BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「暇だなぁ…。」
暇な時間というのは全く、つくづく人間をダメにすると思うね。
シフト上急な休みということもあって、昼を過ぎているというのにダラダラ、布団の中で文句を垂らしながら割と最近買ったゲームをポチポチしている。若き少年少女がそこらへんの動植物を捕獲して戦わせるという、中々に傲慢なコンセプトのRPGだ。
新しいとは言えRPG、俺の苦手なジャンルだ。どうも本質的な作業感が合わないらしく、どんなに目覚めすっきりな状態でプレイしても眠気が来る。コレもご多分に漏れず、一時間足らずで俺を眠りの淵へと誘い始めた。
「…やめだ。」
流石に貴重な休みを一日睡眠で潰すわけにはいかない。別段眠れない期間が続いたわけでもあるまいし、少しは有意義に使わなければ。
もそもそと起き抜け食卓を見ると、朝有咲が作っていったであろう朝食がラップを掛けて放置されている。特に予定も立っていないので、レンジに入れ"あたため"のスイッチを押す。回りだすターンテーブル。
「有咲ぁー。……そうか学校か。」
平日が休みになるとこれだから困る。大体、俺は有咲が居てくれるだけで一日退屈せずに済む人間だというのに、肝心の有咲が居ないんじゃ何を頼りに過ごせばいいんだ。ブーン…と独特な電子音を放ち黄橙色を放つ箱の前で立つこと二分、すっかり温まった皿を取り出し食卓に着く。
思えば久しい一人の食事にそこはかとない寂寥感を感じつつも、今日も有咲のベーコンエッグは絶品だった。
「……そういや、最近行ってねえな。」
そうだ、流星堂、行こう。
暇人の思考は短絡的で、それでいてアグレッシブだった。
…うむ、味噌汁も俺好みの味付だ。
**
「おやおや…随分とお久しぶりですねぇ。」
足繁く通っていた頃と何も変わらない様相で流星堂のカウンターに佇む婆さん。ここの主人…要は有咲の祖母にあたる方で、勿論ウチの状況もご存じだ。
有咲が家に住むことが決まり、挨拶に一度伺ったきりだったのでどれくらいご無沙汰なのか…特に変化が無いようで何よりだ。
「どうも。…最近どうです?お客さんの方は。」
「○○さんも来なくなっちゃったから寂しかったのよぉ。元より、固定客の付く様な店じゃあないからねぇ。」
「まぁその…色々忙しくて。お変わりないようで、何よりです。」
「今日はお休みなの?」
「そう…ですね。急にシフトが…ははっ。」
「いつも大変そうだものねぇ。今日くらいはゆっくり休まないと…。」
俺が元々ここに通っていたのも万実さんとお喋りするのが目的だった。最初こそ興味本位で覗いてみただけだったが、自分にはもう居ない"婆ちゃん"の温もりを思い出せそる気がして、お気に入りの場所になるまでそう時間はかからなかったって訳だ。
何を話せば…なんて少し不安になりながらここまで来たが、杞憂だったようだ。
「あの子は…学校かい?」
「ええ。」
「……学校、行けるようになったのねぇ。」
「…相変わらず友達は出来ないみたいですけど、何とか頑張ってるって言ってましたね。」
「そうかいそうかい…。○○さん、ありがとうねぇ。」
「…いやいや、御礼を言われることなんて、そんな」
「○○さんとお話しする様になってから、随分変わったのよあの子。…ずーっと一人で閉じ籠って、私ともあんまり喋ってくれなかったのにねぇ…」
俺も未だに信じられないが、俺がここに通うようになる前の有咲はどうしようもない位暗くて塞ぎ込んでる奴だったらしい。詳しくは聞いていないが、学校も行かず誰ともコミュニケーションを取らず…完全に一人の世界で死んだ目をしていたそうな。
…不登校気味なのは知っていたがまさかそこまでとは。今と比べると最早別人だ。
「あいつなりの成長だと思いますよ。よく喋ってよく笑って、やらないだけで何でもできるあいつと過ごす毎日はすっげえ楽しいんです。」
「……ふふ。」
「勿論ずっと前から有咲の事は知ってますけど、それでも今の有咲は一段と魅力的になった。誰にも負けないくらい。」
「ふふふふ…。」
「…熱く語り過ぎてて可笑しかったですよね…すみません。」
どうも好きな物の話になると熱が入っちまう。その様子をただただ笑って聞いていてくれる万実さんだったが、流石に申し訳なくなり謝罪する。
俺が一方的に喋りたくて来たわけじゃねえんだし。
「あら、いいのにぃ。…有咲のこと、大事にしてくれているんでしょう?」
「……ええ、まあ、あいつが居るから毎日ちゃんと働けているようなものですし。」
有咲はもう俺の人生に無くてはならないものだからな。あいつと一緒に居られるように仕事に立ち向かってんだ。どんなにキツくても。
「……ふふ、そうなのねぇ。それなら、これからもずっと大事にしてやってくださいな。」
「勿論。」
「たまに意地張る所もあって、面倒見てもらうこともあるかもしれないけれど…根は良い子で、真っ直ぐな子だから。」
「…はい。」
「……○○さんが嫌でなければ、一番傍に居てあげてくださいな。」
何だか、ただの雑談からとんでもない依頼をされた気がするし、冷静に考えてみたらこれってアレだよな…?ぺこりとお辞儀をした万実さんも一向に顔を上げる気配は無いし…あまりに気まずくなって、俺もつい言ってしまったんだ。
「…万実さん、そんな、頭上げてくださいよ。……あいつは、有咲は俺の一生をつぎ込んででも、世界一幸せな人生を送らせますから。」
「……それはよかったわぁ。でも、そんなに肩肘張らなくていいんですからねぇ。私も居るから、自分の家だと思ってまた通ってくださいな。」
「……万実さん。」
暇な時間というのは、時には人間に思わぬ運命を齎すものだ。…何、最初と言っていることが違うって?
