BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/02/23 物語は最後の舞台へ

 

 

「えぐっ……ひっく…………うぅぅぅ……」

 

「ああもうほら鼻水が…」

 

 

 

こいつはいつまで経っても泣き虫だな。桃色の従妹がまたしても顔を水没させている理由は二時間ほど前に見たとある舞台。

やはり役者業も回ってくるようになった今、色々と共感してしまう部分もあったのだろうか。俺のハンカチはもう鼻水で使い物にならなくなってしまったが、彩の顔汁は止まらない。

同行する千聖も呆れ顔で三枚目のハンカチを取り出しているし、いい加減泣き止んでくれないと布が足り無くなりそうだ。

 

 

 

「確かにいいお話だったけど、幾らなんでもよ…」

 

「千聖、あと何枚ある?」

 

「…ポケットティッシュがひとつだけ。」

 

「まずいな、このままじゃ日本沈没も近いぞ…。」

 

「馬鹿なこと言ってないで。……彩ちゃん?とりあえず一度落ち着いて。…そうだ、晩ご飯もそろそろ考えないとね、何か食べたいものとかあるかしら?」

 

「えぐえぐ……あうぅぅう……ぶぇえええ…!」

 

 

 

だめだこりゃ。

 

そもそも二人と舞台を見に来ることになった経緯と言えば先日のアレが原因だ。先日の出張…チャットで盛り上がったあの日だが、結局何だかんだで向こうでの打ち上げが盛り上がりすぎてしまって。

土産を買わなければと思ってはいたんだが、時間の関係も相まってイヴと日菜の分しか買えなかった。いや、時間の関係というのは言い訳に過ぎない。本当は素で忘れていたのだ。

全く以て面目ないと思うが、千聖は兎も角彩はもうぐずりにぐずった。「私のことは大事じゃないの」とか「私なんて所詮従妹としか思ってないんでしょ」とか…まぁあの時も宥めるのは簡単じゃなかったさ。千聖がいなければどうなっていたか…全く頭の下がる母性である。

その結果、土産の代わりにと自分だけのデートをねだった彩と、ついでに忘れてしまった上に迷惑をかけてしまった千聖を連れ知人の舞台を見に来たのだ。かつて勉強と称して稽古を見学させてもらった劇団だ…見る前から俺も楽しみだったさ。

 

 

 

**

 

 

 

「見て見て!パンフレットがあるよっ!」

 

「知ってる知ってる…物販ってのはそういうもんだからな…」

 

「あの子、自分たちのライブでも見慣れてるはずなのに…あっ、もしかして、揮発性メモリ…?」

 

「ワンチャンあり得るから怖いよなぁ。…取り敢えず今日はほら、言うこと聞くってことで来てるから。」

 

「……もう、あまり甘やかしすぎるのもどうかと思うけど?」

 

「ねね、○○くんっ!タオルとクリアファイル、どっちなら買っていーい?」

 

 

 

物販で燥ぎに燥ぐ彩。知り合いの演者が直に販売していることもあって、正直挨拶に回って来たいのだが…折角なので彩の買い物に付き合うついでに済ませてこよう。千聖にアイコンタクトでショルダーバッグを持ってもらい、手を引かれるままに物販コーナーへ。

…あぁ、地方の劇団にしては中々に立派な物販コーナーだ。過去作のDVD…ふぅむ、今日の内容如何では買ってしまうかもしれないぞ。

 

 

 

「はいはい一緒に行こうな。」

 

「うん!……これ、タオルで三種類にクリアファイルが四種類だよ!選べないねぇ!」

 

「そうだなー、ここはまとめて俺が買ったるから、好きなの選びー。」

 

 

 

久しぶりのオフということも相まってか、燥ぎっぷりが異常だ。タオルだって色違いだしクリアファイルなんて過去のフライヤーデザインの丸コピじゃねえか。

そもそもこの劇団を見に来るのだって初めてだろうに、何をそんなに盛り上がっちゃってるのか。これくらいなら全て買っても大した金額にならない。尻のポケットから財布を取り出し価格を計算していると、ちょうどそのブースで売り子をしていた和服姿の女性がこちらに気づいたようで。

 

 

 

「おや○○氏。」

 

「えっあっ、…あぁ(かおる)姐さん!」

 

「ちゃんと見に来てくれたんだねぇ!えらいえらい。」

 

 

 

長身に紫髪という中々インパクトのある彼女は瀬田(せた)薫姐さん。中性的だが和服もよく似合う、まさに美形という言葉がしっくりくる年齢不詳の女性だが、なんの因果か俺を可愛がってくれている。

切っ掛けは最早覚えちゃいないが、矢鱈と俺を演技の道に引っ張り込みたがる節があるんだよなぁ。

えらいえらいと笑いながら俺の髪を掻き乱す薫さんの姿に、周囲の人混みにどよめきが走る。そりゃそうだ、彼女はこの劇団の花形…スタァってやつだ。彼女目当てで全公演を観劇する連中が居るほどのビッグネーム。帰り道で刺されなきゃいいが…。

