BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
休日の昼下がり。久しぶりにたえの掻き鳴らすギターの音色を聴き流しつつ、ベッドに寝転んだ体勢のままスマホのネットニュースを読み漁る。この情報社会、手軽に閲覧できるネットニュースは最早生活の上で欠かせないツールとなりつつある。
……なるほど、ブラック企業ねぇ…。
「ふぁ~……んむ…」
体勢も相まって、小さな画面の小さな活字を追う事に疲れた瞳と脳が休憩を促してくる。ちらりと視線をくれてやったところでたえはギターに夢中だし、この状態のたえはどんな
このまま仰向けでスマホを使っていると、うとうとした瞬間に顔面に落下…なんてありきたりなおっちょこちょいをやってしまいそうで、早々にこの退屈もといまったりし過ぎの空間をどうにかせねばなるまい。
「……。」
ピッ。
一人熱心に頷きながら練習に勤しむたえを後ろから撮影。もちろん動画でだ。本人が気づいているのかどうかは定かでないが、ボクのスマホには確かに"秘密の花園"フォルダがあって、日々こうして潤いを見せているのだ。…そもそも基本的に毎日たえと過ごしているせいで、新規が増えない日は無いと言っても過言ではない。来過ぎなんだ。
よくもまぁあれだけ集中していられるものだと感心する。たえはどうやら、物事に熱中しだすと周りに意識が全く行かなくなる
撮影されているのに気付かないくらいであればまだしも、不埒な輩に何かされていても気づかないようではまずい。…どこまで気づかないか、やってみようか…?
ピロン。
動画撮影を辞め、手始めにそのフリフリ揺れている長い髪へ手を伸ばす。ベッドに寄りかかることも出来るほどの距離でこちらに背を向けている為、少し手を伸ばせば容易に届く距離なのだ。
「………ぉぉお、相変わらずのサラサラっぷり…。」
梳くようにして指を通すと、引っ掛かることも無くすぅっと流れる。頭部から離れるに従ってひんやりとしていく毛の感触はどうもクセになりそうだ。…うむ、もう一回。
………おぉ、もう一回。……ひゃぁ、もう一回。………ううむ、もう一回。
もう一回もう一回…もう一回もう一回……。まるで打ち上る花火のようにボクを惹き付けてやまない髪に、熱病に浮かされたかのように手を通し続ける。…なんだ、ボクも存外集中力あるじゃないか。
だがしかし、たえは相変わらず練習に夢中。この部屋にたった一人しかいないとでも言うかの如く、「ふんふん」はとまらない。
「…気を取り直して次…次…かぁ。」
流石に演奏に関わることには気づくだろう。ギターに関連すると言えば、両腕はNGだ。もっとじわじわと責め立てるような…あぁそういえば、たえは背中が敏感なんだっけ。こそばゆさにも弱いし、寝る時には背中のトントンをせがまれる。
寝る直前の駄々っ子の様なたえを思い返しつつ、背骨のあたり、中央部を上から下にすっとなぞる。
「っ!!!」
…一瞬音が止んだ。流石にこそばゆさには反応してしまったのか、勢いよく伸びた背筋にリアクションを待ったが数秒の後にまた演奏を再開してしまった。もう一度やっても結果は同じ。振り返るには至らないようだ。
何だかボクの負けず嫌いに火が付いた気がする。こうなったら何としてでも振り返らせて見せる。…次は…そうだな。
ベッドから降り、たえの正面に回り込む。うっすら血の滲んだ綺麗な指が忙しなく動き、眼球も震える様に動き続けている。手元のノートでも見ているのだろうが、速読でもしているかのようだ。
たえは演奏に熱中すると満足するまで辞めない。指を切ろうと爪を割ろうと、満足が行くか限界が来るまでは止めないのだ。以前出血を手に認めたボクが強引に演奏を辞めさせたときなんかはこの世の終わりのように泣き叫んで暴れた。…その壮絶さは筆舌に尽くし難い。
普段あれほどべったりな相手が正面に居るのにここまで熱中し続けるとは…ギター>ボク、という当たり前の構図でしかない訳だが、何だか無性に腹立たしい気分になった。