いいじゃぁないか。人間ってのは、常に変わり往くから面白いんだ。
**
「おや、鍵が開いてらぁ。」
あの後も取り留めのない話をダラダラしつつお茶をご馳走になり、ふらっと帰ってみればすっかり夕刻。玄関の鍵は開けっぱなしになっていたので、きっと来客でもあるのだろう。有咲が一人でいる時は必ず鍵を閉めるように言ってあるからな。
玄関には靴が二つ。有咲のローファーと派手な色のスニーカーだ。…このスニーカー、何処かで見覚えある様な。
「ただーいまぁー。」
帰宅を告げると、廊下の奥よりダブった足音が。
「どこ行ってたんだよ!!」
「どこ行ってたの!!」
まだ制服姿のままの未来の嫁と可愛い妹がダッシュでお出迎えたぁ、男冥利に尽きるってもんだな。しかし声がでけぇ。
「どこって…別にどこでもいいだろ。」
「お前っ…メッセージ位見ろよなー!」
「メッセージ?」
言われてポケットに入れたスマホを見る。…うん、バッテリー切れだ。
画面を二人に見せ、電源が入らない事をアピールする。…続いて二人分の深い溜息。
「なんだよ。」
「あのね、兄さん。連絡取れるようにしておかないと、私も有咲ちゃんも心配するでしょ?」
「えぇ…そんなガキじゃないんだし…」
「バカ!!」
大したことない、と続けようとしたところで有咲の一声。さっきもそこそこにデカい声だったけど、これまたそれを上回る様な…最早叫びに近い声。真横で聞いていた彩も思わず耳を抑えて顔を顰めている。
そんなに怒られることではないと思ったが、きっと有咲なりに心配してくれたんだろう。ここは素直に謝っておくのが、俺の思う男らしさだ。
「しっ、しんぱい…したんだからな……」
「…有咲。」
「きっと兄さんが寂しがってるからって、色んなもの買って帰ってきたのに…私はともかく有咲ちゃんに心配かけちゃ駄目でしょ。」
「うん……ごめんな、有咲。…俺、やっぱりこういうところが駄目なんだよな。」
今にも泣きだしそうな真っ赤な顔で怒る有咲。流石に言い訳もできないし、彩の手前おかしなことも出来ない。と思い謝罪の言葉を口にしたのだが、何故か有咲の反応が芳しくない。
「…本当に反省…してんのか?」
「してるよ。これからはちゃんと充電して出歩くようにするから。」
「……じゃあ、何処に行ってたってんだよ。」
「………ん?」
「どこに行ってたのか、言えないのか。」
心なしか論点がずれている気がする…が、立場上俺は強く言いようが無いので助けを乞うように彩を見る。
「………。」フイッ
あれぇ…?
