだ日菜ねぇ!早くこっちに!!」

 

「……○○、私貴方が大好きだった。もっともっと、傍に居てあげたかった。」

 

「早く!!!そっちにも火が!!」

 

 

 

階段を降りきらずに最後の段で立ち止まり、尚も静かに語り掛ける日菜ねぇの足元…さっきはまだ火が回っていなかった場所も、今まさに炎に包まれたところだった。

僕と日菜ねぇの間にまるで壁のように立ち塞がり大きく燃え上がる炎。大好きだった日菜ねぇの姿もその炎と煙のせいで次第に視辛く…

 

 

 

「日菜ねぇ!!」

 

「○○、あなたは強く生きなさい。疑う事と、信じることを忘れずに。…そして私の事はもう、忘れ」

 

 

 

突如崩れてきた天井と前に崩れ落ちるように倒れ込む日菜ねぇ。どちらが先に地面に伏したのかは分からないが、もうあの優しい声は聞こえず、家全体がミシミシと軋む音を立てているばかりだった。

日菜ねぇが、僕の目の前で…。

 

 

 

「日菜ねぇええええええええええええ!!!!」

 

「ちょ、ちょっと、いきなり飛び込んだら弟くんまで…!!!早く、外に!!」

 

「嫌だ!!!嫌だ嫌だ嫌だ!!!日菜ねぇが!!僕も、日菜ねぇと一緒に!!!」

 

 

 

引き摺られる形でリサねぇに助け出される僕。目の前の光景が信じられず懸命に手を伸ばすも届かず、益々引き離されていく。

きっと最期は、欲も何もない、前のような姉さんの姿に戻っていた筈なんだ。救えた筈なんだ…。

 

 

 

「離して!!離してよリサねぇ!!」

 

「ダメだって!!弟くんまで行っちゃったらアタシ…!」

 

 

 

みるみる内に炎は大きくなり、近所の住人も何事かと出てくる。遠くではサイレンの音が鳴っているし、リサねぇは必死で僕を抱き締めている。

まだ、まだだ…まだ玄関は侵入できる。…せめて最後まで傍で…!!

 

 

 

「だめだよ、○○くん。」

 

「…へ!?」

 

「……あんた…紗夜っ!?」

 

 

 

凛とした声に振り返ってみれば、長い青みがかった髪にキツく睨みつけるような眼。前の発作の時はまるで違い真剣な表情の紗夜ねぇが立っていた。

リサねぇも驚いて僕を解放したが、僕は走り出すよりも現れた姉に詰め寄る方を選んだ。

 

 

 

「紗夜、ねぇ?……今まで、何処に…ッ!?」

 

「……怖かったね。哀しかったよね。」

 

「紗夜ねぇ…??」

 

 

 

急に強く抱きしめられた。困惑と戸惑いの中耳元で囁かれる辛そうな声はまるで全てを見ていたかのような悲痛さで。

 

 

 

「……もう、ずっと傍に居るからね。…あたし、○○くんから離れないから。」

 

「………どういう」

 

「ちょ、ちょっと紗夜?今までどこ行って」

 

「リサちー。…あれ全部、リサちーがやったんだよね。」

 

 

 

『リサちー』、確かに今紗夜ねぇはそう呼んだ。もう一人の姉さんと同じ呼び方で。

これには当のリサねぇも驚いた表情。

 

 

 

「あ、あれ??…だって、ヒナはさっき…あれぇ?」

 

「リサちー。……それじゃあ○○くんは救われないよ。」

 

 

 

外見はどう見ても紗夜ねぇ…いやそれ以上の髪の長さで顔が良く見えないけど、口調も声もまるで日菜ねぇだ。…ということはさっきの日菜ねぇは一体?

さっきだけじゃない、今日まで一緒に過ごしてきた日菜ねぇは…一体?

 

 

 

「…日菜…ねぇ、なの?」

 

「…そうだよ、○○くん。…でも今はそんなことより、○○くんがどうしたいか、だよ。」

 

「…はっ、そ、そうだ!日菜ね…じゃない、家の中に、父さんと母さんと…それから多分紗夜ねぇが!!」

 

 

 

こっちが日菜ねぇだとするとあっちの日菜ねぇみたいな見た目・口調で接していたのが紗夜ねぇということになるじゃないか。消去法だけども。

再び燃え盛る自宅の方に目をやると今にも二階建ての建物自体が崩れそうになっている。崩れ、潰れてしまえばもう何もなくなってしまう。

 

 

 

「…うん、見てたよ。見てたけどね、これはもうあたし達にはどうしようもないんだと思ったの。」

 

「そんな…!諦めるなんて、日菜ねぇじゃないみたいだよ!!」

 

