BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/04/26 日常(終)

 

 

将来の嫁の背中を見てのんびり過ごす…まぁたまにはこんな日があってもいいだろう。

特に何かがあるわけではないが、日常というのはいつまでも大切にしていきたいものだ。いつから…と明確な日は覚えていないが、こいつがうちに通うようになった頃から抱いていた感情であったような気がする。

 

 

 

「……○○、おかわりは?」

 

「おーう、頼むー。」

 

 

 

いつかのように洗濯物を取り込み片付けながら視線もくれずに気遣いを投げてくる有咲。あの頃よりも"嫁度"に磨きをかけた有咲は、実物を見るまでもなく俺の湯呑事情まで把握しているらしい。

靴下を丸める手を止め慣れた手つきで茶葉を急須に詰める。そういえばこういった小物に関する拘りは家柄があってのことかもしれないな。茶なぞティーパックにお湯をぶっかければ良さそうなものだが。

 

 

 

「ばーか、この一手間がいいんだろ。」

 

「……。」

 

 

 

思考を読むのも、お手の物らしい。

…あぁそうそう、ドヤ顔で湯呑を運んでくる彼女だが、先日正式に退学届を提出した。彩や友人達には反対されたらしいが、本人たっての希望ということもあって、だ。

うちの母親や万実さんも仕事が忙しかった俺の代わりに相談に乗っていたようで、その後押しもあって――とか言ってたっけ。

…俺?俺は相談もなにも、有咲が決めたことは全部実現してやりたいと思ってるしどのみちこの先一緒に居るつもりだったからなぁ。最初にその話が出た時だって、冗談や酔狂で言い出したことじゃないというのはわかっていたし、何よりも動機が動機だったために止める気にもならなかったってわけだ。

真剣な顔で小っ恥ずかしいこと言いやがって。俺はそんな大した男じゃないってのに。

 

 

 

「…ふはぁ。うめえ。」

 

「だろ?…もうちょっとしたら晩御飯作るからさ、待っててな?」

 

「おう。……手伝おうか、俺も。」

 

「いい。家事は私がやるって言ったろ。」

 

「…前時代的思考か。」

 

「ちげーし。前も言ったように、○○に相応しい女の子にならなきゃいけないからさ。これくらいはやんないと…。」

 

「……逆、なんだよなぁ。」

 

「あん?」

 

 

 

彼女曰く花嫁修業らしい。いよいよ本腰を入れるということで、退学を決意したらしいが…。

もう既に十分すぎるほど支えられていると思うのは恋人フィルター故の過大評価だろうか?何せあの時、度外視し過ぎたが為に底辺まで落ちぶれていた俺の生活水準を引き上げ、まともな生活基盤を築いたのは紛れもなく有咲なのだから。

 

 

 

「…有咲がうちに初めて来たときのこと、覚えてるか?」

 

「急だな。」

 

「ま、作業のBGMにでもなればってな。お喋りしようぜぇ有咲ちゃーん。」

 

「…うぜー。」

 

「冷てぇなぁオイ。」

 

「……はぁ。忘れるわけないだろ。そのせいで今もこうしてるんだから。」

 

「俺は止めたんだぞ?」

 

「うっせー。「会話の端々に碌な生活送ってない感出てる」って、よくばーちゃんと話してたんだからな?」

 

「そんなに…?」

 

 

 

はて、そこまで言われるのは心外だ。男の一人暮らしなんてこんなもんだろーくらいに考えていたのだが。

 

 

 

「…○○の家を掃除する。…それがある意味で、いい口実になったのかもしれないけどさ。」

 

「ふむ。」

 

 

 

あれは確かいつものように仕事を終え、万実さんに愚痴でも聞いてもらおうかと流星堂を訪れた時のこと。俺にとっては「珍しく有咲ちゃんも店に出てるんだな」くらいにしか思っていなかったが、有咲曰く俺が来ると思って待ち構えていたらしい。

万実さんに夕食を食べていかないかと聞かれてテンパった俺はつい、今日も自炊するんで大丈夫です的な内容を答えた気がする。…結果としては自炊経験がまるでないことを看破・指摘され、見兼ねた有咲がアレやコレやと質問攻めにして…といった流れだ。

根負けしてゴミ屋敷のような惨状を話すや否や「私に片付けさせろ」と。退学の件でも感じたことだが、思い切りが良すぎる発言である。

 

 

 

「…汚かったな、マジで。」

 

