BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
俗に言う"普通"ってやつに埋もれていれば、自然と大人に成るんだと思っていた。
当たり前に年を取って、当たり前に人と出逢って。迫る試験の為だけに何となく勉強していれば何となく進学出来て、ちょっと興味がある事に手を出してみるうちに気付けば大人になって。
出会いと別れの中で、喜んで、哀しんで、笑って、泣いて。時には仲間と揉めたり、恋に落ちたり。
俺達六人の幼馴染も、例に漏れずそんな風に生きていくんだと思っていたのに。
**
「○○…?○○ってば。」
「………ん、あぁ、ごめん、何だっけ。」
恋人と過ごす何気ない一日。平穏な日常に見えてその実何も解決できちゃいないが、俺と蘭はいつも通りの幸せの中に居た。
引っ掛かりを覚えるとするならあいつ――モカのこと。
蘭と付き合う事になった日…あれ以来連絡の一つも寄越さなくなった幼馴染だが、元気でやっているんだろうか。
「だから、週末どこか行こうって話でしょ。」
「…あー……そうだったな、そうだったそうだった。」
「……考え事?」
「…まぁ、そんなとこ。…おっ、あそこなんかいいんじゃねえの?ほら、駅前に出来たモールのさぁ…」
「人多いところ嫌いじゃん、○○。」
「そうだけど、折角の外出だぜ?…確か公式サイトが……おぉこれこれ。」
思考を切り替えるように、スマホでタタっと検索して出てきた施設案内のページを蘭に向ける。覗き込む様に右側から顔を近づけてくる蘭の吐息が頬に当たり擽ったい気分になった。
カテゴリごとにページ内リンクが設置されていて非常に見やすく好感の持てる案内ページ。どのテナントも幼馴染達の顔が浮かぶような、バラエティに富んだモールである。
「…ふーん。どこか行きたいところでもあるの?」
「俺は特にだけど…これだけあれば、アイツらも楽しめる店が一つは見つかるだろう?」
「あいつら??」
「ああ。例えばこの…ほら、雑貨屋…っていうのか?このキラキラっぷりはひまりの食いつきも凄そうだし、つぐみもこういうの好きだったろ?アミューズメントも入ってるから巴も暇しないだろうし、フードコートも充実だ。」
「………。」
我ながらナイスアイディアだ。決してあちこち歩き回るのが面倒な訳じゃない。
一つの建物にみんなが好きなものが入っているならそれでいいじゃないか。蘭の機嫌が芳しくないのが少々引っ掛かるが。
「あっ。…も、勿論蘭の行きたいところも探して…」
「…あたしの行きたいところ、分かるの?」
「…ええ…と。」
蘭の行きたいところ…蘭のイメージ…これを考え出すと軽く半日は悩める。如何せん、何に興味があるのか、何が好きで何が嫌いなのか掴み処の無い奴なのだ。
何度も幼馴染間で出かけてはいるが、いつも行き先を決める会話には入ってこないし何処へ行っても静かに見ているだけだし。
一頻り思い返しては見たがやはり微妙な結果になってしまい、冷や汗でもかきそうな心地になったところを静かな瞳で見つめられる。
「……わかんない?」
「………わかんない。」
「はあ。……つぐみとかひまりの好みは分かるのにあたしのはわかんないんだ。…恋人なのに。」
「…すまん。でも、興味がないとかそういうんじゃないんだ!蘭って、どこでも付いて来てくれるし嫌な顔とかしないから…その…!」
ポーカーフェイスってやつなのだろう。ここまで来ると大したものだが。
そんな、必死に弁解を試みる俺に、何が面白いのか薄く笑う蘭。
「ふふっ。…そうだよね、○○はあたしのこと好きなのかどうかも自分で分かってなかったくらいだもんね。」
「うぐっ………」
「あたし、○○と二人で出かけるつもりだったんだけど。」
「……………っあー…それはもう、ほんとに、ごめん。」
「ふふふふっ、べつにいいよ。○○は皆で居るの、好きだもんね。」
蘭は自分の恋人がこんな不甲斐ない人間で幻滅しないんだろうか。皆で居るのが好き、その言葉だって詭弁かもしれないのに。いや本心だけどさ。
彼女の笑みもどこか慈愛の様なものを感じるし、俺ってやつは心底勘の鈍い男らしい。右肩に掛かる彼女の体温と重さを感じつつも、情けない気持ちでいっぱいだ。
とは言え、勿論楽しみな面もある。
「…でも俺、蘭と一緒に居られたらどこでも楽しいんだよ。」
「知ってるよ。あたしもだし。」
「……だから行き先も決まらないんじゃ?」
「このままじゃおうちデートしかできないね、あたし達。」
