BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/03/15 酒浸の決意に啼く件

 

 

 

「かんぱぁーい!」

 

 

 

元気一杯の掛け声に軽快な衝突音が響く。休日の夜、明日も仕事が待っているというのに夜の街へ繰り出した女三人。

関係性を知った上で仲間外れを嫌がった氷川の発案によるものだったが、千聖さんと一緒に住み始めてからというものすっかり外飲みの機会が減ってしまった私にとっては、そこまで嫌なイベントでは無かった。

 

 

 

「できることなら二人きりで来たかったが…」

 

「○○、心の声漏れてるよ。」

 

「氷川に知ってもらおうと思って。」

 

「もー、つーめーたーいぃー。」

 

 

 

うざい。

既に二件ほど周り、梯子酒の最後を飾る為に訪れたのは()()()()いつもの店。私・千聖さん・氷川の三人でよく訪れていたあの店だ。…思い返してみれば、三人で顔を突き合わせて呑むのは千聖さんが会社を辞めることになった、あの"始まりの日"以来だったか。

相変わらず爆弾酒を嬉々として流し込む氷川を他所に、ちびちびと日本酒を口へ運ぶ女神さまを眺めながら刺身を頬張る。ああもう、幸せかよ。

 

 

 

「○○ちゃん?」

 

「なんです?」

 

「……見すぎ。」

 

「えー。…だってほら、家だと千聖さん飲まないじゃないですか。焼き付けとかないと…」

 

「もー…ただ普通に飲んでるだけよ?」

 

 

 

千聖さん、あなたは分かってない。自分の魅力も、私がどれほどあなたを愛しているかも。

 

 

 

「あ、今と同じの追加でー」

 

「カシコッシャー」

 

「んー……あとエイヒレと…このミニピザってどれくらいのサイズなの??」

 

「エットォ、コノオサラクライッスカネェ」

 

「わー、可愛らしいね!じゃあこっちのとこっちのでお願いしまーす」

 

「アッシャァッ、テッチーッザァトォ、マッゲータッスネェ!」

 

「うんうん!以上でー!」

 

 

「色気が凄いんですよ、千聖さんは。」

 

「えー?あなたも大概だけど?」

 

「そんなそんな…今だってほら、少し顔も赤くて可愛いですし、滑舌も怪しくなってますよ?」

 

「やだー、はずかしい…。」

 

 

 

頬に手を当ててイヤイヤと首を振る千聖さん。かわいい。

本気で恥ずかしかったのか、それを誤魔化すように距離を詰めてくる。

 

 

 

「ねね、私もお刺身食べたい。」

 

「どれにします?」

 

「じゃあね……たこさん。」

 

「オウッフ……お、おーけーですよ、たこさんですね。」

 

 

 

不意打ち。

 

 

 

「はい、あーん。」

 

「あー………んむ。……ふふっ、やっぱり日本酒には海産よねぇ。」

 

 

 

わかった。家だろうと外だろうと店だろうと、千聖さんが可愛ければそこは天国なんだ。

にこにこしながらたこさんをもぐもぐし、「飲み込むタイミングが見つからないわ~」と上機嫌な千聖さん。正直私はこれだけでも充分ツマミに…

 

 

 

「○○。」

 

「あ?何氷川。」

 

「温度差酷くない!?あたしもずっといるんだけど!ずっと一人酒なんだけど!揚げ物ページ制覇しちゃったよ!?割り勘ね!?」

 

「はぁ?」

 

 

 

騒がしいのに肩を掴まれたせいで急激に現実に引き戻された。

急転直下。氷川の声はエデンの園でさえ瞬く間に焦土に変えてしまう。おまけに私の財布を危機に追いやりだした。

 

 

 

「ふざけ…太るよ氷川。」

 

「だってだって!○○が全然構ってくれないんだもんもん!」

 

 

「オマタシャーシャー!リーキーピザァトルゲリンツァーッスゥ!」

 

 

「おいこらピザ頼んでんじゃねえ。」

 

「ふぁっふぇ!ふぁっふぇ!!○○がふぁふぁふぇふぇふぃーふぃっふぉ!」

 

「せめて切って食べなよ。付いてきたでしょ?丸鋸みたいな奴。」

 

 

 