てっきり加勢してくれるもんだと思ったが、何故か我が妹は既に有咲側に付いていたようだ。しっかりと目が合った筈なのに全力で逸らされてしまった。
「…彩ぁ?」
「今彩先輩は関係ないだろ。…お前に訊いてんだ。」
「そうだよ兄さん。こんなに可愛い彼女と妹を放っておいてどこに行ってたのかな?」
「ええっと……」
どうしよう。や、別に隠すことじゃあないんだけど、怒られた手前言い出しにくいというか、確実に彩が面倒臭いことになるというか。
追い詰められた俺だったが、神はまだ見捨てていなかったようだ。
「お、電話が…悪い有咲、出てくれねえか。」
「…逃げるのかよ。」
「ちゃんと後で説明するから…とりあえず応対だけ頼むよ、な?」
「……ったく。」
納得していない様子だが、とてとてと居間の方へ引っ込む。さて、時間が出来たとは言えどう説明したもんか…。
「…ほんとにさ、兄さんどこ行ってたの?」
「いや、実はよ…」
有咲の余所行きの声が聞こえる。昔母親に対しても思ったが、何故女性陣はワントーン高い声で電話に出るのだろうか。
「別にどこに行こうって決めて出た訳じゃなかったんだが」
「また兄さんの悪い癖だよ…」
「そんな癖って言うほどでもないだろ。」
「でも、有咲ちゃん本当に心配してたんだから。探しに行った方がいいか、このまま待ってた方がいいかって…。」
何だろう、有咲の様子がおかしい。変質者の電話とかだったらトラウマになったりするかもしれないし、ここは変わってあげた方が…
「兄さん、聞いてる?」
「あ、ああ、すまん。なんだっけ。」
「だーかーらー…」
あぁ、裁きの時だ…。さっきよりかは幾分か軽やかな足取りだが……何だその顔。
「○○。」
「…はい。」
「ええと、その、えと……ば、ばーちゃんから…だった。」
「……万実さんから?なんて?」
「…お前、ばーちゃんに挨拶すんなら私も連れて行けよ。」
「!?挨拶!?兄さん!?有咲ちゃ、あいしゃ…兄さん!?」
「落ち着け彩…」
「挨拶兄さん!?」
「誰が挨拶兄さんじゃ。……まぁ、そういうことだよ。」
何の用かは知らないが万実さんからの電話だったらしい。それを偶然にも受けた有咲は全て聞いたんだろうが…何というか、デレデレしそうな顔を一生懸命抑えている…そんな顔だった。
一方の彩は困惑した挙句、一目見て解る程の狼狽っぷり。目を白黒させるとはまさにこのことだなと思う程、あわあわしていた。
「ところで有咲。」
「ん…な、なんだよ。」
「俺が寂しがってると思って、何買って来てくれたって?」
「あ………あー…その。」
突き出されたエコバッグを見る。何々…長ネギ・水菜・白菜・鶏モモ・豚バラ・鱈・大根・椎茸・豆腐・うどん・卵……また随分と買い込んできたがこれは…。
「……お、今日は鍋か。」
「うん。…○○、一緒に鍋したいねって言ってたろ。」
「覚えててくれたんか。…流石は俺の嫁。」
「う、うっせぇ!…私もそんな気分だったから、一緒にやろうと思って。」
「うむうむ、照れる姿もまた良きだな。」
「……ばか。」
「そんで、こっちの黒い小袋は何だ?」
大きなエコバックの隅に押し込んだかのように収まっている小さな黒い紙袋。軽く振ってみたところ、何やら硬くて重いものと小物が数点入っているようだが…
「なんだこりゃ。」
「あっ!…あ、ああああ開けちゃ、だめ。」
「なんでよ。」
折角買ってきたのに開けるなとはこれ如何に。
「その……切れてたから買い足したのと、使ってみたい機械が…あったから…」
「………………把握した。」
「に、兄さん!?あいしゃつ、わいしゃちゅ、にいしゃん!?」
「お前まだやってんのか。…落ち着けっての。」
黒い袋については一旦しまっておくとして。未だ隣で一人バグり続ける妹の肩を抑えて動きを封じる。こいつは一度テンパると中々に大変なんだが…今は強行策で行こう。
身体の動きを止めたことで五月蠅く音を発しまくっていた口の動きも止まる。そうして漸く合った視線を外さないまま、少し反動をつけて…
全力のヘッドバッド。額と額が弾け合う鈍い音がしたと同時に視界がサイケデリックな色に点滅する。正直かなり痛いが、彩も漸くテンパっている場合じゃ無くなったようで。
「痛いよ兄さんッ!!」
「…俺も痛ぇよ馬鹿…。…どうだ、落ち着いたか。」
「おでこがいたい。」
「そうだな。……彩、鍋食うか?」
「お鍋!?食べる!!」
ほい、一丁上がり。
人間、強制的に再起動するにはやっぱり痛みを与えないとね。バカならバカほどこの手段が効くと、俺は考えている。…要するに、ウチの兄妹には覿面ってこった。
何はともあれ場は落ち着いたし、誤解?も解けた。その後はただ只管に、和やかな夜を過ごすのであった。
因みに、何故か早朝まで居座った彩のお陰で、黒い袋の出番は無かった。
着々と外堀が埋まる関係
<今回の設定更新>
○○:昔は割と多趣味な方だったが、有咲と暮らすようになってからはどんどんと
それが失われていった模様。
今では有咲の居ない休日はまるで廃人の様に動かずに過ごしているとか。
おばあちゃんっ子。
有咲:主人公とべったりしすぎて、少し連絡が取れないだけで動悸がヤバいらしい。
元よりそこそこ心配性な上、束縛の気もある為余程の覚悟が無ければ
付き合えない。
おもちゃには興味がある。
彩:テンパると言語機能が崩壊するシステム。
割と主人公宅に遊びに来ているようだが、少々空気が読めないところも。
結局可愛い。