 

 

 

「っだぁ!もう!子供扱いせんでくださいって言ってるじゃないっすかぁ!」

 

「はっはっはっはっは!私にしてみりゃれっきとした子供さぁね!」

 

「もー……今日って、千秋楽でしたっけ?」

 

「あぁそうだよ。さっき昼間にも一舞台あってね…君が中々来てくれないから寂しかったよ。ふふっ。」

 

 

 

揶揄っているんだか本心なんだか…この人の笑いにはいつも丸め込まれる。

 

 

 

「薫。」

 

「ん……おや千聖。今日は凄いお客様が続々と…プライベートかい?」

 

「え、あ、知り合い?」

 

「ええ、昔からの馴染みでね。まさか○○が見たがっていたのが薫の舞台だったとは思わなかったけど…。」

 

「はっは、それじゃあ今日は一層気合を入れていかなきゃいけないね。何てったって天下の大女優千聖様が見ているんだ…ふふふっ。」

 

 

 

えぇ…なにこの険悪な雰囲気。周りのどよめきは最早ざわめきへと進化を遂げている。何やら因縁がありそうなベクトルの違う大物二人とよくわからない男が一人…関わりがあるとすればふたりの大物がそれぞれ間の男の体を掴んでいることだろうか。え、まって離して、逃がして。

 

 

 

「むむむむむむ………!」

 

「…彩?」

 

「むー!!私だけ仲間はずれ!!むーっ!!」

 

「あー、うん、ごめんな?でもほら、状況的にさ」

 

「お姉さん!」

 

 

 

タオルとクリアファイルを全種類引っ掴んだ彩が間に割って入るようにして薫姐さんの前へ。「んっ!」と突き出したかと思うと、

 

 

 

「これ、ください!」

 

「あ………あぁ、全部で、二千…八百円だよ。」

 

「○○くん、お財布!」

 

「…え!?何の躊躇いもなく俺ぇ!?」

 

「だって、俺が買ってやるって、さっき…」

 

「言ったねぇ!ごめんねぇ!はい丁度!」

 

「ま、まいどぉ…?」

 

 

 

あまりの勢いにその場にいた全員がタジタジだ。睨み合っていた千聖と薫姐さんもそれどころじゃなくなってしまったか、互いに気まずそうに目をそらしている。

いやはや、こういう時の彩の瞬発力は見上げたものだ。本当に仲間はずれが嫌だっただけかもしれないが……お陰で、勢いに任せてその場を離れることができた。

 

 

 

「……むふー。」

 

「そんなに嬉しいかそのクリアファイルが。」

 

「ふふふん。いいでしょう。」

 

「…あぁそうだな。買えてよかったよかった。」

 

 

 

胸を張り鼻息荒くクリアファイルを見せびらかす彩の頭に手を乗せる。直後押し返してくるこの感覚…。

 

 

 

「わふっ!わふぅっ!」

 

 

 

相変わらず犬みたいだなこいつ。

隣で仏頂面の千聖は歯噛みして何やらぶつぶつ言っている。嫌な関係の知り合いだと知っていたら他の舞台かプランを用意したのに…少し申し訳なかったが燥ぐ彩の手前引き返すわけにも行かない。

…まぁ、千聖なら精神的には大人なわけだし、あとで謝ればなんとかなるか…。

 

 

 

「千聖。」

 

「……なに。」

 

「ごめんな。」

 

「なにが。」

 

「そういう因縁のある相手だって知ってたら避けたんだけど…」

 

「余計な気遣いは結構。私は舞台を見て楽しむ事にするわ。」

 

 

 

あぁ怒ってる…。

 

 

 

「あっ○○くんっ!もう開場だって!いこーよー!」

 

「あ、こら、走るんじゃない……ええと、千聖、行く?」

 

「ええ、行くわ。……はいこれ。」

 

「??」

 

 

 

手を差し出してくる。はて。君まで俺から金をせびろうというのかね。

 

 

 

「エスコート。男の子でしょ。」

 

「…あ、あぁ!そういうこと!」

 

「…どういうことだと思ったの。」

 

「あいや、その」

 

 

 

まさか金を取られるかと思ったなどと口が裂けても言えまい。

その差し出された手を取り、彩が駆けていってしまった後をゆっくりと追う。途中で「白鷺千聖だ…」などと聞こえたが、芸能界的にこれはまずくないのか。

 

 

 

「……ふふん、あなたも幸せ者ね。」

 

 

 

本人が満足そうだからいいや。

 

 

 

「いい?私は今ちょっとだけ不機嫌なの。」

 

「うん。」

 

「でも、○○が上手にエスコートできれば、機嫌もよくなると思うわ。」

 

