BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2019/10/27 またひとつ

 

 

「ただいま有咲。」

 

「……………。」

 

「…ごめんて。」

 

「……………。」

 

「……でもほら、まだ今日だし。」

 

「……そういう問題じゃないでしょ。遅いし。」

 

 

 

今日は有咲の誕生日……だったのだが、俺の方に急な酒接待が入ってしまったせいで家に辿り着いたのは二十三時を回った頃だった。

当然なら有咲はすっかりお冠。事前に連絡を入れたとは言え、周りに様々な立場の人が居たせいでメッセージも電話も対応できなかったし、何十件ものチャットを無視する形になってしまったのも重ねられた罪だし。

一応プレゼントは用意してあるが、これは渡せそうにないかな…。

 

 

 

「…飲んできたんだ。」

 

「まぁ、そういう場ですから。」

 

「私の誕生日って、忘れてたわけじゃないよな?」

 

「勿論だろ……飲みたくて飲んでるわけじゃあないんだし。」

 

 

 

この日本で社会に出て頑張っている方々なら或いは理解して頂けるかもしれないが、時にはそれを"付き合い"と言うのだ。俺は個人的に、無理して続けなきゃいけないような関係なら要らない派なんだが、仕事と言うパブリックな場ではそうも言っていられないらしいのだ。

人間関係を悪化させる原因だったり、仕事・職場が嫌いになる原因だったり…と、仕事以外の部分でのメリットが欠片も見当たらないので、働き方改革だの少子化だの結婚離れだのと言う前に早く失くすべき文化だと思う。

くそったれめ。

 

 

 

「……私と…っ。…いや、なんでもない。」

 

「何?言ってくれよ。」

 

「…重い女って思われるの嫌だから、言わない。」

 

「……あぁ。…勿論仕事なんかよりお前の方が大事だよ、有咲。」

 

「伝わんのかよ…。」

 

「半分勘だ。…でも、別にそれを言ったところで重いとは思わんからな。」

 

「…ふーん。…ま、早く上がって着替えなよ。」

 

 

 

そういやずっと玄関で話してたんだった。

前に有咲がうっかり零していたんだが、有咲は俺が帰ってくる少し前から玄関で座って待機しているらしい。…なんでも、"おかえり"は必ず玄関で伝えたいんだとか。

それもあって、普段も飲み会の日も帰る時間はしつこいくらいに訊かれる。日によって帰る時間が疎らな俺も悪いんだけどね。

促されるまま部屋へ行き、そそくさと部屋着に着替える。途中ちらりと見えたが、夕食は普通のものっぽい。以前俺の誕生日の時は中々に豪勢な料理を振舞ってくれたのだが、自分の誕生日となるとやはり張り切り辛いものなのだろうか。

 

 

 

「うっわー…背広も鞄も酒くさ…。」

 

「あぁ、置いといていいよ。消臭のシュッシュするからさ。」

 

「いいって、いつも私がやってるだろ?」

 

「……臭いの嫌だろ?」

 

「うーん……。あっ、それはそうとちゃんと靴下履けよ?」

 

「はいはい、寒いもんな。」

 

 

 

いつものようなやり取り。…心なしか怒りも収まっているような気がする。先程の答えが間違いではないという事なんだろうが、この機を逃す手はない。

あまり時間も残されていないので、少々話の流れは無茶だが計画の実行に移ることにする。

 

 

 

「あぁそうだ有咲ー。」

 

「んー?」

 

「背広のさ、左胸のとこの内ポッケ、何か入ってない?」

 

「左ぃ?……あっ。」

 

 

 

用意しておいたプレゼントの小箱…のうちの一つだが、落とすと困るのでずっとそこに入れておいたのだ。

ポケットを漁らせつつスラックスにザっとアイロンを掛け、空いているハンガーを探してクローゼットに頭を突っ込んでいると、先程に比べ少し上機嫌な声が聞こえる。

 

 

 

「〇〇!!……何か入ってる!!」

 

「…何かに何かで返すなよ…。」

 

 

 

つい零しながらクローゼットを脱する。右手には勿論太いタイプのハンガーを掴んでいる。

 

 

 

「これ!箱!!」

 

「うん、箱だねえ。」

 

 

 

気付けばすぐ隣にまで来ていた有咲は、目を輝かせてリボンを巻いた直方体を見せつけてくる。…因みに、彼女越しに見える俺のジャケットは無残に床に投げ捨てられていた。

 

 

 

「…喜んでんならいいか。」

 

「私、そんな喜んでるように見えるっ?」

 

「見える。」

 

「…うそ。」

 

「ほんと。めっちゃ声でかいし。」

 

「フツーだしっ!♪」

 

「音符が見えるもん…。」

 

「みえない!!」

 

「あとすげえいい顔で笑ってんよ。」

 

「いい顔???………かわいい、って…こと?」

 

「かわいい。」

 

「うぅ…………。」

 

「認めよ、そなたは喜んでいる。」

 

「……うん。」

 

 

 

不毛な争いの末、髪を下ろしたその頭を撫で繰り回してやる。一旦落ち着きを取り戻したようで、そこから暫く目を細めて大人しくしていた。

 

 

 

「うし、もういいな。」

 

「ん。…あけていい?」

 

「どうぞー。」

 

 

 

