BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
有給休暇を取った。
何せ今日は世界で一番大切な人の年に一度のお祝いの日。事ある毎に理由をつけてはパーティの真似事をしている私達ではあるが、今日という日は特別なのだ。
「急なタスクとかは無かったの??」
「いきなり上司っぽい事言うのやめてくださいよ、白鷺主任。」
「あら、もう主任じゃないわ?」
「じゃあ仕事の事は忘れましょ。今頃
そもそも今日のデートプランも、最終目標への筋道も、一緒になって考えてくれたのは氷川だ。あの時言い放った"応援"というのも強ち嘘では無いようで、今では夢でも見ている様な程協力的な同僚に。
始めこそやや気色悪かったが…彼女の広すぎる知識と発想力には今更ながらに感謝している。
「…ふぅん。」
「なんですか。」
「日菜、ね。」
「う……い、いいじゃないですか、呼び方くらい。」
「別にいいけどね。所詮、急に名前呼びになった程度だし。……浮気?」
「全然いいって思ってないじゃないですか。」
「うふふっ。」
指を絡ませたまま最初の店に入る。アクセサリーがショウケースにずらりと並ぶ、普段であれば絶対に素通りしてしまうようなちょっぴり高級なその店にも既に手は回してある。勿論氷川の案だが。
自分は範囲外なのだが、やはりこういったアクセサリーや光物なんかは女性に効くらしい。薄暗い店内でキラキラと輝く千聖さんはいつにも増してご機嫌だ。かわいい。
「…○○ちゃんってこういうの興味ないと思ってたけれど。」
「あー……ま、まぁ、誕生日ですし何かプレゼントしたいなーと思いまして…。」
「そう。…でも、無理しなくていいのよ?私はあなたが一緒に居てくれるだけで幸せなんだから。」
「おふっ……またそういう照れる事言う…。」
「本心だもの。」
相変わらず不意打ちと魔性を以てして理性に働きかけて来るタイプのアタッカー。正直千聖さん自身の方が宝石や貴金属よりよっぽど輝いて見えるんですがそれは。
私を揶揄い終わった千聖さんが近くのスタッフとアレコレ話始めたのを確認し、何気ない動作で店の奥へ。以前訪れた時に作成した予約カードを提示しブツを受け取った。これでここでの目標は達成…だが、振り向いた先のネックレスをつけようと後ろ髪をかき上げる嫁の姿に追加の買い物を決めた私。
何と綺麗な項。あれが何度も見られるのであれば、○○さん幾らでもネックレス買っちゃう。
「…ふふ、ゴールドもいいわね。」
「ええ、とってもお似合いですよお客様。」
「千聖さん?試着ですか……うぉぉ、エロい。」
「コラ、何て感想よ。」
「だって、丁度胸のあたりに輝かんばかりのゴールドとたまたまザックリ開いた胸元のコラボレーションがこれください幾らですか。」
恐ろしい…恐ろしい魔力である。吸い寄せられるように視線を外せないまま、まるでそうすべきであったかのように流れで購入してしまった。金額が幾らだったかは覚えていないが、魔法のカードが火を噴いたのだ。
そのまま着けて帰ると伝え、新たな輝きを身に纏いクラスアップした女神と共に店を出る。夕刻に差し掛かりつつも日の長くなった街並みを進み、再び指を絡め合う。
「…もう。衝動買いが過ぎるわよ?」
「いやー…まさか千聖さん+アクセサリーがこれ程のものとは。普段あまり身に着けないですよね。」
「ええ、そもそも持ってないもの。」
「ありゃ…要らなかったです?」
「そんなことないわ。働く身として使う機会が無かっただけよ。…ありがとうね。」
ゆったりとした歩調で進みながら繋いだ手の甲にキスされる。その気品あふれる行動に思わず膝をついて頭を垂れそうになったが、グッと堪えエスコートを継続…したつもりだったのだが、動揺が表情に出たのか笑われてしまった。
あぁ、微笑む顔もまた芸術品のようだ。
「…次は…あぁ、時間的にもご飯ですかねぇ。」
「そうね。せめて午前中から出かけていたらもう少し色々見れたかもだけど。」
「…ごめんなさい。今日のデート楽しみ過ぎて、昨日眠れなくて。」
「だから寝かせてくれなかったの?」
「ええ、はい、まあ、いや、普段から寝かせたくは無いんですが。」
「……えっち。」
自分のせいでスタートが遅れたとは言え、予めのプランで抑えておいた最低限のコースは回れた。この時間であれば食事も含めて恙無く終わりを迎えることができるだろう。