「………たえ。」
「……ふんふんふんふんふん…………にははっ。」
「…おーい、たえちゃーん。」
「……むっ。………ははぁ、ふんふんふん………。」
「おたえ氏ー。…たえぴっぴー。」
「………ふん…ふん………おぁっ。…ちゃぁぁぁ…(?)」
ガン無視である。あれだけ名前呼びに拘っていたというのに、結局その呼び名すらギターに敵わないと言う訳か。つくづくよく分からない生き物だ。
これ、何言ってもスルーされるんじゃ?…と思ったボクは、今度はワードのギリギリを検証することにした。
「ごは……」
ご飯は反応しそうだから辞めておくとして…。
「んん"っ。…たえー、昼寝しないかー。」
「………ふんふんふん。」
だめか。
「…お、たえ、歯に青のりついてるぞー。」
「……うにゅ。………ふんふん……ふんふん…」
だめかぁ、付いてねえし。
「暇だなぁ…誰か遊んでくれないかなぁ…」
「………………………ふんふん。」
強いな。
「………たえ。」
「………ふんふんふんふん。」
こうなりゃ切り札、まさに必殺の一撃を。
「…結婚しようかぁ。」
「!!…………ほんと?」
勝った!!!
「どうしたたえ。顔が真っ赤だよ。」
「だって…だーりん、けっこんって」
「あぁいや、何言ったら練習中のたえに聴こえるかなーって試しただけだよ。ほら、君はギターを弾き始めると五感の殆どがギターに向いてしまうだろう?」
「……………そうなの?」
「気付いていないのかい…やれやれだね。」
流石に人生が懸かっている様なワードには反応する、と。…まあ、反応如何だけで言えば、背中でクリアしていたわけだけども。
こりゃあいい、いざって時にはこのワードで振り向かせて…
「もてあそんだの。」
「え"っ。」
「私の気持ち、もてあそんだの。」
「あいや、その…。」
あれ何か怒ってらっしゃる…?そんなにワードチョイスが悪かった??
「もう…そういう言葉は軽々しく使っちゃったらだめだよ。」
「…うん。」
「だーりんはかっこいいんだから、誰にでもそんなこと言っちゃったら"いっぷたさい星"に連れて行かれちゃうんだよ。」
「そんな星は無い。」
「そうなの?」
「そうなの。」
「…でも、誰にでもそう言う事言うのはだめ。」
「…今人生で初めて言ったがね。」
「………ほんと?」
「当たり前だろう。まともに女の子と接するのだって君が初めてなのだから。」
「…………にははっ。私、だーりんのハジメテさん??」
「言い方よ…ま、まあ、そうなるのかね。」
それを聞くや否や、少しお怒り気味だった彼女は輝く様な満面の笑みに。ギターをそっと置いたかと思うと急に立ち上がり、勢いよく部屋を飛び出していった。
「な……何なんだ一体…」
そして部屋の外、階下のリビングから聞こえてくる大声。
「あのバカ…っ!!」
慌てて後を追い、歓喜の舞を披露する両親の勘違い解こうと必死になったが…
…晩飯は赤飯になってしまった。
**
「君はもう少し慎重に言葉を発したほうがいい。」
「おせきはんおいしかった!」
「いやぁうん……そうだね。」
「おいしくなかった?」
「白飯よりは美味しかったが…そうではなくてね?」
「だーりんの初めて貰う度におせきはん食べられるの?」
「……そういうシステムじゃないと思うが。」
「にははっ、それじゃあいっぱい初めて貰うー。」
「勘弁してくれ…。」
「だーりん。」
「…何だね。」
「…けっこんも、初めては私?」
「………………そういうことは軽々しく言うもんじゃないぞ。」
「にははっ!」
終わりは近そうですね。
<今回の設定更新>
○○:苦労人。最近慣れが進行し、おたえの居ない日々が物足りなく感じる様に。
おたえはクスリ。中毒性あんだね。
たえ:ギターに注ぐ時間と熱意が凄まじい。
バンドは組んでいないが、日々研鑽は怠らないという。
轟け、花園電気ギター。