「……エスコートとは」

 

「今してるじゃない?」

 

「…手?」

 

「ええ。」

 

「いつまで?」

 

「ん?」

 

「いやだから、いつまで?」

 

「んー?」

 

「えっと」

 

「んー??」

 

「終わるまで?」

 

「ええ。」

 

「まじ?」

 

「まじ。」

 

「えー…」

 

「嫌なの?」

 

「嫌じゃない、です。」

 

「それじゃあ行きましょう。」

 

 

 

開場から開演までは二十分程ある。こうしている間にもあの目立ちたがりの彩が人集を形成し始めるだろう。

…のんびりしてはいられないな。

 

 

 

「わかったわかった。俺の右手は今日一日千聖のもんだ。…絶対離すなよ。」

 

「…ッ!!」

 

「……ったく、あいつ大人しくしてっかな…」

 

「…私だって、今日はデートなんだもん…。」

 

「…何か言った?」

 

「いいえ。」

 

 

 

案の定というかなんというか。あまり広くない劇場(ハコ)だが、上段右端の方でできている人集りが目に入ってしまった。

…こりゃ舞台どころじゃないぞ。千聖の手を一際強く握り戦場への一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「まぁ確かに話はスゲェ良かったよ…俺も泣いちゃったし。」

 

「泣いちゃったなんてもんじゃないでしょ。…人の袖びしょ濡れにしておいてからに…」

 

「そりゃ右側に丁度拭きやすそうな袖があったから…」

 

「もう、誰が洗濯すると思ってんのよ。」

 

 

 

ストーリーとしては、とある演芸場を舞台に巻き起こる芸人のプライドと生き様、夫婦の愛が交錯する古き良き時代の人間ドラマだった。

序盤のコメディタッチから急展開に急展開を重ねて畳み掛けるように発覚する事実、避けられない運命、ぶつかり合いを経て育まれる絆…終盤の暖かく揺れる義理人情溢れる展開は気付けば会場の涙を誘い――正直その辺から俺と彩はぐしょぐしょだった。

流石にカーテンコールの頃には涙も引っ込んだ俺だったが、余韻の長い彩はこのザマ。ファンと思われる数人にハンカチを手渡される始末で、恐らく今頃SNSを賑わせているだろう。

 

 

 

「だって、だって……えぐっ……やっぱり、夫婦っていいなぁって……」

 

「うんうん、そうだなぁ。」

 

「喧嘩してても、すれ違っても……結局、見えない、何かで、繋がってるんだなって………ぶぇえええ…。」

 

 

 

意味もなく泣いているわけじゃないのか。彩の言わんとしていることもわからなくはないが、いい加減立ち直ってくれないと。

心に響く分には連れてきた身としても嬉しいものなのだが…。

 

 

 

「ね、ねぇ○○?帰りは遅くなっちゃうだろうし、晩御飯は外でいいわよね?日菜ちゃんにも連絡して…」

 

「あぁいいね。千聖と外食は久しぶりだし、よさげな店探してみようか。」

 

「ふふっ、じゃあ適当に見繕ってみるわね。どーこーにーしーよーうーかー」

 

「……ひぐっ…えぐっ………ねえ○○くんっ。」

 

「んー。」

 

 

 

晩ご飯に浮かれる千聖。可愛いところもあるもんだ。千聖の舌に任せるってことは、多少高めの店になる可能性も…

 

 

 

「○○くん………わ、私、○○くんと夫婦になりたい。」

 

「んー。」

 

「な…………………」

 

 

 

急に泣き顔でそんなこというもんだから。

冗談なんじゃないかとかなんつータイミングでだとかツッこむタイミングすら逃してしまって。

 

 

 

「………結婚、するか?」

 

 

 

そんな阿呆な返ししかできなかったんだ。

 

 

 

「……………何、これ。こんなの……ッ」

 

 

 

千聖の握る右手だけが、確かに熱く、静かな現実味を伝えていた。

 

 

 




もうすぐ二部終わります。




<今回の設定更新>

○○:舞台俳優向きらしい。
   ついに所帯持ち…?千聖ちゃんにもデレデレしちゃうのはそろそろやばいかも。

彩:家族愛とか夫婦愛とか、そういうのにも弱い様子。
  正直舞台とかそういうのはどうでもよく、主人公と一緒にいられたらそれで…とか
  いうピュアっぷり。グッズに燥いじゃうあたり超可愛い。

千聖:実は密かに楽しみにしていたこのお出かけ。
   このシリーズでは薫さんと犬猿の仲です。演技の方向性の違いとか。
   主人公のことはもう大好きなんですねえ。デレデレしちゃいますねぇ。

薫様:天下の瀬田姐さん。
   劇団ツルマキのスタア。座長のココロ=ツルマキに見初められて以来、地方都市
   の表現者を引っ張り日夜稽古に励んでいる。
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