「事前に聞いて来てそれか。」

 

「や、多少は会話の味付け的なの想像すんじゃん?でもアレはかなりヤバめなゴミ屋敷だった。○○じゃなかったら引いてたわ。」

 

「…俺ならゴミ屋敷がお似合いだと?」

 

「馬鹿なのか?○○が相手だから何とかしてあげようって気になったって話だが?」

 

「…お、おう。」

 

 

 

散らかる部屋をの中で、何処から手をつけていいかもわからないで放置していた俺とは違い、部屋に入るなり買い込んだ食材を俺に押し付けた有咲は驚く程の手際で部屋を片付け始めた。ブツブツと小言を零しながらも一生懸命に動き回ってくれるその背中に、今思えば既に見蕩れていたのかもしれない。

二時間ほどだろうか。溜まっていたゴミは全て外へ、大まかな床掃除を終え轟轟と震える洗濯機の前で有咲が言ったのだ。

 

 

 

「「家事、苦手ならたまに来てあげよっか」…ってさ。あの時の有咲はホント、天使だったよ。」

 

「む。」

 

「ん?」

 

「……"だった"?」

 

「あー………訂正、今もこれからもずっと、有咲さんは天使だな。」

 

「ん。……私自身、照れ隠しみたいなこともあったのかも。」

 

「何をそんなに照れるかね。」

 

 

 

語尾一つ気になるような可愛らしい図々しさを見せつける子が。

 

 

 

「本当にひどい有様だったからさ。もう片付けることに集中しちゃって。……んで、洗濯機のスイッチを入れて、一先ずの"建前"を達成できたーって思ったら、急に…さ。」

 

「…?」

 

「私、○○さんの部屋で二人きりになっちゃってるんだ…って意識しちゃって、すっげー恥ずかしくなっちゃって…。」

 

「……あぁ、恥ずかしかったんだ、やっぱ。」

 

「…お前、私のことなんだと思ってんの?」

 

「真顔で恥ずかしいこと言う奴。」

 

「なっ………そ、それはお前も同じだろーが。」

 

「はっはっは、確かになぁ。」

 

「う……くそっ。」

 

 

 

要するに次の建前が欲しかったんだろう。次からも俺に会う口実が。かわいいかよ。

 

 

 

「結局、"たまに"どころかほぼ毎日来てたよな?」

 

「…迷惑だったか?」

 

「いや。今もそうだが、すっげー助かってる。」

 

「そか。」

 

「今やもう欠かせない存在だ。…一家に一台!家事万能嫁アリサ!!」

 

「ばーか、調子のんな。」

 

「それくらい助かってるってこったよ。」

 

 

 

まさか人生を共にすることになるとは予想もしていなかっただろうが、女性慣れしていないなりにも無下にあしらわなかったあの時の俺を褒めてやりたい。

そうしてすっかり当たり前のようにうちへ通うようになった有咲のお陰で、俺の生活は一変した。勿論いい方向にだ。

それまで面倒臭さのあまり休日に纏めて処理していた洗濯物や洗い物が溜まることはなくなり、出来合いの惣菜を食べる機会も減ったためにゴミも少なくなった。おまけに俺の好みの料理を必死に覚えてくれる有咲のお陰で外食も減り、仕事を終えた夜時間がまったりとした安らぎの時間に変わっていったのだ。

無機質だった孤独な生活に、温もりという色が差したのを実感できたという大きすぎる贈り物をくれた有咲に惚れ込んでいったのは当然と言えるだろう。

気づいたときにはもう、彼女のよく通る声が、眩しいばかりの笑顔が、温かくも小さい手のひらが、揺れ動く金の髪が…俺という人間を構成する要素として欠落してはならないものになっていたのだ。

 

 

 

「…よし。洗濯おーわり。」

 

「んぁ、おつかれさん。」

 

「すぐご飯作っちゃうからなー。もちょっと待っとけー。」

 

「…あのさ有咲。」

 

「ん。」

 

「俺に相応しい女の子になるって言ったよな?」

 

「あぁ。」

 

「…俺達の始まりもそうだけど、どっちかっていうと俺の方が努力することなんじゃねえの?」

 

「何で?」

 

「何で…って。」

 

 

 

どう考えても有咲のスペックに追いついていない俺、という構図以外浮かばないのだが。有咲は俺に対して一体どれほどの幻想を抱いているというのか。

どうもそこが腑に落ちない。

 

