BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/01/17 黒歴史の廻天 < Hass ist zurück>

 

 

「せーんせっ。」

 

 

 

甘く響き渡る鈴の音のような透き通った声。聞くだけで蕩ける様な心地にさせる魔性のボイスを武器に生徒・教師問わず虜にしているのが彼女、養護教諭の月島(つきしま)まりな先生だ。

今だって必死に事務作業を熟す俺を後ろから囁くように呼びかけて……だがここですぐに振り向いてはいけない。「え?俺のことだったんですか?いやぁ気付かなかったなぁ」的展開を作り上げるためにも、ここは敢えて気づかないふりをするのがベストチョイスだ。

 

 

 

「…あれぇ?お忙しいですかぁ?せんせー。」

 

「…………。」

 

 

 

まだ、まだだ…。もう少し引っ張って食いついたところを…

 

 

 

「ギルティ先生??」

 

「!?…うぇぇ!?ぼ、ぼきですかぁ!?」

 

「あはっ!やっと気づいてもらえたぁ!」

 

 

 

昔痛々しい学生の頃にネトゲやら掲示板やらで使いまくりブイブイ言わせていた最早黒歴史的ハンドルネーム(HN)に、我慢なぞ不可能だった。

デスク備え付けの椅子を弾き飛ばし思わず立ち上がって振り返る。まるで当時のようなクソ童貞をこじらせた様な反応もセットで、だ。

柔らかくひまわりのように微笑みかける月島先生ほんとごめんなさい、俺に今そんな余裕ありません。

 

 

 

「せ、せせせせせっ、先生っ?…い、今なんと…?」

 

「ん~?…えっとぉ、()()()()先生、って呼びましたぁ~。」

 

「の、ノーンッッッ!!!!」

 

 

 

数回のヘッドバンギングでは飽き足らず転げまわるように床をのたうち回る。さぞかし滑稽な姿だったろうが、彼女はくすくすと愉快そうに笑っていて…。

床の冷たさに冷静を取り戻し立ち上がった頃には、俺の脳の中は疑問と混乱でいっぱいだった。一時期嘘の攻略情報や裏ワザ情報で溢れかえったネット掲示板のように、だ。あぁ、俺もなぞのばしょで動けなくなって近所の"トイザ○ス"に通ったクチさ。

 

 

 

「せ…先生……その名を…どこで?」

 

「んー…。」

 

 

 

人差し指を唇に当て考えるような仕草一つとっても無性に艶めかしく映る月島先生、だが…今の俺はそれどころじゃない。その捨てたはずの名と当時の俺を知っている人間なんてそんなに…

 

 

 

「私も、最近オンラインゲーム?ってやつを初めましてぇ…」

 

「ほ、ほう……?」

 

「勧めてくれた人があんまりにも楽しそうだからつい、ね。」

 

「なるほど…?」

 

 

 

早く、早く核心を。ええい焦ってはならん、しかしこのジレンマ、くそう。

 

 

 

「MAKって言うんですけどね…?」

 

「あ、あぁ!MAKですかぁ!それはいい!俺もやってますよぉ!」

 

「ふふっ、知ってます。私に勧めてくれた人が教えてくれましたから。」

 

「それは一体…だ、誰、なんでしょうか?」

 

「それでですね、その人が言うんです。「私が尊敬しているRIOTさんというプレイヤーさんがすごく親切で…その人と一緒にやれば、月島先生でもゲーム大好きになりますよ!」って。」

 

 

 

ほほう、そいつ、ナイスなこと言いやがるじゃないか。

…ただ、リアルを紐付けて紹介するのはどうかと思うがね?