それでも不思議と居心地の良い距離感を感じながら。本当に何気ない、只のいつも通り。
…世のカップルって何処出掛けてんだろう。
**
夜も更け、日付も変わりそうな頃。何とか週末の予定も決まり、蘭を送って歩く見慣れた住宅街。まだ少し気が早いような気もする露出高めな肩を抱く。
遠くには車の音。それでもぽつりぽつりと会話は続き…。
「…ふーん、じゃあもうつぐみも吹っ切れたんだ。」
「多分な。…最近になってやっと二人きりで喋れるようになったよ。」
「二人きり……へぇ。」
「なんだよ。あいつもあいつなりに頑張ってんだぞ。」
「…あたし的には、素直に喜べ、ないし…その……取られちゃうかも…だし。」
二人から迫られる、等と夢の様なシチュエーションを味わった俺。実際のところは心中地獄を垣間見る様な時間だったが、結局蘭を選んだわけで。
決定打が
取られるかもしれない、というのはその辺りの経緯もあっての心配なのかもしれない。
「はっはっは、その点は大丈夫だろう。…ほら、相手はつぐみだし。」
「………可愛いって言ってたじゃん。」
「……可愛いだろう?」
「…………ばか。」
「勿論蘭も可愛いがな?」
「…そういう時は、あたしの方がって言うもんなんだよ。」
「言って欲しいのか?」
「ばか。しらない。」
巴やひまりの助けもあって、今ではある程度修復された仲。今ではつぐみも俺達を応援してくれているそうだ。
バンドこそ活動休止状態になったが俺達自体の関係は変わらない。変わっちゃいけないんだから。
「ぁ……」
「着いたな。」
「……明日も、会える?」
「毎日会ってるってのに何を今更。」
「ん…。…………わかった、じゃ、明日。」
「ああ。おやすみ蘭。」
やがて辿り着く目的地。すっかり通い慣れた蘭の家の前で、ほんの十数時間後の再会を胸に誓い別れる。門から玄関までの数歩の距離でさえ何度も振り返りながらゆっくり歩く背中が愛おしかった。
パタン、と閉じた扉と訪れる静寂。閑静なこの住宅街で、日付も変わろうかというこの時間に耳障りな音を発するものは何一つない。
それまで暖かかった右側に寂しさを覚えつつ変えるべき場所に向かおうと踵を返し―――瞬間、ソレと目が合った為に胃が飛び出しそうになった。
恨めしそうな顔で此方を睨めつけ、今にもしゃくり上げんばかりに涙を零すよく見知った顔。
「……モカ。お前今までどこ行ってたんだよ。」
反射的に身構えてしまう俺に対し、より一層顔を顰めて立ち尽くすモカ。
…どうせこいつのことだ、一部始終をしっかり見届けての今だろう。
「…○○は、知らないかも、しれないけどさー…。」
「あん?」
「……あたし、だってさ、ずっとさ……頑張ってさー…○○にさー……」
何かを必死に伝えようとしているのは分かる。が、如何せんその昂った感情と波のある呼吸のせいで要領を得ない。
暫く何かと俺達を引っ掻き回していた彼女も、幼馴染の一員なのだ。真っ向からぶつかるのにこれ以上ない程お誂え向きな精神状態でもある訳だし、何よりも理由が知れるならばまた元の間柄にも戻れるだろう。
震えるモカの肩を抱き寄せ、一先ずは自室へ連れて帰ることにした。
**
「……少しは、落ち着いたか?」
「…………う…ん。」
ベッドに腰掛けパーカーの裾をギュウと握りしめる銀髪の幼馴染は、居座り慣れた環境に平常心を取り戻しつつあるようで、心なしか表情も柔らかくなった。
これは蘭に知られるわけにはいかないなと罪悪感を覚えながら、話をするために隣に腰を下ろした。
「……。」
訊きたいことは山ほどある。それだけに、最初の言葉が中々生まれてくれなかった。
そんな中口を開いたのは彼女の方で。
「…ごめん…なさい。」
「………ん。」
少なくとも謝罪から始まる以上罪悪感はあるらしい。特に茶々を入れることも無く、彼女の訴えを聞くことに。
「…あたしもね…蘭や、つぐや、ひーちゃんと同じなの…。」
「同じ?」
「うん。……だから、色々頑張ってみたんだけど……○○はよくわかんない事ばっかりするし、ひーちゃんもおかしくなっちゃってみんな怖い顔するし…。」
例のひまり騒動の件か。
「でね、あたしもね、仲良くしたくてねー……いっぱいいっぱい考えた。」
「うん。」
「そうしたら、ね。…あたし、わかっちゃって。」
「なにを。」
「……○○、さえ…居なければ、全部……ひっく……ぐすっ……」