…あとは私自身のメンタルの問題か。
予約していた店があることを伝え、高層ビルのような外観のホテルへ。係員に案内されるままにガラス張りの長いエレベーターを抜け降り立った先はレストラン…以前氷川と下調べしたときもそうだが、地上が遥か眼下に見下ろせる絶景とも言えるこの眺めは、高所恐怖症の私にとっては地獄そのものだったが。
奥の方、"予約席"とパイロンのようなものが立った席へ案内され腰を落ち着ける。内心は全然落ち着いていない。
「…ふうん。」
「何です?」
「日菜ちゃんに手伝ってもらったのね。」
「…………何の事だか。」
「隠すことないじゃない。こう見えてとっても喜んでるんだから。」
「……まぁ、そう…っすねぇ。」
「ぷっ……どうしちゃったの?喋り方まで、何だか…うふふふふ…。」
きっと氷川がリークしたんだろう。確信めいた物言いに、私は拗ねたような声を出すことしかできなかった。
まぁ、笑ってくれてるんだからいいか。…だが、ここからの展開は氷川も知らないし、当然千聖さんも予想していないはず。
見渡す限り他に客の入っていない広いレストランの中に静かに流れるhappybirthday。クラシックアレンジが大人っぽさを醸し出す中、ボーイがバースデーケーキを運んでくる。パチパチと火花をまき散らすタイプの蝋燭?が三本刺さっており、真ん中のウェハースプレートにはチョコレートで私からの言葉が。
「『
「…いいでしょう、誕生日くらいは。」
「私、こんな言葉貰ったの初めてよ。…人生で初めての、恋人からの贈り物。」
「え」
意外だった。そういえば付き合い始めた頃にも未だ処女を守り通しているとか、ファーストキスは私だとか、嬉しい言葉を掛けてもらったものだが…恋人に誕生日を祝われたことまで初めてだとは。
「…意外そうね。そもそも、真剣にお付き合いすること自体初めてなんだから。」
「まじすか。」
「まじよ。…この前も日菜ちゃんとそんな話をしたばかりでね。「初恋は実らない」なんて嘘ね、って笑ってたところ。」
「……それは、何よりです。」
恋心を抱く事さえ初めてだという嫁の姿に、胸の鼓動が早まる。薄暗い店内、ぼんやり浮かび上がる天使の笑み、ムーディーなBGM。…少しでも気を抜けば押し倒してしまいそうだが、今日の目的はこの後にあるのだ。
氷川も…日菜にも言われた。「あたしの分まで幸せになって」と。…あれ、こういうとまるで死んだみたいだな。
「…考え事?」
「ええ、まあ。……千聖さん。」
「ん。」
「誕生日、おめでとうございます。」
左手を掬い取る様にして甲にキスを送る。これは祝いのブーケでもあり忠誠の証でもあるつもりだ。
擽ったそうに笑う千聖さんはやがて慈しむ様な声で「ありがとう」と答えた。
「…それと、もう一つ大事なお話があります。」
切り分けたケーキを幸せそうに口に運ぶ姿をもう少し眺めていたかったが。
畳みかけるように、気持ちを落ち着かせるための一瞬の間の後に切り出した。
「…もう、一つ?」
「ええ。実はこの場にもう一人、招待している方が居まして。」
すっと入り口を指差す。千聖さんが恐る恐る視線を向ければそこには――
「…お父…様?」
私からするならば勤務先の社長…そして、恋人の父親に当たる一人の男性が立っていた。
細身の白いスーツが映える、非常に容姿の整った男性。それでいて軽さの感じない、御年五十を迎えるようには思えない若々しさだ。
…千聖さんの麗しい外見は白鷺の遺伝子によって組み込まれたという事実の生き証人のような彼をここに呼んだのは他でもない私で。以前一度挨拶に伺った時から何度か連絡を取りはした。だが元より多忙な身でもあり、千聖さんと真剣に交際していると未だ伝えられていないのだ。
社長はゆっくりとテーブルへ近づき、微笑む。
「…お誕生日おめでとう、千聖。」
「……ありがとう…ございます。」
「○○くん。…今日はお招きいただき、ありがとう。」
「いえ。…お話させて頂く事もあったので、来ていただけたことに感謝します。」
つい畏まってしまう。会社では無いというのに、思わず身構えてしまうような威圧感。それが彼にはある。
にこにこと人懐っこそうな笑みを浮かべてはいるが、切り出し方を間違えたら全てが終わってしまいそうな、そんな予感。
「…それで?どうして私は呼ばれたのかな。」
この社長、いきなり核心に!
