BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

274 / 278
2020/07/27 9.8 - 終わらない世界のヤクソク(終)

 

 

 

牛込りみです。

 

日記というものを、多分人生で初めて書いています。

 

 

あの日。

たまたま私がいけなくて、まりなさんが○○くんのお世話に行っていたあの日。

今でもたまに、夢に見たりフラッシュバックしてしまったり。…それでも、長い時間が経って、少し○○くんとの楽しかったことも思い出せるようになったので。

○○くんがずっと書いていた日記の、一番最後のページに書いてみようと思いました。

 

ずっと、ずっと忘れないように。

 

 

 

**

 

 

 

”残された日記を見る限り、○○くんは自分がもう長くないことを分かっていたようで。

 それでも、懸命に、自分にできること・やりたいことを探して毎日を生きていたようです。

 

 そんな彼と過ごす毎日は、とても幸せだった。楽しくて、切なくて、大切な記憶。

 

 

 …ここからは警察や病院の方から聞いたお話です。

 

 あの日○○くんの家に押し入ったのは素性の分からない男性三人。相当お金に困っていたようで、○○くんの家にある医療機器や彼の親が寄越した潤沢な金銭を目的としていたようです。

 病人という事で多少強引な犯行に及んでもデメリットにならないと踏んだ、計画的で、残忍な強盗。まりなさんが居るのは計算外だったようですが。

 

 どうして○○くんが狙われなきゃいけないのか。

 どうして○○くんにばかり、不幸が集中するのか。

 

 彼が必死に前を向いて、残りの短い距離すら全力で駆け抜けようとしていたのに。

 その時が来ても、ずっと一緒に居ると誓ってくれたのに。

 

 病院のベッドで眠る彼はとても安らかで、いつも辛そうに力を入れていた眉間もすっかり緩み切っていて。

 機械も管も何もついていない彼を見るのは久しぶりだったけど、酷く冷たく、酷く堅くなってしまった○○くんが二度と目を開けることが無いと、改めて認識してしまって。

 

 

 こんな終わり方って、あんまりだと思った。

 生き切ることも許されないなんて。

 あの三人の事は勿論許せない。けれども、それ以上に、その場に居合わせる事さえできず、後から告げられる事実を淡々と耳に入れるばかりだった自分はもっと許せない。

 どうせならいっそ、私も一緒に死んじゃえば―――”

 

 

 

「??」

 

 

 

感情が昂り、滅多に言うべきではないことを書き殴りそうになってしまいました。

慌てて消そうと、彼の日記を持ち上げたとき。

 

ころん、と。血で貼り付いたページがはがれたのか、親指程のプラスチックの棒が転がり出てきました。

拾い上げるとどうやらそれは、USBメモリスティック。お姉ちゃんがバンド用の譜面やベースで試し弾きした音源を入れていた気がします。

確か、パソコンに刺せば――ピコン、と小さなシステム音。どうやら正常に読み込めたようです。

 

 

 

「……ぁ。」

 

 

 

開かれたフォルダには音声ファイルが沢山と、テキストファイルが一つ。それに動画ファイルが一つ。それぞれファイル名は数字の羅列で…どうやら保存した日付の様です。

それは奇しくも、あの日の前…一日前に作成されたもののようです。

逸る気持ちを抑え、一番上にあった音声ファイルを開きます。

 

 

 

『~~~♪~~♪』

『~~~~~~♪~~アッ、ま、間違えちゃった…』

 

『あははは、でも結構いい線行ってたんじゃないかなぁ?』

『もう一回いってみよっか。』

 

『う、うん。姉さん、サビの前のとこから――』

 

 

 

思わずくすりと笑ってしまいました。それは愛しく、温かい、彼の声。

どうやらまりなさんと一緒に歌を練習しているようでした。どこか聞き覚えのある、英語歌詞の歌。はたしてどこで聞いたか…。

そして繰り返される、歌についての試行錯誤。まりなさんとの他愛ない会話。

彼が歌ってる。笑ってる。悔しがってる。弱音を吐いてる。お水を飲んでる。トイレに行ってる。…全部、全部当たり前の事なのにどうしてこんなに胸が締まるんだろう。

 

泣きそうになりながらも全部聞き終えた。残るは、テキストファイルと動画が一つずつ。

動画にはタイトルが無く「(ハイフン)」とだけ付けられていました。中身が分からなかったのでテキストデータを先に読みます。

 

そこには―――

 

 

 

**

 

 

 

「姉さん。」

 

「ん、なあに。」

 

「今からね、ちょっと頑張ってね、手紙を、書こうと思うんだ。」

 

「……手紙??…あ、りみちゃんにでしょー!」

 

「うん。……それで、ちょっと調子はいいんだけど、あんまり手が動かなくて。」

 

「……かわりに私が打つ?」

 

「ううん。……凄く時間も掛かっちゃうと思うし、辛そうに見えるかもだけど……僕、頑張りたいんだ。だから……ね。」

 

「……うん、流石は私の弟。じゃあお姉ちゃんは邪魔しないから、どうしても辛くなったらちゃんと言うんだよ??」

 

「……ありがとう、姉さん。」

 

 

 

比較的動く左手を使って、一文字ずつだけど手紙を残そう。

きっと僕はもうあと何日も起きていられないから。いつか来るその時に、何も伝えられないのは嫌だ。

たった一人、僕の本音を引き摺り出して、全部受け止めてくれた人だから。

 

 

 

”りみへ

 

 君がこれを見るころ、きっと僕はもうこの世に居ないか、人として機能できなくなっているかと思います。

 だから、その時に後悔しないように、手紙を書きました。

 

 君が今、どんな気持ちで読んでいるのか分からないけれど。

 悲しんでくれていたら、ちょびっとだけ嬉しいな。

 