堪え切れなくなったのかぶり返したのか、またも涙を零し鼻をすすり上げる。モカが続けようとしていた言葉は、一時期俺がずっと考えていた事でもあって。
俺だって分かっている。解ってはいるのだ。
「……奇遇だな。俺も同じこと、考えてたよ。」
「!!………でも、でも……だって…そんなの、哀しすぎる…。」
「そう…かもな。だがなぁモカ…男女の友情ってやつは、どうしても一度拗れると手に負えねえもんなんだ。」
「……えぐ…そんな、ことって…。」
「お前はずっと、俺とみんなの繋がりを絶とうとしてたもんな。それは…幼馴染みんなの仲を想っての事なんだろ?」
真っ赤になる程目を袖で擦り続けながらも、コクリと小さく頷く。つまりは俺もモカも、六人を立て直すことに一生懸命だった。奇しくも、そのやり方とスタンスに大きな違いこそ生じてしまったが。
皆の中に入り、仲を取り持つことで自分への印象を悪くする事無く動いた俺と…皆の輪から離れ、熱の集まる所とは裏腹に只管要因だけをどうにかしようとしたモカ。どちらの立場が辛いかは自明の理、火を見るより明らかと言えよう。
大好きな仲間から疎まれる。それがどれほど辛いことか。
「………俺、やっぱりお前が嫌いだ。」
「………。」
「どうしてこんなになるまで黙ってた?分かった時に言えばよかったろ、俺が原因だって。」
「……言える訳……ないでしょ。」
「今更言い難いも何もねえだろ。昔からの付き合いなんだから。」
「…あのね、あたしね、ずっと○○のことみてた。」
「急に乙女な台詞を吐くな。…それはあれか、監視的なやつか?」
思い返してみれば恐ろしい程正確なタイミングでチャットが送られて来たり、電話越しなのにまるで見ているかのような返事をされることもあった。
逐一俺の行動を把握されていた気もするし…。学校や誰かの家にいる間はともかく、この部屋で過ごしていた様子までとなるとその言葉も疑って疑い過ぎることは無いように思える。
「………半分正解。でも……でも、ね。つぐにも蘭にも負けないくらい、ひーちゃんよりも近くで、ずっと○○を見てたんだよ。…当の○○はつぐに夢中だったけど。」
「そりゃまぁ…昔の俺は、そうかもな。」
「みんなの気持ちもわかるから…何も、言っちゃいけないような気がして。そしたら…ひーちゃんがあんな風になっちゃって…つぐも…蘭も…○○も……!」
俺の視野が狭かった、といえばそれまでなのだろう。確かに、モカの事は全く見えていなかったし、それ以上に毎日が悩み通しだった。
だがそれもまた、自分程の年頃ならば普通な流れなんだと思っていたし、何となく乗り越えた先では皆揃って普通に大人に成れると思っていたんだ。
だというのに。
モカの言葉で…いや、俺のこれまでの行動のツケとでも言おうか。
今日の日を境に俺達幼馴染は、今までよりももっと拗れることになる。
「……あたし…っ。…○○が…キミが大好きだった。」
十数年の想いと悩みを乗せて、彼女が解き放った言葉を俺は忘れない。
俺という異分子が存在することによって正しい普通を追えなくなってしまった幼馴染の中で。
ずっと気付かないようにしていた感情と、泣き腫らし震える瞳の奥で彼女が成し遂げようとしていた事。
「だから、ね?………みんなに迷惑掛けちゃったあたしと、全部の原因になっちゃった○○。」
「……モカ…!?」
「…一緒に、消えちゃお?」
蛍光灯の下、俺の手を取り擦り寄って来る温もりが、何だか酷く滑稽に痛む気がした。
Afterglow編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。
<今回の設定更新>
○○:異分子。コイツさえ居なければAfterglowはAfterglowでいられた。
まぁこの先のお話はいずれ書くであろう第二部をお待ちくださいな。
蘭:独占欲と嫉妬心が隠し切れなくなってきた。
他人の体温が好き。
モカ:ほぼ一年に渡り、主人公宅の壁の隙間に勝手に設けたスペースで生活していた
模様。
好きな物は主人公。好きな音は主人公の寝息と独り言。好きな匂いは制服を脱
いだ直後の主人公の体臭。好きな表情は悪夢にうなされる主人公の顔。
主人公のことなら何でも把握しており、主人公の最も近くで生きている。
だが、その主人公のせいで幼馴染という六人の関係が崩壊しかけていることに
気付き主人公を孤立させようとするも失敗。欲したものは手に入らず、必死に
仲間を思う心は届かず。全てに裏切られた彼女は大好きで大嫌いな彼と消える
事を選んだ。