 

 

 

「そいつ…じゃない、その人が…ぎ、ギルティの名を?」

 

「えぇ!そうなんですよ!!「今はすっかり紳士ぶってる○○先生も、昔は格好いい名前で暴れまわってた」って!」

 

「ぐっ……殺し…いや、そうなんですか…。」

 

 

 

あぶねえ、素が出るところだった。

 

 

 

「その格好いい名前っていうのが、「ギルティ」…正確には「✝狂愛ノ悪辣執行人GuiltY✝」とかいう…」

 

「あ"あ"ぁぁ……」

 

「ど、どうされました??」

 

「いえこれは何でも……そ、それより一体誰がそんな昔のことを…」

 

「えっとぉ、前に保健室に来た時に、あこちゃんが。」

 

「…………………なるほどぉ。宇田川の妹の方ですかぁ。」

 

「ふふふっ、「お師匠さま」なんですよね?」

 

「グギィッ……ふっ、あははは、面白いやつですよねぇ!」

 

「ふふふふっ。」

 

 

 

**

 

 

 

「っつー事があったんだ。」

 

「…イカおいしい!!」

 

「おいこら聞けバカ弟子。」

 

 

 

あの痛ましすぎる事件の如何を問い詰めるために弟子を引っ張り例のレストランに来ていた俺は、相変わらずよく食べる紫髪を睨みつける。当の本人はどこ吹く風といった様子でイカリングを頬張っているが…。

 

 

 

「あのなぁ…リアルでHNを使うんじゃないとあれ程注意したろうが…。」

 

「だってぇ、あこが言ったのはししょーのHNであってあこのHNじゃないもーん。」

 

「だとしても、本人の了承も得ずに余所で情報ばら撒くのはどうかと思うぞ。」

 

 

 

それも過去の黒歴史まで…。当時からの友人でさえ苦笑いして「まぁ、若かったんだよ」とか濁すほどの醜態なのに、軽々しく…それもあの月島先生に喋っちまうなんて…。

隣で事の重大さを分かっていなさそうな湊がボーッとどこかを見ているが…コイツはそもそもなんで連れてきたんだ?

 

 

 

「だって、あこよりも悪いことしてる人が居たらあこの怒られる分が減るでしょ??」

 

 

 

ぬぅ、我が弟子ながら何たる策士。よりタチの悪い生徒の影に隠れる作戦とな…?

というより、師匠の頭の中を読むんじゃない。先生そんなに分かりやすくないと思うぞ。

 

 

 

「悪い…って、湊は今度は何をしでかしたんだよ。」

 

「別に何も。……飲み物取ってくるわ。」

 

「あ、おいっ!」

 

 

 

空になったグラスを持ってドリンクバーの方へ歩いて行ってしまった。どこまでマイペースな奴なんだ…。

まぁ、しりとりさえ上手に出来ない奴だ…今更会話が成り立たなかったところで何も怒るまい。

 

 

 

「それはそれとして、お前にもう一度言うぞ。」

 

「ししょーもおかわり??」

 

「馬鹿。"ネットとリアルを一緒にしちゃいけません"、だ。お前個人のことならまだいいとしても、他人の情報まで撒き散らしてちゃあ迷惑にしかならないだろ。」

 

「…あこのことだけだったらよかったの??」

 

「いや、お前のことだとしても本当は良くないぞ。世の中にはどんな怖い人が居るか分かったもんじゃないんだから、そう簡単に素性を明かすのは良くない。」

 

 

 

特に対人のネットゲームなんかどこでどう恨みを買っているか、そしてその相手が身近にいるのか手の届かない場所にいるのか…何もかもが不透明なのだ。

教師として師匠として、また一人の人間として、きちんと守り育てていかなければいけないのだ。ついでに、月島先生に妙な印象を与えるわけにもいかないのだ。

 

 

 

「はぁ~い。…でもでも、まりなせんせーと接点作ってあげたのはナイスプレーでしょ?」

 

「そこは本当にグッジョブ。」

 

「いっひひ~、ご褒美くれる?」

 

「あぁもうこういう時のお前はずるいな……「DXチョモランマ×ミルキィミルフィーユフルーツタワー」で手を打とうじゃねえか。」

 

「ほんとっ!?前はダメっていったのにっ!!」

 

「…その代わり、ダメなことはダメ…絶対に繰り返すんじゃないぞ?これはお前自身のためでもあるんだからな?」

 

 

 