 りみは、姉さん以外で初めて、僕の事を考えてくれた人だからね。

 本当は、りみには僕の事を忘れないで居て欲しいと思う。

 ずっとずっと、覚えて居てくれたら、僕が居なくなった後も、生きていたって証は残るでしょ。

 

 なんて、駄目だね。 

 僕の事なんて忘れてさ。

 君は世界で一番かわいいし、優しくて温かくて、僕なんかには勿体ない女の子だもん。

 きっと次にはもっと素敵で、病気になんか負けなくて、もっと格好いい人と出逢ってさ。

 幸せになって欲しいな。

 

 辛いことは、全部忘れて。

 

 

 ごめん、やっぱ今の無し。

 頭の何処かにだけは、置いておいて欲しいな。

 僕も、ちょっとだけだけど、一緒に居たってこと。

 

 

 手紙って難しいね。

 伝えたいことも、共有したいこともいっぱいあるのに、どうして言葉が浮かばないんだろう。

 

 

 ずっとずっと、大好きだよ。りみ。

 死ぬのを待つだけだった僕と、一緒にぼーっとしてくれてありがとう。

 苦手な冗談も一生懸命考えて、僕を励まそうとしてくれてありがとう。

 僕が痛みで眠れない夜に、ずっと寝ずにお喋りし続けてくれてありがとう。

 何もしてあげられない僕を、見捨てずに居てくれてありがとう。

 

 君と過ごした日々は、目も開けられない程に眩しかった。”

 

 

 

………よし。

実際りみが読んでくれるかは分からないけど、僕にはこれくらいしかできないし。

この短い文章でさえ、全部入力が終わる頃には陽が沈んでしまった。

姉さんも帰っちゃったし……あっ。

 

姉さんは一応僕を気遣ってか、延長コードを伸ばしに伸ばし、ベッドの枕脇に充電状態のスマホを置いてくれた。

あともう一つ、何かできることは無いかと思ったが、今の僕に残された体力じゃ大したことは出来ない。

せめて何か、僕が今感じている事を残しておきたいと思った時には、もう左手の人差し指がスマホの動画録画開始ボタンを押していた。

 

 

 

『さて……考えてみたら……動画を撮るのも、初めてだぞ…。』

 

 

 

ちゃんと録画できているかも不安だったし、一人きりで過ごす夜という事もあって何だか無性に苦しくなってきた。

気持ちを紛らわす為に、咄嗟ではあったがパソコンの音楽プレーヤーを起動する。といっても、僕は元より音楽を楽しむ方じゃないから、保存されているのは一曲だけ。

耳に馴染む前奏が始まってすぐ、不思議と和らぐこの気持ち。どうやらこの動画は、僕が音楽を聴きながら独り言を零すだけのクソつまらない物になりそうだけど。

 

 

 

『……この曲は何よりも、歌詞に込められたメッセージにね……共感したんだ……。』

『と言っても…勝手な解釈かも、しれないけれど。』

 

『死んじゃうってさ。……ずっと怖い事だと、思ってたんだ……。』

『まるで全部が無かったことみたいに……全部消えて、忘れちゃって……。』

『自分の、感覚までも…わからなくなって…。』

 

『でも、この歌詞……死がテーマな筈なのに、どうしてか凄く綺麗なんだ…。』

『姉さんが教えてくれたけど…タイトルは、地球の、重力…加速度を表す数字なんだって……。』

『落ちて行けたら……その先で、きっと君に会える。何もかもから解放されてこそ、混じりけの無い愛が表現できるって……。』

 

『…………。』

『……そういえばこの歌って…りみが教えてくれたんだよね。』

『…………○○くんが居なくなっちゃっても、私がすぐに会いに行くから、って……。』

 

『凄く、嬉しかったよ。……そこまで、本気なんだって。…いや、勿論前から、好きって気持ち、伝わってたけど…。』

『……でも、やっぱりそれはダメだ。……死にも意味があって、何なら未来もあるかもしれない。』

『でも君はまだまだ生きられる。……生きて、限界まで生きて、生き抜いてくれると、嬉しいな。』

 

『……ああ、もう曲も終わっちゃうね。』

『…………もしまた君と出逢えたら。その時は……離れる事無く、ずっと一緒に居たいな。』

 

 

 

余韻を持たせた後奏を以て音楽が終わる。

また頬を濡らしている滴を拭う事もせず、僕は最期のメッセージを撮り終えた。録画ボタンに軽く触れれば、無機質な電子音と共に録画が終了する。

 

どうか、僕達の魂が平和に生きられる場所で、新しい始まりを迎えられますように。

 

 

 

**

 

 

 

「……○○くんは、全然わかってへん…。」

「私が、○○くんのお願い、断れへんの知ってるやんな…。」

「私が、今すぐにでも会いに行きたくなっちゃうこと、知ってるやんな…。」

 

 

 

私にとっても、あなたは全てだったから。

あなたが望むなら、あなたが後で羨ましくなっちゃうくらい生き抜いてあげよう。

次に出逢った時、お土産話が尽きない程に。

あなたとまた出逢う為に、納得のいく(あした)を迎えられるように生きよう。

いずれ空と一つになるその日まで。

 

それにしても、最後にこんな…素敵な悪戯を遺していくなんて。

 

 

 

「ほんと……○○くんは、私の気持ち、全然わかってへん…!」

 

 

 

終わり




牛込りみ編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:報われないことなんて山ほどある。
   運命と片付けるのは簡単なことだが、そこにも人の心は詰まっているのだ。

りみ:良妻。
   結局最後まで関西弁がイマイチ定まらなかったね。シカタナイネ。

まりな:気は利く。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。