ゆっくりと、丁寧な手つきでリボンを解きクルクルと巻く。その後ぐるりと箱を観察し、一か所目のテープから慎重に包装紙を剥がしていく。

何度かプレゼントをして分かったことだが、この子は包装紙やシール・挙句の果てに値札までの全てを贈り物と捉えているらしく、毎回この作業を怠らない。そうして綺麗に畳み纏められた外装は日付毎にクリアファイルに収められ、先日空いた金属製の大きな缶に溜めていく。…因みにその缶は、流星堂の主人・有咲のおばあさんから戴いた煎餅詰め合わせの物だ。煎餅を齧る有咲も最高に可愛かったのでいずれお話ししよう。

 

 

 

「ふふっ、これで八つ目だぁ…。」

 

「あぁ、プレゼントリストか。」

 

「うん、厚みがね。…ほら、だいぶ出てきたんだ。」

 

「ほほう。来年中にはこの缶も一杯になるんかな?」

 

「そんなにプレゼントしてくれんの??」

 

「有咲がずーっと良い子にしてたらな。」

 

「……子ども扱いすんな。」

 

 

 

缶を元あった場所に収納し、いよいよ箱を開けるらしい。

……あ、箱は意外とすんなり開けるのね。

 

 

 

「えっ………ぉぉぉおおお。」

 

「どうだ?」

 

「こ、これ高かったんじゃないの??」

 

「別に?…一ヶ月の課金分くらいかな。」

 

「高ぇーだろ!!…つかそろそろ天井回すのやめろよ…。」

 

「…考えとこう。…裏を見てごらん?」

 

「裏……?………あっ!」

 

 

 

箱から取り上げたのは文字盤が丸いタイプの腕時計。レディースということで、ベルト部分は細めの革を用いた物になっている。

一応オーダーが可能だったので裏面にも細工をしていて…

 

 

 

「これ……私の名前…じゃん。」

 

「ん。英語読めるのか~、偉いなー有咲。」

 

「現・役・高・校・生ッ!!」

 

「知ってる。……いい感じそうか?」

 

「うん……すっごく嬉しい…!これならずっと身に着けていられるし、時間見るたびに〇〇のこと思い出せるなっ!」

 

 

 

思わず心臓を撃ち抜かれる錯覚を覚えるような最高の笑顔を向けてくる有咲。…当然ながらデザインは俺の一存で決めた訳だけど、淡くピンクがかった文字盤にゴールドの数字と双針、深く黒に近い茶色のベルト…そのどれもが、実際本人と並べてみて改めてピッタリだと思った。

それはそうと、ハイテンション時の有咲は不意打ち気味で可愛いことを口走るんだな。

 

 

 

「…そういう部分の照れはないのか?」

 

「なにが?」

 

「時間見るたびに~って。」

 

「だって、それはホントじゃん?…嫌だった?」

 

「全然。…じゃあナイスなチョイスだったわけだ?」

 

「ん!!………〇〇、大好き。」

 

「…おぉぅ…。」

 

 

 

何だかもう酔いもぶっ飛ぶくらいストレートな好意。恐らく世界広しと言えども、こんなことを俺に真正面から言ってくれる子はこの子を置いて他にはいないだろう。

その素敵な女の子の手を取り、食卓の方へ引っ張っていく。

 

 

 

「ちょちょ、そんなにお腹空いたの?」

 

「んーん。けど、日付が変わっちゃう前にもう一つのプレゼントも渡したかったのさ。」

 

「……もう一つ?」

 

「うん。」

 

 

 

時計を見ると日付が変わるまであと二分ほどと言ったところだろうか。有咲をいつもの場所に座らせ、自室の机から一つの箱を取ってくる。

これは昨夜のうちに受け取っておいたものだ。

 

 

 

「ただいま。」

 

「え"っ、これ…ケーキ?」

 

「ん。ケーキを買うってのは伝えてあったけど……このサイズは中々にサプライズだろ?」

 

「すげー……テーブルの半分くらいあるじゃん。」

 

 

 

大きく広がった板のような形状のケーキ。一番下はタルト生地で、ミルフィーユの様にフルーツとアイスクリームが交互に積み重ねられている。

ケーキを食べたがっていたのは有咲だが種類や形状については特に詰めていなかったので、勝手に"すげぇ"やつを発注したのだ。

ケーキの上には歳の数だけ蝋燭が等間隔で刺さっており、中央の真っ白なスペースには俺からのメッセージが。

 

 

 

「高校生の有咲ちゃんなら読めるかなぁ?」

 

「馬鹿にすんなっての!………………ぁ」

 

 

 

少しの間を置いて小さく声を漏らす有咲。

赤面する姿は最高に愛しいが、それよりも俺は腹が減ったかもしれない。

 

 

 

「め、メッセージは〇〇が考えたの…?」

 

「あぁ、オーダー制だからな。」

 

「……本当に、こう思ってんの?」

 

「ダメだったか?」

 

「…えへへ、すっげー恥ずかしいんだけど。……けど、すっげー幸せな気分。」

 

「……ん。誕生日おめでとう、有咲。」

 

 

 

気付けばとっくに日付は変わってしまっていたが、俺の想いは贈れただろうか。

また一つ大人になった彼女の隣――ひいては俺の場所で、これからも生きて行こう。

 

 

"Happy birthday,Arisa."

"Next to you is one of my favorite places to be."

 

 

 




一日遅れましたが昨日の誕生日のお話です。




<今回の設定更新>

〇〇:急な飲み会にも対応しなければならない社会人。
   愛想笑いに取り繕った態度、そこを気に入られるという地獄。
   家に救いがあってよかった。

有咲:大人になりました。
   腕時計が似合いそうだなと思ってつい。
   かわいい。
   因みにスーツのジャケットを背広と呼ぶのはおばあちゃんの影響。

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