人もやはり類の上では動物なのかもしれない。学習のためには所謂アメとムチ…まぁ今回のことに関してはそのバランスも大きく傾いているかもしれないが。目の前で喜々として店員にスイーツを注文するあこを見て思った。

…おいおい、俺が許したのは目玉フルーツタワーひとつだけだったと思うぞ。これとこれと…と次から次へとページをめくる弟子と苦笑いの店員を眺めつつ次のムチを考えるのだった。

 

 

 

「ただい……何よその顔は。」

 

「湊……それは何と何を混ぜたんだ。」

 

 

 

戻ってきた湊は何ともおどろおどろしい色のドリンクを持っていた。コップに波々と湛えられた黄土色の液体はとてもじゃないが味を想像したいとも思えない、食欲を抉り取るような濁りっぷりだった。

 

 

 

「別に……コーラと緑茶と野菜ジュースと今日のスープを混ぜただけよ。」

 

「今日の…なんだって!?」

 

 

 

スープ?遠くのスープバーのコーナー、掲げられた看板を目を凝らし見てみれば…「きのこたっぷりコンソメスープ」…おえぇ…。

最早具合が悪くなるんじゃないかと危惧すらするその液体に、妙に艶かしい微笑みを浮かべながら口をつける。

 

 

 

「んっ…………んく、んく…。」

 

「おえぇ……マジで飲んでるよ…」

 

「……んふぅ。……うん、美味しい。」

 

 

 

こいつがズレているのは常識や会話だけじゃない、そう確信できる出来事だった。

…結局こいつは何をしに来たんだろうか。本当に怒られるためだけに?というか湊の悪事に関しては俺じゃどうしようもないレベルだぞ。

 

 

 

「オマタセシマシタァ、DX…エエト」

 

「はい!あこのですっ!」

 

「アトノモノハタベオワッテカラオモチシマショウカ?」

 

「一緒に持ってきていいで~す!」

 

「カ、カシコマリマシタァ…」

 

 

 

店員が困惑するのも頷ける。高さ六十センチはあろうかというフルーツとアイスクリームで構成された塔。それをグループで一番のちびっ子が一人で食べようとしているのだ。

差し出した取り皿は断られるし、色々不安だよな。

 

 

 

「でけぇ…流石は一つ\5,980のフルーツタワー…つかこんなもんファミレスで用意すんな。採算取れねえだろ。」

 

「まぁまぁ、イライラするのはカルシウムが足りない証拠よ。…これでも飲んで」

 

「イライラしてねえしそれには絶対カルシウム入ってない。」

 

「何よ、私が口をつけたコップよ?」

 

「どうせ間接キスを望むならもっと可愛い…」

 

「カルシウムだって入ってるわよ。」

 

「どんな構造してんだお前の身体。」

 

 

 

湊はカルシウムでできているらしい。

どうでもいい新事実に怒る気力も失せていると、何故か塔の中段あたり、不安定なアイスクリームの部分にスプーンを突き立てたあこが燥いだ声を上げる。

 

 

 

「おいひー!!」

 

「そうかそうか…それはよか」

 

「うんっ!!ありがとうギルティ師匠!!」

 

「ギルッ……!!」

 

「ぎるてぃししょぉ??…あこ、それは一体」

 

「てめぇ!!さっきの話の何を聞いていたぁ!!」

 

 

 

…学習しない弟子を持つと、毎日がサプライズだ。

 

 

 




Roselia混沌担当兼ボーカル




<今回の設定更新>

○○:何やら電脳世界でやんちゃしていた模様。
   過去の姿を知る者は一様にこう言う。「あれはイキりすぎ。」
   そろそろ貯金が心配である。

あこ:いっぱいたべる。げんき。なんでもしゃべる。
   月島先生をネトゲの沼に引き摺り込んだ。ナイス。

友希那:そろそろ脳みそ入れて。

まりな:男性教師陣憧れの的。妙な色気と地味さ故の親しみやすさで世の男を魅了する。
    実は婚期の都合上色々焦っている。

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