BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
…頭が痛い。兎に角痛い。
勤務中…あれは確かお昼休憩の前あたりからだったか。目の奥と前頭部が割れる様に痛み出したのだ。
前兆など全く無く、正に急に。激痛のあまり相当な顰め面で午後を過ごしていた筈だが、不思議と誰にも心配されなかったので一人黙々と業務に徹してやった。…同僚たちの意地悪。
痛み止め?…飲み過ぎて効かなくなったよ。
「……〇〇、今日なんか不細工だね。」
「氷川……あんた言うに事欠いてそれは」
「あはははっ、じょーだんじょーだん!こわーい顔してたからさぁ!」
「…………あそ。」
帰り際に氷川に投げられた言葉である。呪ってやろうかと本気で考えた。
何はともあれ勤務時間が終わり、定時より十五分程遅れて帰路に就く。本来歩いて帰るのだが、流石に限界を感じ途中でタクシーを呼んでしまった。……状況が状況だし、きっと千聖さんも許してくれるだろう…と、お金と千聖さんの事を思い浮かべながらタクシーに揺られること数分。大して遠くもない自宅に着いた。
「ぅ……酷くなってる…。」
相変わらずドクドクと脈打つように痛みの波を伝えて来る前頭部を強く抑える。頭痛が酷い時の応急処置とか無いのかな…あれば誰か教えて…。
やっとの思いで登り切ったアパートの階段に、今更ながらエレベーターの一つもついてない事への憤りを覚える。…十一階建てで階段オンリーは最早設計ミスなのでは?
自宅があるフロアへ辿り着き、パタパタと聞こえる方向へ目を向けると…廊下の先、奥の方にある扉を開け放った
「…千聖…さん?」
「〇〇ちゃんっ!!……一体どうしたの!こんな顔色で…。」
「……どうして、まだ何も言っていないのに。」
小走りになることで若干の揺れを見せる千聖さんの胸へ倒れ込む様に抱きつく。同時に香り立つ甘い香りと安心感を伴った心地よい体温。
…あぁ、これだけでも幾分か楽になった気がする…。しかし、何も連絡等していないというのに、どうして態々外まで出迎えに?若干ではあるが退社に遅れもあり、イレギュラーとしてタクシーも利用したというのに時間もピッタリだし。
「……??私が〇〇ちゃんのこと、分からないとでも思ったの?」
「…もうエスパーじゃないですか…。」
「ふふっ、愛があればこのくらい、大したことじゃないわ。」
「……敵わないなぁ…。」
そのまま引き摺られるようにして家の中へ。恐ろしいほどの手際で仕事着を脱がされ寝間着に着替えさせられる。途中何度か素肌の上を滑る千聖さんの指に、思いがけずイケナイ気持ちになってしまいそうだったが体調も考慮しグッと堪えた。何より、千聖さんは飽く迄一生懸命体を気遣ってくれているだけなのだ。当の私本人が淫らな気持ちに浸るなんて、愚かにも程がある。
耳元で囁かれた「相変わらず綺麗な身体ね…我慢できなくなりそう」とかいう言葉もきっと幻聴だ。千聖さんは、"看病"をしてくれているのだから。
「さ、早く布団に入って、大人しく休みなさい。」
「は、はい……ありがとうございます。」
「いいのよ。…あなた普段から頑張り過ぎちゃうところがあるし…きっと無理が祟ったのよ。」
「………ですかね。」
「きっとそうよ。…何か食べたいものはある?お水飲む?暑いとか寒いとかもあれば、ちゃんと言うのよ?」
…恋人と言うよりお母さんのような包容力を発揮する千聖さんに無性に甘えたくなってきた。体が弱っている時は精神的にも脆くなると聞くが、成程確かに頷ける。それに、多少恥ずかしい事をしてしまっても相手は千聖さんだ。それこそ愛故の行動なわけだし、後で何とでもできるだろう。
「……えっと、じゃあ。」
「なあに?」
「…千聖さんが、欲しいです…。」
「……ん?」
「一人で布団に居るの、心細くて……。一緒に添い寝してほしい…です。」
「……………。」
あ、あれ?私何か間違えた?踏み込む距離やらかした??