…ええい、覚悟を決めろ○○。いい加減、ふざけるのは終わりにするのだ。ここで折れたら千聖さんと共に過ごす蜜月の未来は潰えてしまう。
そう発起し、一呼吸の後に真っ向がからぶつかってみる。
「…ええ。実は私、千聖さんと交際させて頂いておりまして。」
「………ほう?」
「現在は同棲もしております。」
「な…!?………そ、それで?」
同棲、という言葉が余程効いたか。柔和そうな顔に揺らぎが生じる。
必死に立て直そうとする上司の姿に、好機来たれりと攻める手を強める。
「…あ、あの、○○ちゃん?」
「大丈夫です千聖さん。見ていてください。」
「ち、ちが、その、あのね?」
「つ、つつ、続けたまえ?」
「………。」
いや待て。あまりにも効きすぎではないか?滝のような汗も個人的には見間違いだと思いたいが、早くも貧乏ゆすりが尋常じゃない。
会社では中々見ることのできないレアな光景にテンションが上がる。
「…結婚を、考えておりまして。」
「ヒェ……ふむ、k、結婚ね。」
ひえ、って言ったぞ。
「勿論、法律上不可能であることは分かっています。憲法の改正も追いついていないですしね。…ただ、それほどまでに愛し合っているという事を、あなたに報告したかったんです。」
「コッ、成程?…そこまでウチの千聖を……。カッ、コケッ、きも、気持ちは分かった。」
何ともノイズの混じる話し方である。テンパるにしても限度があるだろう。
一方千聖さんは千聖さんで、何かまずいものでも見てしまったかのような微妙な顔で視線を泳がせている。もう止めに入るのは辞めたようだ。
…間違いない、この父親、大した壁じゃない。寧ろ可哀想なくらいだ。
「…急な話で申し訳ありません。…ただ、千聖さんの誕生日という日に、改めてこの愛を伝えたいと思いまして。」
「あ、アイッ、愛ね。うん。きれいだ(?)。」
「以前ご挨拶に伺った時、私と千聖さんとの関係性について深くお話しできなかったものですから。…勿論、精一杯、無我夢中で働き続けて千聖さんを幸せにするという覚悟あっての事です。」
「ンフ、そんなそんな、ゲフン、結婚生活というのは大変なものだ。…覚悟と簡単に言うが、どこまで先の事を考えられているのかね?」
…持ち直したか。
腕を組み終始真剣だったかのように振舞う社長をどうこましたろうかと考える。正直言いたいことは大体言ったのだが、ここまで来るといっそ面白くなってくる。
青い顔で無心にケーキをつつく千聖さんには悪いが、もう少し攻めてみよう。
「…これを。」
バッグから小さな箱を取り出す。先程アクセサリーショップで受け取ったものだ。
箱を見るなり千聖さんは前のめりで固まるし、社長は目に見えて震え出した。
「……覚悟、とイコールになるかはわかりませんが。…今日、この場でプロポーズしようと思ったので。」
大切に両手で抑えた箱をそっと開いて見せる。中には一号違いの婚約指輪が二つ、鎮座していて。
目を輝かせた後に堪え切れないといった様子でニヤケ出す千聖さんと、まるでこの世の終わりの様に頭を抱えて項垂れる父親。対照的な二人の白鷺が面白かった。何だこのアトラクション。
「○○ちゃん!?な、なに!?これはっ!?」
「婚約指輪です。」
「んぅっ!!」
「千聖さん?」
「何でも無いのっ!続けて!!」
「……社長、いやお義父様。…私には千聖さんが必要なんです。千聖さんの居ない未来なんて、もう想像すらできない。」
「ングッ」
「交際を……これからも添い遂げることを、お許しいただけませんか。」
複雑な気持ちはわかる。愛する娘の誕生日に呼ばれたと思えば、同じ女性の私に交際宣言をぶっ放されているのだから。挙句婚約指輪の現物まで出されたら、それはもう狼狽してしまうだろう。
確かに法的効力のある関係を結ぶことは出来ない。けれども私は彼女を愛してしまった。求めてしまった上に、一度手に入れてしまった。
知ってしまった蜜の味を守る為ならば何だってする。今更離れろと言われて飲めるだろうか。自分の言葉にも気持ちも偽りはなく、私はどうしようもなく盲目的に彼女を愛してしまっているのだ。
「……ほ、ほんとに、結婚したいくらい好きなの?」
「ええ。…あれ、お義父様、キャラが…」
「千聖ちゃん、幼児退行とかするよ?それでもいいの?」
「ええ。もう慣れましたし、そこも含めての気持ちですから。」
「エンッ、か、悲しむ人も、出てくると思うよ?千聖ちゃんが結婚しちゃうと。」
「お義父様ですか?」