穏やかに流れる蜜月の時をぶち壊しやがって…だからコイツとは飲みに来たくなかったんだ…。

ハフハフと嘸かし旨いであろうピザに齧り付きながら怒っていた氷川も、一枚目をぺろりと平らげた後には静かになったようで。喉を鳴らしてお手製爆弾酒を飲み干すと、ジョッキを叩きつけるように乱暴に置く。

 

 

 

「○○ってさぁ、鈍感とか言われるじゃん?」

 

「いや別に。」

 

「○○ちゃんは敏感な方よねぇ。」

 

「千聖さんに言われたくないですよ。」

 

「うふふふふ。」

 

「もう!隙あらばすぐいちゃつく!!」

 

「…なに、駄目なの?」

 

「あたしも混ぜて!あたしもイチャイチャしたい!」

 

「私はイチャイチャしたくない。はい論破。」

 

「ぐぬぬぬぬぬ…!!」

 

 

 

爪が食い込みそうな勢いで握りこぶしを震わせる。正気か?私とイチャイチャしたいだなんて。女同士だぞ?

千聖さんとはいいんだよ。これはもう運命だから。

 

 

 

「酒無いじゃん、追加頼めば?」

 

「…頼むよ…頼むけどさぁ!」

 

「氷川は酒強いんだから、もっと浴びるように飲まないとさ。」

 

 

 

三軒目だってのにやたらど元気な氷川にウザみを感じつつも、あまり邪険にし過ぎて面倒臭さが増すことを危惧しつつ適当に構うことにする。

何より、千聖さんが聖母モードに入られたという事は、ある程度のオイタは許されるという事。氷川を何とかするな今しかないのだ。

因みに、千聖さんの酔っぱらい具合には段階があり、それぞれでモード…人格が異なるのだ。今いる聖母モードは酩酊一歩手前と言ったところで、ふわふわにこにこと何でも許容してくれる上に後で記憶に残らない。あと妙に艶めかしい、と至れり尽くせりなのだ。

…一つ問題があるとするならば、ここまで来る過程で、「ヤキモチ100%モード」と「束縛説教モード」を乗り越えなければいけないという事。…その二つのモード?わかった。じゃあ氷川の対処方法を考えている間、今日のそれぞれのモードを回想してみよう。

 

 

 

**

 

 

 

「○○ー。」

 

「なに。」

 

「あたしこれ要らないから食べていいよ。」

 

「…取り皿にとった分くらいは食べなよ。」

 

「いやほら、これは本当に取りたかったやつじゃないっていうか、くっついて来ちゃっただけって言うか…。」

 

「好き嫌いするとお姉さんにまた叱られるよ。」

 

「う……ち、違うし、別に嫌いな訳じゃないし…」

 

「……もう、わかったよ。寄越しな」

 

「あーんしてあげよっか!」

 

「…や、自分で食べられるし。」

 

「あーん。」

 

「……」

 

「アーンー!!!!」

 

「……はぁ。…あー」

 

「んっ!!」

 

「………………私まだ介護とか要らないと思うんだけど?」

 

「えっへへー、いつも千聖ちゃんにしてもらってるんでしょ??あたしもやってみたいなーってさ!」

 

「…あそ。…って、アレ?千聖さん?何をそんなに怖い顔してらっしゃ」

 

「○○ちゃん?………私もこれ、ちょっと要らなくて」

 

「…これとは?」

 

「えと、あの、その……こ、これよ!」

 

「………テーブルコショウ、ですか?」

 

「~~~~~ッ!!!……間違えたわ、こっちの……あーん!!」

 

「ちょ!ご、強引すぎ…!!」

 

「あーんして!ね、○○ちゃん!あーん!!あーん!!!」

 

「……お、落ち着いて…」

 

 

 

と口の中を胡椒塗れにされかけたり。

 

 

 

「…千聖さん??私まだそんなに酔っぱらってな」

 

「だーめ。○○ちゃん酔っぱらうとキス魔になるでしょ??日菜ちゃんの身の危険を考えての事なのよ。」

 

「………でも、膝枕(この姿勢)だとまともに食事も」

 

「あら?口答え?」

 

「………」

 

「別にいいけど。私に嫌われてでも日菜ちゃんと仲良くしたいってことね?」

 

「ち、ちが…」

 