相変わらず聖母のような慈愛に満ちた笑みのまま微動だにしなくなってしまった千聖さん。このまま聖母像として飾るのもいいかもしれない。
「ち、千聖…さん?」
「…………本気?」
「…だめ、でしょうか…?」
「…………ダメです。」
「えぅ……。」
まさか拒絶されると思わなかった。…相変わらず笑顔のままだけど、声は低く冷淡に聴こえる。
思わぬ展開に少し泣きそうになっていると、女神さまは続けてお言葉を発された。
「私まで布団に入っちゃったら誰があなたの看病をするの?」
「ぁ…。」
ド正論だった。
確かに、いちゃつくという目線で見れば一緒に寝るなどこの上ない快楽への入り口であろう。…ただそれが看病の場だとしたらどうだ。具合の悪い張本人が何か助けを必要としている時に看病側がまず布団から這い出る必要がある、と…行動として、恐ろしいほど愚かなものだ。
千聖さんの顔は相変わらずにこにこと綺麗な笑みのままだったが、やはり飽く迄も看病をしてくれているのだ。
「……ごめんなさい。」
「いいのよ。…具合がよくなったら、私もお邪魔するからね?まずはイタイイタイのを治しちゃいましょうね?」
「……ぁい。」
熱を持った頭を撫でる手は冷たく、気持ちよかった。心なしか痛みも引いたような気がする。
「じゃ、じゃあ……冷蔵庫の、飲むゼリーが食べたいです。」
「ん。沢山買ってあったものね。…少し待ってて?」
昔からの習慣と言うか、すっかり癖として染み付いてしまったものなのだが、コンビニやスーパーなどでゼリー飲料を見かけると買わずにはいられないのだ。今では千聖さんが毎食用意してくれるから不要なのだが、その昔独り暮らしな上に多忙だった頃はこれだけで生きていたほどだ。
今となってはこういう時にしか出番がない。
「……どの味にする?」
一度冷蔵庫を覗いた千聖さんが枕元に戻ってくる。
「……りんご。」
「ふふっ、わかったわ。」
擂り下ろしたリンゴが入ったクラッシュゼリー飲料をリクエスト。確か3~4個はストックがあったはずだ。
私の希望を聞き入れた女神様が冷蔵庫を開け、少し背伸びする様にしてゼリーの山を漁る。…その後ろ姿だけで一週間はイケそうだ。何とは言わないが。
「……かわいいなぁ。」
「りんご、持ってきたわよ。飲める?」
「………ぁい。」
流石は私の天使。さっきから女神だ天使だと呼称がブレまくっている気がするが、どっちも正解だし問題ないだろう。要は美しい、人間など塵に等しいほど高位な存在と言うことだ。
で、その天使がキャップまで開けてくれる。この気遣い、何とも身に余る光栄…。「んしょ」と可愛らしい掛け声付きでキャップを開けてくれた天使はそのままゼリーを飲み…あれ?
「ぁ、千聖さんが飲むんですね…。」
「んー?…んふふ、んーんんーんんんーん。」
何やら口を閉じたまま言っている。伝えたいことがあるなら飲み込んでから喋ればいいのに。
「??…なんですかぁ?……あっ、んむ!?」
「……んー………んふっ。……ぷぁっ。美味しかった?」
「…んくっ。…………随分な不意打ちですね。」
唐突に唇を奪われたかと思えば流れ込んでくる林檎味。…なるほど、真の天使は嚥下のお手伝いまでしてくれるという事か。
相変わらずニコニコしつつ口の端を拭う姿は最早魔性。あっ、そして今、次の一撃を
「………んっ。……んぅ、ごくっ。」
「…あ、あれ?千聖さん??」
「ぷはぁ。……なあに?」
「全部、飲んじゃったんですか?」
「えぇ、私も少し喉が渇いていたの。」
「…………あー…はい。」
何だろうこの残念な気持ちは。少し口を開けていた私、バカみたい。
待っていればまたしてくれると思ったのに、やっぱり幸せって自分から掴みに行かないと手に入らないんだね。(?)
「……ふふふっ、どうしたの?そんな顔して。」
「…別に……。」
「あら、素直じゃないのね。」
「………素直な奴が馬鹿を見る時代なんですよ。」
「ふーん?…なら、もう次は自分で飲めるのかしら?」
「………別に飲めますけど、さっきみたいに…してほしい…ですけど。」
あぁぁぁ…。何言ってんだ私。これじゃあまるで盛りの付いた痴女じゃないか。いくら相手が千聖さんだから多少の事は許されると言ってもこれじゃぁ…
「……もう、しょうがない子ね。…頭痛いの治るまでだから、ね?」
「…天使かよ…。」
実はもう治ってますとは言えないまま、夜遅くまでそれは続き…明け方、ゼリーが無くなった頃に漸く眠りについた二人だった。
……何と幸せな看病か。
何というLion heart。
<今回の設定更新>
〇〇:昼頃からの頭痛に殺されそうになったが、最終的に幸福感に殺されそうになった。
どうやらストレスと目の酷使からなった模様。
明日はリップクリームが要らなくなりそう。
千聖:小さくてかわいい。
優しい中にも少しサドっ気があるようで、弱っている人を見ると虐めたくなる。
相変わらず妖艶な美人。金の髪が今日も綺麗なお嫁さん。