「……そうかもね。…リサちーさ。どうしてこんなことしたの?○○くんを"救う"為…だけじゃないよね。」

 

 

 

目の前で家が・肉親が・思い出が…炭になろうとしているというのに、どうして日菜ねぇはこんなに冷静でいられるんだろう。

いや、日菜ねぇだけじゃない。僕だってそうだ。…さっきまであんなに必死に飛び込もうとしてたのに、今はどうだろう。もう、心の何処かで諦めてしまったからだろうか。

 

 

 

「……だって、アタシは…。弟くんを……()()()弟と、結ばれるためには…こうして全てを壊すしかないって、思ったから…」

 

「………え?」

 

「…あたし、じゃないや、あたしのフリしてたおねーちゃんが急に距離詰めたから焦っちゃった…っていうのもあるよね?」

 

「…で、でも!!あんな、弟くんの体から堕としていくようなやり方…ズルいよ……アタシにはできないことをどんどんやっちゃうし、"発作"の件もある!そんなの…()()()すぎてるじゃん…!」

 

「そうだとしても、リサちーのやったことは取り返しのつかない事なんだよ。…正直、あたしもおねーちゃんに追い出された側だから色々策は練ってたけど、それでも……こんなのって無いよ。」

 

「こんなのって無い…ごめんね、ヒナ。それはアタシも言いたい事なんだ。アタシと弟くんは血の繋がりのある姉弟なんでしょ?ヒナから…じゃない、あっちが紗夜なのか…紗夜から聞いたよ。お父さんもお母さんも、本当の事だって認めてたよ!」

 

 

 

あぁ、またあの話だ。前に日菜ねぇが言っていた。

…僕が今井の血筋だという話なんだけど、リサねぇも言う辺り本当っぽい。

 

 

 

「違うよ。…違うんだよ、リサちー。その話、そこで終わりじゃないんだもん。」

 

「何が違うの!?アタシの愛した弟くんは血の繋がりがある弟で、それを養子として迎え入れた家の女の子が奪い取ろうとしてるんだよ!?そんな事ってないでしょ!?弟くんを世界で一番大好きなのはアタシなのに!血の繋がりってだけで…」

 

「あのねリサちー。うちのおとーさんとおかーさん…氷川家の二人が養子に貰ったのは○○くんだけじゃないよ。」

 

 

 

いつもの日菜ねぇらしくない平坦なトーンで、おふざけも無しで淡々と話す。

僕だけじゃない…ってことは、まさか。

 

 

 

「あたしとおねーちゃんも…そうなんだ。」

 

「ぇ…」

 

「今井家は四人姉弟、なんだよ。だから、おねーちゃんもあたしも○○くんも、みんなリサちーとは血が繋がってる。」

 

「……ぅそ…」

 

「おとーさん達、昔色々あったみたいでね。…流石に詳しい事は、「子供なんだから知らなくていい」って教えてもらえなかったけど、でも確かに、あたし達はみんな一緒。みんな…前に進んじゃいけない関係なの。」

 

 

 

これが真実…とすると、やはり前に日菜ねぇが話してくれたのは嘘…と言うよりあれは紗夜ねぇってことになるから…

混乱する僕の隣で酷く絶望に濡れた顔のリサねぇ。…当然だ、だってリサねぇがやったことってつまり…

 

 

 

「…じゃあ、アタシ…自分の姉妹を…?」

 

「………そう、なるね。」

 

「……あは、あはははは、あっははっ…!!!」

 

 

 

放心の様子で乾いた声を漏らす、がそれも心からの笑いというより心の壊れた者の笑い。…以前、少しおかしくなった紗夜ねぇが一人零したそれと似たものだった。

その声と裏腹に、笑顔は何処を探しても無かった。

 

 

 

「………○○くん。」

 

「…。」

 

「大体は把握できたと思う。……だから教えて?」

 

「……教える…って?」

 

「……これからどうしようか。」

 

 

 

そんなの判る筈もない。目の前には事の発端が居て、すぐそこでは全てが炎の中にあって。ずっと壊れたと思っていた姉は想像以上におかしくなっていて、居ないと思っていた人がここにいる。

自分の親さえも、姉弟さえも、信じたものは全て偽物で。…そんな中で未来の事なんか、考えられる筈もない。

 

 

 

「さっきみたく駆け出したとしても、あたしは止めはしないよ。…それが、○○くんの選択なら。」

 

「…………。」

 

「…あは、はははは………あははは………」

 

 

 

力なく座り込んでいたリサねぇがフラフラと立ち上がる。そのまま何かに吸い寄せられるようにして火の中を進み、未だ衰えない炎が口のように開けて待っている玄関を潜って行く様は、まるで地獄へと続く道を彷徨い歩く亡者の様だった。

