BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
とても辛い事が起こった。
今の僕にとって一番辛い事は、僕の大好きなりみが悲しんでしまう事なんだけど。
今日は姉さんがお世話してくれる日で、りみは用事でこれないとの事だった。
ある意味でのラッキーチャンス。何てったって、りみにプレゼントする歌を練習している様をりみに聴かれるわけにはいかないのだから、今日を逃す手はない。
何なら丁度いいので、姉さんに聞いて貰ったり発音を教えてもらう事にした。
「えぇー?○○くんが歌ー?意外だねぇ。」
「…へへ、でしょう?りみもきっとおんなじこと言うと思うんだー。」
「うんうん、きっと喜んでくれるよ。それで…どんな歌なの?」
「んー…まず本物から聞いた方がいいよね。」
もうあまり腕も動かせない僕だけど、視線や指先では物を指し示すことができる。ベッド脇のテーブルに置かれたUSBメモリを近くのノートPCに接続するようお願いし、音楽を再生してもらう。
…うん、うん。暫く二人揃って無言で耳を傾けていたけれど、やっぱりいつ聞いても素敵な音色だ。歌詞も英語だけれど、意味を調べた今となってはすっかりお気に入りの詩のように胸に刻み込まれている。
姉さんなんか、曲が終わる頃には涙まで浮かべている。
「…どうだった?」
「………哀しい、でも素敵な詞だね。」
「ね。…そして英語の歌って、歌えたら格好いいと思わない?」
「ふふっ、格好つけたいんだ?」
「まあね。折角だから、良い所見せたい。」
「……そっか。…よし、それじゃあお姉ちゃんも張り切っちゃう!」
姉さんも燃えている。そこから夕方まで、英語の発音や無理のない発声なんかを練習した。姉さんも一生懸命になってくれたし、僕もその様子を毎日つけている日記にリアルタイムで書き込んで行ったんだ。
**
そして夜。…もう少しでプレゼントできるくらい、格好つけられるくらいには形になってきたと思う。
喉と身体を休めるようにと姉さんに言われた僕は、夕飯ができるまでの少しの時間日記を書くことにした。
”
5月17日 くもり
今日は姉さんがきた。
りみにプレゼントする為の歌の練習に付き合ってくれるらしい。
いっぱいいっぱい単語も調べたし、音も取れるようになってきたし。
姉さんが言うには、歌の世界観を知ればもっと上手になるらしい。
前ページに歌詞と翻訳、僕なりのポイントを書いてみたけど、りみは喜んでくれるかな。
サプライズで披露して、りみはどんな顔をす
”
そこまで書いたところで、呼び鈴が鳴った。
料理の手を一旦止めた姉さんが「はーい」と声を出しながら玄関に消えていく。
直後。
玄関から聞こえる困った様な声と何か液体を零したような音。続いて姉さんのくぐもった呻くような声と、どさっと何かが倒れる音。
その後にドタドタと聞こえてくる足音は複数の人間が踏み込んできたことを表していて、音からして土足のまま駆け込んでくる異様な状況に僕は…ただ震える事しかできなくて。
「まさか人が居やがるとはなぁ…おい、ここにはヒョロそうなガキしか住んでないんじゃなかったのか?」
「いや、確かにそうだと思ったんですが…まさか大人が出入りしているとは…」
「まぁいい、やっちまったものは仕方ねえ。さっさと………お?」
リビングに飛び込んできたのは三人組の知らない大人の人だった。そのうち先頭のに立つガタイの良い人物は体に掛かった赤い何かを嫌がる様に触りながら部屋を見回して――僕と目がばっちり合った。
「……そうかこいつが…いや、ここまで弱ってるなら。」
「何言ってんだ、病人にだって目はある。情け掛けてる場合じゃねえことくらい分かんだろうが。」
「………そう、だよな。……悪いな坊主。お前に恨みはねえが…」
近付いてきた男…らしき人物が僕の耳元でそう言った直後。今まで経験したことのない痛みがお腹の辺りに深く刺し込まれて―――
ああ、僕はりみに、最後に哀しみだけを残してしまうんだな。
もう少し、一緒に居られると思ったのに。
今日はとても辛いことがあった。
何せ、僕が覚えているのはここまでなのだから。
かなり短いですが、最終回の一歩手前ということで
<今回の設定更新>
○○:死期を悟っていたのは事実。
だが、最期の輝きの為に前を向いた彼は思わぬ事象でその時を迎えてしまう。
まりな:ふっきれたお姉さん。
りみ:出番なし