「まあ……た、例えばって話だけどね?別に、私が悲しむって決まってるわけじゃないからさ?」
「…千聖さんが幸せになる事が哀しい事なんですか?愛しているなら、彼女の幸せを願うべきではありませんか?今日というこの素敵な日に、祝ってあげるべきではないでしょうか?」
「エフッ……ち、ちーちゃんどうしよぉ。」
堕ちた。どうやら完全に論破してしまったようで。
あうあう言いながら千聖さんに手を伸ばしている。でも仕方ない、どんな千聖さんも愛すと決めた以上引き下がる訳にはいけないのだ。
「…ごめんなさい○○ちゃん。」
「何です?」
「本当は止めるべきだったのだけれど。…お父様って私の事になると急にこうなっちゃうから、ね。…あなたはまだ会社で関わらなきゃいけない人間なのに、居心地が悪くなったでしょう?」
その配慮だったのか。父親を止めようとしたのは。
だが私にとって大切なのは千聖さんと過ごすこと。今後のビジネスシーンにおいて、義父とどう拗れようが知ったこっちゃ無いのだ。
千聖さんの配慮に感謝し、再度義父と向き合う。彼はすっかり打ちひしがれてしまったようで、肩を落とし目を泳がせているが。
「…やはり許しは、頂けませんか?」
「………千聖を、任せてしまっても本当に大丈夫かね?勿論君の会社での評判も業績も知っている。我が社にとって掛け替えの無い存在だし信頼もしている。…だが、千聖は私のたった一人の娘なのだ。どんなに大きくなろうと、私の愛するたった一人の娘なのだ。どうか、どうか…!」
「お義父様。…よろしければ、見守っては頂けませんか。」
「みまもる…?」
「私も大きい事を言っていますがお義父様から見ればまだまだ青二才。当然千聖さんに愛を伝える為に一生懸命の精神を忘れず努力は続けて参りますが、どうぞお義父様の判断で。千聖さんが不幸になると確信した場合には引き離していただいて結構です。」
「………。」
「…お義父様の、お父様としての愛も、分からない訳では無いですから。」
人は繋がりの中で生きている。たとえどんなに大人に成ろうと、どんなに多忙で会えなかろうと、親子は親子。途切れることの無い愛情でつながっているものなのだ。
狼狽えながらも必死になって私という人間を掴もうと、千聖さんの心配を続けているこの状況もその証明だ。壁としては大きくないかもしれないが、娘を想うその姿は紛れもなく父親なのだから。
私は彼に、認めてもらわねばならない。
「………その指輪。」
「…はい。」
「…とっても綺麗だと思う。千聖の細い指にもよく似合いそうだ。」
「はい。私もそう思います。」
「……………指に、填めて見せてくれないか?」
「……いいんですね?」
彼の中でも何かが決まったのか。
大きく二度深呼吸をし、真っ直ぐ見据える目で言った。
「…あぁ。娘を、宜しく頼むよ。」
「………ありがとうございます。」
斯くして、私達は親も公認のパートナーとなり。
年に一度の特別な夜を、大きな愛を感じながら共に過ごした。肝心のプロポーズの言葉は何も用意しちゃいなかったが、彼女の薬指に光る銀のリングはこれからの日々への期待の象徴であるかのように、確かに其処にあった。
「…千聖さん。」
「なあに。」
「結ばれるってどういうことでしょうか。」
「んー…私は、最初から結ばれていたと思うけど?」
「…というと?」
「これからもそれ程変わらない日々が続いて行くと思うわ。」
「……退屈、じゃないですか?」
「馬鹿ね。何一つ変わりがない中に、あなたが居るの。それって、あなたが居ないと日々は成り立たないって事でしょう?」
「…んぅ、難しい事はわかりませんよ…。」
「…あなたはもう私の"日常"なの。…いなくなったりしたら、承知しないんだから。」
「……千聖さん。」
「責任、取ってよね?」
ウチの嫁が、世界一可愛いんだが?
白鷺千聖編完結です。
ご愛読ありがとうございました。
<今回の設定更新>
○○:やはりSっ気あり。
色々ごちゃごちゃ言葉を並べる悪い癖もあるが、要は千聖さんを愛してやまない
ってこと。
無事結ばれるところまで来れて満足です。
女性ですからね?
千聖:ちーちゃん!
可愛い。天使。エロい。
社長:外見はスタイリッシュ系イケメンって感じ。
仕事に於いても誠実で熱意があり信頼も高い。
だが娘の事となるとあの様である。妻にも逃げられており、非常に寂しがり屋。
千聖さんが幸せそうで一番喜んでるのはこの人。
日菜:影の功労者。
私のシリーズにしては珍しくまともな日菜ちゃん。
だが、報われない。