「そんなの絶対に許さない…○○ちゃんは私のものなんだから…」

 

「千聖さん?」

 

「それを分からせてあげないと……○○ちゃんにも、日菜ちゃんにも…」

 

「…ち、千聖さんストップ!別に氷川に靡いたりしないから!」

 

「えー?そんな事言ってぇ、またあたしとちゅーしたいとか思ってるんじゃ」

 

「○○ちゃん?」

 

「氷川殺す…必ず殺す…三歩必殺…」

 

「○○ちゃん?私の知らない話しが出て来たみたいんだけれど…"また"って?」

 

「いや、あの、あの」

 

「あのねー、前に飲み会したときにねー、メニューの陰でねー」

 

「……ほほう?」

 

「氷川ァ!!」

 

 

 

と食い込まんばかりの力で体を掴まれたりした。

その苦難の時を乗り越えて、今の平穏があるのだ。活かさない手はない。

 

 

 

**

 

 

 

「○○はさぁ、あたしにはいつだってつめたいよねぇ…」

 

「…アンタも冷たそうな苗字してるでしょ。おあいこ。」

 

「んもー、そういう話じゃないれしょー。」

 

「あ、呂律怪しくなってきたね。もっと飲みな?」

 

 

 

心なしか表情もトロンとしてきている。氷川は中途半端に酔っている時が一番面倒で、常人なら死ぬんじゃないかってレベルまで飲ませてやっと大人しくなる。

さっさとちゃんぽんさせて潰すに限るのだ。ちらりと千聖さんに視線をやれば、ニコニコニコニコと相変わらずの聖母スマイルで私達を見守っている。いつの間にか追加注文したであろう一升瓶を抱えながら、「わー、目が合っちゃったぁ」等と萌えさせてくる。手強い。

 

 

 

「……○○、あたしのこと嫌いなの?」

 

「うん。」

 

「えぇー?」

 

「五月蠅いし、ウザいし、鬱陶しいからね。」

 

「すごい言うじゃん……。」

 

 

 

千聖さんとの時間を邪魔するからってのが一番大きいんだけど。

 

 

 

「普通にしてたらいいんだよ。普通に同僚として適切な距離でさ。」

 

「そんなの…いやだもん。」

 

「じゃあ嫌い。」

 

「………あたしは、○○が好きだからさぁ。距離だって、まだまだ全然遠いと思ってるし。」

 

「…冗談でしょ?私達女同士だよ?」

 

「でも、千聖ちゃんと付き合ってるんでしょ?」

 

「…………。」

 

「………なんかさ、ずるいなーって。○○は初めて会った時から千聖ちゃん一筋だったし。あたしがどんなにアピールしても、くっついたり付き纏ったりしても全然構ってくれなくて。」

 

 

 

私ってば存外一途みたい。テーブルに突っ伏し呪詛の様に言葉を並べる氷川の表情は見えないが、酔いが深まって素直になっているんだろう。

心底悔しそうに文句を言う氷川は、正直ちょっとだけ可愛らしい。いつもこれくらいしおらしければいいのに。

 

 

 

「敵わないんだもん、千聖ちゃんには。」

 

「…まぁ、その……ごめん?」

 

「……あのさぁ○○。」

 

「ん。」

 

「いっこだけ、お願いしてもいい?」

 

「……その一個がもう何度目になるのやら…」

 

「これでさいごだから。」

 

「んー……程度による、かなぁ。」

 

 

 

何だろう。事の次第によっては、対価付きで飲んでやるのも良いだろう。もうウザ絡みしない、とか。

千聖さんはまだふわふわ時間(タイム)を満喫中らしいし、多少の無茶なら叱られないだろうし。

 

 

 

「……抱いて。」

 

「ふはっ……馬鹿じゃないの?」

 

「そうだよねぇ……。」

 

 

 

危うく刺身を放り投げるところだった。〆鯖 ちゃん。

睨みつけてやるも相変わらず表情の見えない氷川は、少し間を置いて。

 

 

 

「それなら、そういう変な意味じゃなくて、ただぎゅーってしてもらうのはいい?」

 

「えぇー……変なことしない?」

 

「しないよぉ。」

 

「変なとこ触ったりしない?」

 

「うん、しないしない。」

 

「……んー、じゃあ、それだけなら。」

 