 

 

「有咲はさ…優しいし思いやりもあるし、家事だって一通りできるし頭もいい。…それに比べて俺って、仕事に行って帰ってくる以外何もしてないし、有咲に対して何もしてやれてないし…」

 

「……あー、それは違うよ○○。」

 

「違わねえ。俺は――」

 

「私はさ、不安なんだ。」

 

「……。」

 

 

 

不安。

 

 

 

「○○が一緒にいてくれるって言ってくれて、大好きだよって言ってくれて…同じ苗字にしてくれるって言ってくれて、すっげー嬉しかった。

 …けどさ、すっげー嬉しいんだけど、同じくらい不安になっちゃってさ。」

 

 

 

彼女の持つ、不安。

 

 

 

「大好きで、いつも○○のことばっか考えちゃうほど好きで好きで堪らなくなっちゃって。…好きって気持ちが膨れ上がるのと同時に、嫌われたくないって気持ちも大きくなってくる。」

 

「そんな、俺が嫌いになんか―」

 

「ならない…って、○○は言ってくれるよな。わかってる。…でもそれって、何か狡いじゃんか。」

 

「……。」

 

 

 

その感覚なら少しは分かる気がする。今が幸せだからこそ、この何気ない平穏な日常を愛しているからこそ、変わることが怖いのだ。

勿論変わらないって信じてる。だからこその、得体の知れない未知の空白に対しての――未来への、漠然とした不安。

誰にでもある。それは、大切なものに巡り合ってしまったとき。失くしたくないものを、手に入れてしまったとき。

 

 

 

「だから私は、いつだって○○に相応しく居られるように、頑張ることにしたんだ。」

 

「……ッ。」

 

「いつだって○○自身に、代わりが効かないって思ってもらえるように。ずっと変わらずに一緒に居るために、変わることにしたんだ。」

 

 

 

停滞は衰退。立ち止まることは、進むことを諦めること。

ふたりの関係に、幸福な時間に限界を作ってしまっては生まれるのは不安なのだ。彼女の真剣な眼差しに目が覚める思いだった。

俺よりも小さくてか弱い彼女がそうして歩み続けようとしているのだ。ならばこの先を見据える人間として、隣に立つ男として、踏み出す一歩は同じでなければいけないと思った。

 

 

 

「…………有咲。」

 

「……。」

 

「……俺、なれるかな。」

 

「…。」

 

「有咲に、相応しい男にさ。」

 

 

 

冷たく先の見えなかった生活にこの子が彩りをくれた。何もなかった駄目な男に、一生懸命に寄り添いたいと言ってくれた。

ならば俺が出来ることは、一生を賭けてでもこの子を…彼女との変わらない日々を守っていくことだけだ。

その為に踏み出す一歩は、新たな決意のジンテーゼ。

 

 

 

「……一緒に頑張ろ。今までどおり、気楽にさ。」

 

 

 

彼女は微笑み、いつものように夕食の準備へ取り掛かった。

 

 

 

**

 

 

 

将来の嫁の背中を見てのんびり過ごす…まぁたまにはこんな日があってもいいだろう。

特に何かがあるわけではないが、日常というのはいつまでも大切にしていきたいものだ。

 

詰まるところ、かのニーチェも言っていたように、恐れているのは愛の破滅よりも寧ろ愛の変化なのである。

"変わって"しまうことへの恐れを抱いた俺と有咲は、"変わって"しまう原因を変わらず在り続ける事と見た。

 

この選択が内包する矛盾は果たして正しいものか……そんなことは、どうでもいい。

今ひと時は、ただまったりと過ぎ行く時間に身を委ねていよう。二人の間に形作られた、いつもの時間に。

 

 

 

 

 

「ごちそうさん。今日も美味かったよ。」

 

「ん。お腹いっぱい?」

 

「パンパンだぜ…。有咲、膝枕プリーズ。」

 

「はぁ?食ってすぐ寝たら牛になるってばーちゃんが言ってたぞ。」

 

「おばあちゃんっ子め…。」

 

「うっせー。先に食器片付けてからな?」

 

「えー。」

 

「……あーもう、仕方ねーな…。」

 

 

 

 

 

終わり




市ヶ谷有咲編、完全完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:ちょっと頭を使ったが思考はループするばかり。
   恐らくこの問題に決着がつくことはない、が、ようはまったりが好きなのだ。

有咲:嫁力。
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