一瞬……その姿が見えなくなるまで、本当に一瞬で。僕も日菜ねぇもずっとその姿を見送っていた。

 

 

 

「………僕は、さ…日菜ねぇ。」

 

「うん。」

 

「日菜ねぇも紗夜ねぇもリサねぇも…父さんも母さんもみんな…皆好きだったんだ。」

 

「うん。」

 

 

 

頭には楽しかったあの頃の、当たり前だった日常が走馬灯のように駆け巡っている。

 

 

 

「誰かと特別仲良くなりたいとか、誰かとだけ何かをしたいだとか、そういうのは全くなかった。」

 

「…うん。」

 

 

 

みんなでモールに買い物にも行った、すやすや眠る紗夜ねぇの寝顔を眺めるだけに時間を割いたりもした。

みんなで食べたピザにお鍋に…全部美味しかった。

 

 

 

「…どこで間違えちゃったのかなぁ。………ただ、一緒に居るだけで幸せだったのに。」

 

「…………。」

 

「毎日楽しかった筈なのに…自慢の……姉さん達だったのに…。」

 

 

 

もう、戻れないところまで来てしまったんだ。もっと早く、気付けたらよかったんだけど。

原因が何かとか、これからどうするか、とかじゃない。

 

 

 

「…もう、戻れないのかなぁ。」

 

「………………こんなの、全然るんっ♪てこないよね。」

 

「……あ、それ久しぶりに聞いた。ちゃんとしたバージョン。」

 

「……ふふふっ。」

 

 

 

ずっと。その笑顔が続けばよかったのに。

 

 

 

「……何か、疲れたね。」

 

「…そうだね。……ねね、○○くん。」

 

「なあに。」

 

「……あたし、おねーちゃんとかおとーさんとかおかーさんとか、皆と一緒に居られて幸せだったよ。」

 

「うん…僕も。」

 

「ずっと一緒に居たいなーって…さ。」

 

「うん。」

 

「…………○○くんも、ずっと一緒に居てくれる?」

 

「…勿論。僕も、日菜ねぇと…皆と、ずっと一緒にいたい。」

 

「!!ほんとっ!?…じゃあ、善は急げ!だね!!」

 

「……そうだね。僕らも居るべき処に帰らないと。」

 

 

 

しっかりと手を繋ぎ、もう離れ離れになってしまわないように身を寄せ合って歩いて行く。

真っ直ぐ、一歩ずつ。明るく僕達を迎え入れてくれる、潜り慣れた我が家の玄関へ。

 

 

 

「あっはっ!○○くんとの帰り道はワクワクするよねぇ!…るんっ♪てきたぁ!」

 

「るん…ね。今なら僕も、分かる気がするよ。」

 

「でしょー。……あぁ、自分のお家って、こんなに明るくてあったかいものだったんだねぇ。」

 

「…そうだよ。皆が一緒に居られる場所、幸せになれる場所なんだから。」

 

「えっへへっ!…○○くん、あたしいますっごい幸せだよ。」

 

「……僕もだよ。…日菜ねぇがお姉ちゃんで、本当に良かった。」

 

 

 

もう二度と、疑う事も傷付けることも無いように。

 

 

 

「…ただいま。()()()()()()。」

 

 

 

僕達を苦しめていた蟠りや誤解、妬み嫉みが崩れていく音がした。

ああ暖かい。…大好きだよ、みんな。

 

 

 

 

おわり




ある意味でのハッピーエンド。
日菜ねぇルート完結&ひかわさんち。全編完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:度重なる混乱とストレスに、実質SAN値がゼロに。
   最後には魂が解放された。
   最初から最後までずっと、みんなが大好きだった。

日菜:紗夜の発作が起き、平静を取り戻した紗夜が自分を日菜だと信じ込ん
   で居るのを知り、氷川家を飛び出した。その後は知人の家を転々とし
   つつ、何とか二人の姉弟の間を取り持とうと悪戦苦闘。
   当ルートでは最初から最後まで全てを知った上で行動、一番まともな
   思考だったのである。

紗夜:養子事情や親の都合等一切知らされないまま、ブラコンを拗らせてし
   まった結果、心の均衡が保てなくなり発狂。
   心の傷由来の発作を頻発させるようになり、やがて人格が破壊。
   気付けば自らを日菜だと思い込み断髪、乖離した思考からあの養子問
   題の惜しいところまで自力で辿り着き主人公に話した。
   火に包まれながらも既に五感の殆どは機能していなかった為、夢を見
   ているような心地だったという。

リサ:愛する少年から引き剥がされ、日菜(紗夜)の凶行や養子事情を方々
   から聞いて悶々としていたところに主人公からのSOS。
   結果この惨事を巻き起こした。
   その狂愛を向けてしまったのが実の弟という哀しい運命の少女。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。