 

 

ハグ、ってやつに氷川も憧れがあるのだろうか。前にも、お姉さんに拒まれて辛い~といった内容の事をグチグチ言ってたし、ハグの良さは私もよく知っている。千聖さんにしてもらうとよく眠れるし、何か色々どうでもよくなる麻薬の様な行為だ。

両手を広げて待ってみれば、ゆっくり起き上がった氷川がらしくない大人しさで収まる。

 

 

 

「……あったかいね。」

 

「…ん。」

 

「…それでね、次は目を見てね――」

 

「一個じゃなかったの。」

 

「……だめ?」

 

「はぁ……目を見てどうしたらいいの?」

 

「……………名前、呼んで欲しい。」

 

「名前…ええと、氷川?」

 

 

 

抱き合うほどの距離で見つめ合い名前を呼ぶ。正直何をやってるんだか分からないがさぞかしシュールな光景だろう。本当に、千聖さんがあの状態で良かったとは思うけど。

氷川は満足いかなかったようで、もぞもぞと身体を揺すって見せる。

 

 

 

「名前がいいの。」

 

「あー……?…苗字じゃなくてってこと?」

 

「うん。」

 

「………呼んだこと無いんだけど。」

 

「だから、呼んでみて欲しいなぁって。」

 

 

 

小首を傾げる姿は見た目だけなら凶悪に可愛い。…男性社員からもそこそこに人気を集めている筈だし、彼氏の一人や二人作ればいいものを…。

 

 

 

「……日菜。」

 

「…○○。」

 

「……今日しか呼ばないからね。」

 

「うん。…それで次は。」

 

「あれ、一個ってなんだっけ。」

 

「…次で最後だから。」

 

「あそ。」

 

「………名前、呼んで…それから、キスして。」

 

「………………氷川、」

 

 

 

酔ってる?とはあまりにも愚問すぎて訊けなかった。だけどその燃えるような熱い視線からは、ふざけた様子や冗談の軽いノリなんて微塵も見えなくて。

氷川の言う一個…がここまでの一連を指しているのだと、そのズルさと相変わらずの賢さに内心舌打ちした。

 

 

 

「……わかったよ。……日菜。」

 

「……………○○。……んっ…。」

 

 

 

すっかり日常の一部となった行為ではあったが、今日まで幾度となく繰り返してきた千聖さんとのそれとは違って、彼女らしからぬギャップを伴った静かで儚い接触。

舌を絡ませるでもなく、唇を食むでもなく触れ続けているだけのキス。頬を伝って落ちる、滴。

 

 

 

「…………ふ。」

 

「……んん……その、氷川」

 

「○○。……ありがと。」

 

「……。」

 

 

 

これはきっと、酒に浮かされてみる夢。そうじゃなければ説明がつかない。

氷川の初めて見る表情に、胸が苦しくなるなんて。

 

 

 

「……大好き、だったよ。」

 

 

 

**

 

 

 

「うわぁい、ただいまぁ。」

 

「…………。」

 

 

 

両手を広げ、リビングの蛍光灯の下でくるくると回る金糸の天使。少し離れた私が後ろ手で閉める鍵。

すっかり出来上がった彼女はまさにご機嫌で、地上に舞い降りた翅のようにベッドへ倒れ込む。やがておいでおいでと繰り返される手招きに誘われるように、少しずつ衣服を脱ぎ捨てながら歩み寄り…顔を埋めた先には透き通るような項。

 

 

 

「ふふ、○○ちゃんあったかぁい。」

 

「………千聖さん。」

 

「○○ちゃんいい匂いねぇ。大好きよー。」

 

「………………。」

 

 

 

幸せにならなければいけない。千聖さんを、一生愛し続けて、この世の中で最高に幸せなお嫁さんにしなければならない。

踏み台にした想いの上に、幸せは成り立つのだから。

 

 

 

「…"応援してる"なんて…卑怯だよ氷川…ッ!」

 

「……○○ちゃん?」

 

 

 

その日の踊りは、日の出の頃前続いたという。

 

 

 




本当なんです




<今回の設定更新>

○○:口悪い。間も悪い。顔は悪くない。

千聖:へべれけ天使。面倒だが耐え抜くと可愛い天使とお酒が飲める。

日菜:おつかれ。

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